「こうして道は別たれた」のおまけ話詰め合わせです
* 一部、4未プレイの方には優しくないお話があります
* 捏造が相変わらず多い、オリキャラみたいな人もちょろり
* 最後のオリキャラは、主人公とは赤の他人です





この頃奇妙な人がいる。
いや、奇妙な人を“見る”

「あー、いーてんきだなー」

そう言って、彼はぼんやり船の甲板でにこにこ笑うのだ。



アルドー、と呼ばれる声がした。「ああ、うん、待ってー」と言いながら、僕はくるりと背を向ける。彼は二十歳を過ぎたくらいの青年だろうか。肌は透き通っていて、ふわふわしていて。これは決して、色白だとか、髪の毛がふんわりしてるとか、ふわふわした雰囲気だとか、そういう意味じゃない。“文字通りに”透けているのだ。半分透けた体の向こう側に、きらきら光る海が見える。その様を見て、彼はふわっ、と足元を浮かせながらいつも嬉しそうにしていた。「海って、こんな綺麗なんだなぁ」 うん、同感。


     彼は一体なんなのか


(うーん、僕以外の人には、見えてないみたいだけど……)
ふわふわーっと船の間をすり抜けて、くるくると人の中を移動して、一番最後には、すいーっと一つの部屋の中に戻っていく。(ここは……) テッド、と名前を書かれた船室を見ながら、ううん、と僕は首を傾げた。テッドくんのお知り合いなのだろうか。

けれども別に、彼らは話している様子もなく、どちらかというと、あの青年が一方的にテッドくんの後ろにくっついているようにも見える。僕にしか見えてない。(やっぱりそうなんだ) テッドくんにも、見えていないんだ。「テッドー、テッドー、すごいんだよ、部屋の中がキノコでいっぱいだったんだ。いやー、長く生きるもんだねー。いや生きてないけど」 アハハハー、とあまり明るくないことを明るく言う青年なのだが、やっぱり彼は、幽霊か何かなのだろうか。
まさか、そんな、と思った。

けれども世には人魚もエルフも、陸にはユニコーンもいるらしい。だったら幽霊の一人や二人、いたっておかしくないかもなぁ、と僕はうんうん唸りながら、さんに頷いた。「さん、世界って広いんだね!」「唐突に何を悟ったの」


ちょっとずつ、テッドくんのことが気になった。


なんでいつも一人でいるんだろう。あの一緒にいる男の人は誰なんだろう。「テッドくんテッドくん」と食事に誘って、「一緒にご飯を食べようよ!」 嫌だよ、と彼は首を振った。けれども何回か繰り返して、一緒にテーブルに座った。「これなんか、おいしいよ」「魚は嫌いだ」「おいしいよ」「…………」 彼は面倒くさそうに舌打ちをして、ふんっ、と顔を背ける。僕は笑って、片手を上げた。「すみません、マグロ丼、二つ」

彼から、彼の紋章のことを、少しだけ聞いた。

『俺に近寄るな』と彼は背中を向けた。僕は何度もノックした。開かない彼の扉の前にすとんと座って、ぼんやり瞼を閉じた。しばらくして、カチャリと扉が開く音と一緒に、僕はごろんと背中から転がった。見上げると、テッドくんが呆れたような顔をして、「いつまでいるんだよ」とため息をつかれてしまった。その横に、やっぱり青年の僕よりきっと、少し年下程度の彼が、嬉しそうな顔をして、口元をにんまりさせていた。


     彼は、テッドくんの言う紋章と、何か関係があるのだろうか

どうだろう。
やっぱり関係ないのかもしれない。
なんで僕だけ彼が見えるのだろう。
特に、意味はないのかも。

「ここは、いいところだね」

彼は、テッドくんの隣でぽつりと呟いた。「そうだね」と僕は言った。彼は、ぎょっとしたように僕を見つめて、僕はそれに笑い返した。彼が何か口を開く前に、テッドくんが、「ま、そうだな。今日は風が湿気ってるから、外に出ない方がいいだろ」「うん? うん、そうだね」

僕がテッドくんに頷くと、青年は、あ、そうか、と言う風に、恥ずかしそうに頭を掻いた。(話しかけても、いいのかな) どうなんだろう。

「おい、アルド」

ふと、部屋に向かおうとしていたテッドくんが、僕に振り返った。「さっさと入るぞ」「う、うん。そうだね」 こんこんこん、と板を踏みしめる。さわさわした風が吹いていた。
(機会があれば)

話しかけてもいいのかな、と。
なんだか、わくわくした。






俺の村には子どもがいない。
もっと言うのであれば、人がいない。
そしてもう一歩踏み込むのであれば。

「おーいー、村長さんとこの子が生まれたらしいぞー!」
「え、ほんとー!?」


      紋章を守る、隠れ里ってやつである。



外の世界のことはよく分からない。食事は自分たちで自足するし、必要なものがあれば、一部の決まった村人が、全員を代表して買いに行く。何で自分たちが紋章を守っているのかということも知らない。それが当たり前のことだったし、多分自分もこの少ない村人の中からお嫁さんでも見つけて、ほそぼそと暮らしていくんだろう。
不満なんて無い。けれども敢えていうなら、(…………俺、嫁さんできるのかな……) 言っちゃなんだが、競争率が低い代わりに、倍率も高いのである。
(俺、ほんっとどんくさいんだよなぁ……)



