4
「テオさん、今日もお泊まりですか?」
「うん、久しぶり。厄介になるよ」
テオさんはにこりと微笑んで、頭のバンダナをそっとはずした。テオさんの荷物はあんまり多くない。常に自分で持ち運んでいる。なので荷物を預かる必要もなく、ただ場所へと案内して、「ここのベッドを使ってください」と指を差すだけだ。彼はうんと頷いた。そしてぽすりとベッドに腰を下ろした。私はぺこりと頭を下げて、そのままカウンターへと向かおうとした。けれどもなんとなく視線を感じて振りかえった。
テオさんがじっとこっちを見ている。
急に恥ずかしくなって、自分の顔を手のひらで隠してみた。この頃ちょっと慣れてきたというのにもう駄目だ。あぐう、と喉の方で妙な声を出してしまって、体が小さくなっていく。そのまま逃げてしまおう、としたとき、テオさんが唐突に私へと声をかけた。「ねえ、さん」「はいいっ」「いや、そんな固くならなくていいから」 ハハハ、と彼は軽く笑った。
「いや、大したことじゃないんだけどさ」と、テオさんは少しだけ声を曇らせた後、こほん、と咳をついた。「仕事、お昼休憩とか、時間あるかな?」「はい?」「一緒にご飯とかどうだろう。俺、そこまでこの城に慣れてないし。案内もしてくれると助かるな」
どうだろう、とテオさんがぎゅっと手に持つバンダナを握りしめた。私は彼の台詞を飲みこんで、よくよく認識して、数秒経った後に剛速球で首を縦に振った。「よかった」とテオさんはほっとしたように笑った。
「あのっ、休憩まで、あと一時間くらいですんで、待っててください!」
「うん。誘ったのは俺だし。あんまり急がなくていいから」
テオさんはパタパタと手を振った。私は急がなくていいから、というテオさんの言葉にうんうん頷いた後、やっぱり急いでカウンターへと向かった。早歩きで歩きながら、自分の両目をごしごしとこすって、嬉すぎて死んでしまうかもしれない、と首を振った。
さんを食事に誘った。
この城に慣れていないだなんて、どう考えても嘘だった。もう何度も来ているし、記憶力はいい方なので、一度道を通ればだいたいのことは覚えてしまう。我ながらなんて嘘っぽいんだろうか、と少しだけ苦笑したけれど、さんは特に疑問もないらしく、あっちがお風呂で、こっちがレストランです、と時々舌をあいたと噛んで照れ笑いをしながら教えてくれた。
彼女を見ていると、勝手ににこりと頬が緩んだ。さんが不思議気にこちらを見ている。「いや、そろそろお腹がすいたね」「はいっ、そうですね。ハイ・ヨーさーん!」 注文いいですかー! と小さな手を力いっぱいぱたぱた振る彼女を見ながら、席に着く。中々に繁盛しているらしく、レストランは常に人でいっぱいだ。
ふと、その人垣の中に見覚えのある男を見つめた。そいつは短い髪の毛ぱさりと振って、「おお」と目を大きくさせた。「シーナ」「おー、久しぶりじゃん、」、と言おうとしたとき、俺はシーッと口元に人差し指を伸ばした。「今はテオだから」「アアン?」 シーナは何度か瞬きを繰り返した後、俺の隣で瞳をきょとりとさせているさんを見て、ああなるほど、と言うように頷いた。
「まあ、いーや。俺も連れ待たせてるからさ。また今度な」
「うん、じゃあね」
パタパタと手を振って、シーナを見送る。さんがシーナの背中を見つめた後、俺を見て、「お知り合いですか?」「まあ、ちょっとした友人かな」 数年前の戦争で。という言葉は飲みこんだ。
仕事があるというさんを見送っている最中、ポンと背中を叩かれた。半分相手を予想しながら振り返ると案の定で、シーナは口元をにやにやさせながら、ぽんぽんぽん、と何度も俺の背中を叩く。数年見ない間に随分伸びた彼の背を見上げた。よう、と言うように、左手を軽く上げて、お互いパンッと叩き合わせる。「ひっさしぶりだよなーホント!」「話には聞いてたけどね、君も参加してるって」「俺も前の奴らから聞いてたけどな」
