きみはすすむ







さて、お話を続けよう。
バルバロッサ様は、みんなが言うには、“悪者”だったらしい。けれども、昔はとっても良い人だった。なんでこんなことになったのかね。そう言って、街の人たちはみんな首を傾げたのだ。
彼は良い人だったから、王様になった。けれども、悪い人だったから、殺されてしまった。

それはきっと、しょうがないことなのだ。
バルバロッサ様が、きちんと国を治めなかったから。それはとっても悪いことだ。

じゃあなんで、そうなってしまったんだろう? 
そんなこと、本当はどうだっていい。だって、みんなが一番重要なのは、バルバロッサ様が悪くなってしまったということだけで、その理由なんて必要ない。彼は王様なのに、そのセキムを果たせなかった。言葉にすれば、それだけで十分だ。


     でも


知ってほしい。
誰かがそう呟いてる。
誰かが。

左の、手のひらが。



   ***


ゲオルグ・プライムは消えた。

どすん、と彼は重く玉座に腰を置いた。
自身のすべきことを成した。ただその言葉だけを残し、あの男は王宮を去った。おそらくあれはそういう男であるのだ。そう彼は知っていた。けれどもふつふつと湧き上がる胸の内の声がした。戦場を駆け抜けるあの音が、妙に耳に染み渡った。ふと、手のひらを握りしめた。けれどもただ虚空を握るばかりで、何もない。日々、民の声を聞く。知恵を絞らせ、声を授け、立ち上がる。ただそればかりだ。


彼は、僕だった。
僕はひどく苦しかった。知らない人の名前がふと頭の中によぎる。ハンフリー・ミンツ。けれどもその人も、既にいない。そうともわかる。レオン・シルバーバーグ。彼もそうだ。誰かに声をかけたい。多分、彼はそう思ったのかもしれない。けれども彼は王様で、そんなことは許されるはずもないし、自分自身でも、そうとは気づいていなかったのかもしれない。

ふと、玉座に座ることが、遠く感じた。肩を並べて駆け抜けた彼らが、玉座の下で頭をたれる。それを、どう言葉で表したらいいんだろう。きっと彼は、寂しくなったのだ。だからときどき、一人で城を登り、お花畑の中で、いろんなことをぼんやりと考えた。たくさんの人の中にいるよりも、ひとりきりでいるときの方が寂しくないだなんて、変な話だ。一人ぼっちの王様だ。

そうして、王様はくんに出会った。彼は自身の部下の一人息子で、こっそりとお城にやって来た。ほっぺたを真っ赤にさせて、あなたをお守りします、という彼を見つめて、王様は少しだけ寂しくなくなった。
ときどき、王様とくんはお話をするようになった。こっそりと二人っきりで、王様が何を言う訳じゃなくて、ただくんが、王様に面白げに自身の話を話すだけだ。悪い人に誘拐されて怖かった、という話。けれども、お付きの青年に助けてもらったという話。その青年には、顔にとても大きな傷が残って、それがひどく申し訳ないけれど、助けてくれたことが、とても嬉しかったという話。


彼は賢い少年だった。いつもはカラカラと元気に口を回してたのに、王様が静かにいたいと思うときは、それをすぐに察知して、王様のとなりで、くんも静かに口をつぐんでいた。王様はくんの話が好きだった。寂しくないという気持ちが、楽しいという気持ちに変わっていって、くんとの待ち合わせが、とても楽しみだった。


けれどもピタリと彼はあの花畑に来ることはなくなった。何故だろうと不思議に思っていると、彼の父親である王様の部下から、息子の非礼をお詫びしますと、そう頭を下げられた。息子には、もう城へと来ぬように、きつく言い聞かせておきますとも。
気にせずとも構わない、と王様が口にした言葉は、ただの許しの言葉ではなく、本当に、そう思ったのだ。くんと王様は話がしたかった。けれども部下は、もったいない言葉であると、頭を下げ、王様とくんが会うことはなくなった。

彼はまた寂しくなった。
ただ一人、玉座に座り込んだ。そんなときだ。新しい宮廷魔導師が、挨拶に来たと話を聞いた。そうか、彼は頷いた。彼は薄く瞳を細めて、つまらなさ気な表情のまま、ため息をついて、挨拶の許可を出した。そうしないと、新しい魔導師は、王様の前に現れることができなかったからだ。
魔導師は、きらきらとした、すべすべのタイルにしかれた赤い絨毯の上を、ゆっくりと歩いてやってきた。王様は、ほんの少し、目を見開いた。魔導師は女だった。ふと、古い記憶の中にある女性の顔と重なった。


こうして、彼と彼女は出会ってしまった。
からからと、歯車が少しずつ歪んでいく音がした。



   ***



ノースウィンドゥあらため、デュナン城と名のついたお城の中は、どんどん活気が溢れてきた。
僕はちょっとだけ、包帯の数を少なくさせて、まだ持ち慣れない剣を抱えながら、ぽてぽてとお城の中を探索した。人が増えた分だけ、どんどんお城も大きくなる。未だによく分からないお城の中を、きょろきょろと探り歩いた。

