「! 奥様の部屋に、お食事を持って行ってくれ」 「あ、はい」 メイドになりました 私は今、ガルディオス家につとめさせてもらっている。カラカラとカートを押しながら、大きな大きなお屋敷に、高そうな絨毯。その上を歩く(最初は恐くて歩けなかった!) ふわりと広がるスカートが動くたびに形を変えて、低めのヒールは機能性を考えているとはとても思えない。頭につけた、カチューシャともいえない布も、頭を下げるととっても邪魔だ(まさか、自分がこんな服着ると思わなかったな)これが、俗にいう、とごくりと唾を飲み込んでしまった。 カラカラと押すカートの音。かぱりと暖かい料理に被せられた銀色で、ボールに近い(これを何ていうのか、よく分からないけど)それを見て、「まるでどこかの王様みたい」とくすりと笑ってしまったのはほんの少し前。この家、ガルディオス家は、この辺り一帯の元締めらしい、貴族様、というものらしい(日本でいう、名主と同じようなものなのかも) くすっ、と小さく笑うと、曲がり角から、小さな金色の髪が見えた。「……あら」頭隠して尻隠さず。そんな言葉が頭の中で流れたけれど、どうやらこの子の場合は反対らしい。「ガイラルディア様、脅かそうったってダメですよ」 ぴくり、と小さくその頭が揺れた後で、ぴょこん、と私の腰よりも、もう少し低い、金色の美しい髪の毛と、まるで海のような瞳の少年は、バツの悪そうな顔で、「には、すぐきづかれる」と小さな頬を、まるでふぐのようにぷっくりとふくらませた。「ええ、は、ガイラルディア様の事ならすぐ分かってしまうんです」 ほんの数ヶ月前(とはいっても、ここの世界の一ヶ月の感覚は、私でいう二ヶ月らしいけれど)のこと。まぶしい光に照らされた先には、彼がいた。どくりと流れる血を見て、ガイラルディア様は、急いで屋敷へと走ったらしい。そして、第七音譜術士という、なんとも不思議な術を使う人が、あっという間に、私のこの横腹の傷を治してしまったのだ(もちろん、一人で歩けるようになるまでに、随分と時間はかかったけれど) 余談ではあるけれど、何故あんな草原で、ガイラルディア様が一人でいたのかというと、お屋敷を抜け出していたらしい(まったく、やんちゃなご子息様だ)(そのおかげで、助かったんだけど) 「は、お母様のところへ行くのか?」 「ええ、ユージェニー様の所へ、お食事を持ちに」 そうか、なら俺もいく! とにっこりと、微笑んだガイラルディア様は、私の事を、『』とほんの少し変わった発音で、名前を呼ぶ。もちろん、それはこちらの世界と、私の世界との発音の差なのは分かっているけれど、そう呼ばれる度に、複雑な気持ちになってしまう。 青々と広がる草原の中で、再び意識を飛ばしてしまった私が、二度目に起きたのは、真っ白なシーツと、壁で敷き詰められた部屋だった。白衣のようなものを羽織った男の人。垂れた眉毛で、こちらを見つめるガイラルディア様。美しいお顔で、私を見下ろしていた、ユージェニー様。 「あなた、何故あんなところに?」 問われた言葉に、私はただ、「わかりません」と答えた。顔も知らない男に刺された、気づくと、妙な場所にいた、髪と、瞳の色が、妙な色をしている、気のせいか、言葉の発音が、違う。 (ここは、一体) 白衣を着た、中肉中背の男が、私の傷口があったはずの脇腹へと、手を差し伸べた。ぽ、と暖かく光る真っ白な光と、ほんの少し楽になる体(これは、一体) 頭の中で、危険信号が、聞こえたのだ。「私は、何も覚えていません」 嘘を、ついた。 「名前までも?」 そのときは名前も知らなかった奥様は、ほんの少し悲しそうな顔と共に、首を傾げた。それを見て、私の良心が、ちくりと、痛んだらしい。