まあ座れよ、というように、シーナは芝生の上を叩いた。俺はよっこいせと胡坐をかきながら、周りを見渡す。シーナも同じく確認した後、「、お前変わったなあ」と唐突ににやついた。なんとなく、彼の言いたいことが分かったけれど、分からないふりをして、「変わってない、とはよく言われるけどね。そう言われるのは初めてかな」と口元をニヒルに笑わせる。
シーナは少しだけ困った顔をして、「あほか」と呟いた後、「さっきの子だよ。女の子。お前、前だったらさ、絶対近寄らせないだろ」心なしか、少しだけ嬉しそうにして、彼は語尾を跳ねあげた。そして視線をふらふらさせた後、口元を片手で覆いながら、「あのさぁ」と言い辛そうに、けれども少しだけにやにやとしてシーナは小声で俺の耳に呟いた。「さっきの子とさ、そのさぁ」
もごもごと口元を動かす彼が、言いたいことはなんとなく分かる。俺は顎を手のひらに乗せたまま、うん、と頷く。「うん、好きだよ。お互いね。両思いだ」「おお」「彼女に言うつもりはないけど」「……おお」
だよなあ、とシーナはため息をついた。だよねえ、と俺もため息をついた。
「この戦争が終わったら、彼女の前から姿を消すよ。一緒にいたら、踏ん切りがつかなくなりそうで怖い」
「消すっつってもさ、案外見つかっちまうんじゃないの」
「あの子は俺の名前も知らないからね」
「準備万端すぎだろ」
ありえねー、とシーナがため息をついた。
最初はそういうつもりじゃなかったんだけどな、と苦笑して上を見上げた。ぐんとそびえるデュナン城が俺達を見下ろしている。「まあ……そういうのはさぁ、俺がなんとか言えたことじゃねーし。言っても仕方ねーだろーし」 ハハハ、と場を誤魔化すように笑うと、シーナは少しだけ不機嫌そうにして、「笑うなよ」と呟いた。俺はごめんと謝ることもできず、口元だけを笑わせた。
シーナは少しだけ眉間に皺を寄せた後、「俺、でも、わかんねーけどさ」と口元をうにょうにょ動かす。
「好きになっちゃったんなら、しょーがないんじゃないの、と思うけどね」
「シーナが言うと説得力があるな」
「どういう意味だよ」
「刹那的な男だって言いたいのさ」
「難しい言葉を使わないでください」
別に刹那的、今が幸せなら構わないという考えでも、かまわないと俺は思う。けれどもそれは、両方がお互いの事情を熟知して納得した上でのことだ。俺は彼女に何も言っていないし、彼女は何も知らない。これが都合のいいように、俺はソウルイーターを既に使いこなしていて、近しい人間の魂を喰うなんてこともなくって、ついでに言えば彼女も真の紋章を持っていればハッピーエンドだったのだろうけど、そんな訳はない(いや、それはそれで、また別の葛藤があるのかな)
そういうのは、とっくの昔に諦めているのだ。期待すらしていない。(会えただけでも嬉しいと)そう思わないといけない。まあまあ、と俺はシーナの肩をたたいた。
「お前の噂も聞いてるぜ。そろそろナンパは卒業したんだろ」
「ハァ!?」
「ン? どっかから女の子拾ってきて、その子と仲良くしてるって聞いたけど、間違いだった?」
「しっしらねー! なんですかねそれは、デマデマデマ! 信じらんねぇ誰が言ってたそんなこと!」
「さぁ? 色々聞き過ぎて……ちょっとわからないな」
「ぎゃー!」
頭を抱えながらごろごろと芝生の上に転がるシーナを暫く見つめた後、「おーい、さっきの子には手を出すなよー」と伝えた。シーナはごろごろ遠ざかりながら、「ださねーよばかやろー」と声を小さくさせ、芝生に顔からつっぷしながら赤い耳を隠せていない彼を見て、人は変わるものだな、と笑った。
そして争いは終結する
← ■ →
2011.05.15
「テオさん、今日もお泊まりですか?」
