人殺しのぼく




「とんでもねぇことする奴らだな」

さすがのビクトールさんも呆れていた     と、呟いていたと、僕は彼らごしに聞いた。



どうやらさん達は、通行証がなくてミューズに入れなかったものだから、たまたま知り合った宿屋の人たちから通行証をもらって、名前を偽って中に入ろうとしてしまったらしい。けれどもあからさまに怪しかったものだから、すぐさま牢屋の中に連行されてしまったと言うわけだ。
僕が中々フリックさん達を見つけられなかったということと、手続きやらの問題から、とっぷりと陽が沈んで、また次に太陽がのぼったとき、さん達が宿屋へとやってきた。フリックさん達は、そのまま牢屋で別れてしまったらしい。

やっぱり、覇王の紋章さんいわく、“しんのもんしょう”の気配がする。けれども、ちゃんと心の中で覚悟ができてたら、そこまで怖くなんてない。僕はパッと顔を輝かせた。そしてさん達に突撃した。「さん!」「!」 

いつもの元気な笑い顔で、さんは両手を広げてくれた。ゲンゲンくんもいる。僕は次にゲンゲンくんの両手を掴んで、わあい、とぐるぐる回った。ゲンゲンくんも、わあい、と嬉しそうに尻尾をパタパタさせていた。僕があんまりにも喜ぶものだから、ジョウイさんはどこかくすぐったそうな顔をしていて、ナナミさんはそんなジョウイさんにグリグリと肘をついていた。飴玉をくれた優しそうなお兄さんも、小さく僕に手を振ってくれた。

みんな、怪我はないみたいだった。僕はよかった、と何度も頷いて、ちらちらと首を動かした。まだ一人、いるはずだ。
一瞬、すぐには見つからなかった。だからとても不安になったのだけれど、彼女はジョウイさんの後ろに、ちょこんと立っていた。「ピリカちゃん」 僕はにこにこ笑った。ジョウイさんの後ろに回りこんで、「ピリカちゃん!」 僕はもう一回笑った。けれども、彼女はジッと自分の手を見つめているだけで、不思議に思った。「…………ピリカちゃん?」 もう一回、呼んだ。

けれども、彼女はただ顔を暗くさせるだけだった。どうしたんだろう。お腹でも痛いんだろうか。僕は困って周りの人たちに目を向けた。するとみんな、とてもかなしそうな顔をした。なんでそんな顔をするんだろう。嫌な予感ばかりがする。僕は耐え切れなくて、レオナさんは振り返った。彼女は何かを理解したような顔をして、「急いでるんだろ? この子はこっちで預かるよ」 ひょい、と手を伸ばす。

「ええ。ちょっと、市庁舎に呼ばれていて」 ジョウイさんが頷くと、「なら、さっさと行ってきな」 はい、とさんが頷いた。
呼ばれていたのは、さんと、ジョウイさんと、ナナミさんだけだったらしい。三人は軽く頭を下げると、宿屋の外へと扉を開けて、でて行ってしまう。
(……え……)

ぜんぜん、わかんない。
なんで僕以外のみんなはわかっている顔をしているんだろう。だって、おかしいじゃないか。
ピリカちゃんは、ジョウイさんに背中を押されてレオナさんの隣へと移動している。ぎゅうっと熊のぬいぐるみを抱きしめて、暗い顔のまま床を見つめていた。(おかしいよ) すごくすごく、おかしい。
(だって)

     ジョウイおにちゃんの方がつよいよ!

