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恋をするってどんな事?



 ガイ様青春ストーリー 



それはね、と親切に教えてくれる人間は、残念ながらガイにはいなかった。けれどもなんとなくだが理解はしているし、現在二十歳を超えてしまった年齢ながらも、うっすらと淡いレモンの味がしそうな恋愛というものを体験した事もある。レモンは嫌いなのだが。

しかしながら今までの人生、そんな恋愛ごとが上手く運ばれた事など皆無だった。別にガイは顔が悪い訳ではない。性格だって悪くない。身分はファブレ家の使用人とちょっと低いが、それを補ってあまりあるほどに、彼は中々の男前だった。

それでは何故?



ガイは男として、自分でも自覚している徹底的な欠点があったのだ。それは別に不能とかそんなんじゃなく、別にそこら辺は健康なんだけれどもどうしても、どうしても、どうしても

女性に触る事ができなかった。







「ひぎゃああああああああ」

今日も元気に男性の叫び声が聞こえる。
金切り声になりつつも、その声を聞く人々に「お、ええ声やん」と思わせるのは中々の才能なのかもしれない。ひけ腰になりながら廊下の壁へと手をついてへとへとと逃げ回る情けない状況だというのに、彼女たちは嬉しそうにガイへとちょっかいをかける。

短く揃えられた金髪が揺れ、涙目になりつつも、ぶるぶると彼は首を振った。勘弁してください。そんな声まで聞こえて来そうだっていうのに、彼女たちは知らんぷりが中々に上手い。

「あーらガイごめんなさぁい、洗濯物がそっちに飛んで」
「あ、ああ、そうか、ほ、ほら」
「投げないでね。手渡しよ手渡し」
「け、けれど」
「私はガイみたいに綺麗に受け取れないわぁー、ほら手渡し」
「し、しかし」
「こらこら苛めちゃ可哀想よ、ね、ガイ」
「す、すまない…」
「私になら出来るわよねー、手渡し」
「ひいいいいいいいいいいー!!!!」


そんな風にパタパタと暴れるガイの元へと、一人の女性がスタスタと歩み寄る。なんだ、とガイは思いつつも、見た事がない顔だ、とその女性をマジマジと見詰めながらそう考えた。

「一体何をしているの?」 
おっとりとした口調ではき出された言葉に、ガイの周りへと詰め寄る彼女たちは、にったりと意地の悪い笑みを浮かべた。「いーえー、ガイがね、洗濯物を渡してくれないの。からも何かいってやってよ」

いやいやいや。思いっきり首を振って、そのと呼ばれた女性へと否定の言葉を吐き出そうとしたのだが、中々上手く舌が回らない。ガタガタと震える体は、その目立ちの整った女性をばっちりと見詰め続けた。

はこくんと首を傾げ、何の迷いもなくガイへと向かう。ちょ、いやヤメテ。

ひょい、と伸ばされたの細い指先に、心の中はどんどんと大きな悲鳴を上げた。触られる! けれども逃げようとした身体はガタン! と壁へと思いっきりぶつかり、逃げ場がない状況に、頭の中では次の一手がめまぐるしく回る。けれども何をする事もできない。


ガイだって、女性に触りたい。
女の人は大好きだ。時々お前ちょっとそっちのケがあるんとちゃうん? と冗談半分に同僚から呟かれ、彼がお世話をしている赤髪の少年からは「へんたいちかづくな」と舌っ足らずに呟かれた時期もあった。あれは泣いた。

決して違います。女の人は大好きです。けれども触れないだけなんです。

なんで自分は女性へと触る事ができないのか。そんなことガイには分からない。昔幼かった頃は姉や母にくっついていたものなのだが、気が付いたときにはこんな体質へと変わっていた。

恐ろしいのだ。凄く。
背中へとびりびりと戦慄がはしり、否応なく心臓の動きが速くなり、ガタガタと身体が震える。
あんなもの、何度も体験してみたいなんて思うはずもないのだけれど、他人からはただのギャグに映るらしい。

違う。本当に、恐いのだ。

ぎゅう、と目を瞑ったその瞬間、の身体が、ガイの許容範囲外へと入った事が彼女のはき出す息で理解した。最後の絞りだと、情けなく声をはいたそのときだった。


「や、やめ      !」
「ほら、返してくださいね」


ひょい、といとも簡単に、彼女はガイの手元から、既にクシャクシャとなった白いシャツを取り出す。
「もう、なんでこんなことするんですか」と可愛らしい顔を怒りで歪めながらも、ガイの周りへと集まっていた女性の一人へと、シャツを手渡し、さっさと去っていく。

