人殺しのぼく






     さんたちは、ハイランドの軍が駐在しているキャンプへと、旅だった。つまりは、スパイに行ったのだ、と僕はフリックさんから聞いた。フリックさんも、ビクトールさんも、後から知ったことらしい。全部はミューズのお役人さんの、ドクダンで行われたことだった。






「……えいっ、えい、えーい!」


僕は、フリックさんの前でぶんっと剣を振り回した。このところ、ずっと練習していたのだ。ちょっとは上手になったと思う。というか、そうだったらいいな、と思っている。フリックさんは「ん?」と首を傾げて、眉をひそめた。「、お前、左利きだったか?」「ううん」 違うよ、と首を振ると、また不思議そうな顔をする。フリックさんは難しい顔をした。

僕は不安になって、剣の先を地面に落としながら、フリックさんを見つめた。

「あの、でも、なんだか、こっちの方がやりやすい気がして。……やっぱり、変?」 
「いや。そんなことはない」

ふーん、とフリックさんは何かを考えるように頷く。「まあいい。、剣を使うのが上手いやつっていうのは、どんな奴だと思う?」 いきなりの質問に、僕はパチパチ瞬きをした。ううん、と一瞬考えたあと、「運動神経が、いい人かなぁ……」「ま、それもあるな。他には?」「ほか?」 それが一番なんじゃないんだろうか。僕はもっと考える。

「うーん……力が強い人、とか」
「半分以下だな」
「えっ」

全然だめだ。とフリックさんは首を振る。「剣は腕の力で振るんじゃない。体で振るんだ。まあ、確かに力押しになれば力があって、ガタイがいい方が有利だろうが、そんなことをしたら剣も痛むし、下手な奴がやれば、剣が根元からぽっきり折れて、そのままグサリだ」 ぐさり。何だかゾクッとした。「わかんないよ、フリックさん」 僕が降参すると、フリックさんは少しだけ面白そうに笑った。「つまりは、頭がいいやつが強いんだ」 僕はぽかんとして見上げた。

「ビクトールさんって、頭がいいの!?」
「……真っ先にそこに行くか。まあ、多分お前が考えてる“頭がいい”とは、ちょっと違う気がするな」

苦笑するフリックさんの意味が、よくわからない。一体どういうことなんだろう。こんな風にもだもだ話されてしまったら、反対に気になる。うー、と唸ると、はいはい、とフリックさんは両手を下に扇いだ。「別に、頭がいいってのは勉強ができるとか、そういう意味じゃない。対処の仕方を知ってるってことだ。例えば、俺の右側から敵が一人やって来たとする」 うん、と僕は頷く。フリックさんは剣を抜き取るフリをして、敵を見据える。

「獲物は同じく剣だ。右利き。体はあまり大きくない。どうやら相手は、素早い。俺に袈裟懸けに振り下ろした」
「けさがけ?」
「斜めってことだ。相手は俺の右胸から、左脇を狙っている」

何だか僕は、想像すると痛くなってしまって、きゃー、と顔を両手で覆った。瞬間フリックさんは、ひゅんひゅんっと腕を動かし、何か見えないものを、見えない剣で突き刺した。僕がぽかんとして見つめていると、「こういうことだ」 ぜんぜん、わかんない。

フリックさんは、さっきのひゅんひゅんっと動いた動きを、もう一回繰り返した。「こう、斜めに振り下ろされるだろ? だから俺は、振り下ろされる暫く前に、左足で一歩、小さめに前に出る。右足は大きめに。これであっちの距離間を混乱させて、振り下ろす前に、剣で相手の右脇から切り裂いて、そのまま左斜め前に逃げる」

フリックさんは、その解説と一緒にさっきよりもゆっくりと動いてくれた。なるほど、確かにそう言ってくれればわかる。そのとき、僕はハッと気づいた。「わかった! つまり、すぐにこういう判断ができる、頭のいい人が強いってことなんだ!」「それも違う」「えー……」

