ぼくと備兵団







    リューベの村に野菜泥棒が出る。

そんな言葉を聞いて、俺は頭をひっかきながら、腰を上げた。「フリックさんが直接行くようなことじゃないですよ?」と首をかしげる団員に、「まあちょっとした気分転換だ」と苦笑する。世話になっている村を放っておくのも気になるし、どうせそろそろ一度村に顔をだそうと思っていたところなのだ。地域との交流を繋ぐことも、重要な仕事である。あいつらは胡散臭い。そう思われてしまえばおしまいだ。(……まあ、そこらへんはビクトールのやつが、ミューズの市長と顔なじみってんで楽っちゃ楽だけどな)

しかし、一応の責任者、ビクトールがあんな奴なのだ。熊のような外見をしていて、ガハハと力いっぱい笑い、酒は好きだし、その割には人好きがするし、憎めないような、けれども一歩引いてしまうような、不思議な男なのだ。数年前の自分は、随分アイツに不信感を持っていたなぁ、と苦笑して顎を撫でた。そして件の野菜泥棒である。


「フリックさんにわざわざ来ていただいて、いやあ、申し訳ないです」
「いや、俺たちも世話になっていますから……うん」

俺はついこの間盗まれたという畑に座りこみ、指先で土をいじった。ニンジン畑のニンジンが、数本すっぽりと抜かれた後がある。「動物じゃあ、ないですね」 動物ならば、こんなに綺麗に盗ってはいかない。食べかすがそこらに転がっていてもおかしくない。村人は、まあ多分、山に妙なもんが住んどるんですわ。まったく。と憤慨したようにため息を吐き出した。「……うん」 俺はもう一度、じっくりと畑を観察してみる。「……小さいな」「はい?」「いや、何でも」

足あとが、随分小さかったのだ。



山への道を、じっくりと観察してみると、小さな足あとが点々と続いている。思わず苦笑した。湧き水がある場所をぐるぐると周り、その後まっすぐ、迷いもなく進んでいく。おそらく寝床か何かだろう、と思えば案の定だった。小さな声が聞こえた。「誰かいるのか?」 俺がひょっこりと顔を出すと、黒い奇妙な鞄を背負った小さな少年が、ぎゅっとニンジンを抱きしめたまま、ひえっと喉を鳴らした。ぼとぼとと手元からニンジンがこぼれていく。おいおい。

お前が野菜泥棒か、と確かめるまでもない。
全身をどろどろにさせ、服に異臭まで漂うその子どもを、俺はぐいっと捕獲した。どうするべきか、と考えながら、とりあえず砦に持って帰ることになった。




「隠し子ですか、フリックさん!」

出迎えと同時に、ポールが叫んだ言葉で、砦の人間達が、こぞってこっちを見つめた。「勘弁してくれ」と片手を振って、背中に眠る少年が起きてやしないかとこっそり振り返ってみたが、ぐーすか眠っている。「……随分くせぇなぁ」「言ってやるな」「フリックさん、マントがべたべたですよ」「それはしょうがない」 洗濯すればなんとかなるさ。と明るく言えば、食堂の奥の方で、「その洗濯するのは誰なのかしらねー!」とフライパンとお玉をかーん、と叩きながらバーバラがじろっとこちらを睨んでいる。

「いや、自分で洗うよ、すまない」
「冗談だよ。あたしらの仕事を取られちゃたまんないわ」

ケラケラと笑いながら、バーバラが俺が背負った子どもを、ふうん、と物珍しげに覗き込んだ。「まあ、随分汚いみたいだけど、中々かわいい顔をしてるじゃないか。とりあえず、起きるまで寝かしておいてやったらどうだい」「そうするよ」




***


パチッと目がさめると、知らない場所にいた。
ぼんやりしながらかけられていた毛布を取って、ごしごしと瞼を拭ってみる。(……服が、ちがう……?)なんでだろ、と考えた後、近くに置かれていたランドセルに手を伸ばし、それをぎゅうっと抱きしめて首を傾げた。ランドセルの泥も拭われていて、気のせいかちょっとだけぴかぴかしていた。
「お、起きたか」

