あの人の心、俺知らず

友達でもなんでもない、ましてや恋人でもないその人に、俺は思わずキスをしてしまった。
ただでさえ、わからない距離感が、そのせいで、もっともっとわからない。自業自得とは言えど、さすがにちょっと苦しいものがある。これはねーよ、時間よ巻きもどれ、とか言っても無理である。普通に考えて無理である。


ねーよねーよ、あー、マジねえよー、と思いながら、俺はガタガタとかごの中にポケモンフードを詰め込んだ。ついでにすごいきずぐすり。あ、ボールも足りない。いや、家にあるか。あー、あなぬけのヒモって、別にどこに行く訳でもねーし。いや、ある方がいいか。でもやっぱいらんか。

昔は品揃えもイマイチだったけれど、今ではなんでもそろうもんだなぁ、と俺は棚をぼんやり見上げた。さて、こんなもんか、とかごの中身を確認してレジに向かおうとしたとき、丁度ウィイン、とドアが開き、ぼんやり顔のさんが入ってきたとき、ブバッと吹き出しそうになった。おいおい。

思わずササッと隠れてしまいそうになったのだけれど、いやいや隠れてどうする。別に俺、やましいことなんてしてねーだろ。ショップは街に一つだけ。偶然でもなんでもない、いうなれば必然である。彼女もまた、フードの購入に来たのかもしれない。それなら普通に、お久しぶりですね、さん、と声をかければいいのだ。全然不自然ではない。寧ろじぃっと見つめているだけの方が怖いものがある。

「あ、さ」

声をかけた瞬間、彼女はずっこけた。「…………」「…………」 パンツが見えた。思わず片手を顔でつかんだ。
これは彼女の名誉にも、見ていないふりでもした方がいいと判断し、さかさかと俺はその場から逃げた。さて、そのまま気にせずレジに向かおうとしたとき、「あっ」と声をかけられた。

俺は素知らぬふりをしながら、振り返ると、心持ち髪が乱れたさんが、俺を見ていた。「こんにちは、グリーンさん。お買い物ですか?」「ああ、はい。ちょっとボールが切れてて、色々と買いに来たんですが」 ついでにあなたのパンツも見ました。なんて言えば、俺の尊厳は地に落ちる気がしたので言わないでおいた。眼福でした、と取り敢えず心の中で両手をあわせる。すみません、俺も男なんです。

「あ、私もちょっと、ポケモンフードの買い出しに」
「はあ、そうですか」

会話が続かない。
そのままサッと別れていいもんか。そんなあからさまも微妙だ。本音を言えば、もうちょっと話をしたい。俺はまだ買い物がありますんで、と言った風に棚へと戻った。その後ろにさんがくっつく。彼女も別れるタイミングを失っているのかもしれない。

(嫌われてはいない)
多分。
嫌いだったんなら、ここでささっと別れて、それじゃあねってなるよな?
いやでも、俺、キスしちゃったし。普通、避けるよな。でも避けられてない。つまり俺はオッケーか。俺がイケメンだからか。自分で言うのもなんだけれど、俺はモテるぞ。だからか、だからか、だからですか 「さん」「はい?」 思わず声に出てしまっていたらしい。顔を見下ろすと、ニコニコ顔のさんがこっちを見上げていた。俺も笑った。ハハハー、と笑いあった。(…………読めないっ!!!) わからん。力の限りわからん。

思わず顔を背けて、棚に頭を突っ伏したくなった。わからない、この人なんなの。理解不能なんですけど。経験はある。人並みにはある。なのになんですか、グリーンさん挫けそうです。挫けてしまいそうです。


(アウト・オブ・眼中)
一瞬嫌な言葉が脳裏をよぎった。
やっぱそれかなぁ、と思いながら、もう一回彼女を見下ろした。さんは、ぼんやりしながらきずぐすりを見て、「この頃品揃えもよくなりましたねー」と俺と同じことを言っている。そうですね、と俺は生返事をしながら、嫌われてる方がまだいいよな、と考えた。

嫌いの反対は好きである、だなんて、よくある言葉じゃないか。眼中にない、あんたなんでどうでもいいんですよってのは、好きにさせよう、好きになってもらおうと努力しても、こっちを見てくれすらしないのだ。(いや、このグリーン様が、そんな弱気じゃダメだよな) 押して押して、押しまくれ。それくらいの勢いを見せるんだ。「さん」もう一回呼んでみた。彼女がちらりとこっちを見上げた。

じーっとお互い見つめ合った。そうしているうちに、なんだか距離が近いような気がした。(キスしてー)思わずぬっと顔を動かして、そのままキスしてしまいそうになった瞬間首を回転させた。「あ、アホか!!」 激しくつっこんだ。
同じ二の舞を踏んでどうする! そっち方面に勢いを見せてどうする!

さんは、何度もパチパチ瞬きをして、一体何事かという風に俺を見ていた。俺は多少照れながら、「あ、なんでもないんで」と片手を振った。こんな風に、こっちが悶々と考えてるだなんて、この人は知る由もない訳で。

羨ましいよ、まったく。





prev | menu | next