もうなんなんだよう。
僕がぷーっと頬を膨らますと、「まあ、実は半分正解なんだけどな」とクスクス笑った。「さっきのやつな、別に、今この場で俺が考えた訳じゃないんだ。流派には、『型』ってものがある。最初に言った、敵が一人で、剣を持っていて、そして袈裟懸けに切ろうとしている。そんな奴を相手にする『型』が、今の俺の仕草だ。つまり、頭がいいってのは、そういった型を覚えて、瞬時にどれにすればいいか考える、反射神経のことだな」

ええっと、ええっと、と僕は頭をひねらせた。それじゃあちょっと、変なところがある。
「でも、それじゃあ、型以外は使わないの?」
「ああ、そうだ」
「で、でも、型だけじゃ動きが足りなくなったり」
「我流で作る場合もあるけどな。基本は変わらない。型って言っても、二人が襲いかかってきたときとか、獲物が違った場合とかも色々あってだな」
「待って」

僕は、思わず両手を前に出した。「それ、何個くらいあるの」 フリックさんは、んー、と空を仰ぎながら、暫く上を見つめていたかと思うと、指をピコピコ折り曲げる。折る。折る。折る。いつまでたっても終わらない。「あ、いい。もういい」 ちょっと聞くのが怖くなった。「っていうか、本当にそれ、ビクトールさんも覚えてるの……?」「嘘じゃないさ。剣っていうのは命がけなんだ。だったら命がけで、そのときの状況で一番いいと思う対策を流派ごとに作っている。それだけだ」

ふと、僕は柔道を思い出した。柔道には技の名前が決まっている。一本背負いとかが決まったら、一本! とか、技あり! とかなるのだ。剣も、結局は似た部分があるのかもしれない。その場その場で、一番いい技を出す。「ううーん……」 すでに、頭が痛くなってきた。

「ま、覚えるってのは、頭を使う作業じゃないさ。何回も何回も繰り返して、頭じゃなく、体で覚えるんだ。それにこういうのは、剣を振ることができるようになってからの話だしな」「そっかあ」 じゃあ、心配するだけ、ちょっと気が早いかも。「じゃあ、最初はさっき俺がした型からだ」「え」

よし、やるぞ、と僕に剣を握らせるフリックさんを見て、僕はパチパチ瞬きをした。フリックさんは、ちょっとだけ複雑そうな顔をして、「ま、そういうことだ」
え、え、え、と心の中で気持ちがドバッと溢れてくる。つまり、それじゃあ僕は、「剣、ちゃんと振れてたの!?」 フリックさんは肩をすくめた。そしてちょっとだけ嬉しそうな、やっぱり困ったような顔をしながら、「ビクトールの言う通りだったかもな。お前、多分才能あるよ」「やったあ!」


新しいことにチャレンジするのは、ちょっとだけ怖い。けれども、一歩だけ進めたようで嬉しい。
多分、僕は気づいてる。これは僕ができたんじゃない。覇王の紋章さんが、知っていたことなのだ。便利だなぁ、ありがたいなぁ、と思うけど、なんだか素直にも喜べない。でもやっぱり喜ぶ。
やったぁ! と僕は両手を上げた。

これが、今から三日くらい前。ジョウイさん達が、ミューズへと戻ってきた、その数日後のこと。




     さんとジョウイさんは、スパイとしてハイランドに潜り込んだ。けれどもそのとき、ジョウイさんはさん達を逃すために、一人駐屯地に留まり、敵を食い止めることになった。さんたちは、ジョウイさんのおかげで無事にミューズまで戻った。そして市長に、ジョウイさんを助けてくださいって頼んだんだ。でも駄目だった。市長さんは、申し訳ないと首を振った。

だから、さん達は待つしかなかったんだ。市壁の前で、さんと、ナナミさんと、ピリカちゃんはジョウイさんを待った。僕は、一緒に待つことができなかった。あの三人の中に割り込むことは、何だか邪魔をするみたいに思えたのだ。ジョウイさんのことを心配している人はたくさんいたと思う。けれどもみんな、僕と同じく、レオナさんの宿屋で待っている人はたくさんいた。ご飯を食べていたり、お酒を飲んでいたり。部屋にいて、武器の手入れをしたりとか。

