お部屋のなかで


さんが、うちに来ることになった。彼女がうちに来るのは久しぶりで、久しぶりというか二回目で、一回目のときはと言えば、あまり思い出したくない。(長かったような、短かったような) あれから気まずくなって、少しだけ近づいて、ちょっと離れて、また近づいた。

あー、と俺は部屋の中で頭を抱えた。もやもやするような、しないような、わからない。はっきりしろよ、と自分自身を殴り飛ばしてやりたい。とりあえず家の中を掃除して、ポケモン達はボールの中に入ってもらって、お前ら、今日は外に出るんじゃないぞ、とびしりと活を入れておいた。しょうがないですねぇ、グリーンさん、と言うようにボールがかたかたと震えるので、察しのいい彼らにありがたいと思えばいいのか、それとも呆れたらいいのか、ちょっとよくわからない。


あーあ、と頭を掻いた。
別に、女の子が家に来るだけだ。それだけじゃんかよ。なのになんだ。「あー、ちくしょ」 ぼこん、とテーブルを叩いた。そうした後で、テーブルに肘をついてため息をつく。ふと、洗い場のシンクにぽちゃんと朝飯の皿が浸かっていることに気づいて、がたんと椅子を動かした。とりあえず洗おう。洗った後で考えよう。まだまだ時間はある。


と、思っていたのだけれど。「お、おじゃま、します……」「ああ、どうぞ……」 
ピンポン、となったチャイムにがばりと顔を上げて、ドアを開いた。さんが手持ち無沙汰にドアの前に立っていて、パッと顔を上げた。お互い暫く真顔で見つめ合って、さん、とふと俺が声をかけたら、さんはバックの取っ手を握って、はいっと慌てて頷いた後、おじゃまします、と言葉を切れ切れに言ったのだ。


バタン、と扉が閉まった。さんがギクッと肩を震わせたので、思わず俺もぎくりとなった。
確かこの間は、リビングに行ったんだ。けれどもなんだかそれだと、この間の繰り返しみたいだな、と俺は顔を渋くして、食卓の椅子に座った。同じくさんも俺の隣に座ったけれど、なんだか妙な雰囲気だ。「あ、荷物、適当に置いて」「う、うん」

上着も脱いでくれていいけど、と言おうとして、脱いで、という言葉がなんだか言いづらかった。「えー、えー」と言葉をごまかした後、「さん、昼は」「食べたよ、さっき」「あ、そう……」「グリーンさんは」「俺も、さっき」

別に話すことも特に無い。
どんなことがあっただとか、お互い仕事はこんな感じだとか。そんなのはどうせお互い一緒に帰る最中で報告してるのだ。ふうん、と俺はやっぱりテーブルに肘をついて、そういえば、とさんに質問した。「さん、苦手な食べ物とかあるの」 えっ、とさんは瞳をきょとんとして、そうだなぁ、と答えた。その後で、グリーンさんは、と訊かれたから、俺も答えて、それじゃあ好きな食べ物は、となった後、誕生日は、血液型はと以降して、お互い何度も質問を重ねた後、うあー、と俺は激しくテーブルにつっぷしそうになった。なんだこれは、付き合いたてのカップルか。お互い探りを入れて情報ゲッツのカップルかよ。

思わず赤面して、ぷいと視線を逸らしたら、さんが、「グリーンさん?」と首をかしげてる。別に、と俺は短く答えたのだけれど、彼女が不安そうな顔をしたものだから、ちらりと彼女に目を向けて、ため息をしたまま壁を見た。「別に、なんか付き合ってるみてーだなって思っただけ」

さんはピタリと固まった。どうせ予想してたことだ。俺は案外平気な顔つきをして、もう一度彼女を見た。さんは相変わらず赤い顔をしていたけれど、別に嫌という訳でも、照れていると言う訳でもないらしく、見ようによっては嬉しそうに、手のひらをもじもじとさせていた。そんな彼女を見ていると、なんだか俺も嬉しくなって、勝手に緩みそうになる口元を押さえながら、やっぱり視線を遠くして、手探りのままに彼女の手のひらに、ぎゅっと手のひらを伸ばした。

一番最初に手のひらを握ったときみたいに、彼女はびくりと手のひらを震わせた。けれども、すぐにきゅっと俺の手のひらを握った。うわ、と思わず俺の方が体を硬くさせてしまって、ちょっとだけ唾を飲んだ後、ぎゅ、と彼女の手を握った。ついでに、少しだけ近づいた。

椅子を隣り合うように移動させると、ぴたりと腕と腕がぶつかった。ふと、ゆるく息を吐き出した。彼女も同じく息を這い出して、きゅっと唇を噛んだ。俺はじっと彼女を見下ろしていて、彼女も俺を見上げていた。それで少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らした。ふと、俺は屈んだ。なんとなく、前を思い出した。あのときはぐいっと顎を押し付けられてしまったのだ。人がいるから、と怒られた。でも別に、いねーし。誰もいねーし。


彼女も、俺が考えていることがわかってしまったようで、きゅっと瞳をつぶってまつ毛を落とした。もう少し、ほんの少し、屈んで、


pipipipipipipipipipi


「…………」
「あ、あの、グリーンさん、ポケギアが……」
「……おう、うん、おう……」

一瞬無視をしてもいいだろうか、と思ったのだけれど、そんな訳にもいかない。緊急の用事だったらどうする、と一人でごちて、ポケットの中でぶるぶると振動するポケギアを取り出し、耳に当てた。「グリーンだけど」 発信元は確認していない。少々不機嫌な声になったことは、しょうがないと許して欲しい。
思わずため息をつくと、ポケギアの向こう側で、ひゅおおおーと吹雪が凍えるような音がする。いやそれだろう。そのものだろう。『グリーン』 電話の向こう側で妙に淡々とした声が聞こえる。

『今日、なんかいつもより寒いよ』 


「んなもん知るか……!!」
厚着しろよ。子どもは風の子は卒業しろよ。っていうかお前、いい加減山から降りてこいよ!!! とマジギレして怒鳴りつけた。





prev | menu | next