ぽかん、と目を見開いているのは、彼女以外の全員だ。


「………あれ?」

まさに拍子抜けした自分の身体の状況に、ガイは手袋へと包まれた両手を見詰め、パチパチと瞬きを繰り返した「………え、あれ?」








まさについ最近、メイドとなった女性らしい。ガイと同じ年の功に、柔らかい物腰はメイドの中でも中々に好評だった。
そんな風にこっそりと探りを入れる自分はなんだかちょっぴり情けないのだけれど、気になるものは気になる、しょうがない。

何度か近くになる接点を持ったのだが、やっぱり彼女に対して、自分の恐怖症が発生するような事はなかった。なんでこんな綺麗な女性に? とガイは不思議でたまらなかったのだけれど、それが事実だ。

「………もしかしたら」

ガイはちょっぴり、一つの可能性を感じた。

「恋、なのかもしれない」

そんな単語を自分で吐いておいて、ガイは壁へと頭をぶつけ悶え苦しんだ。
いい年扱いた大人が吐く単語ではない。
これが運命ってヤツなのかも。

そんな事も考えたけれど、流石にそれは恥ずかしすぎて発言する事ができなかった。







朗らかな笑みを湛えて、ガイはへと近づく。別にこれは下心がある訳ではなく、元々のガイの気質だ。ガイだって健全な男性であるのだからシタゴコロの一つや二つ。とか思っちゃうものなのだけれど、何故だかにはそんな気分になれない。

おかしいなぁ、と思いつつ、ガイは同じ使用人仲間のペールと同室で深いため息を吐いた。
もしかして俺って枯れてる? 少なくとも二十代の男が思う台詞ではない。

「あら、ガイさん」

やっぱりこちらもおっとりとした笑みで、手に持ったバケツをえっちらおっちらと運ぶ。
「重そうだね、運ぼうか」 さっと彼女へと手を伸ばしたのだけれど、そんな事は、他の女性に対して出来やしないだろう。
紳士としてあるまじき態度なのだろうけれど、「重そうだね、そこに置いてくれ」とわざわざ廊下へと置いた荷物を、彼女が一定距離離れたときにひょいと持ち上げるというなんとも非効率な方法をとっていたからだ。

「いえ、大丈夫です」
「いや、でも」
「結構ですから」

ぴしゃりとした微笑みでそのまま颯爽と消える女性の背後を、ガイは重いため息で見送る。大丈夫なのだろうか、と女性に対しては大きめなバケツを、しゃんと背を伸ばして彼女は運んでいった。
うーむ、ガードが堅い。

誰に訊かれる訳でもなく、ガイはぽつりと呟く。




ガイがメイドの一人に恋をした。
そんな噂は瞬く間にファブレ家へと駆け抜けた。そっち方面には疎いガイや、彼が世話する坊ちゃんの耳にまで届いているのだから、始末に負えない。
けれどもそのはず、言い方は悪いが今まで女という女を拒否していた男が、ようやく一つの花を芽生えさせたのだ。これほどまでにわかりやすい形はないだろう。女にさわれないはずの男の、唯一の例外が現れてしまったからだ。

「がんばれよ!」と健気に応援してくれる同僚達に、ガイは本気で頬をひきつらせる。

こんなんじゃあ、モロバレなんじゃないか? 俺。
杞憂になればいいんだが。

しかしながらそれは的中した。


「ガイさんは、私の事が好きなのですか?」

さしていつもと変わらないテンションで呟かれた言葉に、隣で一緒に紅茶をと飲んでいたガイは、ぶっとはき出してしまいそうになった液体を思いっきり飲み込んだ。
妙なところへと詰まった感覚に、情けなくもゲヘゲヘと咳を繰り返してしまったガイに、が優しく背中を撫でてくれる。

ざわつく街中のテラスにて、ガイは思いっきり顔を沈めた後に、鈍い鈍い反応を見せた。「アー……」 どうしよう、俺。

ぱくぱくと動く口をはじっと見詰める。
こんなにも間が悪いと感じるものはない。ここはあれだ、男を見せるべきなんだ。ガイは腹をくくった。かなり切腹覚悟で。

「そうなんだ」
「それは勘違いでしょう」

切り捨てられた。

あんまりにもあっさりスパッとやられた台詞に、ガイはパクパクと口を動かして、やっとこさ声を絞り出した。「………なぜだい?」 案外ショックを受けていない自分が、なんだか悲しい。