「村長さーん、生まれたって? 娘さんもだいじょうぶ?」
「おうとも。案外すぱーんと生まれてね、すぱーんと」

村長さんも嬉しいんだろう。俺は一瞬、彼の右手を見つめた。村長さんは、俺の視線に気づいて、顔にいくらか皺を刻んだ。「まあ、だいじょうぶ。こいつはこの村にいるかぎり、静かなもんだ」「うん」
何はともあれ、子どもは嬉しい。村には子どもが少ない。だから子どもが生まれれば、全員がうれしくなる、らしい。ここ数年子どもが生まれなかったから、俺にはそこら辺のことはまだよくわかっていない。「、せっかくだから、うちの孫に会っていきなさい」「え、い、いいの」

いいに決まってる、と村長は軽く笑って、ドアのノブを回した。女の人がベッドにもたれてこっちを見ている。「うわっ」と後ずさったけれども、当たり前だ。赤ちゃんが、お母さんと一緒にいるのに驚く方がおかしい。「ああ、くん、来てくれたの」「うん、その子?」

彼女は腕の中に、小さな子どもを抱えていた。薄い産毛が茶色くってふわふわしている。おお、小さい。ぱち、とその子は瞑っていた目を開いた。茶色い瞳で、じろりと俺を見上げる。ごくっと唾を飲み込んだ。

「んー」
「お、うおう」

その子はひょいっ、ひょい、とこっちに手のひらを伸ばした。何かちょうだい、と言っているみたいだった。僕はどうしたらいいだろう、と村長さん達に目線をあわせても、彼らはにこにこ笑ってるだけだ。恐る恐る、手のひらを伸ばしてみた。ぎゅっ (お、おお)

「そ、村長さん、こここ、この子が俺の指、つかんじゃってるよ!!」
「そりゃあ掴むだろう」
「ち、小さいよ! 指がこんなにちいさいよ! だめだよ俺潰しちゃうよ!」
「うちの孫に何する気だ」

潰さない潰さない、とその子を抱えていた彼女は苦笑しながら片手を振った。「お、俺がめちゃくちゃどんくさいの知ってるでしょ!? うわああ怖い、こけてつぶしちゃいそう、村長さん俺の腰掴んでて」「何でこの年になってそんなことせにゃならんのだ」

だってぇ、と涙目になりながら、未だにぎゅっと俺の指を握り締めているその子を見た。人の気なんて知らないで、その子はにこーっと頬を緩めた。俺も、ふとほっぺたを緩めそうになった。「この子の名前、なんて言うの?」「あら、まだ言ってなかった?」「うん、聞いてない」

彼女はお母さんの顔をして、やんわりとその子を抱きしめた。
「テッド、テッドっていうの」 テッドは、呼ばれたことが分かるのか、うい、と変な声を出しながら俺の指を握りながら、腕をばたばたさせる。「わ、わ、ちょっと」 どうしたらいいだろう、と小さな手のひらを見つめていると、彼女と村長さんはくすくす笑った。そして、ぽつりと言われたのだ。


くん、この子のお兄ちゃんになってあげてね。








どれくらいの間、旅を続けていただろう。
一人っきりだ。慣れた。とっくの昔に。そう思わなきゃ、やってられない。


「はー」と俺は息を吐き出した。白い息が、ほわりと舞い上がってすぐに消える。寒いから息を吐いた。それだけだ。ため息みたいになってしまったけれど、別に特に意味はない。「さむいねー」 隣に声をかけられた。俺は無視した。「さむいねー!」 聞こえないと思ったのか、今度はさっきよりもでかい声だ。


「ハイハイ、寒い寒い」
「うわー、おざなりな返事。少年、旅人かい?」
「そうですよー」
「若いってのに、すごいなー。どれくらい旅してんの」
「かれこれ300年近く」
「は」
「ジョーダン」

下手な冗談だなぁ、とその青年は笑った。俺はざくざくと積もった雪を踏みしめて、マントの中に手を入れる。指がかじかむ。白い景色が広がっていた。「どこに行くの?」「あったかいとこ希望」「俺も俺も。旅してんのよ、少年の300年には負けるけどね」「はいはい」

相手くらいしてよー、とその青年はぷっと頬をふくらませた。(ガキみてー) まあ、自分に比べりゃ、みんなガキだ。
話し相手くらいにはなってやろうと思った。別に急ぐ旅でもない。目的地がある訳でもない。敢えて言うんなら、時間を食いつぶすための旅をしている。「あんた、すぐ死にそうだな」「え? うっそホント? よく言われる」「言われるのかよ」「そうなんだよ。だから旅で一皮向けて、いっちょ男前になって、村の連中見返してやろうとね! 思ってね!」「あらそう」

まあ、旅の理由は人それぞれだ。
うまくいきゃーいーですね、と適当な相槌を打って、進んでいくと、道が二手にわかれていた。別に、どっちでもいいけど、なんとなく。「あれ、少年は右? 俺、左」「じゃーなー、もう会わないけど」「いやいやいつか、またどっかで会うかもよ!」「俺顔覚えんの苦手だから、次会ったら他人ってことで」「つめてぇ!」

激しくつめてぇー! と彼は頭を抱えた後に、「俺、って言うからさ! まあなるべく覚えといてよ!」 はいはい、と片手を振った。
ざく、ざくざく、と足を進める。どこに向かう訳でもない。ふうん、と俺は呟いた。


(懐かしい、名前だな)




2011.11.17
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おわり