進んでも、いいんです


どこまで進んでいいのか。どこまで押してしまっていいのか。
俺はこれでも色々考えながら、ぎゅっと口元を押さえて、はあああー、と長く息を吐き出した。握った手のひらを思いだして、何度もぎゅ、ぎゅ、と自分自身の手を握ってみる。(…………ちっがうんだなぁー) こんなゴツくねーし。硬くねーし。

自分の掌を、親指でぐりぐりと押しこむ。かったいなー、うん硬い。もっとこう、もっと………「あ、アホか」 一瞬ハッとした。一体俺は何をしているか。
    俺は彼女にどこまで押していいのか。


このまま勢い良く押してもいいのかもしれない。
手のひらを握った。それがなんだか、大丈夫ですよ、と言われたような気がした。これ以上進んでも大丈夫。でも、そう都合よく自分が考えているだけかもしれない。(嫌だったけど、断れなかったとか) なんとなく、流れでそうなっちゃったとか。
「……ううん」

自分には珍しく、思考がネガティブに変わっていく。いやいや。そんなことを気にしていたら、一生前に進めない。ざしっ、と一歩大きめな音を立てながら、俺は地面を踏みしめた。ぐりぐり、とスニーカーの裏の跡をつけて、口元を引き締める。(遊びに誘ったりとか) していいんだろうか。
いいんだろうか。
オッケーだろうか。
いいんだったなら、そりゃもう、そのまま行ってもいいんですよ、という彼女からのサインに。
(…………ちがいない?)

恋愛なんて駆け引きだ。
そんなこと、この年になるまでに、嫌ってほど経験した。なのにどうにも上手くいかない。(駆け引きって、つまり、カッコつけてるってことなんだよな) 人間、かっこつけてなんぼだと思う。別にいいじゃないか。それが大人になるってことなのだ。子どもだって、大人のふりをしてかっこつける。(でもなぁ)

なんだかそうしてしまうと、全部が駄目になるような気がした。息を吐き出す。真っ白い息が、ふわっと立ち上った。「よし」 ぶつかる。
今から俺はぶつかる。

ジャンパーのポケットに手のひらをつっこむと、この間の夜を思い出した。
ウィン、と左右に開くドアの向こうへ足を踏みしめると、あったかい空気と一緒に、「いらっしゃいませ」と笑うさんがいて、俺は軽く、手のひらを振った。彼女もちょっとだけはにかんだように笑っていた。


***


冬が寒くてよかった、と思った。
寒かったから、手のひらを握れた。握ってもらえた。
嬉しい気持ちもたくさんだったのだけれど、反対にどこか恥ずかしい気持ちもあった。あの日、「それじゃあさん」とグリーンさんは言って、お互いはたはた片手を振ってわかれたのだけれど、次に会うとき、どうしよう、大丈夫だろうか、と不安だった。けれども、案外再会はあっさりしていた。

いつもと同じ通りにグリーンさんがポケモンセンターにやってきて、私がぺこっと頭を下げて、そのまま私は裏手にひっこんだ。まあ、こんなものだとね、と思いながら、カリカリペンを動かして、ポケモンフードと食料の在庫のチェックをしたのだけれど、「あっ」と瞬きをして、急いで自分の机の上の資料をひっさらい、「グリーンさん!」

扉から飛び出て、随分大きな声を出してしまったかもしれない。一瞬集まった視線にうわあ、と首を振って、頭を下げると、「さん、なにしてんの」「あ、いや、あの」

私は小走りにグリーンさんに近づき、胸に抱いていた資料を、ささっと彼に渡した。「この間の、検診の結果が出たから」 どうぞ。と書類を渡すと、おっ、と彼は目を瞬かせて、茶色い封筒を受け取った。袋を開けて、中身をちらりと確認した後、袋を軽く肩辺りで振って、「サンキュ」「う、うん。あの、どこも悪い子はいなかったよ」「ん。よかった」

そう言いながら、私とグリーンさんは他の人の邪魔にならないようにと壁に移動する。
会話が終わってしまった。他に何を話すこともない。行ってもいいんだろうか、とグリーンさんを見上げると、彼はどこか難しい顔をしていた。バサバサと袋で扇いで、じっとどこかを見つめている。何を見ているんだろう、と彼の視線を追っかけても、順番待ちのお客さんしか目に見えない。

お客さんの中に、お知り合いでもいるのかな、と首を傾げていると、「あ、あのさぁ」 と、頭上から、ほんの少しかすれた声が聞こえた。「え?」「あー、さん、今度の日曜とか、暇ですか」「暇ですが……」 なんで敬語なんだろう。

あー、そっかー……といいながら、グリーンさんはポリポリと後頭部を引っ掻いた。何か言葉を考えているようだった。「だったら、どっか出かけたりとか、しませんか」 
     誰と?

一瞬確認しそうになった。
けれども、彼の言いたいことに、ハッと気づいてしまって、どうしよう、と思う間に、私はぶんぶんと首を縦に振っていた。「で、出かけます」「あ、マジで?」 自分から言ったのに、グリーンさんは意外そうな声を出して、けれども少しだけ嬉しそうに笑った。ぶんぶんぶん、と私は何度も首を縦に振った。「あ、あのその、どこに……」

ちら、と彼を窺うと、「え」と言いながらグリーンさんは固まった。そして、「あー、えーっと、あー、そーだなー」と言いながら、唇を尖らせている。「博物館」
一瞬聞こえた声に、え? と首を傾げた。「あ、いや、さすがにないか」と否定するように、グリーンさんは片手を振ろうとしたのだけれど、私はぶんぶんと何度も首を振った。「い、行きます。ニビですよね、い、行きます!」「あ、そう? じゃあ、行くか」「行きます!」

ちょっと大きな声を出したとき、私はハッと自分がお仕事中なことに気づいた。こういうのはいけないいけない、と慌ててお仕事に戻ろうとしたのだけれど、時間も場所も決めていない。ええっと、ええっと、と私がもだもだしている間に、グリーンさんはポケットからメモを取り出して、「さん、ペン貸してくんね」「え?」 どうぞ、と渡すと、彼はさらさらと文字を書いた。最後にビリッと紙をやぶって、ペンと一緒に渡された紙を見つめると、番号が綴られている。
(あ)

ポケギアだ、と思ったとき、グリーンさんは「そいじゃ」と一言だけ言って、ドアへと消えて行った。(つまり、これは)

電話をしても、いいっていうこと
(なのだろうか)

うう、うう、と私はその番号を恨めしげに睨みながら、胸ポケットに折りたたんだ紙を詰め込んだ。また考えることが増えてしまった。嬉しいのに、なんだか怖い。ドキドキする。
電話をしても、いんだろうか。


***



「いよっしゃーあ!!!」

まったくおんなじとき、ぐいっと拳を振り上げながら、一人の青年が空に向かって叫んでた。「俺、よくやったー!」




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