キニスンさんとシロは、やっぱり外の芝生で、ジッと待っていた。よしよし、とキニスンさんがシロの頭を撫でている姿を遠目に見た。中には市庁舎に行って、仲間を集めることに専念する人もいた。みんな、それぞれ何かをしていた。端から見れば普通に落ち着いてお休みを過ごしているようだったり、レオナさん達のように、キビキビお仕事をしているだけのように見えたかもしれない。でも、やっぱりどこか違った。いや、違う。同じ過ぎることが、変で、違うと感じたんだ。

みんなは普通のフリをしていた。最初、なんでだろう、と僕は混乱した。混乱して、混乱して、ジョウイさんはどうなるんだろう。もしかして、もしかしてこのままいなくなっちゃうんだろうか、と消えてしまったポールくんや、リューベの村のあの子を思いだして、胸が辛くなって、苦しくなった。そうして暫くしていると、僕は唐突に気がついた。僕がこんな風に苦しいふりをしてても、何の意味もないことなんだ。

ふりじゃない。本当に、苦しい。でも、勝手に気持ちを推測するのは失礼かもしれないけど、ピリカちゃん達の方が、僕よりずっと心配で、心配で、心配でたまらないに決まってる。
それなのに、僕はまったく関係ないのに、勝手に顔を青くしていて、それで何がどうなるって訳でもないんだ。ただ、“僕はジョウイさんのことを、すっごく心配してるんですよ”ってアピールが外にできるだけだ。

違う、本当に、本当に僕は心配なんだ。そんなんじゃない。そんなんじゃない。でも、今の僕はそのアピールをしてるだけで、空気を暗くするばっかりで、なんの意味もない。そこまで考えて気づいた。
大人の人達が、いつものふりをしているのは、心配したって、何がどうなる訳でもないって知ってるんだ。もちろん、心配はしてると思う。けれども、あわあわしたって仕方ない。ジッと静かに待つしかない。暗い顔をしていても、周りを暗くするだけで、そうだったんなら普通の顔をして、体を落ち着けて、もしくは普通にお仕事をした方がいい。
だからみんな、普通なんだ。

僕は剣を鞘ごと抱き抱えた。そして入り口の、ピリカちゃんたちとは、ちょっと離れた、彼女たちからは見えない場所で、ぶんぶんと剣を振り回した。振って振って振りまくった。練習した。何もしない暇があるんなら、僕は練習しなきゃいけない。ジョウイさんが帰ってくるかなんて、僕には分からない。もちろん、帰って来てほしい。でも、僕がそんなことを思ったってしょうがない。だから、力の限り練習する。


どれくらいの時間が経ったんだろう。オレンジ色の夕日がゆっくりと空を埋め尽くしたとき、僕はピクリと体を反応させた。(気配がする)
あの気配だ。真の紋章。覇王の紋章さんいわく、二つに別れた片割れ。

僕は剣を抱きかかえて、急いで門を通り抜けた。オレンジ色の夕日の中で、みんなが抱き合ってる。よかった、よかった、と笑い合ってる。
「ジョウイさ     」 僕は、よかった、本当によかった、と顔が緩んで、彼に声をかけようとした。けれども、喉の奥に何かがひっかかった。


嫌な予感がしたんだ。

紋章の気配が、ほんの僅かに変わっている。もしかしたら僕の気のせいかもしれない。きっとそうだ、と僕は思って、ジョウイさんに声をかけた。「ジョウイさん!」 ジョウイさんは、僕に気づいた。そして、少しだけはにかみながら、手のひらを振った。僕も振り返した。


     結論から言うと、それは勘違いじゃなかった。



、ほら起きて、ジョウストンの丘に行くんでしょ?」

さんの声が聞こえる。僕はベッドの中でもぐりこんで、「んんん」とわざともごもごした声を出した。「ー」 さんが、僕の体を揺さぶった。「ほら、フリックさんに会えるよー」 
僕はその声に、ビクッと反応してしまいそうになった。そうなのだ。今日は色んな街の代表さん達が、ここ、ミューズにやって来て会議をする日で、「面白いものが見れるから来いよ」とビクトールさんはにやにやしてた。