さんは、軍主さまになった。それはとにかく、ものすごく偉い人になってしまったということだ。僕は最初、とにかくすごいすごいと喜ぶばっかりだったのだけれど、よくよく考えたら、少し他人ごとのように考えていたかもしれない。きっとそれは、とても大変なことで、責任だっていっぱいで、辛いお仕事に決まっている。
だからさんは悩んでた。けれども、彼はこっちの道を選んだ。ときどき、しょんぼり顔のナナミさんを見かける。けれども人によったら、あの子はいつでも元気だなぁ、とそう笑う。僕はどちらかというと、ナナミさんは、さんのことが心配で、心配で、たまらないけれど、頑張って体を元気にして、悩みを吹き飛ばしているような、そんな気がしたのだ。(でも、まあ、どうなんだろう) 勝手に、そう僕が思ってるだけだから、本当の所は全然わからない。

ふと、僕は足を止めた。そして、ゴクリと唾を飲み込んだ。
(“あの人”だ)

僕はあの人を探して、のこのこ、ここまでやって来た。左手の紋章さんが、がばっと体を大きくさせた、ような気がした。僕は急いで右手でそれを押さえつけて、長く深呼吸をした。その人は、手の中の本から、ちらりと僕に目を向けた。そして器用に片眉をひそめた。どきどき、と心臓が嫌な音をたてている。ふと、風の匂いがした。その人の周りには、絶えずひゅうひゅうと風が吹いている。緑色のローブをまとったお兄さんは、めんどくさげに石版にもたれ掛かった。そして、パタン、と手の中の本を閉じた。



     この人も、真の紋章を持っている。

ずっと、妙に心にひっかかっていたのだ。暫く前から、お城の中で、奇妙な気配がする。それは星辰剣や、ネクロード、さん達とどこか似ているけれども、姿をコウミョウに隠していて、確信を持つことができなかった。

僕は今現在、ネクロードの例から学んで、覇王の紋章さんの気配を、なるべくギリギリまでそぎ落としている。けれどもおそらく、この人は僕に気づいている。ふと、疑問に思った僕は、遠くから小さく紋章をキョウメイさせてみた。その紋章は僕に答えを返すことはなかったけれど、ぴくりと姿を震わせた。そしてすぐに無視をした。
このお城には、真の紋章を持っている人が、もう一人いる。そしてその人は、僕のことを見てみぬふりをしている。

探すべきか、どうすべきか。僕はしばらくの間頭を悩ませて、お城の中をタンサクすることにした。無視をしているんなら、きっと僕に悪さをしようとしている人じゃない。そう思ったのだ。

「あの、こん、にち、は!」

その決断が正しいのかどうかは分からない。けれどもとりあえず、大きな声で挨拶をしてみた。お兄さんは栗色のサラサラな髪の毛をしていて、長く間を開けた後、「何?」と小さく声を呟いた。「僕、です! はじめまして!」 そう主張すると、お兄さんは無言で僕を見た。普通、こういう流れだと、「そうなんですか、自分の名前はなんとかですよ」とお互い自己紹介をするものだと思ったのだけれど、お兄さんの中ではそうじゃなかったらしい。彼はそのまま僕を無視して、ふいっと顔を背けようとしたので、わわわと僕は慌てて、「お兄さんのお名前は、なんですか!」

彼はちらりと僕を見た。「ルック」 きっとそれがお名前だ。「ルックさんですね!」 返事はない。「僕はですから、って呼んでください! お気軽にどうぞ!」 なるべくフレンドリーさをかもしだしてみた。

けれども僕の作戦負けのようだった。ルックさんは僕をちらりと一瞥して、また再び石版にもたれ掛かった。なんてことだ。とりあえずお互いお名前を話しあえば、きっと和気あいあいとお話ができると思っていたのに、僕の目論見は、既に失敗してしまったらしい。どうしようかなぁ、と首を左右に動かして、まあいっか、と思って、僕はとてとてお兄さんの隣に座り込んだ。お互い無言の間がやってきた。

お兄さん、真の紋章持ってますよね?
そんなことを最初に言えればよかったのだけれど、周りにはちらほらと人を見かける。さすがにそんなに堂々と言えるお話ではないに違いない。というかお兄さんは、こんな玄関ホールみたいな場所で、何をしているんだろう、とちょっと不思議に思ったけれども、とやかく質問することはやめておいた。

お兄さんは、特に僕に何を言う訳ではなかったし、やっぱり僕も、それ以上お兄さんに何を言うこともなかった。けれども、僕はお兄さんのことが、ちょっとだけ好きだった。おんなじ真の紋章を持っている男の子。それだけで、僕の中の好感度は、ぐーんとアップしたのだ。
ときどき僕は、意味もなくお兄さんの隣に座り込んだ。お兄さんは、僕のことをずっと無視していたけれど、別に、全然腹なんて立たなかったし、案外ぼんやりする時間は楽しいのだと気づいた。
こうしてちょっとずつ、日々は過ぎていった。



