人生七転び八起きだから


     その日、初めて彼女から電話が来た。

ポケギアを机の上に置いておいて、その周りをぐるぐる回った。何してんですかい、と言うように、イーブイが小首を傾げる。こっちは切実なんだよ、と相棒の頭をもしゃもしゃ撫でて、「ちくしょー」と言いながら、ドスンとテーブルの前に座った。「……番号渡すんじゃなくって、こっちから聞きゃあよかった」 そうすれば、こんなモダモダした気持ちもなかったはずだ。

「あー、バッカか」
つぶやく独り言が、なんだか虚しい。馬鹿と言えばもうひとつだ。「博物館ってよー」 ありえねぇだろ、とわざと声を吐き出した。そしたら自分で自分にグサッと来るのは理解していたが、そうせざるを得なかった。自己嫌悪に陥りたい気分だった。「アホかー」

もっといい場所があっただろ。それが何で、博物館か。骨やら石やらを見て、「いやあ、さん。この化石の保存状態はいいなあ」「そうだねぇ、中々のものだね。あっちの骨もいい色をしてるよ!」みたいな会話をするのか。俺はデートに誘ったんだ。ホントにするのか。結構リアルに想像できてきたんだけど。どうすんだよコラ。

手元のイーブイの頭をわしゃわしゃしつつ、ハー……とため息を吐いた。誘う。遊びに誘う。デートに誘う。それだけで頭がいっぱいだったのだ。一番肝心の、“どこに”誘うかということが抜け落ちていた。馬鹿だった。「あーあ」 まあ、でもとにかく、さんからオッケーをもらったってことは大いなる進歩な気がする。「おし、おしおし」 わしゃわしゃわしゃ

ふーん、と鼻をつき出したイーブイの鼻下を、口元を緩めながら人差し指で撫でた。ふんふん、とこすりつけてくるそいつの耳をついでにコリコリといじくる。イーブイは嬉しそうな顔をした。「ぴゃー」「おしおし」 可愛い奴め、とニヤついたとき、ピピピピピ、と机の上のブツが叫んだ。叫んだ。ぴゃっと俺は手を伸ばした。知らない番号だ。そして一回深呼吸。落ち着いた。問題ない。いける。いけるいける。

パカリと蓋を開けた。


***



電話をしてしまった。画面越しにグリーンさんが見える。してしまった。してよかったんだろうか。いいに決まっている。寧ろ、しない方が失礼だ、と思いつつ、「こ、こんばん、は!」「おう」「ええっと、あの、時間、大丈夫だった?」 所々区切れながら、なおかつ早口になるという何だかへんな状態だ。「だいじょうぶ」と言ってグリーンさんは笑った。画面越しに。「あ、あのそれで、日曜日の」「うん、どうすっか」

別に、特になんの話題をお話した訳じゃない。
時間と待ち合わせを決めて、はいそれじゃあおやすみなさい、とプチッと電源を切った。「はー……」私は思わず、床に転がった。緊張した。変なことを言ってしまったかもしれない。大丈夫だろうか。大丈夫じゃなかっただろうか。不安で仕方ないけど、もう終わってしまった。「に、にちようび……」 うふふ、と自分の口から奇妙な笑い声が漏れた。これは絶対かわいくない。

ババッと飛び跳ねて、机の上の手鏡に手を伸ばして、「あ、あはは」 笑う練習をしてみた。「いや、こう……こう? こう……」 ぐいぐい、と顔の部分を指で伸ばして、そんなことをする自分にハッとした。何をしているか。「やだー」 もう私、やだー。

勢いよく布団にダイブして、今私は、とてもとても幸せなことに気づいてしまった。楽しみのドキドキが幸せなのだ。こんなお腹いっぱいの幸せが、ずっと続いたらいいなぁ、と目を閉じて、グリーンさんの声を思い出そうとした。ポケギア越しは初めてだ。電子音で、ほんのちょっとくぐもってて、いつもより、気のせいかちょっとだけ早口だった。私とおんなじだ。なんでだろ。グリーンさんも緊張したのかもしれない。電話は、普通にお話するより緊張する。グリーンさんはポケギアが苦手なのかも。でも、よくレッドという人とお話している。(わかんないなー……)

考えても考えても、わからないものはわからない。一瞬、僅かに期待しそうな自分に気づいて、足をバタバタさせた。頭をバシッと叩いた。(日曜日……)
たのしみだ。
すっごくすっごく、楽しみだ。



