ぼくと備兵団




相変わらずハオウのモンショーさんは、僕の左手にくっついていて、きみちょっと変だよね? と話しかけた瞬間ビリビリっと電撃がやってくる。これはちょっとしたイジメだと思う。僕はどちらかというとからかわれっ子なので、そういうのには慣れていたつもりだったんだけど、これはダメだ。痛いのはダメだ。涙が出てくるし。

最後の食料、コッペパンを口に詰め込んで、僕はのそのそ山をおりてみた。ありがたいことにイノシシくんには出会わず、街に出たら、すぐさまケーサツに行って、僕は不良じゃないです、気づいたらここにいてユーカイされていました。助けてください、あとクラスの男の子に給食セットを取られたんですけどいい加減返してください、と言わなきゃいけないのだ。

リハーサルはばっちりであったはずなのに、僕はランドセルのひもを握りしめ、すぺーん! と山の斜面を転がり落ちながら、僕は街に向かったのだ。ランドセルの中身は再びぶちまけた。
木々の間を縫って歩くにつれ、僕は嫌な予感がじりじりと背中からやってきた。うっすらと下に見える街並みが、僕が見慣れたものではなく、街ではなく、村と言った方がただしいことに気づいたのだ。

どれだけ僕は辺鄙なところに来てしまったんだろう、とじわりと涙が溢れてきて、ごしごしと腕で涙を拭いて、目の前を歩く大人に声をかけようと思った。「あ、あのー!」「あん?」 見下ろされた視線が怖かったので、即座に逃亡した。だめだ、僕にはレベルが高すぎる。

なのでひっそりと建物の間に隠れていると、いつの間にかちょこんと座っていた男の子に、ひぎゃー! と飛び跳ねた後、いいやこれはチャンスだ僕よ、とちょこちょこおすわり体勢なまま近寄り、「ねえねえきみ」と声をかけてみた。男の子はぶしっと鼻を服でかんでいたので、「汚いよー、これをあげよう」とティッシュをぎゅむっと彼の手に渡しながら、「ねえ、ケーサツどこ? 交番でもいいよ」

男の子はきょとんとしたまま僕が渡したティッシュを持っていた。僕はティッシュを取り出して、「はいちーん」としながら、いったい何をしているのかちょっとよくわからなくなってきた。男の子はティッシュでぶびーん、と鼻をかみながら、「知らない」「じゃあ公衆電話ないの?」 ポケットの中をごそごそしてみる。「僕ね……多分持ってるよ、お金。ほら、全財産二十円!」 

お菓子やさんでガムを買おうと思って、ポケットの中に入れておいたのだ。じゃじゃーん、と出した僕のお金を、男の子はひょいっと取り上げ、「なにこれー」と言いながら、ぽいっと投げ捨てた。「僕の全財産!?」 なんてこった!?

これはひどいよ! と涙ながらにお金を探しても、あの丸っこい銅貨はころころ転がり、消えてしまったらしい。なくなってしまったものは仕方がない。「ねえ、ここ、どこなの?」 せめて場所が分かればいいのだ。男の子は、僕のティッシュでぶーん、と鼻をかみながら、なんてこともなしに口を開いた。「リューベの村」「…………なんだかハイカラなお名前だねぇ」



ここは僕のいた世界じゃない



そう思うのは、ハオウのモンショーさんが、何だか僕の左手で、ずっとそう叫んでいるような気がするのだ。とにかく、ご飯がないと生きていけない。僕は怖くなって、山の中にひっこんだ。けれども山の中も、ときどきイノシシさんがやってくる。「もんしょーさん、もんしょーさん、僕はどうしたらいいですか……」 ぼろぼろ涙をこぼしながら、木の上に登って涙をこぼした。お腹はぐーぐーと空いている。ゆっくりと日が沈んでいく。
体の奥がガチガチと震えていた。僕、死んじゃうかもしれない。「も、もんしょうさん、はおーの……」 びりびりびり 「うおおおおおお」


ちょっと待ってよ、これは流れ的におかしいよ。こっちが助けてくださいって言ってるのに、知らねーよ的に追い打ちをかけてくるの。これはひどいよ。「もんしょーさん、ひどいよ!」 瞬間、再びビリビリした。落っこちそうになる体を無理やり幹に抱きつける。ふと、モンショーさんが僕に話しかけてきたのだ。僕はぎゅっと目を瞑った。聞かないと。この人……人? 以外、僕は頼れる人がいないんだ。


発音が  悪い  我は   覇王の 紋章 で ある








「細かいよ!?」
っていうか器がちっちゃいよ!