彼女はぷーっと頬をふくらませて、ジョウイさんを見たら、パッと顔を明るくして、とっても幸せそうにくっついていた。僕は彼女と一回会っただけだけど、こんなのおかしいって、すぐにわかる。なのに、なんでみんなは何も言わないんだろう。
変だよ。
おかしいよ。
ぜんぜん、わかんないよ。


***



「ピリカちゃんは、とっても怖いことがあったんだ。だから、声が出なくなっちゃったんだよ」

僕は直接その場所に居たわけじゃないから、詳しくはわからないけれど、とお兄さんは優しげな顔に、しょんぼりとした色合いを貼りつけた。お兄さんの足元には、真っ白で、ふかふかで、ものすごく大きい犬がくあーぅ、と大きな欠伸をした。僕はびくりと肩を飛び跳ねさせたけど、怖くないぞと口元を引き締めた。
何でも泣きそうな顔になって、ひんひんするばっかりの僕は、どこかのお墓に埋めちゃうのだ。

「声が、でないの?」

僕達は宿屋の外にいた。お兄さんは人の多いところは、あんまり得意じゃないんだ、と恥ずかしそうに微笑んで、城壁の端っこの、芝生の上に座る。ミューズの街の人たちは、遠くて、何だか別の街にいるみたいだ。「そう」とお兄さんは悲しそうに頷いた。「……なんで?」「心がとっても辛いから」

お兄さんはやんわりと笑いながら、片方の足を伸ばしながら、片膝に腕を乗せた。「心が辛くなってしまって、蓋を開けるのが怖くなるから」 お兄さんの言葉の意味は、ちょっとだけ分かる気がする。つらくなって、嫌になって、全部ぜんぶ、自分の中に閉じこもってしまいたくなるときがある。きっと僕も、フリックさんがいなかったら、そうなっていたかもしれない。

ピリカちゃんには、ジョウイさんがいた。でも、ピリカちゃんは僕よりも小さいし、女の子なんだ。僕は口元をへの字にして、お兄さんの隣に座り込み、じいっと芝生を見つめた。お腹の中の色んなものが、ごろりと重くなった。お兄さんは、ちょっとだけ苦笑したように笑って、「だめだよ。きみまで落ち込んじゃったら。辛いのはピリカちゃんで、きみじゃない」 もっともだ。僕はちょっとだけ顔を赤くして、また肩を落とした。お兄さんは、「違うよ」ともう一回、優しく笑った。

「きみは元気にならなきゃ。そうしたら、きっと周りの人も元気になる。ピリカちゃんも。元気づける人は、その人が楽しくて、にこにこ笑ってないとだめだ」

こうやってね、とお兄さんは、僕のほっぺたをぶにりと人差し指で押した。口の端っこが持ち上がって、笑っているような顔になったかもしれない。
お兄さんの隣で頭を伏せていた大きな犬が、のっそりと体を起こした。え、え、ええ、と思っていると、わんこは僕の前にやってきて、お兄さんと僕を交互に見た後、僕の耳元辺りに鼻をよせて、くんくんと匂いをかぐ。うわあ。
わんこが本気を出しちゃったら、僕はがぶっと食べられてしまうだろう。怖くないし。いや、やっぱり怖いけど。

僕は下唇をちょっとだけつき出しながら、わずかに腰を浮かせて、逃げるのと、止まるのと中途半端な体勢になった。わんこはジッと僕を見ている。よっこいせ、というように足を伸ばして、僕にのしかかった。「ひああああ」 こわすぎ

こわいよう、と必死に顔を逸らして、わんこの口から吐き出される、ちょっと暖かい息から逃れる。「こら、シロ」 しろ、という名前らしい。確かに全身が真っ白だけれど、そんな平和的な名前は想定外だよう、と意味もなく泣きそうになった。「お、おにいさあん」「シーロ」 お兄さんは、シロの名前をゆっくりと呼んだ。シロは僕から離れて、すとんと目の前におすわりをする。かしこい。

「あの、お兄さん、シロって、わんこなの……?」
「え?」

お兄さんはきょとんと瞬いた。えっ、「もしかして」 僕はゾッとしながら嫌過ぎる可能性を考える。「お、おおか、」 最後まで言えなかった。わんこにしては、大きすぎると思ったんだ。どうしよう、おいしくいただかれちゃう、と口元に両手をあわせると、お兄さんは笑った。「それじゃあ、今日は犬ってことにしようか」 お兄さんは、ちょっとだけ悪戯っぽく言った。「今日は!?」 僕がびくり、と震えると、冗談だよ、とお兄さんはまたクスクス笑う。うそ、ちょっと待って。