楽しみな間の時間は、考えてみるとすぐに通りすぎてしまったような気がする。家の前でそわそわして、ええい、こっちの服か、いいやこっちかと直前でバタバタして、時計を見ながらギリギリの時間に飛び出ると、待ち合わせ場所にはグリーンさんがいた。
そりゃあいるのは当たり前なのだけれど、何故だかビックリして、というか自分の中で覚悟ができていなくって、足元がふらついた。ガクッと膝が折れた。近くのお店の壁にバッと手を付いてもたれると、グリーンさんがポカンとした顔をしてこっちを見ていた。微妙な距離感で見つめ合って、えへへ、と照れ笑いをすると、グリーンさんは呆れたように笑った。

「おっす」と、片手を上げて笑うグリーンさんに、私も手で返事をしようとして、ずるっとこけた。膝小僧からダイブした。地面に両手をつきながら、目の前のタイルを見つめて呆然としていると、こつこつこつ、と足音が聞こえて、「何やってんだ」と頭の上からグリーンさんの声が降ってきた。
「へへへ、ごめん」と照れながら起き上がろうとすると、ひょいっと目の前に大きな手があった。

どういう意味だろう、と顔をあげると、「ん」と言いながら、グリーンさんは手のひらの指を軽く動かす。慌てて手のひらの砂を払って、グリーンさんの手を掴んだ。「うわっ」 予想以上に力強くひっぱり上げられて、手のひらを握ったまま、「怪我は」「し、してない」「そりゃーよかった」

彼は私のほんの少し前を歩いて、「行くぞ」と呟いた。手のひらは握ったままだった。え、握ったままなの、どうすれば、と手元と彼の背中を混乱したまま見つめたけれど、この間よりも落ち着いてる。前は何にも見えなくなってしまったけれど、今は視界が、ぱっと広がっている。大丈夫だ。大丈夫。「ぐ、グリーンさん!」「はいよ」

グリーンさんはこっちを見ないまま、ちょっとだけだるいような声を出した。「た、楽しみだね!」 ほんの少しの間があった。不安になって顔を覗き込むと、少しだけ嬉しそうな顔をしたグリーンさんが、「まーな」と頷いた。


***


さて、これからどうするか。
勢いに乗って、手を握った。問題ないか。問題ないらしい。案外博物館は楽しかった。ちょくちょく来る場所ではないが、昔の記憶と比べてふーん、と頷く。暫く前に来たときとは違って、入場料はタダだった。見てみれば、奇妙に石の種類が増えている気がする。ご丁寧に寄贈者の名前まで書いてあるが、何故か全員同じ名前だ。(……ここは一体何を目指してるんだ?) 石博物館?

まあとにかく、と隣の彼女を見下ろした。(ホントは別に、どこでもいいんだよな) 別にどこでも、一緒にいれたら、という台詞を考えようとして口元をイーッとしながら眉を寄せる。今途方もなく恥ずかしいことを考えようとした。だいたい、俺が楽しくても、あっちがそうとは限んねーだろ、と無理やり難しい顔をしようとしてみたのだが、「グリーンさん、グリーンさん、プテラが復活したって聞いたけど、ここの博物館のコハクからなんだよね、すごいねすごいね」とキラキラ目を輝かせていた。「あー、それたしか、レッドの奴が」「レッド?」「……いや、なんでもねー」

未だに雪山にこもってぼんやりしているであろうアイツの行動は、未だによくわからんな、と一瞬思考をひっさらわれてしまいそうになった。
とりあえず、さんが楽しそうならよしとする。

博物館は、そこまで人が多い訳でもない。これくらいの静かさが、良い感じだな、と思う。別にそこまで広くもない場所だ。「二階に行くか」とさんの手を引っ張った。彼女はうんと頷いた。ことん、ことん、と床を鳴らして階段を上がる。ふと、彼女を見下ろした。さんは、何だろうと言う風に俺を見て、瞬きをした。そして首を傾げた。

いけるかな、と思った。
いけるだろ。
ま、いいだろ。
手、握ってるし。
いいか。

彼女の手のひらを放した。え、と言うように、さんが困惑した顔をする。俺は体をぐるりと反転させて、手すりに手をかけた。パチパチ、と頭の上で電灯がはじける音がする。一段上の段から、ぬっと体を屈めた。さんが、ふとそれに合わせて顔を上げた。丁度いいや、と思って、顔をほんのちょっと斜めにさせて、     俺は、さんに、二回目のキスをした。




はずだった。「…………あの、さん痛いんだけど」「い、いやあの、えっと」 その、その、としどろもどろになりながら、さんは力の限り俺の顎を両手で押す。顔があらぬ角度に曲って、目線は白い天井に向いている。首が痛い。というか、心が痛い。
そして彼女は涙声のまま叫んだ。

「ひ、ひとが、いるから……!」


多少の気まずさを胸に、こうして俺たちのデートは終了した。





prev | menu | next
::あとがき
話が進むごとに、やらしい雰囲気になっちゃうかもしれないので、ご注意ください。途中、隠しパスでR18シーン入りますが、読み飛ばしできるようにします。