はじまりの日



僕はお花畑の中で、ぼんやりと立っている。
どこかで見たような場所だなぁ、と思ったのだけれど、すぐに分かった。僕がここにやってくるときに見た、あの不思議な花畑だ。僕はさっと左手を上げて、じーっと見つめてみた。フリックさんにもらったぶかぶかの皮の手袋をはめているけれど、その向こう側にある覇王の紋章さんに、「きみが犯人ですか?」と訊いてみる。

紋章さんはうんともすんとも言わなかった。「紋章さんは無口なんですか? それとも何も考えてないお馬鹿ちんなんですか?」 と言った瞬間ビリビリビリリン★ときたので、お話は聞いてくれているらしい。気のせいか、僕はこの頃体を張りすぎである。




目の前では、なんとか様がぼんやりと立って、空を見つめていた。相変わらず、体育の先生みたいな顔をしている人だなー、と僕は思いながら、そそくさと何とか様の前に出た。「こ、こんにち、は……?」 一応声をかけてみたのだけれどもダメだ。なんとか様は、ぼーっと空を見るばかりである。さすがにココまでどうの入った無視はないだろう、と思って、やっぱり僕のことが見えてないのかな、と思った。

することもないので、僕はなんとか様の隣に立って一緒にお空を眺めてみた。随分空の位置が近い。周りを見てみると、どうやらお城みたいな場所の最上階らしい。エエー、コワーイ、あ、僕これ知ってる。「グリーンビルディングだね!」 前に先生が言っていた。ビルの屋上に植物を植えたりすると、ちょっぴり涼しくなったりして、いい感じになるそうなのである。「なんとか様、エコですね!」 とりあえず声をかけてみたのだけど、やっぱり無視であった。ちょっぴり寂しい。

けれどもなんとか様は、ぽつりと口元を動かした。「クラウディア、何故先に逝ってしまった……」 どちらさん? 
そのあんまりにも寂しそうな口調が悲しくなって、僕はなんとか様に頷いた。「あ、先にどっかに行かれちゃったんですか? 僕もですね、友達と約束してたのに、僕の給食が食べるのが遅いって、先に遊びに行かれちゃって、すっごく寂しかったです」 ねー。と声をかけてみても、お返事が返ってくる訳ではないので、寂しい限りである。

はふー、と僕がため息を漏らしたとき、なんとか様が、「誰だ」と言った。ぎくり、と肩を震わせたのだけれど、僕ではない。あれ、これ前におんなじような感じでなかったっけ。
おそるおそる、という風に、大きなお花の足元から出てきたのは、紫と緑のバンダナの男の子だった。くんだ。

相変わらずくんは、瞳をきらきらさせていて、「またお前か」となんとか様は呆れたようにため息をついた。「はい、です!」 にこにこしながら笑っていて、なんとか様は呆れているのだけれど、やっぱりどこか嬉しそうに口元を上げた。あ、寂しくなくなったんだ。そう思った。

「ま、ときどきならば、来てもかまわんが」
「はい、来ます。ときどき来ます、バルバロッサさま        !」


今度は名前が聞こえた。
ばるばろっささま。僕は口の中でゆっくりと唱えて、バルバロッサ様を見上げた。けれどもぐにゃりと風景が崩れ去って、僕はベッドの中から飛び起きた。隣ではポールくんが、ぐーぐー大きな口を開けて眠っている。
「バルバロッサさま…………」 何だか分からないけれど、左手がギリギリと傷んだ。忘れちゃならない。あの人は、忘れちゃダメだ。そう思った。覇王の紋章さんが、少しだけ悲しんでいる気がする。じくじくする痛みは、紋章さんがぽろりと涙をこぼしているみたいだった。


その日、フリックさんが、頭に金の輪っかをはめた男の子を連れて帰ってきた。




***



どうすればいいんだろう、と僕は考えていた。「、そんじゃあ次はブーツを持って来いよ。2つだぞ、間違えるなよ」という、ポールと名乗った少年の言葉に、僕はうんと頷く。火打石、小麦粉、ブーツ。「はい、ブーツ何個?」と訊かれたので、僕は迷うことなく答えた。「3つ」

(こんなことしてて、いいのかなー………)

ごそごそ貰ったブーツを懐の中にいれながら、ううん、と首をひねる。
いい訳がない。
ハイランド王国少年兵部隊ユニコーン隊。それが今まで僕が所属していた部隊の名前だ。ハイランドは、長い間、都市同盟と争っていたが、ついこの間、ミューズのアナベルという市長を中心にして、休戦協定が結ばれた。と、いうのは僕自身よくわかっていないのだけれど、「え、つまり戦争は終わったってことだよね?」と首を傾げる僕に、幼なじみのジョウイは、「だからね、、つまりはこういうことなんだよ」とこんこんと根気強く教えてくれたのだ。まったく、頼りになる幼なじみである。

だから僕は、自分の姉が待つ家に帰ることができる。そう思っていたのだけれど、なぜだかわからないが、ユニコーン隊はあっという間に火に焼かれ、しかもそれを指示していたのが、隊長であるラウドと、ハイランド王国皇子である、ルカ・ブライドだった。僕とジョウイは、友人の屍を乗り越えて、崖から飛び降りた。