「シロは怖くないよ。賢いしね」

あおん、とシロは一声ないた。瞬間、僕は飛び上がりそうになった。「怖くないよ、大丈夫。じゃあシロ、ちょっとだけ犬のマネをしてみる?」 お兄さんがシロに話しかけると、シロはわかったと言うように頷いた。そんな訳ない。動物が言葉なんて分かる訳ない。「シロ、お手」 おん、とシロは片手を出した。お兄さんは嬉しそうにして、「ほら、きみも」

大丈夫かな、と僕はビクビクしながら近づいた。「お、おて……」 シロが、僕の右手に、大きな手のひらをぽふっと乗せる。「お、おおお……」 肉球がぶにぶにしていて、予想よりもちょっと硬い。こわくない。だいじょうぶだ。
僕はちょっとだけうれしくなった。「シロ、おかわり!」 だから調子に乗って、左手を出した。「おん」とシロは一声して、僕の頭の上に前足を乗せる。「ふぎゃっ!?」「こ、こらシロ! だめだよ!」

シロは僕の頭を何度もふみふみした。ふみふみ。「やめてぇ、やめてぇ、シロやめてぇ」 ふみふみふみ。「やめ、や、やめてくださいい、やめてくださいシロさぁん」 ウッ、ウッと僕が涙声でバタバタ両手を振ると、シロ、いやシロさんは、「しょうがねぇな」と言いたげに、よっこらせと体をどかした。「ありがとうございます、シロさん……」 ぐしゃぐしゃになった髪をとかしながら、何だか複雑な気持ちでシロのふかふかなお胸を見る。柔らかそうだ。

お兄さんは、ちょっと呆れたように僕達を見ていた。そうした後に、「あ、名前を言ってなかったね、僕の名前はキニスン。こっちがシロ」「僕は、、です!」 片手をビシッと上げた。

キニスンのお兄さんはほんのり口元を上げた。そしてシロの頭をよしよしすると、シロは軽く尻尾を揺らした。改めて、よろしく。
たぶん、そう言ってるんだろう。


***


僕は宿屋に戻った。
そこでは相変わらずピリカちゃんが暗い顔をして、レオナさんの隣のカウンターの横に立っている。僕はレオナさんに頭を下げた後、ピリカちゃんの隣に立った。ピリカちゃんは、僕のことなんて見向きもしないで、じいっと扉を見つめていた。僕も、同じく扉を見つめた。
けれどもちょっと飽きてきたので、僕はピリカちゃんの正面に移動して、ピリカちゃんをじいっと見た。ピリカちゃんは、ゆっくりと瞬きするばかりで、やっぱり表情を変えなかった。けれども、ふい、と僕から顔を逸した。僕はピリカちゃんが顔を逸した方向へと移動した。今度はピリカちゃんが別の場所に移動した。僕はそれについて行った。

どれだけピリカちゃんが別の場所に行っても、僕は彼女の横について行った。隣に椅子に座って、階段を上がって、部屋に入って。とうとう、レオナさんに、「何してるんだい」と呆れたような声を出されたのだけれど、「ピリカちゃんと、遊んでるんです!」と僕は主張した。ピリカちゃんは、やっぱり何も言わなかった。けれども一瞬、不機嫌そうな顔をした気がした。
僕はピリカちゃんの表情が、少しだけでも変わったことが嬉しくって、えへへと笑った。ピリカちゃんはまた嫌そうな顔をした。僕はにこにこ笑った。

ふと、レオナさんが、「あんた、タラシの才能あるかもね」とつぶやいて、煙が出ていないキセルを口に咥えながら、口の端をニンマリと上げる。
ピリカちゃんは、ひたすら不愉快そうな顔をしていた。





     それから暫くが経ち、さん達は姿を消した。



  

2011/12/16

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