ぽろぽろ夜空とぶらぶら



「お前いい加減にしろよなー!!?」と、怒るグリーンさんを見て、私はパチパチと瞬きをして彼を見た。「ウオラァッ!」と彼は勢いづいて、プチッとボタンを押して、ズボンのポケットの中につっこむ。「あの、グリーンさん……?」「ええ!? ……あ、いや、ははは」

グリーンさんは思いっきり顔を引きつらせて苦笑しながら、もう一回ポケットの中のポケギアをごそごそといじって、今度は電源のボタンまで切ってしまったらしい。私がぽかんと彼を見ていると、「いや、なんつーか、ほら、腐れ縁。腐れ縁からの電話」

だからさんは気にしなくっていいから、と誤魔化し笑いを続けている。私はふと首を傾げた。てんめぇええー!! とポケモンセンターの外で、ポケギア相手に叫んで、にかっと笑って電源を切った彼を思い出したのだ。そのとき、彼は名前を言っていた気がする。「…………レッドさん?」

で、合ってるよね、と私がえへへと笑って人差し指を立てたら、グリーンさんがものすごく驚いた顔をしていた。「さん、知ってるのか」 ああ、でもあいつ、ある意味有名だもんなぁ、とごちる彼のセリフにぶんぶんと首を振った。というか、レッドさんって有名な人なのか。「ううん、随分前に、グリーンさんがレッドさんと電話してたから」

レッドとぉ? さんの前でぇ? と難しげな顔をして、「そんなことあったっけ?」とうんうん唸るグリーンさんに、あ、違う違う、とまた首を振った。

「私の前じゃなくって、ポケモンセンターの近くで。グリーンさんと、レッドさんが電話でお話してるのを見ただけ」
「……うん?」
「半年……うーん、もっと前かなー」

どうだったかなー、と自分でも記憶を思い起こしていると、ふと、グリーンさんがじっと私を見ていることに気づいた。「半年?」「より、やっぱりもうちょっと前かなあ」 確かにそうだ。間違いない、とうんうん頷いていると、グリーンさんはポリポリと自分のほっぺたをひっかいた。そして、「さん、半年前って、俺のこと知ってたっけ」

私はニコニコ笑った顔のまま、ピタリと固まった。じわじわ、と顔が赤くなって、力のかぎり消え失せたい気持ちになった。自分の失言に気づいてしまった。

グリーンさんとお話する前から、グリーンさんのことを知っていました、とある意味白状しているようなもので、「あ、あははは」と私は笑った。多少ひきつった笑いだった。自分の首元に手のひらをのせて、顔を沈めた。「……つまり、そういうことだったりする?」 俺の勘違いでなく。と、彼が言葉を濁して私に問いかけた。私はきゅっと目を瞑って、観念したように、うんと頷いた。そしたら、グリーンさんが頭の上で、「まあ、俺もそうなんだけどさぁ」

ふと、顔を上げた。
グリーンさんは、多少気まずい顔をして、視線を私から外していた。けれども、ちらりと一瞬こっちを見た。「結構前から、さんのこと知ってた」 多分、さんより前かも。


グリーンさんのその言葉に、いいや、と私は首を振った。「わ、私の方が、前だと思う」「いや、俺の方が早いって」「私だよ」「俺ですから」「私!」「俺だって言ってんだろーが」

「俺の方が、先にさんのこと見てた」

グリーンさんはどこか怒ったようにつぶやいて、がしっと私の手を掴んだ。うわ、うわ、うわ、と体をそらして逃げようとしたら、今度は反対の手で頭の後ろを掴まれて、ぐんぐんグリーンさんの顔が近くなる。慌てて目を瞑ったら、いつまで経ってもなんの反応もなくって、ゆっくりと瞳を開けた瞬間、キスされた。体にのしかかれられて、私は慌てて椅子の背もたれを掴んだ。一瞬離れたと思ったら、また唇を押し付けられて、叫ぶ暇もなかった。

それを何度か繰り返した後、お互いゆっくりと距離を取った。相変わらず、どこか怒ったような顔をしたグリーンさんは、じっとテーブル辺りを見つめて、吐き出すように呟いた。「謝らねぇから」
なんのことだろう、と一瞬考えた後、私はうん、と頷いた。「謝らないで、ほしい」

そう私が答えると、グリーンさんはちらりと私を見て、ほっぺたに大きな手のひらを乗せた。うわ、とまた目を瞑ってしまうと、ちゅっと瞼にキスをされて、ひゃっ、と小さく声を出すと、今度は唇にキスされた。




    ***



あれからまた、私とグリーンさんの関係は変わった。相変わらず一緒に帰るけれど、一緒にいる距離が、ほんの少し近くなった。グリーンさんのところのトレーナーの人が、私を見て含み笑いをするようになったのはなんだか恥ずかしいし、くすぐったかった。一緒に帰って、ふと誰もいない道になると、グリーンさんが、ちゅっとキスをするようになった。人がいる、と私が主張したら、いないだろ、とグリーンさんが周りを見る。そういう問題じゃない、とぺしぺし彼の手のひらを叩いたら、じゃあどういう問題なんだよ、とグリーンさんは微妙に困り顔をした。
「どこなら、ご満足してキスさせていただけるんですかねぇ」

からかうような彼の口調に、むっと口を尖らせて、知らない、と呟いた。けれどもグリーンさんは私を無視して話を続けた。「やっぱ、部屋とか」「知りません」「俺の家、来る?」「知らない」「あ、でも、姉貴がときどき来るしなぁ」 鍵、渡しちゃってるしなー、と彼はぶつぶつつぶやいて、握った私の手をぶらぶらと揺らして、ぼんやりとぽろぽろ灯りが溢れる夜空を見上げた。「じゃあ、さんの部屋とか」

ふと、呟いた彼の言葉に、私はじっと彼の横顔を見上げた。そしてその後、彼とおんなじように空を見上げた。「……いいよ」
別に、ほんとはなんだっていいのだ。グリーンさんならなんでもいい。分かっていると、いなかったの間のような顔をして、グリーンさんは私を見た。そしてぎゅっと私の手を握った。彼からの反応はそれだけで、返事はなかった。
けど、なんとなく言いたいことはわかった。


それから私のアパートに着くまで、お互い何も話さないで、握りしめた間の手のひらを、ぶらぶらと静かに揺らすだけだった。




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