踏みしめた道







「つまりシュウ、お前は人をおちょくることが大好きっつーことがわかった」

まったく、おっそろしい男だぜ、とビクトールさんは腕を組んでため息をついた。「人聞きが悪いな」 俺はただ、最善を尽くしただけだ。そう冷淡に呟く彼の台詞に、ひゅうっと熊さんは口笛を吹く。そんなビクトールさんに、フリックさんはガツンと彼のお腹を殴った。真面目にしとけ、という意味らしい。

「はは、まあとにかく、すっかり騙されたってこった」

さすがはシルバーバーグ、と頷くビクトールさんの言葉をきいて、僕はきょとりと瞬いた。「シルバーバーグ?」「あ? ああ、赤月の軍師の家系のことだ。シュウは俺たちの知り合いの弟子でな」 アップルもそうだ。とフリックさんは笑った。

「俺は軍師だ。成功をおさめる策を弄することこそ仕事。文句がある人間は今すぐこの城から去ってもらおうか」
「んにゃ、そんなこと言ってねーよ」

寧ろ腹の底からスカッとしたね、とビクトールさんは呵呵と笑う。「なあ! 」「はは……」 困ったような笑い顔で、さんはシュウさんを見上げた。「うん。スカッとした。心強い仲間も増えたわけだし」 さんは、ちらりと隣の男性二人を見つめた。つるりとした頭のおじさんと、すっと線の細いその若い男の人の名前は、キバ将軍と、クラウスさん。どうにも似つかないその二人は、実は親子だとかなんとか。

彼ら二人は、元はハイランドの人間だ。つい先ほどまで戦いを行なっていた相手というのだから、なんとも変な気持ちになる。

     彼らは、ハイランド皇王、アガレス・ブライトに忠誠を誓っていた

けれどもそのアガレスは、自身の息子、ルカ・ブライトに暗殺された。その知らせを受けたのが、リドリー将軍とシュウさんの奇策により、僕らが見事に勝利を収め、キバ将軍とクラウスさんの二人を捕虜として捕らえた瞬間であった。軍師、レオン・シルバーバーグと刻まれた署名には、皇太子であるルカが皇王と名を名乗り、僕らに対しての激励の言葉を述べていた。

ルカ・ブライトがハイランド国の王となった。それはすなわち、見たことも、知ったこともないアガレスさんの死を意味していた。キバ将軍も、クラウスさんも、彼らの母国ハイランドに敵対するという意味ではなく、ルカ・ブライトその人を打ち倒すためと僕等と仲間の誓いを結んだのだ。


彼らと同じ志のもとに僕らと誓いを結ぶハイランドの兵士も数多くいた。
     ルカは狂気の男である

そう彼らは口々に呟いた。
味方であるはずの彼らでさえも敵に回し、父を殺し、暴君を振るう。(それは……) 何か、理由があるのだろうか。
バルバロッサ様を思った。彼には彼の物語があった。けれども思う。それはバルバロッサ様その人にとって重要なものであり、他の人にとったら、どうでもいい、本当にとるにたらない物語でしかないのだ。自分にとって大切だからといって、他人にそれを押し付けられることをしてはいけないし、許される免罪符にもならない。
たくさんの人を不幸にしてしまったのなら、その償いは、いつかきっとやってくる。

ルカ・ブライトは、いつか討ち滅ぼされるだろう。
バルバロッサ様と、同じように。



   ***




、お前リドリー将軍の軍にいたらしいな?」

ぽん、と頭に手のひらをのせながらの言葉に、僕はブボッと牛乳を吹き出した。未だに背が大きくなる夢は諦めていない。
「まあ、うん……」 と僕はアイマイに頷いてフリックさんをちらりと見た。なんでお前が、とか、何をしたのか、だとか。色々と問いかけられる想像をしたのだけれど、そんなことはなかったらしい。
お決まりのビクトールさんは、リドリー将軍の肩に手を置いて、別の席でげらげらと笑っている。珍しい組み合わせだ。
「あんたも策士だな!」とビクトールさんは嬉しげに笑っていて、その相手をするリドリーさんはというと、ちょっぴり困った顔で、けれどもどこか満更でもない風にちびちびとお酒を飲み込んでいた。

「フリックさんは、あっちに行かないの?」
「うん? たまにはうるさい相棒から開放されたい気分なんだよ」

ふうん、と生返事をして、コップの中の牛乳を見つめた。ほんの少し、僕は瞳を閉じた。色々なことが、頭の中でぐるぐると回っている。
熱気が頬を叩いているというのに、心の中はなぜだか静かで、僕はフリックさんに訊かなければならないことがあることを知っていた。僕はもぞもぞと口を動かしながら、どうにも勇気がでない口元をごまかすみたいにまた牛乳を飲んだ。「ぶぼばっ!」 変なところに詰まった。

「……おい、何やってんだ」
「いやげふ、喉にげふ、げぶふ」
「でかくなったと思ったのに、変わらないもんだなあ」
「えっ、僕大きくなった?」

やっぱり毎日いっぱい牛乳を飲んでたからよかったのかな!? とわくわく頭を触ると、「いや背は特に」 しょぼくれた。「なんだ。そんなに背が重要か。まあ大丈夫だ、そのうち勝手にでかくなるさ」「……僕、こっちに来て全然大きくなってないんだけど」「…………人それぞれかな」