飛び降りた瞬間、一瞬ふわりと意識が飛んだ。けれども、冷たい水に顔が叩きつけられ、ハッと目が覚めた。死んでしまう。そう思って、死んでしまった親代わりのゲンカク爺ちゃんの教えを思い出して、僕は必死で体を動かした。水の中で服を着ていると動きが悪くなる。けれども服を脱いではいけない。とにかく、なるべく水を飲み込まないように。(……ジョウイ) もう一人の幼なじみのことを思い出した。

必死で顔を動かすと、友人はだらりと意識がなく、激流に流されている。(ジョウイ!) 僕は力の限り彼を助けようと手を伸ばした。けれども届かない。ちくしょう、と水の中じゃなければ、舌打ちをしていたに違いない。ジョウイはどんどん先に流れていく。必死で泳いでるうちに、僕の頭に、何かがぶつかった。流木だ、と気づいたときには遅い。僕の意識はだらりとこぼれ、僕はそのまま溺れた。



死んだと思った。
けれども頬を叩かれ、「起きろ! おい、起きろ!」と、誰かが耳元で叫んでいた。ハッと目を覚ますと、熊みたいな男が僕を覗き込んでいて、その人は近くの男の人に、「おい、お前、さっさとマントをとれ、ほら、渡せ!」と言って、僕をぐるぐるにマントで巻いた。ほんの少し、ほっと体が暖かくなった。そしてやっとぼんやり目を開けている僕に気づいたのか、「お、おお。気づいたか。ま、息はしてたみたいだったから、大丈夫だとは思ったがな」 とゲラゲラ笑っている。

気を失っていたから、必要以上に水を飲み込まずに済んだんだろう、と熊の人は笑って、「お前は誰だ?」と訊いだ。僕はなんにも考えてなくて、ぼーっとしていたので「ユニコーン隊の、」 そう答えたのは、失敗だったのか、それとも正しかったのか、今でもよく分からない。
その熊のような男は、僕ら、ハイランドがついこの間まで戦っていたジョウストン都市同盟の備兵隊の隊長であったのだった。


そんなこんなで、敵国の少年兵である僕は捕虜扱いになったのだけれど、その割には扱いがルーズである。一応牢屋に入れられてはいるけれど、今はポールの監督のもと、ぼんやり備兵隊のお使いをしている訳である。


一体、何で自国の皇子であるルカが、ユニコーン隊を襲ったのか、僕にはよくわからない。ジョウイがいれば、きっと何かを教えてくれたに違いないけれど、僕一人ではどう頭を捻った所で出てくる話ではないのだ。ジョウイは今、どうしているだろうか。きっと助かってる。僕がこうやって元気でいるんだ、大丈夫。これからどうしよう。

「うーん」と唸りながら、とりあえず今できることを精一杯しようじゃない、と「こむぎこくださーい」と言うと、小麦粉は切れてるんだよ、ごめんねー。と言われてしまった。エエー。


どうしたもんか、と思っていると、それじゃあリューベの村までお使いに行ってくれよ。と言われた。エー、砦から出ちゃっていいの? と僕が目をまんまるくしていると、レオナという美人のお姉さんが、ゲンゲンというコボルトに、「この子をよろしく頼むよ」とよろしく頼まれてしまった。
そしてカウンターの中をちらりと見て周り、端っこの方で、お金をかちゃかちゃしていた、小さな男の子に、「」と声をかけた。「あんたもよろしく」「僕ですか?」

「ゲンゲン一人で大丈夫だぞ!」
「どうせそろそろこの子もあっちの村に行く時間だろう。一緒に連れて行ってやってくれよ」
「むむ、わかったぞ!」

ビシッと手を前に出すコボルトに、レオナさんはくすくす笑って、と呼ばれた男の子はちらりと僕を見た。一瞬男の子か女の子か分からなかったけれど、僕と言っていたから男の子だろう。何だか可愛い顔立ちをしている。くんは、にこーっと笑った後、カチャカチャお金を直して、「ちょっと待っていてくださいね」とぴゅんっと他の部屋の中に消えてしまった。

それからまたやってきた、トウタという男の子も一緒に行くことになり、なんだかちょっとしたピクニック気分だなぁ、と僕はポリポリとほっぺたを引っ掻いた。帰ってきたくんは、背中に黒い、変わった鞄を背負っている。くんを見たトウタは、「あ、くんも行くの? だったら安心だね!」とニコニコ顔で笑った。

僕はちょっとだけ不思議になって、「何が安心なの?」と訊いてみると、トウタはふふふ、と可愛い顔をちょっぴり得意げにして、「くんといるとね」と、こっそり秘密の話をするみたいに声を小さくさせた。「絶対に、魔物にあわないんだよ」 すごいよね! とトウタは人差し指をぴーん、と伸ばして笑ったのだった。



  

2011/09/25

ブーツを多めにゲットするのは、多くのプレイヤーがしているに違いない。

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