「私を見て、ドキドキなんてしないでしょう?」
「………なんでそう思うのかな」
「分かるんです、私。そういうの」

いつも通り柔らかく微笑まれた台詞に、ガイは今度こそ閉口した。分かるんです。何故。
まぁとりあえず落ち着こう、と紅茶を胃へと流し込んだとき、聞き覚えのない声が、彼女の名前を呼んだのだった。





それは男の声だ。ガイとと同じほどの年齢に、中々の男前。何をしてるんだ? と彼は馴れ馴れしくの肩を抱き、は嫌そうに眉をひそめた。

「その嫌そうな顔がいいんだよナァ」 なんだかいっちゃってる台詞を男は呟き、やっとこさガイに気づいたかのように、「お、兄ちゃん誰だい?」と可愛らしく首を傾げる。でも別に可愛くない。


「………いや、その君、が嫌がっているように見えるんだが」
「まぁそんな事あるよネ。でも俺はそんなが大好きなんだよ。調教する喜びってヤツなのカナ?」
「………は、話がよく見えないんだが」
「まだまだ子どもだね兄ちゃん」

ふふん、と自慢げに笑われた表情が、どこか愛嬌があって、不快な思いは生まれなかったのだが、それでもは「やめて」といつもからは想像も出来ないほどに、ひゅるりと冷たい台詞とともに、青年の手の甲をおもいっきり掴んだ。「アイタァ!」

叫び声をあげたくせに、青年は掴まれた手の甲を嬉しそうに見詰め、「うふふ、じゃあね!」 とおもちゃのような動きで、パタパタと手をふり、さっさと去っていく。

妙な空気のまま、眉をひそめているに、自分の告白がすっぱりと切り捨てられてしまった事などすっかり忘れて、ガイは尋ねた。
「…………もしかして、つきまとわれてるのかい?」
「…………すこし」

の返事は、少々暗い。





あれからの、ガイに対する態度は変わらなかった。ガイとすればとても助かるその状況に、こっそりと安堵のため息を吐き出した。
あからさまに避けられでもしたら傷つくし、気まずくなる。告白というものをした事はなかったのだけれども、その反対の立場なら幾度か経験していた。

「おいガイ噂のメイドさんとどうなったの?」 とにやにやと嬉しそうに訊いてくる同僚に、「ああフラれたよ」と返せば「お前の冗談つまんねぇよ将来親父ギャグ連発するタイプだな」とあらぬ疑いをかけられてしまった。
本当の事なのだが。

やあ、と声を掛けるたびに、彼女はどこか憔悴しているように見えた。
ふっくらとした唇が青く、目の下へと重いクマが浮かぶ。大丈夫だろうか、とわざわざ尋ねるほどに無粋な事は、ガイにはできなかった。異性にはいい辛いことなのだろうし、女性の仲間内で、何度も話された会話に違いない。

そしてガイ自身、なんとなく理由に見当はついていたのだ。





が屋敷の買い出しを任されたらしい。
ガイは女性一人では大変だろう、と自分も行くと主張した。(もうとっくにフラれ済みなのだけれど)メイド達はガイがに好意を寄せている事は重々承知していた。なのですぐさまオッケーサインに、ガイはの隣を黙々と歩く。

重い足取りに、大丈夫かい? と問いかけそうになる口を、ガイは必死に閉じた。大丈夫だという返事は返ってくるはずだけれど、辛い相手にそんな事を無理にいわせたくはない。
」 
どうしようか。ガイが逡巡し、彼女を見下ろした、そのときだった。


人混みの中に紛れた彼女は、ひょいとどこかへと消えた。
どういう事だと辺りを見回し、大声で「!」と叫んでも、返ってくる返事はない。その瞬間ガイの肩へと別の女性がぶつかり、「ひえええ」と情けない声をまた上げてしまった。
けれどもガイはどうにも嫌な予感に、「!」と叫び続ける。

走り回る事はガイにとっては自殺行為なので、商店の隙間を縫うように、探した。
「いや!」 どこからか聞こえた悲鳴に、ガイはすぐさまそちらへと走った。大通りから繋がる細い路地裏に落とされた影は、二人の人間が重なるようにもつれ合い、「うるせぇおとなしくしろ!」と野太い誰かの声が聞こえる。

!」

名前を呼んでどうにかなる訳ではないのだが、ガイはとっさに叫んだ。そして一人の人間が崩れ落ちた。「オラまだまだおねむの時間じゃねぇんだゾなめてんのかこのクソボケが!」

