きみはすすむ






「……………フリックさんと、一緒…………?」

僕はきょとん、と瞬いた。そして即座にぶんぶんと首を縦に振った。「い、行く! いくいくいく! いきますー!!!」 まかせてまかせてまかせてー!! と両手をバタバタさせると、「おいおい」とフリックさんは呆れたように僕を見下ろした。「、遊びに行くんじゃないんだぞ」 わかってるのか。とほんの少しだけ低く呟かれた声に、僕はピタリと動きを止めた。

フリックさんは、怒っている。昔の僕ならそう思って、しょんぼりとしょげていたかもしれない。けれども違うことを、僕は知っている。「うん、わかってるよ」 大丈夫。と頷いた。フリックさんは、暫く僕を見下ろしていた後、「そうか」と一言呟き、僕の頭をゴシゴシ撫でた。「じゃあ、レオナにも一言言っとかなきゃならんな」「あ、ううん、それはいいんだ」

僕はレオナさんのお手伝いをしていたから、フリックさんはそう言ったんだろう。僕は慌てて片手を振った。「お城の人がいっぱい増えたから、僕じゃ全然手が足りなくなっちゃって。新しい人を雇うことにしたんだー」 えへへ、と笑った。笑って嘘が言えるようなった自分に、少しだけ驚いた。

フリックさんは、「そうなのか」と目をパチクリさせて、ほんの少し考えるようにちらりと視線をそらすと、「まあ、そうか。だったら丁度よかったな」とただそれだけ僕に言った。僕はうん、と頷いた。

とにかく、僕はさんの護衛として、ついでにグリンヒルという街の転入生のふりとして旅立たなければならない。任務はジュウヨウで、その街の市長さん(仮)を助けること。その上フリックさんが一緒だ。ダメなところなんて見せられない。
僕はぶぶぶ、とムシャブルイをした。「勉強なら、まかせてー!!」「お、おう。ああでも、学校には行くが、実際に入学する訳じゃ……」「とにかくなんでも、おまかせしてー!!」 うおお!と拳を握る僕を、気合十分だなあ、とフリックさんはちょっとだけ呆れて僕を見下ろした。

うんうん、と僕がぎゅっと剣を握り締めると、ふとフリックさんは何かを考えるそぶりをした。

、そろそろ剣を替えるか」
「……かえる?」
「ああ、いつまでも潰した刃じゃな。よし、一緒に来い。丁度武器屋もできたことだし」

僕は少しだけ考えた。スコンッと落とされたネクロードの腕が、頭の中でバウンドした。長く息を吐き出して、「うん」と僕は頷いた。「フリックさん、行こう」 僕はフリックさんの横に並んだ。
フリックさんは、ちらりと僕に目を向けて、少しだけ口元を苦笑させた。「大切にするんだぞ」 剣は大事に扱うものだ。そう言って、“オデッサ”を撫でた。
僕はこれにも、うん、と強く頷いた。



   ***



「…………フリックさん、子どもじゃないよ」

思わず僕は、本音を漏らした。グリンヒル潜入作戦は、学生のフリをするために、フリックさん以外、みんな子どもじゃないといけない。
フリックさんは思わずと言った風にふき出した。同じく、さん達が苦笑いをしている。ルックさんは見てみぬふりでぼんやりと端に立ち、ピリカちゃんはナナミさんの側でふらふらとしていた。目があったけど、この間のことを思い出してしまって、少しだけ気恥ずかしい。

「少なくとも、戦力にはなるぞ」 なあ? と、フリックさんは、その人……人? に挨拶した。彼はピクリと耳を立てて、ふんふん、とお鼻を鳴らす。「あおん」 尻尾がぱたぱた。「し、シロさん……」 わんころだ。わんころ狼だ。

確かに大人ではないが、子どもじゃない。しかしある意味では大人でもある。狼って何歳で大人になるの? 知るわけない。「えーえーええー、キニスンさんは? ねえキニスンさんは?」「キニスンは、年齢的にはオッケーなんだけど……こう、落ち着いてるからさぁ」 子どもって感じはしないよね。とさんが頭の後ろで腕を組んだ。なんだと。「僕が!!! 食べられたら!!! どうするの!!!」 言っておくが本気である。