面白いものが何か、ということがちょっとだけ気になったけど、僕は前々からこうすることを決めていた。「おなかいたい……」 棒読みになっていないだろうか。僕はベッドの中で丸まって、お腹を押さえた。「いたい……」 もう一回、ぎゅうっとお腹を抱きしめながら呟くと、何だか本当に痛くなって気がした。さんは、「えっ」と声を上げて、大丈夫? と僕の顔を覗き込む。僕はぶるぶると首を振った。

「ホウアン先生、呼んでこようか?」
「いい……いらない……」
「あー、何かお腹あっためるものとか、持ってくるよ」
「んーん。気にしなくていいから、さんは、ジョウストンに行って」

ホントは僕だって行きたい。でも、行かない。うー、うー、と悔しくて唸っていると、本当に僕の体調が悪くて仕方ない風に見えたかもしれない。さんは心配気な声を出した。「わかった、レオナさんには伝えとくから、ちゃんと寝とくんだよ」と言った。僕は返事をしなかった。暫くすると、ドアがバタンと閉まる音が聞こえた。とん、とん、とん、と足音が遠くなる。僕はベッドから飛び起きて、ドアに耳を付ける。誰もいない。けれども念のため、また暫くベッドの上で待った。そのとき、ゆっくりと目を瞑って、確認した。


     紋章の気配は、6個

さん達は、早速ジョウストンの丘に向かったらしい。ザムザさんとか言う、ちょっと雰囲気がゴージャス? な感じがして、近づきづらい人。ヒゲのおじさんの、ツァイさん。女の騎士さんの、アニタさん。僕が名前を知っている限りは、その五人。後の二人は、知らない人。五行の気配がする。宿に泊まっている、旅人さんかもしれない。

さすがにミューズ全部は分からない。けれども、宿の中くらいなら、なんとなく分かる。キニスンさんの気配がないのは、きっとまた外の芝生で、シロと一緒にいるからだろう。
(昨日の夜確認したのと一緒だ……)

僕はホッと息をついた。問題ない。瞑っていた目を開き、覇王の紋章さんを撫でる。僕はパジャマを着替えた後、ゆっくりとドアを開けて、階段を降りた。レオナさんが僕を見て、首を傾げる。「あらあんた。腹痛だったんじゃないのかい?」「あ、あの……おトイレしたら、すっきりしちゃった」 えへへ、と誤魔化したように笑うと、「ふーん」とレオナさんは意味ありげな声をだしながら、「ジョウストンの丘はあっちだよ」とキセルをひょいっと自分の後ろに向けた。

うん、ありがとう。と僕は頷いて、ドアを出た。でも別に、そこに行くつもりはない。なんてったって、ジョウイさんがいるから。お日様の光をさんさんに浴びながら、僕はハー、と長い深呼吸をした。
     ジョウイさんの紋章は、日に日に力を増している

あの日からだ。ジョウイさんが戻ってきたあの日から、彼の片手にくっつく紋章はどす黒く彼の腕に渦を巻き、近寄れば、大きな刃で首を断ち切られてしまいそうだった。
なんでそんなことになったのか、僕には全然分からない。何か理由があるに違いないのだ。現にジョウイさんは、ときどきどこか重たい顔つきで外を見つめている。けれどもそれが何か分からない。

     そしてジョウイさんの紋章が力をつけると同時に、宿には奇妙な気配がやってくるようになった

別に、言ってしまえば、そこまで変ではない。ただ、土の匂いがする。きっと土の紋章を片手につけている人が近くにいるのだ。そんなの、どこにでもいるだろうし、おかしくもなんともない。でも、おかしい。その気配は、いきなり現れて、サッと消える。素早すぎる。まあ、それも、随分せっかちな人なんだな、という程度にしか思わない。けれども、宿の扉の鍵を閉めて、誰も行き来ができないであろう夜に、ふっと現れて、気づいたらもういない。
それは必ず、ジョウイさんの部屋だった。

