「えちぜん、りょーま」


第13話  サボっちゃダメだぜ 2




特に何の気なしに、ぼそり。
敢えていうなら、糸目ヤロウ(おっと口が悪いな!)から逃げ去った所為でドキドキする心臓を収めるお呪いみないなもんなのかもしれない(…なんか超こわいんですけど、あのせんぱい!)(今でも視線が背中にささってそうな気がする)(なーんてね! あり得ないよね、そんな事!)(………ありえない、よね?)

取りあえず、と校舎から出た私は、深呼吸をしてみた。
ふー、と息を吸い込んで、ザワザワと揺れる木々を見つめた。ああ…、こうしていると、今まであったイザコザ全てが馬鹿らしく、ドロドロとした気分が洗われるよう…

……なわけねーだろ、このぼけー!!!

まだ見ぬ越前リョーマに届けて☆


私の任務、それはすなわち委員会が終了する前に、越前リョーマを発見、そして速やかに図書室へ戻ること。おうおうおう! この越後屋みたいな名前しやがって越前が! おまえを図書室に連れてってみんなのさらし者にしてやるぜザマーミロ!

「…とりあえず、テニス部だ」

オッケー。しゅぴっ、と一人で右手をおでこへと持って行って敬礼! あいあいさー!
おそらく玄関だと思われる場所から、二、三メートル。うん、テニス部の場所聞いときゃよかったな、とか思っても、後の祭りってヤツだ。もう既に図書室の場所もわかんない!(だめだめだ!)

右か、左か。丁度いいところに、ちょこっと長めの棒っきれが一本。青い狸を思い出して、す、とソレを垂直に立ててみた。もう一度いってみる。右か、左か!
その瞬間、びゅおっ! と空気の固まりが、私の真正面に叩きつけられた。肩越しにある髪の毛が、鼻の前へとちょろりと移動。ふ、ふえ、ぶえっくしょん!

パタリ、と倒れた棒っきれは、真っ直ぐ前を指していた。

「………まぁいっか」

ポッキン、と棒っきれを二、三回折って、放り投げると、もう一度吹いた風に、くるりと舞った。



□□□



神様のお告げなんてものを信じた訳じゃないけど。
ふわふわとした下地が芝生に、大きな木が一本生えて、何というか、まるでおとぎ話のアリスとうさぎさんが追いかけっこしそうな場所に出てしまった。「まてまてーうさぎさーん」「うふふーん追いついてごらーん」……あれ、なんかちがう。

誰か、人がいればいい話なんだけど。真っ直ぐと進む道の中で、何の偶然か、私の隣に人なんて通り過ぎやしない(ちょいと右っかわを見てみたら、グラウンドでやきゅー部が、ボール投げてたけどね)(真っ直ぐすすむの以外、なんかヤだったんだい!)

Uターンなんてヤだしと進んでも、ずずんと目の前にそびえ立つフェンス。…え、なにこれ、私に脱走しろってか! おう、してやろうじゃないか! 冗談だ!

「ううう…、あおだぬきなんて、もう信じない」
元から信じてないけどな!

ちっ! と舌打ちして、しょうがない戻ってやろうじゃないか、とくるりと方向転換。三度目の風が、背中から押すのを感じて、私の髪が、またぶわぶわ顔の横に流れた。ああもう! といってスカートと(女の子だから!)髪の毛を両手で押さえて、ちろりと視線を下に向ける。目に砂が入らないように、パッチリと閉じていたけれども。

ようやく収まった風に、おそるおそる目を開けた。うっすら見える視界に、足が一本投げ出されているのが分かった。もちろん、私の足じゃない。

真っ黒いズボン(これはこのせーしゅん学園の、制服だ)。一本の木にもたれた男の子。ほんの少し緑ががかった髪の色。
…む?

「あ、かるぴんの、かいぬしさん」

ぼそっと出したつもりだったけど、案外大きな声になってしまったらしい。飼い主さんは閉じたまぶたをピクリと動かして「…ん、」と小さく声を上げた。思わずパチンッ! と自分の口をたたいて、しー。すー、と聞こえ始めた寝息に、ほっと胸に手を当てて、思わず気づく。そうだこの子にテニス部への道を聞けばいいんじゃね!

「あのー、かいぬしさん」
「…すー」
「かいぬしさんってばー」
「すー、すー」
「あ! ユーフォー!」
「……ぐー」
「ムシかこのヤロー、ちょっと寂しいじゃんよ!」

ビシッ! とチョップしてみた。見事に脳天に突き刺さったそれを見て、じー、と見つめてみる。飼い主さんの眉毛あたりが、ぐ、と皺がよる。お、起きる? とろんと垂れた猫目が、ほんの少し、私を見た。「ああ、かいぬしさん!」感動のあまりぐい、と顔を近づけて、ビシビシ頭を(もちろん飼い主さんの)連打。うつべしうつべしうつべし。

ぱしっ

いい音が聞こえた、と思ったら私の右手は、すっぽりと飼い主さんの手の中に。あれ。と、一瞬飛んだ意識の間に、引っ張られた体重は、飼い主さんへと向かう。ボスッ。
聞こえた音が妙に遠くて、あれ、私今なにしてんだってうか何されてんだっていうかコイツ何考えてんだー!?

「……ちいさい」
「あたりまえだ、っていうかお前にいわれたくねー! はなせオラー!」
「……ねむい」
「しらないよ! 何なんだよ! はなしやがれ!」

ちょ、コイツ離れねぇ!
ガッシリと捕まれた腰に、意外と握力強いんだな飼い主さん。向き合う形で、男女(片方は小学生)が、ぎゅー。……あれー? なにやってんだコレ。

「って意識とばしてるばあいじゃねー! ……ヒイイ! かいぬしさんもう寝てる!」
でもその割に離れない!

パタパタパタ、なんて抵抗しても、所詮は小学生。そうさアタイは小学生。ううう、越前リョーマをふん捕まえる計画が、こんな形で終了しようとは。「…おにーさん、起きてよう」あ、マジ泣きそう。

いろんな意味で情けなくなってきて、何とかできないものか、とキョロキョロ当たりを見回してみた。飼い主さんの荷物と思われるでっかいバック。いやいや、くるん、と円を描いているこのデザインは、もしかしなくとも、アレか、テニスバック!

「お、おにーさんは、テニス部なの?」
「……ん、…そう」
「(反応した!)ぶかつ、テニス部に行かなくていいの!」
「……行かないと、ダメ」
「(じゃあ行けよ!)ほらほらじゃあ起きて!」
「ねむい」
(何でそれだけ返事が速いの)


ふー、と息をついて、飼い主さんの耳元に、口を当てる。「あのね、おにーさん、私、やる事があるの、分かる?」
こっくりと頷いた飼い主さんを見て、よし、と頷く。すーっと息を吸い込んで、いった。

「おにーさん、私、越前リョーマを、探さなきゃダメなの」
だから、はなして?

飼い主さんの、むーむーいった声を聞きながら、よしよし理解してくれたかよしはなせ! と飼い主さんを見つめた。そしたら、うっすら飼い主さんは目を開けて、


「大丈夫、それ俺だから」
「ふーん、そうなんだ…
ってお前かよ!


青狸すげー!
でもはやく放して。

ああもうどうでもいいや、と思った途端、ゆるりと離れていく意識に、ゆったりとその身を任せてみる事にした。………やってられないよ!





「うんさん、職務放棄はいけないよ。越前君は見つかった?」
「いいんちょ、難しい言葉は分かりません(分かるけど)。あと越前リョーマは気づいたらいなくなってました」
「もうダメダメだね」

委員長に怒られた。


  


2007.08.01