汚らしい言葉を吐き散らされながら、ぶんっと長い足を、振り上げた。

が、男の股間へと。




ほこりっぽい地面の中で、顔をぱったりと沈めた男はびくりと身体を痙攣させ、僅かな泡を吹いている、ように見えた。
容赦なく落とされた二度目の蹴りに、ガイは思わず自分のそれを隠すように内股になった。なんだか腰がじんときます。

「そ、そのう……、さん?」

声を掛ける事も憚られるのだけれども、このまま放っておく訳にはいかない。三発目のナニへと落とされようとしていた蹴りを、は宙で振りかぶり、そのままの体勢で、「あらガイさんどうしたんですか?」とやっぱり朗らかに笑う。
気のせいか、そのコメカミにはつつつと冷たい汗が伝っているように思えた。

ガイは激しく思った。ウソクサイです。


でもガイは、そんな事につっこむ男ではない。横たわっている男など色々と何も見てないフリをして、ひょいとまたぎ、「大丈夫だったかい」と優しく肩へと触ろうとした、その瞬間だった。
ガイはずっこけた。

男がガイの足を、思いっきりにひっぱったのだ。
のけぞった身体は、どれだけ運動神経がよかろうと、どうにもなるものではない。「おわっ」といつもと違った情けない声をあげながら、ガイは両手を前に出したままの体勢で、べたりと沈む、かのように思えたのだが、間一髪なのか、の長いメイド服のスカートをぎゅううと握りしめ、あろうことか股間部分へとべたりと手のひらがくっつく。

慌てて男を思いっきり踏みながら立ち上がったガイは、サァ、と嫌な汗が流れた。ちなみにその瞬間、ガイに踏まれた男の意識はぽっくり飛んだ。
彼は、女性のソレを触ってしまっただなんて色々と前代未聞だったのだ。いつもなら、こんな事はしない。唯一近づける女性だからこそ、こんな失態を犯してしまったのだ。
ああどうしようどうしようと考える反面、手のひらの感覚が未だに抜けない。初めて触ってしまったソレは、なんといいますかそのう。
ぐにりとしておりました。

……」
「な、なんですか、ガイさん」


何故だか触られてしまったはずのまで恐ろしく強ばった表情でガイを見詰める。


「そのう、君は、詰め物、でもしているのかな?」
「ど、どこにでしょう」
「こ、股間部分、といいますか、その……」
「まさか、そんな………」
「もしくは、その、ぶらさがってたりするの、かな?」
「な、なにがでしょう」
「棒、とか」
「ハハ、なんですか、それ……」
「玉、かな、二つくらい」
「どうやって、ぶらさげるんですか、そんなの、……フフ」


気のせいかは内股。


「そうだよな、そんな事、しない、ですよね……」
「しない、しない、しないです、ます」
「………すまない」


ガイはがっと手を伸ばした。こんなこと、普通の女性になどする訳もない。おそらくこれが人生で最初で最後に違いない。けれども、ガイは、一つの確信を得てしまったのだ。どうしても確認せざるを得なかった。
ガイの伸ばした手はの小ぶりとはいえ、女性としてきちんと立派な形をした、二つの上半身にくっついたそれを、がっと掴んだ。

「………か、固い」

初めて掴んだそれは、なんだかゴワゴワしておりました。


「な、なにすんだテメェ!」

男らしい台詞を吐きながら、はガイの頭をひっつかむ。金色の髪がぶちぶちと千切られ、「おわ、い、いたたたたた」 超痛い。

「なんだお前は変態か人の股間ひっつかんだ後には胸ですか最低ヤロウだな!」
「ち、違う、誤解だ! 君は、君はその」
「黙れ」
「いやでもす、すまないちょっと見せてくれあ、のど仏」
「さわんなこのボケ」
「いやでも、君は、あれ、随分女性的な名前だよな、あれ、あれ、あれ?」
「あーあーあーあー、うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ本名だよはただの仕事用だよこのアホンダラ今すぐその記憶を消去しろ潰すゾテメェ!」
「一体何を!?」

頭をぶんぶんと振られながらも、理不尽すぎるこの状況にガイはちょっぴり涙しながら、やっぱ俺の女性恐怖症直ってなかったんだっていうかっていうか妙に男らしいんですけどどうしよう泣けてきたちょ、泣いてもいいですか。
そんな事を考えながらも、ああ、アリエナイ、と彼は天に向かって祈ったのだった。

誰か俺に可愛い彼女を下さい。





 

2008.12.16