はる、きたる






薄く、剣を振るう。
「ひゃあっ!」と両手を握りしめながら、鼻をすする女性の声が聞こえる。体の上と下を行方不明にさせて転がる魔物の腕を二本三本と切り落とした。「うん」 ふい、と彼は茶色い土の上に足を乗せ、チン、と静かな音とともに腰の剣を収めた。転がる死骸の中で困ったように笑っている。

左手の革袋を付け直し、肩をすくめる青年に、「騎士の方ですか」 もう少しで街に着く。日は落ちているものの、ちょっとくらい問題ない。そう思って、お使いのバスケットを抱えて急いで雇われの店に戻るつもりだった。「いやいや」 全然違いますよ。と青年は苦笑した。


「まあ、元皿洗いかな」



   ***



柔らかな雰囲気の青年だった。そう彼女は記憶していた。
ちょっと村を探しているんだ。そう言った彼は、お目当ての場所に辿りつけたのだろうか。「それで、かっこよかったの?」「ちょっとやめてよ」 パシン、と同僚の手のひらをひっぱたいた。「否定はしないけど」 自分と年下か、同じくらいの青年だった。名前ぐらい、聞いときゃよかったのに、とクスクス笑いながら盆を持つ同僚に向かって、べーっと一つあっかんべーをしてやった。

「ちゃんと聞いたわよ」
「なら教えなさいよ」
「いやよ、何かにつけ話のネタにするんでしょ」
「ほらやっぱり聞いてない」

ごまかしたって無駄よ、と長い指先をチチ、と振られたものだから、ムッとして手持ちの盆を抱きしめた。「聞きました。その人の名前はねえ     」「おおい」

くっちゃべってるだけだと、給料は出さんぞ、と叫ぶ野太いマスターの声に、慌てて彼女はスカートの後ろに盆を回して、きゅっと口をつぐんだ。今日の客は、あまり多くない。そう思っていたから、少しだけ気が緩んでしまったらしい。

テーブルの端っこに、男が二人。それに、女が一人いた。「あれも、いい男ね」 先ほどよりもこそりとした声で呟いて、ささっと去っていくウェイトレスの言葉に、思わずこくんと頷く。二十歳は過ぎているだろう。青いバンダナを巻いていて、時折ちびちびと酒を飲みながら近場の女に話しかける。オデッサ。

そう彼は話していた。(彼女さんなのかな) もう一人の大柄の男はどうにも無口で、もしかすると眠っているのかもしれない。と、思ったのだけれどもぴくりと顔を上げてこちらに目を向けられたものだから、驚いて逃げてしまった。「あそこの席の三人一体なんなのかしらねえ」

近づいて、そそ、と仲間で話し合う。どうにも不思議な雰囲気だ。「すまない」 青いバンダナの青年が片手を上げた。はい、と慌てて近づいた。「酒を一つ。ついでに、腹が膨れるものならなんでも」 わかりました、と頷いて、少し困った。なんでもいいと言われる方が困ってしまう。ふと、青年が顔を上げた。「すまない、それじゃあパスタでいいかな」 こっちの不安に気づいたのか、気むずかし気な表情を先ほどまで作っていたくせに、くすりと口の端を上げた。(あ) 柔らかい顔だ。


なんとなく、似ていた気がした。
(兄弟とか)

そんなわけないか、と舌を一つだして、たかたかとスカートを翻した。



  

2014/04/13

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