出だしのいっぽ


俺は軽く欠伸を繰り返しながら、片手にかごを持って、陳列棚を眺めた。「カップラーメンでもいーんだけど」 めんどいし。今日は姉ちゃんが来ないからなぁ、と冷蔵庫の中身を思いだして、「あー」と頭をひねる。卵がなかったような。

時々グリーンさーん、と掛けられる声に片手を振って、カップラーメンを詰め込んだかごを片手に欠伸をすると、折り曲がった角の向こう側にいる女性と、ふと目が合った。(お) こんなこと、前にもあったような、と思いながら片手を振ってはにかむと、さんも片手を振った。

「晩御飯の買い出しですか」
「はい、さんも?」

返事をするように彼女は笑った。そのかごの中をちらりと覗いてみると、家族の分としては少し少ない。一人暮らしなんだろうか、と思った後に、よくよく考えてみれば、俺は彼女のことをひとつも知らないことに気づいた。知っていることと言えば、ポケモンセンターの手伝いであることと、名前ぐらいだ。さん、一人暮らしですか、と聞こうとして、いやいやと口元を曲げる。男にそれを聞かれて警戒しない女性は少ないだろう。まして俺、前科があるし。

俺が口元をもごつかせている間に、彼女はじーっと俺のかごに目を向けていた。なんだろう、と思ったとき、かごの中に詰め込まれているカップラーメンに気づいて、自分でも珍しく、カーッと顔が赤くなった。いや、これは恥ずかしい。

ささっと腰の後ろにかごを移動しつつ、「あ、いや、いつもはこういうのを食べてる訳じゃなくって、あー、いや、ときどき食べてるんだけど、一人暮らしだし、めんどくさいこともあったりで、ホント」「え?」 なんでそこで不思議そうな顔をする。

さんは困ったような顔をして、口元に指を乗せた後、「あの、でもお部屋が随分片付いていたので」 いたので。
彼女は何を言っているんだろうなあ、と一拍考えた後、「姉ですよ!」と思わず俺は声を荒らげた。「時々実家からやってきて片付けて帰るんです、彼女とか、いませんから、いないですから。元々汚くする方じゃないし!」 焦りすぎて、一瞬敬語が消えた。

「あ、そうなんですかー」とパチパチ瞬きをして、心底意外そうな声を出すさんを見て、俺は思わず頭を抱えそうになった。(そこからかよ!!) まさかの。
「彼女、いませんからね」

無意識に、言葉に力を込めてしまったかもしれない。じいっ、と彼女が少しだけ戸惑ったように顔を赤くさせて、顔を背けた。必死になりすぎた、と俺は気まずくなって口元を押さえた。っていうか、本当に、(そこからかよ……)


***


グリーンさんに彼女はいないらしい。
もしかしたら、とは思っていた。もしかしたら、いないかも。もしかしたら、いるかも。どっちも考えてた。あ、そうなんだ、と私はほっと息をついて、何でいないんだろうなぁ、と彼を見上げる。ぱちっと目が合ったので、誤魔化しついでに、お互いはは、と苦笑いした。(こんなにカッコイイのに) もちろん、かっこいい=彼女がいる、という訳ではないけれど、不思議なものは不思議だ。

「まあ、彼女がいてくれれば、料理とか作ってくれるのかもしれないんですけどね」
「グリーンさん、お料理は苦手ですか」
「いや、一人だとどうしてもめんどくさくなるんです」

なるほど、気持ちは分からないでもない。自分に作るよりも、人に作る方が気合が入るし楽しい。「私も、付き合ってる人がいれば、もっとお料理も楽しいんですけどね」 クスッと笑いながらつぶやくと、「……さん、フリーですか」「フリーですよ!」 いないに決まってる。

「あ、そうですか」とグリーンさんはほんの少しだけ口元を緩めて笑った。「だと思ってました」「し、しつれい!」「あ、いや、そういう意味じゃ」 じゃあどう言う意味って言うんだ。

「どうせ男っ気がなさそうに見えますよ」と私はほんの少しだけ唇を尖らせて、かごを持ったまま、たかたかとレジに進む。その後ろで、「いやさん、さん違いますから、さーん!」「知りません!」

私はぷっと頬をふくらませて、怒ったふりをした。「さん、言葉の綾ですから怒らないでくださいよ、カップラーメンいります?」「いりません」「じゃあ今度、弁当でも作ってきましょうか」「い、いいです!」

「ですよね」と言いながら、グリーンさんは私の隣でカラカラ笑っていたけれど、それはちょっと興味がある。けれども私は怒ったふりを続けて、ほんの少し緩みそうになる口元をひっぱった。(そっか) きゅっ、とかごを握る。(グリーンさん、彼女、いないんだ……) 今更って気がするし、確認の順番が間違ってるような気もするけど。

そっか、と、手のひらに隠して少しだけ笑った。



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::あとがき
一話の姉が出かけてるは、泊まりに来ていたお姉さんが出かけているの意味ですというどうでもいい追記