あの人の心、私知らず
お店の入口でずっこけた。
これは恥ずかしい。なんと恥ずかしい。私は慌てて立ち上がって、しゅぱぱと服を直しながら、辺りを確認した。誰にも見られてないよね、と店員さんに目を向けたけれども大丈夫。丁度背中を向いていたときらしい。ラッキーだ。もしかしなくとも、パンツまで見えていたかもしれない。今日のパンツは、と想い出そうとして、もしかしてピカチュウパンツだったらどうしよう、とサアッ、と嫌な汗が背中から流れたけれど、誰にも見られてないなら問題ない。問題ないよね!
「あ」「ん?」
見覚えのある、黒い革ジャンの背中を見て、思わず声を掛けてしまうと、グリーンさんがひょいっと振り返った。
彼のかごにつまったボールがかちゃんっと音を立てる。「こ、こんにちは、グリーンさん、お買い物ですか」と訊いたら、グリーンさんに苦笑された。一体なんで苦笑されたんだ、と思ったら簡単である。おかいもの以外に、一体なんの用事があって、ショップに来るというのだ。相変わらず恥ずかしい。
いえいえ、なんでもないんです、と私はごまかしついでに手のひらを交差させて、ハッとさきほどのことを思い出した。 私のピカチュウパンツ。
ささっ、と思わずお尻に手を回してしまったのだけれど、グリーンさんは特に何を言う訳でもなく、また商品棚に目を向けた。よかった、見られてみられてないみたいだ。見られてたら私恥ずかしくて生きていけない。
ううう、と微妙に口元で唸った後に、ほーっとため息をついて、グリーンさんの後ろにくっついた。棚の近くのかごを取って、えーっと、えーと、と棚にちらちら目を通す。グリーンさんも、何か難しい顔をして、棚を見つめていた。
きっとジムリーダーさんだから、色々と考えることが多いんだろうなぁ、大変だ、と思いながらポケモンフードの近くのきずぐすりを見つめつつ、本当に品揃えが多くなったなぁ、と感心した。まったく、ありがたいことである。
とりあえず、かごの中にお目当ての商品を詰めていった。ポケットの中からメモを取り出して、さて残りは、と確認しながら視線を上げた。よいしょ、よいしょ、と手を延ばす。「あ」 手が届かない。
なんてこった、とバタバタ片手を動かして、必死に背伸びをした。いかん、最終手段を発動すべきときなのかもしれない。レッツジャンプ。力の限りジャンプ。
えいや、と頑張ろうとしたときに、ふいっとグリーンさんが私の腰を掴みながら、上の棚へ手を伸ばした。「これですか」 ぎゅーっと腰に手を回したまま、グリーンさんが手の中から缶詰を見せた。私は何度もコクコク頷いた。
いやいやいや、ちかいちかいちかい。腰の手が気になって、思わず体をのけぞらしてしまいそうになったのだけれど、グリーンさんの方は特に気にした様子もなく、これですよね、ともう一回、缶詰を持った手のひらを上下させた。
気にしている私が変なんだろうか。変というか、グリーンさんと、私の中の基準が違うのかもしれない。こう、プライベートスペース、というものが私よりも狭いのかも。うん、そうだ、多分そうだ。だったら私があわあわしていたら恥ずかしい。気にしないふり、気にしないふり、となんでもない顔を装いながら、両手で缶詰を受け取った。けれどもやっぱり恥ずかしくなってしまって、思わず顔をうつむかせた。「あ、ありがとうございます」「………どーも」
グリーンさんの声は、どうにもぶっきらぼうである。
どうしよう、何か気に障るようなことでもしたのかな、ととても不安になったのだけれど、今更後悔しても遅い。付け足しみたいなありがとうになってしまったのがダメだったんだろうか。もう一回、「ありがとうざいます!」 大きな声を出してみた。そしたらグリーンさんが、ちょっとビックリした顔をして、目を大きくしながら耳元をポリポリさせた。いかん、今度は大きな声を出しすぎた。
なんで丁度の具合ができないんだろう、と思わず泣きそうになった。恥ずかしいばかりである。「どう、いたしまして」 グリーンさんは、ふいっとそっぽを向いた。呆れられたのかもしれない。
あー……と私はがっくり肩を落としながら、かごの中に、グリーンさんからもらった缶詰を入れた。
***
(私、もうちょっと、うまくできないもんかなぁ……)
(……やばい、俺、やりすぎたかも)
あーあ。と、2つ分のため息が心の中でひっそり響いた。