特に毎日の変化もなく、大きなバケツを、私はがしゃがしゃと運んでいた。


ちょっとしたお話です




ぴちゃんっ、と軽くはねた水が、ほっぺにぱちりとついた。よいしょ、と廊下の端っこに、バケツを置いて指先で、ちょいちょいと水滴を弾く。それじゃあよし、次のお掃除はもう一つ向こうの廊下だよっこらせ! と頭の中で、ほんのちょこっとおじさんくさいようなかけ声を、よっこらせ!

ちらりと見えた、とっても長くて、私とは比べられないくらい綺麗な、金髪の髪が、さらりと曲がり角から現れた「ユージェニー様」と、いおうとした。けれども、さらりと流れた髪の中に、ぽつりと光る瞳に、「マリィベル様」

「あら」

カツリ。タイルで出来た廊下に、高いヒールの音が響く「確か、、だったかしら」「ひえっ、あの!」
ふわりと笑われた顔は、どこかガイラルディア様に似ていて、やっぱりユージェニー様にも似ていらっしゃる。「ガイラルディアが、なついていると聞いて」 ふわり、と笑われた顔が、とっても素敵だと思った。お顔を見た事はあるけれども、話した事なんてあるはずもない、伯爵様の娘様に、情けないぐらい動揺してしまってふらりと体が傾いているけれども、ぎゅ! と唇を噛みしめる(貴族様って、なんでこんなに綺麗なんだろう!)

半分と飛びかけた意識に、「、で合っていたわよね?」と彼女はこくん、と首を傾げた。合っています、ええ合っていますとも! コクコクと上下に頷く。
ううん、と彼女は首をひねって、「アナタなら知っているかもしれませんね」     何がですか?


うっすらとした、微笑みに、「実はね」ぽちゃんっ、と。また水の音が聞こえた気がした。「ガイラルディアの誕生日が近いのよ」 何を、あげたらいいのか、迷ってしまって。
口元に、す、と手をよせて、眉毛を八の字。何か、思いつくかしら? と言外に込めた言葉に、こっそりと思った事は、マリィベル様からの贈り物なら、きっとガイラルディア様は、なんでも喜ぶに違いない、という事。それでも、そんな言葉を投げかける事は、きっと無粋だろうから、頭の中を総動員させて、ううう、と彼女と一緒に首を傾げてしまった。「あ」

そういえば、と一つ。ほんの戯れ程度に私の世界の話を、彼にした事があった。もちろん私は(嘘だけど)記憶喪失、という事になっているのであって、堂々と「私の故郷のお話です」なんていえず、本で読んだ世界の事ですよ、と小さく付け加えて。
中でも彼のお気に入りだったのは、自動車の話だ。機械、というものは、どうもこの世界には存在していないらしい。代わりにとあるそのものも、ここホドでは、少し珍しい。


「音機関、などいかがでしょう」

ただの一つの候補としてだけれど。ぴんっ、と立てた私の指を、彼女は珍しそうに、じっと見て、「いいわね」とほんの少し、口元をほころばせて、くすり(よく、笑う方ね)

「ああでも、ガルディオス家の跡取りとなるものが、音機関狂にでもなってしまったら大変だわ」

ええ本当に。と二人でくすりと笑ってしまった。
(まさかそれが本当になるなんて、知りもしなかった私達なのだけれども)




1000のお題 【808 よっ、ご明察!】




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2008.03.09