その夜、僕は初めて星空の中で、ぎゅっと木に抱きつきながら眠った。
木の上だったら、動物に襲われない。そうどこかで聞いたことがあったけれど、不安でいっぱいだった。相変わらずべそべそしていたら、うぜえんじゃ、という風に紋章さんがビリビリしてくる。ひどい。器がちっちゃい。

「おかーさぁん……」

給食セット、無くしちゃったよぉ。
自分でも見当違いの方向の報告をしながら、やっぱりべそべそ涙が溢れてきた。そのとき、ふと誰かに頭がなでられたような気がしたのだ。ハッとして顔を上げると、男の人がにこにこと微笑んでいた。僕は口をパクパクさせた。きゅーん、と左手の紋章さんが叫んでいる。きらきらと光っていて、え、え、え、と男の人と紋章さんを見比べて、その後に木の枝に、二人分体重がのっしり乗っていることに、ささっと寒気がした。折れちゃうかも。

でも、そっちの心配はいらないようだった。よしよし、と彼はなんにも言わないで、僕の頭を撫でてくる。がんばれよ。そう言って、口がパクパク動いていた。高校生くらいか、それよりもちょっと大きなお兄さんだろうか。テレビで見てるみたいなかっこいい男の人だ。彼は最後にニコッと笑うと、僕が瞬きをした瞬間に消えてしまった。「えええ、えええ、ええええ!」 幽霊さん!?

ぎゅっと絞めつけられていたような、左手の痛みもなくなっている。もしかして、と僕は唾を飲み込んだ。「今の、覇王の紋章さん?」 紋章さんはなんにも言わなかった。しーん、と無言を決め込んでいる。僕はさっきの男の人を思い返した。「いやあ、それはないかなぁ。かっこいい優しそうなお兄さんだったしびりびりびり」 僕って懲りない奴である。



***


「おーい、フリックー」「フリックさーん、こっちお願いしまーす」「フリックさーん、食堂の米が足りませーん!」


「なんでもかんでも俺に報告するんじゃなーい!」
ビクトールがいるだろうが、ビクトールが! 

うおおお、と真っ青なマントと青いバンダナをつけた青年が、ばーん! と力の限りテーブルを叩いた。乗せられていた書類が僅かに飛び上がり、それと一緒に報告に来た少年も飛び上がる。「あ、悪い、ポールに当たっても仕方がないよな」 慌てて言葉を入れると、そばかすの少年が、照れたようにほっぺたをひっかいた。

「ま、とにかく、こっちの書類が終われば顔を出すって伝えといてくれ」「はい!」 ぴゅんっ、とポールは飛び出し、元気に階段を駆け下りる。「こけるなよー」とフリックはドアから顔をのぞかせながら、くすくすと微笑んだ。若い。幼い、といえばいいのかもしれない。自分にもあんな頃はあった。

(……それにしても……)
この頃、随分忙しいような気がする。備兵隊に志願する人数も増え、警護の依頼も多い。食うに困らない今の状況はありがたいが、裏返せば、きな臭くなっているということである。気合の入れどころだ。パシンッと自身の頬を叩き、部屋に戻ろうとしたとき、「フリックさーん!」と、また別の声がかかる。少々うんざりしながらも、「なんだ?」と首をかしげると、古参の兵が、「それがですねぇ、リューベの村からちょっと頼まれごとをもらったんですが」「ほう」

リューベの村は、この砦からも近く、色々と世話になっている。フリックは幾分か顔を引き締め、青年の言葉を待った。


「なんでもこの頃……野菜泥棒が出るみたいなんですよ」
「…………うん?」




  

2011/09/01

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