はる、きたる





「あなたはクビよ」

クビよクビ、とぴんぴん、と片手で垂直に首を切る様を見ながら、俺は濡れた手をぴらぴら下に振って、エプロンで拭いながら、「そりゃまたなんで」 なんかしでかしましたかね、と考えてみた。つん、とミーナさんは顔をそむけるみたいに顎を上げて、腕をくんだ。「行きたいとこがあるなら、行けばいいのよ」

私、そういうの嫌いなのよね、とぷん、と青いドレスの少女は頬をふくらませた。「人間、やりたいことをするのが一番なのよ。私はいつもそうしてきた」

だからここで踊ってるの、とすとんと薄いトウシューズのつま先を伸ばして、彼女はパッと笑ったのだ。「もう幽霊なんて、いなくて十分」
あなたは生きてる人間になりなさい。




   ***



ばれてたか、と思うと、やっぱりどこか気恥ずかしい気持ちになった。給料だと渡された重い袋は、皿洗いと用心棒、二つの役割分らしい。俺は旅をすることにした。フリックさんを探す。やっぱりそれが結論だ。彼が今、何をしているのかは知らない。解放軍の軍主はまだくんではなく、バルバロッサ様は健在だ。

(どこに行ったらいいのかな)
解放軍の本拠地でも目指すべきなのだろうか。それとも、(まだ彼は、解放軍に入っていない?) 広い世界の、ほんの少しの情報で、一体俺に、何ができると言うんだろう。
けれども案外、偶然は転がり込んでくるものだ。






腹が減ったな、なんて目の前の青年は口元をとんがらせて短い金髪をくしゃくしゃにさせている。彼は深く椅子に腰掛けて、青色のペンダントが胸の前で揺れていた。記憶よりも、ほんの少しだけ若くて、目線の位置がずっと近い。「でも店員のおねーちゃんが美人だから許す!」「許しちゃうの、シーナさん」 相変わらずの女性好きは、記憶の中と同じらしい。

懐かしくって思わず含み笑いをしてしまうと、「なんだよお前、喧嘩うってんのか」 テーブルに置かれたスプーンの先をぴらぴらとこっちに向けて振られてしまった。「いや、なんでもないよ」

これはただの偶然だ。たまたま宿屋の部屋が足りなくて、一緒にどうですかと案内された先にはこの人がいたというだけだ。「なんでこんなにおっせえのかなあ」 腹と背中がくっついたらどうしてくれる、とぺたんとテーブルにひっつくシーナさんの背中では、いらっしゃいませと入り口で笑っていた店員さんが困ったような顔をして、なにやら大男に言い寄られているらしい。ぎゃっ、と男が悲鳴をあげた。

だれだ、だれだ、このやろう、と拳を振り回して、そのまますっ転ぶ様を見つめながら、「そんでシーナさん」「ん? つーかうるせえなあ」「昼時だからね。シーナさんは、なんで旅をしているの?」

そりゃあ! とシーナさんはテーブルに腕をつきながら、「可愛い女の子と出会うためだろ!」 思わず吹き出した。

「なんだこのやろ、男なら誰でもわかるあれだろーが! 文句でもあんのかよ!」
「あはは、ちがうちがう」

変わらないなあ、と思ってしまっただけだ。正確に言えば、俺が出会う彼はこの数年後のことであり、ずっと変わっていない、と言った方が正しいのだろう。やっぱりここは過去なのだ。改めてしっかりとつきつけられた事実を前にすると、何やら腹の方がむず痒い。「なんだよやっぱり分かるんじゃん!」 シーナさんはパチパチと両手をあわせて嬉しげに笑っているシーナさんに対して、ぼちぼちね、と返答してみた。

「よっしゃ、そいじゃあ二人でナンパとしゃれこもうぜ、お前となら成功率はマックスだ!」
「あはは、いやだよ」

とりあえず笑いながらの否定である。
がくり、とテーブルにでこを打つシーナさんを横目に見ると、両手に盆を抱えながら、慌ててこちらに足を掛ける店員さんに、大丈夫、と片手を振った。そんな俺の様子を見て、バネの振り子のように顔を上げたシーナさんが、ぱぱっと笑った。

「お、きたねー!」
「すみません、遅くなりました!」

店員さんに、いいよいいよとへらつくシーナさんに倣って、俺も同じく頷いた。「いいよ、大変だったんでしょう」「なになに、なんかあったの?」 きょとっと首をかしげて店員さんを上目遣いに見つめるシーナさんを相手にして、おっと、と口元を撫でた。後ろをうかがいながら、困ったように口元をもごつかせる店員さんに、しー、と人差し指をちょんとたてる。少々申し訳がない。まあつまり、「綺麗な人は大変ってことだよ」

ついでに女の人は大変だ。
ぱちぱちと瞬きを繰り返した後に、照れたように肩をすぼめる彼女に口元を緩めて、ありがとう、と皿を受け取ると、何やら苦い顔をしているシーナさんが、「やっぱお前とのナンパはなしだ」 地をはうような声である。両手をドンッとテーブルにつけながら、剣呑に瞳を細めている。「お前、邪魔すぎ!」「唐突な人だな」 別に彼の邪魔をした記憶はない。

「あっ」
ふと、カラの盆を抱きしめた店員さんが、テーブルを見ながら声をあげた。「ごめんなさい、そちらの方の分だけ、フォークがありませんでしたね」 すぐにとってきます、と恐縮する彼女に、「いやいや、さっき使っちゃったからさ」 そっちが悪いわけじゃない。

不思議気に瞳を瞬かせる彼女に笑って、「落としたんだよ」と言い換えた。だいたい、間違ってはいない。フォークは地面と相手に刺さりやすくてありがたい。
それじゃあ代わりを持ってきますね、とくるりと背中を向ける彼女に、よろしく、と頷いた。振り返れば、じっとりとした瞳でシーナさんがこっちを見つめている。

「……なに?」
「お前がいると、女の子が寄ってきて便利なんだがな」
「そりゃうれしいね」
「でも邪魔だ!」

二度目である。まあいいか、とシーナさんを無視しながら、野菜のスープを口に運んだ。すとんと腹の中に収まって、ほかほかと暖かい。そういえば、と考えてみた。シーナさんは、フリックさんと知り合いな、細かく言えば、これから知り合いになる仲である。「ものは相談だけど、シーナさん」 んごお、と口に肉をふくんだ彼がもごもごした返事をしている。「よかったらだけど、俺と旅してみる?」 イエスであるのならば、こっちとしてはありがたい。
彼はごきゅっとお肉を思いっきりに飲み込んだ。

「ばかやろう! 男同士なんてまっぴらごめんだ!」
「ですよねえ」






  

2013/06/24

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