男の人の声がした。逆光になっていて、表情がよくわからない。その人は椅子の上に座ったまま、カリカリとペンを動かしている。そしてそのペンを机の上において、椅子から立ち上がり、僕の横に座り込んで視線を合わせた。その瞬間、僕はハッと思いだしたのだ。僕はこの人に捕まってしまって、泥棒さんだとバレていた。「う、ひゃあ、あ、うわあ!」「こらこら、逃げるな逃げるな」

苦笑しながら、その人はぐいっと僕の首根っこをつかむ。
案外優しい声に、どうしたものだろう、と僕は恐る恐る振り返った。目の前の青いバンダナの人は、なぜだかマントがなくなっていた。その人は、じーっと僕を見つめた後、「まあ、気分転換も必要だしな」と大きな独り言をつぶやいて、僕をぐいっと脇に持ち上げた。

まるで荷物みたいに持ちあげられてしまったことに、僕は力の限り混乱して、「うひゃあああー! うわああああー! たーべーらーれーるー!」 食べない食べない、とその人は苦笑しながら、周りの男の人達に軽く手を振って、とことこ廊下を歩いて、階段を降りていった。やっと外に出たときには僕は一瞬安心したのだけれど、庭で何やら武器を持って訓練している人を通り抜けて、その人達に、挨拶をされているこの男の人は何者なのだ。

僕は抵抗する気さえ失せてきて、丘に上がった魚のようにぷらんと彼の腕の中で垂れ下がっていると、「よし、それじゃあ脱ぐか」 なにごとか。

よっこらせ、と下ろされた地面の目の前には、大きなドラム缶がおいてあった。パチパチと火が燃えていて、一人の男の人が歌を歌いながら、頭の上に布を載せている。「……ビクトール、お前そんなとこにいたのか」「そんなとことは何だよ。風呂は人生の洗濯だぞ」「さっさと上がれ、次がつかえる」「お、なんだそのガキ。さらってきたのか」

「お前じゃないんだからそんな訳ないだろう」と青いバンダナのお兄さんが、熊みたいなおっちゃんと話していたのだけれど、僕的に言うのであれば、誘拐と大して変わらない。しかしながらそんなことも言えず、バンダナのお兄さんにすっぽんぽんにされ、ついでにお兄さんもばさばさと服を脱いでいく。ざぶーん、と音と立てながら、ビクトールと呼ばれた熊さんがドラム缶の中から立ち上がった。「おいこら、お湯がなくなるだろうが」「お、すまんすまん」

ぱしーん、と白いタオルを素っ裸なまま肩に乗せ、「あー、いい湯だったー」と空を見上げるビクトールさんを見て、僕はただただ彼の下部分を、目をまんまるくして見つめた。熊さんは熊さんではなく、象さんだった。「お、オウマイガァ……」「おいビクトール、なんだかわからんがショックを受けてるみたいだぞ、前くらい隠せ」「お、わりーわりー」


僕は青いお兄さんに抱え上げられ、どっこいしょ、と二人一緒にドラム缶の中に入った。お兄さんの膝の上に乗っかりながら、あまりの熱さに、もしやこれは僕を煮て、ダシでも取ってしまうおつもりなのか、とネガティブに考えてしまったが、さすがにそれはないと思いたい。

頭がぐらぐらしかけている僕のほっぺたを、お兄さんはケラケラ笑いながら撫でた。「おお、これは想像以上に汚れてたなー」 お風呂のお湯が、僕の所為でどんどん汚くなっていくお湯に、ささっと顔が青くなった。これじゃあお風呂の意味がない。慌てて出ていこうとする僕に、「こらこら火傷するぞ。あー、最初に体を洗ってから入るべきだったなー」 あとでレオナとバーバラに叱られるなあ、と苦笑して、お兄さんは僕を後ろから、ぎゅっと抱きしめた。

「あー、いい湯だー」



  

2011/09/03

お風呂でもバンダナを取らないフリックさんは、本当はちゃんとバンダナをとってるって信じてる……

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