「あはは、ないない。だってシロは賢いし」 ねー。とナナミさんがシロの頭をもふもふと撫でている。あ、あぶない……あぶない……でもちょっとうらやましい……。「そんじょそこらの兵士よりも頼りになるし、その上」 フリックさんはよいしょ、とピリカちゃんの脇を支えた。ピリカちゃんは、ばたばたと不愉快げに一瞬足を動かしたけど、すぐさまフリックさんは、シロの上にすとんとピリカちゃんを乗せる。四足わんこの上に、ジャストサイズ。「ピリカじゃグリンヒルまでの道が辛いだろ。移動手段にもばっちりだ」「あおーん」

まかせろ、と言いたげにシロは一吠えした。ピリカちゃんはと言えば、案外嬉しげにパタパタと足を動かしている。別に羨ましくなんてない。全然ない。僕はそそそ……とシロに近づいた。「し、シロ、僕も後で乗せてくれるとか……」 ばしっと足で弾かれた。シロじゃねえだろ。シロさんだろ。確実にそう言っている。「し、シロさん、僕も後で乗せて」 ばしっ。お前、敬語はどうした。

「シロさん、僕も後で乗せてください。もふもふさせてください…………」

ウッウッウッと涙を漏らしながらわんこに頭を下げていると、「、なんでお前シロに敬語を使ってるんだ」とフリックさんに心配気に見つめられた。なめられているからである。ハッとルックさんが鼻で笑う声が聞こえた。こんなときだけ反応しないで欲しい。

僕にフリックさんに、さんに、ナナミさんに、ピリカちゃんと、ルックさん。そしてシロ。なんというか、バラバラなメンツである。これから暫く一緒にいなくちゃならないのに、なんだか不安だ。「っていうかフリックさん」 思わず僕は疑問になった。「シロさんってなんなの? ペット扱い?」 わんこの入学ってなんぞや? と首を傾げた瞬間、今度は激しく尻尾で叩かれた。アウチ。



グリンヒルまでの道のりは、この間とトゥーリバーと少しだけ似ている。ピリカちゃんはときどきシロの上に乗っかり、僕らはグリンヒルまでの道を駆け抜けるように突き抜けた。
さて、街は目前だ、というときに、こそこそとフィッチャーさんが手招きした。入学書類と一緒にいくつかの注意点を話して、彼はシロを見た後、「ひょえっ」と体を飛び跳ねさせて、慌てて自分の口をつぐんだ。「ぺ、ペットの持ち込みは可能ですがこれだけ大きいとは」 バシッとシロはフィッチャーさんのお尻を肉球で叩いた。仲間である。ちょっと親近感があがった。

ふおうっ! とフィッチャーさんは大げさに飛び上がり、うー、うー、と暫く唸った後、「まあ、なんとかなりますかね、たぶん……ちょっと大きく育ちすぎたワンコということで……」とかなんとかぶつくさ言っている。「吠えたり噛んだりしちゃだめですよ」とシロにピシリと指をさし、シロはうむと頷いた。賢いわんこ……わんこ? である。


検問を通る際、王国軍に占領された、今と言う状況にやって来た希望者であるということと、あんまりにも大きすぎるシロの体に、兵士の人たちは心持ちピリピリと僕らを見たのだけれど、わーいわーい、と言いたげにシロに乗っかり、パタパタと足を振るピリカちゃんを見て、まあいいだろう、と僕らはあっさりグリンヒルへ侵入を果たした。

綺麗な街だ、というところが、一番最初の感想である。大きなお屋敷があるし、占領をされているはずなのに、ものの破壊も少ない。花壇にはちらちらと彩りの花まで植えられてる。けれどもやっぱり、そこいらを歩く人の中にはちらほらと兵士の姿が見えた。その上、女の子の悲鳴まで。
思わず慌てて駆けつけた僕達の目の前で、王国軍の兵士さんと喧嘩をする元気な女の子がいた。騒ぎを大きくしてはまずいとすかさずフォローを入れて、フリックさんは兵士を撃退した。さすがさすが、と僕がきらきら瞳を光らせる隣で、同じく瞳をきらめかせる女の子に、僕はンン? と首を傾げた。さっきの王国軍に喧嘩を売っていた女の子である。

肩口までの短い金髪を、根本でくりんとさせた、赤い制服を着たその女の子は、両手をきゅっと合わせて、ほんのりとほっぺを赤らめた。(……ん、ンン?) 「そら、行くぞ」 フリックさんが、さっさと逃げようとばかりに僕らに先導する。僕はそれについていきながら、またなんとなく振り返った。女の子がつったってる。

(ン、ンン、ンンンン……?)

なんだかちょっとヤな予感がするぞ。とそのとき気づいていたのは、多分僕、ひとりきりだ。






  

2012/05/13

Material by Helium : design by I/O :: Back to top ▲