おかしい、と思った。だから僕は、丁度気配がやってくるときに、ジョウイさんの部屋のドアを叩いた。真の紋章の気配はすごく怖かったけれど、確認しなきゃと思ったのだ。僕はジョウイさんが返事をする前に、勢い良く扉を開けた。けれどもそこには、パタパタと風で揺れるカーテンと、ただこっちを見つめるジョウイさんがいるだけで、誰がいる訳でもない。やっぱり、気配は消えていた。

どうしたんだい、と首を傾げるジョウイさんに、「お部屋、間違えちゃった!」と叫んで、僕は逃げた。何かよくないことが起こっている気がした。こんなこと、僕にしか分からない。だからこそ、僕がなんとかしなくちゃと思った。


     紋章の気配を追おう

今なら、ジョウイさん達はジョウストンの丘にいる。ふーっと息を吐き出した。目を瞑る。もう一度、気配を探る。土の気配はない。ほんの少しだけ目を開けて、僕は歩く。覇王の紋章さんのセンサーにひっかかるまで、とにかく歩く。それだけだ。
五行の紋章をつけている人は、それほど珍しいと言う訳じゃない。けれども、そこまで多いという訳でもない。僕が通りすぎる度に、紋章たちはビックリする。ちがう、と僕は首を振った。あの土の紋章も、最初は僕にびっくりしていた。けれども何度も会ううちに、今度は自分から気配を隠すようになった。いつの間にか消えている持ち主さんとそっくりな性格だ。

僕にびっくりしていない。そして僅かに気配を消している。そんな土の紋章を探す。あった、と目を見開くと、そこは紋章屋だった。きみじゃないでしょ、と僕はぷん、と頬をふくらませて、別に顔を向ける。もう一回意識を集中させた。そのとき、頭の奥の方で、何かがチリリとはじけた。(いた)
あそこだ。

僕はパッと駆け出した。
     あっちだ。
感じるままに路地を抜けた。ぐるぐると頭を回して、息を吐き出す。あそこ!
パッと僕が飛び出した瞬間、誰かにぶつかった。その人はギョッとしたような顔をしてローブをはためかせ、僕を見下ろす。何か鉄の筒を両手に抱えていた。金髪のお兄さんはこちらを鋭い目で見つめていた。僕はぽかんとしてもう一度お兄さんの手元へ目を向けた。(……銃?) 気づいてしまったら、どんどん頭の中が真っ白になる。(鉄砲だ!!)

僕は信じられない顔をしながら、お兄さんから後ずさった。お兄さんは厳しい顔をしたまま、一瞬眉を八の字にして「悪いな」とだけつぶやいて駆け抜けていく。
僕はお兄さんがこっちを見ていないのに、すっかりビックリしてしまって、うんうん何度も頷いた。
お兄さんの背中を見送った後、僕はハッとして意識を集中させた。土の気配はすっかりどこかに消えてしまっている。持ち主が僕に気づいたのではなく、紋章自体が、僕に気づいて呼吸を必要以上に小さくしてしまったのだ。「うー!」 僕はだんだん、と地団駄を踏んだ。

そんなことをしても仕方ない。
またチャンスはあるかもしれない。
戻ろう、と足を踏み出したとき、街全体に警報が響き渡った。
     カンカンカンカンカン!!!

大きな鐘を、力の限り誰かが叩いている。街の人はハッとしたような顔をした。その鐘の意味をよくよく理解しているようだった。彼らは慌てて店を閉めて、建物の中へと消えて行く。旅人たちも、街の住人も、みんな揃って走りぬけ、僕ばかりがポツンとして鐘の音を聞いていた。
     カンカンカンカン!!!

「え、え、えっと……」

なんなの?

僕はぽかんと空を見上げた。するとそのとき、知らないおばさんに腕を握られた。「ほら、あんた! どこの子だい! バカだねさっさと戻るんだよ!」「あ、あの、僕、よくわからなくって」 これ、一体どういうことなんですか?
僕は彼女を見上げた。おばさんは相変わらず急いだような顔つきをした後、「せめて来たんだよ、ついにあいつらがやって来たんだ」「あ、あいつら……」 わかっていたけど、僕は唾を飲み込みながら、訊いた。


     ハイランドの獣たちが、この街に向かってるんだよ!」




  

2011/12/20

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