   ***



「おーい、ー」

ぱたぱた、とさんが僕に手を振っている。「あ、さん!」と僕は手のひらを振り返した。軍主さんなのに、こんなところをふらふらしていていいのかなぁ、と洗濯物が干された道の間を見上げたのだけれど、軍主さんになっても、やっぱりさんはさんなのかもしれない。

「あ、、怪我、よくなったの?」
「うん! 僕、若いからね! 元気ぴんぴんだよ!」

顔の半分を覆っていた包帯は、もうなくなった。今でもうっすらと怪我の痕は残ってはいるけれど、触っても全然痛くない。「よかったよかった」とさんは明るい顔を見せて、手のひらを叩いた。けれども僕は、ふとしたことを思い出して顔をしゅんとさせてしまった。「どうしたの?」と問いかけるさんに、僕はちょっとだけ言いよどんだ後、実は、とちらりと彼を見上げた。

「この間フリックさんに会ったら、ものすごく怒られちゃって」
「……なんで?」
「こんなんじゃ、まだまだ表に出せやしないな!」って感じかなあ、と精一杯にフリックさんの声真似をしながら腕を振るってみたら、さんは瞳をきょとんとさせて、げらげらお腹を抱えて笑い始めた。

「そ、そんなに笑うことないのに」
「だってフリック、お父さんみたい。のこと、やっぱり心配だったんだねぇ」
「だよねえ」

僕だって、フリックさんがなんであんなに怒ったのか、よくわかってる。次こそは、もっと自分も大事にしなきゃな、と頷いた。頑張ることも大事だけど、それで心配をかけさせちゃいけない気がした。
「それでさん、なんでここに?」「いや、僕はただの気分転換のお散歩で」

そこまでさんとお話したとき、「あのぉ〜」と、声がして、振り返ってみれば、妙に軽そうだというか、信用できなさそうな男の人が、微妙に口の端を上げてにかりと笑って手のひらを振っていた。ぼさぼさ頭の男の人、といえば、なんとなく熊さんを思い出してしまうのだけれど、ビクトールさんよりも体はひょろっとしていて、無精髭まで生えている。なんだか怪しい。「ここ、ノースウィンドゥってので合ってますかね?」

僕はさんと顔を見合わせた。さんはちょっとだけ不思議そうな顔をしながら、「そうですよ」と頷いた。そうすると、おじさんは、「本当ですか」とぱちんと手のひらをあわせて、嬉しそうに笑った。相変わらずうさんくさいのだけれど、そんな仕草はちょっとだけ可愛らしい。

「ありがたいなぁ。なんでも奇跡の英雄が、王国軍を打ち破ったって言うじゃないですか。それで慌てて見に来たんですが、どうですか? その方、どんな方でした?」

奇跡、というところに、妙に力を入れて話す人だ。
わくわく、という面持ちで彼は僕らを見つめた。英雄といえば、もちろん僕のとなりにいるさんのことだろう。さんだって、そのことはわかってるはずだ。僕たちはなんとも言えない表情で、おじさんを見つめた。そうすると、おじさんは何を勘違いしたのか、「うーん、やっぱり、こんな小さな子達が知る訳ないですかねぇ」とぶつぶつぼやいている。なんだか失礼な方である。

僕はともかく、さんを小さな子扱いとはちょっといかがなものだろうか。僕はムーっと反論しようとしたのだけれど、彼が噂の英雄で、このお城の軍主さんなんだよ、と僕が勝手に言ってもいいものか、とちらりとさんを見上げると、さんは少しだけ考えた風に顎をかいて、「それ、僕のことですけど」「(おおおお、言っちゃったー!!!)」


むふん、となぜだか僕がさんの代わりに胸をはった。
おじさんはきょとんと瞳を瞬かせて、「あ、あなたが……?」「はい」「ははあ、まさかこんな少年であったとは……まったくそのことに気づかないとは、このフィッチャー、一生の不覚です」 うむうむ、とおじさんは頷いて、ぽんっと軽くさんの肩を叩いた。「ま、冗談はさておき。面会のお約束を得るには、あちらの方に行けばいいんですかね?」「え、あ、うん」「それでは失礼」

それじゃあね、とばかりに手のひらを振って、軽やかに去っていくおじさんを見送りながら、僕は数秒遅れたのち、「キーッ!!!!」と勢い良く地団駄を踏んだ。「わっ、ちょっと、!?」「さっきの人、失礼だよ! 失礼センバンだよ! 冗談って、冗談じゃないよー!!」 まあまあとさんは笑って、「そりゃ、僕が軍主なんて、普通思わないよ。しょうがないしょうがない」「しょうがなくないよ! さん、もっと怒ってよー!!」

後であの人、おもいっきりビックリしたらいんだ! と僕は相変わらずダスダス石畳の上をジャンプした。そんな僕に、「まあまあまあ」とさんは笑うばっかりで、なんだか怒っている僕が変なような、おかしいような、そんな気分になりながら、フィッチャーさんと言うらしいおじさんの背中に向かって、思いっきりあっかんべーをしてやった。





  

2012/05/02

Material by Helium : design by I/O :: Back to top ▲