コツコツあるく


このところ、忙しい。
いそがしい。
忙しい。

「あー……」とため息を吐きながら、頭をひっかいた。忙しい。それはしょうがない。さんに会いたい。しょうがない。「あー……」「グリーンさん、何やってんですか」「べつにぃー」 椅子に座り込んで、ごろんと頭を後ろに倒していると、ヨシノリが呆れた顔をしてこっちを見ている。ギシッと椅子をならしながら体を起こした。立ち上がる。休んでる暇なんてない。

年末年始に向けて、滑り込みのように挑戦するトレーナー達に、お前らもうちょっとまったり行こうぜ、と言いたくなるが、思うだけだ。さすがに口には出さない。そういえば、と頭の中の日付を思いだして、そろそろだな、と考えた。「なあ、ヨシノリ。ポケモンセンター、行けるとおもうか。定期健診の」「無理でしょ」「だよなー」

来年はもうちょっと時期をずらしてもらうか、と考えながら、「じゃあ、俺の代わりに行っといてくれや」「わかりました」 ちくしょ、と舌打ちをしたくなるが仕方ない。部屋から出ようとするヨシノリの背中に、「あ、ちょい待ち」
なんですか? と言うように、ヨシノリはこっちを見た。「さん、えーっと、こないだ検診に来た子がいたらよ、俺、今ちょっと忙しいからって伝えといてくんね」

会いに行けないけど、理由があるんだという意味で。
それくらい、その気になれば、こっちから連絡することができる。けれども何だか悔しかった。悔しい、というよりも、そんなことくらいで? と彼女に思われてしまうことが嫌だったのだ。ヨシノリは口元をニマッとさせた。(あ) 余計なこと頼んだか、と思ったとき、「ゴチソーサマデス」「おいこら待て」 バタンッと勢い良く閉まった扉に何かを投げつけようにも、机の上の置き時計しか目に入らない。さすがにこれはマズいだろ、とチッと舌打ちして、机を人差し指ではじいた。
(あー、クッソ)



     人がいるから、と断られた

断られた。
ちょっと前の俺だったのなら、めちゃくちゃに凹んでいたと思う。けれども今の俺は、全然そんなことはなかった。寧ろ、「え? それじゃあ人がいないならいいの?」と言う感じだ。さすがにそれはちょっとポジティブすぎるだろ、と思ったのだけれど、案外的外れでもない気がした。

正直あのままさんの手を掴んで、じゃあこっち行こうぜ、と人気のない場所まで連れて行って、じゃあキスしましょうか、としようとしたのだけれど、さすがにそれは嫌われるだろ。駄目だろ、と帰りまでの道を、ぐるぐる考え続けて、結局ろくに会話が出来なかったことを後悔しても、今更遅い。

そのままずるずると彼女に会うタイミングを無くして、やってきたセンターにもさんはいなくて、次に会えるのはいつだろうな、とため息をついたとき、何でか彼女はそこにいた。

緩む頬をごまかすみたいに、俺に会いに来てくれたらしい彼女のほっぺたをいじる。やめてください、とばたばた暴れる彼女にまた口元が緩みそうになった。やめない。「かわいーからやめねー」 ぽそりと呟くと、さんは指の先まで真っ赤にさせて目を瞑って、うあうううあう、と聞き取りにくい声で口をパクパクさせる。ハハ、と笑った。「ゆっくりじゃないと!」

唐突に、さんは叫んだ。何だろう、と彼女を見ると、彼女は唇をかみしめて、「ゆっくりじゃないと、むりだから」と顔にぎゅっと鼻の横に両手を押し当てた。「なにが?」 俺は面白がって訊いてみた。「私が、びっくりするんです」 ほんのちょっと震えている語尾が可愛くて、俺は彼女の首元に顔を埋めた。彼女はまるで石みたいに体を硬くする。「さん、敬語になっちゃってるけど」「びっくりするから!」

何度も押しのけるように、彼女が俺の胸元を叩いた。もちろん、それくらいじゃこっちはびくともしないのだけれど、「じゃあ、嫌われる前にやめとくか」と殊勝な声を出しながら、彼女から一二歩離れた。さんはホッとしたような顔をしたので、やっぱり少しだけ面白くなかった。「とりあえず」 俺はすぐさま声をかけた。

「今日のところは、さんをお家に送らせてもらう程度のことはさせてもらってもいいでしょうか?」

わざと格好つけた風に片手を横にあげて、首を振る。さんはカバンを口元辺りに置いて、こっちに身構えてガードしつつ、ゆっくりと頷いた。「これははやくない訳な?」 からかうように訊くと、彼女は少しだけムッとしたような顔をした後、今度はさっきよりも硬い動きで頷いた。俺はカラカラ笑って、彼女の手を取った。
別に、いいだろ、これくらい。とさんのほんの少し前を歩こうとして、そもそも彼女の家を知らないと気づき、さんの隣に並んだ。「さん、どっち?」「あっち!」 半分ヤケみたいに叫んだ彼女に笑いながら、肌寒い街の中を、コツコツと歩いた。


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