まあとにかく、お前、俺に訊きたいことがあるんだろう。
そう言って腕を組むフリックさんを見て、僕は少しだけ首を上げた。かちかち、とコップを指先ではじく。「うん、ん……」 改めてそう言われると、困った。「シルバーバーグ」 気づいたら、そう勝手に口が動いていた。「ん?」

さすがにその言葉が出てくるとは、フリックさんも予想外だったらしい。あの、と僕は唾を飲んで、ぱたぱたと足を振る。「いや、シルバーバーグ。ハイランドから、届いた書状にも、その名前があったなって……」「ああ、レオン・シルバーバーグか」

そうだ、僕はその名前を知っている。
自身の元から去った男の名として、バルバロッサ様は彼を記憶していた。

「ああ、あいつも元は赤月の軍師だ。前皇帝、バルバロッサ・ルーグナーに仕えていたこともあるとか色々聞いているが……あるときから姿を消したとか言われていたんだがな。俺も名前しか知らんが」

じっと、自分の手のひらを見つめた。「オデッサ」 ぴくり、と彼は瞳をこちらに向けた。「オデッサ・シルバーバーグは、だれ?」 
     初代解放軍リーダー

そのことは、僕だって知っている。グリンヒルでスパイだとバレないように、真面目に受けたおじいちゃん先生の授業で教わった。
けれども、僕が訊きたいのはそのことじゃない。フリックさんはちょっとだけお酒で唇を湿らせた。そうした自分の行動を苦笑して、コツン、とコップをテーブルに置いた。「恋人だよ。レオンとは叔父と姪の関係だったらしい」「昔に振られちゃたって言ってた、大切な人?」「まいったな」

俺、そんなことまで言ってたか、とほんの少しフリックさんは顔を赤面させて笑った。うん、と頷いた。「守れなかったよ。俺は守れなかったんだ」
オデッサ・シルバーバーグは死んだ。そして、トランの英雄へ全てを託した。

「フリックさんは、解放戦争に参加していたんだね」

知らなかったのか? とフリックさんは瞬いた。「青雷のフリックはさすがだな」 全然知らなかった。茶化したような言葉を作って、胸を押さえこんだ。「フリックさんは」 ほんの少し、喉がかすれた。「くんを、知ってるって言ってた」

僕はくんを探していると彼に告げた。それは僕と同い年くらいの男の子だと彼に伝えた。フリックさんは知らないと答えた。
当たり前だ。

「それは、トランの英雄、・マクドールのことだったんだね」

あれから、長い月日が立っていた。バルバロッサ様を守るとひまわりみたいに笑ったあの男の子は、大きくなって、まっすぐに歩いて、黒い棍を携えた、精悍な若者に変わっていた。
じっと押し黙る僕を、フリックさんは怪訝に覗きこんだ。僕は何も言わなかった。フリックさんはまたお酒に口をつけた。よしよし、と僕の頭を撫でる。泣くものかと思った。死んでしまったのも、殺されてしまったのも、僕ではない。辛くて、苦しかったのは僕じゃないんだ。

だから、僕がこんな気持ちになることはおかしい。
そう知ってる。でもなんでだろう。

じわじわと、紋章が傷んだ。「……つッ……」 フリックさんが、唐突に片手を上げた。雷を持つ自身の手をきょとりとしたように見つめた。酒場中の、紋章を持つ人達がびくりと肩をあげておかしげに首を捻った。

紋章さんが泣いていた。
覇王の紋章さんは、しずかに、しずかに、涙を流していた。僕はぎゅっと彼を握りしめた。(終わったんだ) 彼らの戦争は。(終わったんだよ、紋章さん)



   ***



広場での作戦会議にて、なぜだか僕まで出席するようになったことに、案外不思議な顔をする人は少なかった。
リドリーさんやキバ将軍、フィッチャーさんにテレーズさんと見覚えのある人達の端っこで、僕はちょこんとシュウさんのお話を聞いた。グリンヒル、マチルダと僕らは多くの都市と交渉を重ね、失敗したり、成功したりの両方を繰り返した。着々と軍は大きくなる。けれどもそれでもまだハイランドの大軍には敵わない。
     さて、どうするべきか。


「だったら、親父に頼めばいいじゃん」

おやじって、どちらさん?
そんな顔をして、声の主へ僕らは顔を向ける。「あっ!」 数人の声がピタリと重なった。カツン、カツン、と彼はこっちに向かって、歩き出す。「シーナさん!」 お? とシーナさんは首を傾げた。「なんだ、お前もいたのかよ!」

懐かしい顔ばっかそろってんじゃねえか! と片手をあげてへらへらと笑うその人に、リドリー将軍は牙をむいた。けれどもどうどう、と事情を知る幾人かが、つまりはフリックさんとビクトールさんが彼を押さえた。
(そうだ)
そうだ、彼は、シーナさんは。


元は赤月帝国、現トラン共和国大統領の     息子さんなのである。



  

2012/11/26

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