「……覚えています」 きっと、これも覚えていないといった方がよかったんだろう。けれども、同情心で曇る彼女の顔を、見ている事が出来なかったのだ。 「。、です」 (……このときの自己紹介を間違えたんだよね) 、ではなく、、と名乗るべきだったのだ。自分が保護した責任感からか、それともただ単に、まだ年の近い、新しいメイドが珍しいのか、毎日のように周りをうろつく(言葉の表現がちょっとあれだけど、これ以外いいようがない!)ガイラルディア様は、「!」、と。 カートにぴったりとくっついて、一定のリズムで歩く、ガイラルディア様を、ちらりと私は見た。「あのう、ガイラルディア様」「ん、なんだ?」 こくん、と首を傾げる彼を見て、きっとこの子は、格好良くなるに違いない、と一人で頷き。 「私のファーストネーム、なんだと思います?」 「だろ?」 (………うん、別に、いいんだけど、ね) こういいきられると、妙な清々しさを感じてしまうのは、気のせいだろうか。「、ちゃんと母上の部屋、覚えてるのか?」「覚えていますよガイラルディア様」「でもこの間泣きそうな顔をしてたじゃないか」 だから俺がついて行くんだ、的な表情で、こっちを見られると、なんだか困ってしまう(私は、片手で足りる程の年齢の少年に、頼りなく思われてるのかしら) ちょっと涙がでそう。 「ここを、右ですよね」 大きなツボは、見覚えがある。この間お掃除のとき、誤って落としてしまいそうになった、とっても高そうな、(私には値段も分かりそうにない)ツボ。ここを右に曲がれば、だよね、と一応確認までに彼を見つめると、まるで「よくできたじゃないか」とでもいいたそうな表情はやめて欲しい。 茶色い、本当に見落としそうな細部にまで装飾をつけられたドアの前は、毎度の如く、圧巻されそうになる。ごくり、と唾を飲んで、こんこん、とノック(を、しようとした) 「ユージェニー様、いつまであの為体のしれないメイドを屋敷においておくつもりです」 酷く冷め切った声に、また違う意味で、ごくりと唾を飲んだ。(それは、)ぎゅ、と誰かが服の裾を掴む。「ペールだ」呟いたガイラルディア様の声を聞いて、そういえばあの警備兵をまとめる長は、私の事を、随分厳しい目で見つめていた、と思い出した(けれど、そこまで、嫌われているなんて)思わず、ぎゅ、とカートを握りしめた。 「ペール、誰かに聞かれでもしたら」 「奥様。あやつは旦那様のお命を狙う間者やもしれませんぞ」 思わず。このまま耳を閉じて、走り去ってしまいたい、と、「、」少年の、声が聞こえた。随分低くに落とした視線の先に、ぎゅ、と私の服を握りしめたまま、「、だいじょうぶ」 「それは、ありえません」 聞こえた奥様の声に、ペールさんが、ごくりと唾を飲む音が聞こえた、気がした。もとより旦那様の命なんて、たいそうなものを狙う気も、ないけれど。 「ペール、私は人を見る目だけはある気なのですよ」 凛と響いた奥様の声が、私の耳の奥まで、響いて、気のせいか、頭の中には、うっすらとした微笑みで、ペールさんを見つめる奥様まで思い描いてしまいそうになる。ほんの少し、泣きそうになった。「ユージェニー様って、」かっこいいんですね。 ちいさく、ちいさく呟いた声に、「いまごろ、気づいたのか?」と、小さな少年が、勝ち誇ったように笑って、「ペールは、わるいやつじゃないんだ」 そう、どこか大人びた顔をした。 1000のお題 【214 記憶喪失】 BACK TOP NEXT ………あれ、ガイ様って、この時点での一人称俺だっけ、僕だっけ? どっちでもきゅんきゅんするのって私だけですか。 あと屋敷の事で「これっておかしくね」とか思われても「このば管理人!」の勢いで無視してあげてください。 2007.02.07 |