「うん、久しぶり。厄介になるよ」
テオさんはにこりと微笑んで、頭のバンダナをそっとはずした。テオさんの荷物はあんまり多くない。常に自分で持ち運んでいる。なので荷物を預かる必要もなく、ただ場所へと案内して、「ここのベッドを使ってください」と指を差すだけだ。彼はうんと頷いた。そしてぽすりとベッドに腰を下ろした。私はぺこりと頭を下げて、そのままカウンターへと向かおうとした。けれどもなんとなく視線を感じて振りかえった。
テオさんがじっとこっちを見ている。
急に恥ずかしくなって、自分の顔を手のひらで隠してみた。この頃ちょっと慣れてきたというのにもう駄目だ。あぐう、と喉の方で妙な声を出してしまって、体が小さくなっていく。そのまま逃げてしまおう、としたとき、テオさんが唐突に私へと声をかけた。「ねえ、さん」「はいいっ」「いや、そんな固くならなくていいから」 ハハハ、と彼は軽く笑った。
「いや、大したことじゃないんだけどさ」と、テオさんは少しだけ声を曇らせた後、こほん、と咳をついた。「仕事、お昼休憩とか、時間あるかな?」「はい?」「一緒にご飯とかどうだろう。俺、そこまでこの城に慣れてないし。案内もしてくれると助かるな」
どうだろう、とテオさんがぎゅっと手に持つバンダナを握りしめた。私は彼の台詞を飲みこんで、よくよく認識して、数秒経った後に剛速球で首を縦に振った。「よかった」とテオさんはほっとしたように笑った。
「あのっ、休憩まで、あと一時間くらいですんで、待っててください!」
「うん。誘ったのは俺だし。あんまり急がなくていいから」
テオさんはパタパタと手を振った。私は急がなくていいから、というテオさんの言葉にうんうん頷いた後、やっぱり急いでカウンターへと向かった。早歩きで歩きながら、自分の両目をごしごしとこすって、嬉すぎて死んでしまうかもしれない、と首を振った。
さんを食事に誘った。
この城に慣れていないだなんて、どう考えても嘘だった。もう何度も来ているし、記憶力はいい方なので、一度道を通ればだいたいのことは覚えてしまう。我ながらなんて嘘っぽいんだろうか、と少しだけ苦笑したけれど、さんは特に疑問もないらしく、あっちがお風呂で、こっちがレストランです、と時々舌をあいたと噛んで照れ笑いをしながら教えてくれた。
彼女を見ていると、勝手ににこりと頬が緩んだ。さんが不思議気にこちらを見ている。「いや、そろそろお腹がすいたね」「はいっ、そうですね。ハイ・ヨーさーん!」 注文いいですかー! と小さな手を力いっぱいぱたぱた振る彼女を見ながら、席に着く。中々に繁盛しているらしく、レストランは常に人でいっぱいだ。
ふと、その人垣の中に見覚えのある男を見つめた。そいつは短い髪の毛ぱさりと振って、「おお」と目を大きくさせた。「シーナ」「おー、久しぶりじゃん、」、と言おうとしたとき、俺はシーッと口元に人差し指を伸ばした。「今はテオだから」「アアン?」 シーナは何度か瞬きを繰り返した後、俺の隣で瞳をきょとりとさせているさんを見て、ああなるほど、と言うように頷いた。
「まあ、いーや。俺も連れ待たせてるからさ。また今度な」
「うん、じゃあね」
パタパタと手を振って、シーナを見送る。さんがシーナの背中を見つめた後、俺を見て、「お知り合いですか?」「まあ、ちょっとした友人かな」
仕事があるというさんを見送っている最中、ポンと背中を叩かれた。半分相手を予想しながら振り返ると案の定で、シーナは口元をにやにやさせながら、ぽんぽんぽん、と何度も俺の背中を叩く。数年見ない間に随分伸びた彼の背を見上げた。よう、と言うように、左手を軽く上げて、お互いパンッと叩き合わせる。「ひっさしぶりだよなーホント!」「話には聞いてたけどね、君も参加してるって」「俺も前の奴らから聞いてたけどな」
