「そして、みんな幸せに、くらしました」


絵本を読みました。




金色の髪の毛を、ゆっくりと揺らして、ガイラルディア様はたどたどしく言葉を紡ぐ。「、これはな、終わり、と読むんだ」
分かったか? と手元に持った本をじっと見詰めた後に、私をじっと見詰めていった。「はい、分かりました、ガイラルディア様」「よし!」

勘違いしないで頂きたいのは、私がこの絵本を読んでいるんじゃないって事。ガイラルディア様が、本を読む。それを私が聞く。随分前にもなる事なのだけれど、私がフォニック文字が読めないと気づいたユージェニー様が、にこりと微笑んで、『ガイラルディアと一緒にお勉強したらどうかしら』と提案した事から、私のメイドをさせて頂いている生活の中から一つ、新たな日課、というものが出来てしまった。………もちろん、警備隊長のぺールさんは、あまりいい顔をされていなかったけれど(本当に、随分前の事だけど)

柔らかいベッドの上に、二人で腰掛けて(もちろん、本当ならそんな事許されるべきじゃないけど!)(でもガイラルディア様が、本を読むならここしかダメだ! といって聞かなかった)パタリ、と薄く、堅い表紙の本を閉じた。可愛らしいイラストを見て、一瞬、微笑ましい気持ちになってしまったのを、はっとして、「ガイラルディア様、そろそろ失礼しますね」

眉毛を八の字にして、「まだ、ちょっといいだろう」と不満を表すガイラルディア様に、「ダメです。この後、お掃除をメイド長に任せられていますから」

すっと整ったお鼻を、ちょんっと弾いて、「また明日、一緒に読みましょう?」
未だに残る、不満げな顔に、ね、と一つ、微笑んで。

、絶対だぞ」
「はい、絶対です」


がちゃり、と扉を開いて、さようなら、と小さく手を振る。またな、と手を振るガイラルディア様を見詰めながら、また小さく、がちゃり。
振り返ったすぐそこにあった、大きな影に、思わず顔をぶつけてしまった「ふえっ」

ほんの少し、赤くなっていそうな鼻に手を伸ばして、「ううう」

「ああ、、すまん」
「ぺ、ペールさんですか」

細身の体付きで、きっと私の父親と同じくらいの年齢だっていうのに、意外とがっしりしたソレに最初はビックリしたものだ。薄く、微笑んだ彼は、右手にもった分厚い本を、すっと、私に差し出して、「頼まれていたものだ」

「もうですか、ペールさん」
「ああ、少し無理をいってもらってな」
「……申し訳ないです」
「いや、が謝る事はない」

さあ、といって、手に置かれた本を、押されている時間と、ほんの少しの好奇心を天秤にかけて、ぴらりとめくる。目次に、指をそって見詰めて、音素についてと書かれた本の表紙を、小さくさすった。


「それにしても、」 がちゃり、とペールさんが着た鎧がこすれる、小さな金属音が耳に響いた。なんですか、と顔を上げると、神妙な顔をした彼は、「いつまでガイラルディア様と文字の勉強をするつもりだ?」     もう、フォニック文字は、読めるのだろう。


そうなのだ。私はもう、フォニック文字を読み書きは、完璧とはいえないものの、ほとんどマスターしている。古代イスパニア語となると、話は別だけれど(フォニック文字は、どこか英語に似ているし、私の得意科目は、物理に続いて英語だからね)

いつまで、ガイラルディア様に、読めないフリをしているのだ、と奇妙ともなんともいえない表情のままで、彼は呟いた。確かに、今の私の行動は、奇天烈そのものかもしれないな、とほんの少し宙を見上げて、あのですね、と彼を見詰める。

「ガイラルディア様は、私に文字を教えようと、一生懸命なんです」
「ふむ」
「教えるって、意外と大変なんですよね。教えられる側よりも、もっと理解しなければいけませんから」

ああなるほど、とこの賢い警備隊長は、首を縦に振って、「お前は、ガイラルディア様の理解力が、より深まってくれたら、と考えておるのだな」
まったく、その通りです。
にこっと、思わず笑ってしまうと、彼は、また少し考えた後に、すいっと私の頭へと手を伸ばして、堅い甲冑越しに、ゆっくりと、撫でたのだ。「あの、ペールさん?」

思わず、ぽかん、と口を開けてしまうと、「すまないな」呟いた声と、ほんの少し、覇気のある声で、「あのとき、ユージェニー様のご判断は、間違っていなかったようだ」


お前はもう、わしの娘のようなものだよ、とどこか優しい口調で、彼は言葉を転がしたのだ。




1000のお題 【364 今だから言える真実】




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                         アトガキ

2話から3話までは、取りあえず結構時間が流れていますよ、と。
ペールのツン期はもう終了していますよ、と(そんな書き方)
(ペールさんの口調、捏造にも程が…っ!)

2008.02.16