第23話  坂で転がりぶつかった



恭弥くんと一緒に登校した。こんなに長く恭弥くんが隣に並んで一緒に歩いてくれるのは、彼が小さな子どもだったときぶりかもしれない。えへへ、とほっぺたを緩ませながら、無駄に高速で歩く彼の背中を必死に追った。すみません隣とか嘘つきました。恭弥くん速すぎです歩幅広すぎです。


うおおおおおお
うおおおおおお
うおおおおおお

口からあふれる雄叫びを必死に噛み殺して、とりあえず私は恭弥くんと一緒に登校した。
一緒に、学校に行った。




それで、山本からの問いかけである。



恭弥くんと付き合ってるのか、と半分興味本位のような、きょとんと大きな瞳でこっちを見る彼を見て、「えっ、えっ、えっ、なんで?」「ほら、朝雲雀と一緒に学校来てたろ? あいつが誰かといるってのは、ちょっと不思議だったっつーか」 一緒に来てたっていうか全力疾走してただけのような気がしないでもないけどとりあえずそれは置いといて。

「や、それは、その、私が一緒に行こうっていって」
「一緒に?」

きょときょと、と山本は何度か瞬いた。そうして、すげえなあ、とつぶやいた。「すごい?」「だってほら、あいつ、誰かと一緒ってのは……その、耐えられないタイプなんだろ?」 言葉を選んでいるらしい彼に声をきいて、私は返事代わりにごくんと唾を飲んだ。それから頭を押さえて、机の上にぺたんと沈んだ。「……ん?」「それは」「あー……」

なるほどなあ、という感じに、山本はよしよしと私の頭を撫でた。「いや、ちがう、あっちはその、私のこと、飯炊き女くらいにしか思ってないし」「ん?」 ぺしぺし、と今度はチョップで叩かれた。「がんばれよ」


なにが、と問いかける前に、山本はひょいとこっちに背中を向けて消えていった。私はきゅっと唇をかんだ。まぶたがきゅうきゅうと何かに圧迫されているような気がした。それから私は口元をいーっとさせて、瞳をつむった。
一つ変化が訪れれば、また気づいてしまうこともある。






(そういえば、なんで恭弥くんは私と一緒にいてくれるんだろ)

小さい頃から一緒にいるからだろうか。でもそれって、なんだかずるいような気がする。間にあいた、ぽっかりな空間を、私は知らないのだ。まあそんなことを言っても仕方がない。
がんばれよ、と言われた山本の言葉を思い出して、いや、べつに、がんばらないし、いつもどおりですし、と口元をへの字にしてみた。

「恭弥せんぱーい、ばんごはーん」

ピンポーン、とお隣さんのチャイムを押して、出てきた恭弥くんに声をかけた。「今日はお魚です」 ハンバーグは明日にするね、と自分の部屋のドアを開けて、無言でトコトコ歩く恭弥くんに、とりあえず一方的に喋ってみた。怒っていないなら問題ない。

どっかと恭弥くんがテーブルに座った。それから私も正面に座って、ぱちん、と手のひらを叩いて、いただきますをした。二人一緒に頭を下げて、お魚の骨をとりながら、「ごめんね」 心の中で、ずと思っていた言葉が、ぽろりとこぼれてしまった。恭弥くんは、特に興味もなさげにお魚をほじほじしていた。

「お弁当、ずっとつくってあげてなくって、ごめんね」

変だなあ、ときっと思っていたに違いない。それ以上言葉は続かなかったし、とりあえず一方的に謝って、もやもやした気持ちをえいやーっと捨てたいだけだという、ぶっちゃけちょっとずるかった。恭弥くんは、特になんの反応もなく、ほじほじとお魚の骨をとることに夢中だった。好きなだけとってやってくれ。

「別に」

だからぽとんと落とされた言葉に、必要以上にドキッとして顔をあげた。「きみが、好きなようにすればいい。僕もそうする」「お、おお……」 フリーダムだ。
フリーダムな雲雀恭弥だ。

「う、うん。うん」

ほっぺたをパチパチして、「そうしよう!」と大きな声を出してしまった。なんだかそれが恥ずかしくなた。「とりあえず、そしたら、明日もまたお弁当をつくりましょうか!」「うん」「雲雀恭弥の飯炊き女として、ふさわしく!」 言っててちょっと虚しくなった。

「まあ、きみが作る弁当は嫌いじゃない」
「おお」

恭弥くんの嫌いじゃない、とはだいたい好きと一緒みたいなものだ。いやあ、それは照れますなあ、と一人で勝手にえへえへしてみた。「私は恭弥先輩が食べてくれるのを見るのがすきですよー」 うへへ、と頭をひっかいた。「そう。僕もきみがすきだけど」「お……」


お……? と一人でぱたぱた両手を動かした。
恭弥くんは、黙々とお魚の骨をとることに夢中だった。「……お…………?」





  

2013/01/23