イチジクベリー、りんごを一つの続編です。シーナが出ますが友情です。



    




可愛い女の子を探してる。


男として、可愛い女の子を探して愛でて、できることなら仲良くしてよしよしして、イイカンジの関係になればサイコーで、でもやっぱり俺は“女の子”がみんな好きだから、そんならバイバイ、また別の形で会いましょう、とお別れして旅をする。金がなくなりゃ護衛でもバイトでもなんでもするし、どうしようもなくなりゃ遠い国の親父に泣きつく。

まあなんていうか、優雅な一人旅ってやつだった。
剣を握ることも、魔法を使うことも嫌いじゃない。けれども好きではないかもしれない。焦げ臭い戦場の中で、息ばかりを荒くして勝手にこぼれた涙に、自分自身驚いて、甲で拭う。遠い空が真っ赤に燃えていた。叫び声が聞こえた。昨日笑ったやつが消えていた。英雄になるべきやつが、姿を消した。(やめやめ、やめやめ!) 

嫌なことばかりを思い出した。俺はもうあそこにない。全部が終わった。一人きままに生きていく。そんで満足したら国に帰る。そんな生活をするのだ。(この店には、カワイコちゃんはっと……) いるのかね? とちょっとの期待をこめて、店内で視線を巡らせた。「ん?」 ちょっとだけピン、ときた。後ろ姿は中々ナイスだ。でも表から見りゃ、あららぁ、ということなんて、よくよくある。

俺はズボンのポケットに手をかけて、スタスタと彼女に近づいた。「ねえ」 くるり、と女の子はこちらを向いた。ありがたいことにも、がっかりするような展開にはならなかったらしい。にま、と口元を緩めた。

「きみ、カワイーね! なになに、ここで働いてるの? 店員さん? 俺シーナ。旅人。いいねー、この店。何がおすすめ? うまいのなに? つーかさ、いつ仕事終わるの? 終わったら俺と遊ばない? ってかさ、街を案内してよ。ここに来たばっかで、全然わっかんねぇーからさぁ!」

ぺらぺらとお得意の口周りをよくすると、彼女は眉をハの字にして、困ったように頭を落とした。押しの弱い子なのだろうか。だったらまあいけるかもしれない、とまたニマリと笑って、言葉を畳み掛けようとした。慌てて、女の子は持っていたメモ帳を俺につきだした。文章が書いてある。



『ご注文は、なんですか?』
「…………うん?」

なんぞこれ、と頭を揺らした。
可愛い飯屋の店員は、言葉が話せない女の子だったらしい。





「暇だからさ、相手してよ」という俺の言葉を理解したのかしていないのか、曖昧に首をかしげる少女は、ちらりと女将に目をむけた。「いいよいいよ」と彼女は笑って返事をしたあと、わずかばかりに考えて、「だいじょうぶ」と、ゆっくりめに言葉をつぶやき、親指と人差し指で丸をつくった。もしかすると、耳も悪いのかもしれなかった。

可愛いのになあ、と俺は肘をつきながら、おずおずと椅子に座る彼女を見つめた。「名前は?」 ゆっくり目に聞いてみた。今度はすぐに分かったらしい。持っていたメモ帳から、すでに準備済みのページをこっちに見せて、『

ちゃん?」

こくこく、と彼女は嬉しげに頷いた。「俺、シーナ」 わかる? と聞いても、よくわからなさそうな顔をしていたから、ペンと紙をかりて、文字を書いた。『名前はシーナ』 

ちゃんは、じっとその紙を見つめた。それから返したペンを持って、『はじめまして、シーナさん』

紙の上の挨拶は、なんだかくすぐったくて、こりこりと鼻の頭をひっかいた。




『遠い場所から来ました。だから文字が下手です。言葉も聞く、下手です』
『どっから来たの?』
『日本』
『しらないなあ。俺はトラン』
『トラン?』
『そう。ちょっと前まで、赤月って名前だった』

俺たちは、かりこりと紙の上でおしゃべりした。話すスピードは口と比べたらとんでもなくゆっくりで、もどかしい。けれどもなんだか楽しくて、手のひらの上に頬をのせて、俺はケタケタと笑った。
彼女は人を探しているらしい。ちゃんと言葉を覚えて、お金が溜まったら、いつか街を出て、その人を探したいという。そりゃちょっと、無謀なんじゃねぇかなあ、と思ったけれど、そんなことはもう既に色んなやつらから言われ慣れているんだろう。こつこつ、と紙の上でペンを叩いて、それからゆっくり文字を書いた。

『頑張って』

じっと文字を見つめて、意味を理解したらしいちゃんは、俺と目を合わせたとき、とても嬉しげに笑った。
最初は可愛い子だと思った。けれども違った。

ちゃんは、めちゃくちゃかわいい女の子だった。



   ***



それから数日して、俺はまた次の街に行くことにした。もう一度、あの飯屋に顔を出そうかと思ったが、やめておくことにした。旅をしていれば、出会いも別れもつきもので、全部をいちいち感傷的に思っていたらキリがない。
荷物をかかえて、さてと父親から譲り受けたキリンジを確認して、市場を通りぬけ、街門の外へ向かおうとした。ふと、見覚えのある姿を見つけた。あちらも同じくこっちに気づいたらしい。

店の買い出しか何かだろうか。たっぷりと食料を抱えていたちゃんは、パチパチと何度も瞬いた。それから俺の顔と、来た道を確認して、また俺の顔を見た。俺はちょいちょいと門を指さした。それからバイバイと手を振った。まあこれで分かるだろう。そう思うのに、ちゃんは何やら慌ただしく持っていた荷物を抱きしめて、おろおろと視線を彷徨わせた。

荷物を下ろしたいのに下ろせない。そんな動きはちょっとだけ面白かったのだが、いつまでも時間をくうわけにはいかない。俺はくるりと背を向けて、一歩を踏み出した。そしたら、声が聞こえた。「シーナさん!」 ぎょっとして振り返った。「またね!」


荷物を抱きかかえて、真っ赤な顔で大声を出したちゃんを、ぽかんと見つめた。周りの視線に気づいたらしいちゃんは、今度は別の意味で顔を赤くして、肩を小さくすぼめた。思わず吹き出した。「んだよ、しゃべれるんじゃん!」 でも少し、発音はおかしい。口元を手の甲で多いながら、ひとりごとみたいに笑った。それからまた彼女に向かって握った拳を持ち上げた。

「おう、またな!」





いい旅立ちの日だった。







2013.03.06
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