まあ座れよ、というように、シーナは芝生の上を叩いた。俺はよっこいせと胡坐をかきながら、周りを見渡す。シーナも同じく確認した後、「、お前変わったなあ」と唐突ににやついた。なんとなく、彼の言いたいことが分かったけれど、分からないふりをして、「変わってない、とはよく言われるけどね。そう言われるのは初めてかな」と口元をニヒルに笑わせる。
シーナは少しだけ困った顔をして、「あほか」と呟いた後、「さっきの子だよ。女の子。お前、前だったらさ、絶対近寄らせないだろ」心なしか、少しだけ嬉しそうにして、彼は語尾を跳ねあげた。そして視線をふらふらさせた後、口元を片手で覆いながら、「あのさぁ」と言い辛そうに、けれども少しだけにやにやとしてシーナは小声で俺の耳に呟いた。「さっきの子とさ、そのさぁ」
もごもごと口元を動かす彼が、言いたいことはなんとなく分かる。俺は顎を手のひらに乗せたまま、うん、と頷く。「うん、好きだよ。お互いね。両思いだ」「おお」「彼女に言うつもりはないけど」「……おお」
だよなあ、とシーナはため息をついた。だよねえ、と俺もため息をついた。
「この戦争が終わったら、彼女の前から姿を消すよ。一緒にいたら、踏ん切りがつかなくなりそうで怖い」
「消すっつってもさ、案外見つかっちまうんじゃないの」
「あの子は俺の名前も知らないからね」
「準備万端すぎだろ」
ありえねー、とシーナがため息をついた。
最初はそういうつもりじゃなかったんだけどな、と苦笑して上を見上げた。ぐんとそびえるデュナン城が俺達を見下ろしている。「まあ……そういうのはさぁ、俺がなんとか言えたことじゃねーし。言っても仕方ねーだろーし」 ハハハ、と場を誤魔化すように笑うと、シーナは少しだけ不機嫌そうにして、「笑うなよ」と呟いた。俺はごめんと謝ることもできず、口元だけを笑わせた。
シーナは少しだけ眉間に皺を寄せた後、「俺、でも、わかんねーけどさ」と口元をうにょうにょ動かす。
「好きになっちゃったんなら、しょーがないんじゃないの、と思うけどね」
「シーナが言うと説得力があるな」
「どういう意味だよ」
「刹那的な男だって言いたいのさ」
「難しい言葉を使わないでください」
別に刹那的、今が幸せなら構わないという考えでも、かまわないと俺は思う。けれどもそれは、両方がお互いの事情を熟知して納得した上でのことだ。俺は彼女に何も言っていないし、彼女は何も知らない。これが都合のいいように、俺はソウルイーターを既に使いこなしていて、近しい人間の魂を喰うなんてこともなくって、ついでに言えば彼女も真の紋章を持っていればハッピーエンドだったのだろうけど、そんな訳はない(いや、それはそれで、また別の葛藤があるのかな)
そういうのは、とっくの昔に諦めているのだ。期待すらしていない。(会えただけでも嬉しいと)そう思わないといけない。まあまあ、と俺はシーナの肩をたたいた。
「お前の噂も聞いてるぜ。そろそろナンパは卒業したんだろ」
「ハァ!?」
「ン? どっかから女の子拾ってきて、その子と仲良くしてるって聞いたけど、間違いだった?」
「しっしらねー! なんですかねそれは、デマデマデマ! 信じらんねぇ誰が言ってたそんなこと!」
「さぁ? 色々聞き過ぎて……ちょっとわからないな」
「ぎゃー!」
頭を抱えながらごろごろと芝生の上に転がるシーナを暫く見つめた後、「おーい、さっきの子には手を出すなよー」と伝えた。シーナはごろごろ遠ざかりながら、「ださねーよばかやろー」と声を小さくさせ、芝生に顔からつっぷしながら赤い耳を隠せていない彼を見て、人は変わるものだな、と笑った。
そして争いは終結する
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2011.05.15