キムラスカが、ホドへと攻めてきたのだ。


そして全てが終わりました




「あああ!」誰かの声が聞こえる。いいや、これは悲鳴だ。耳を引き裂くような甲高い高音は、あの同室のメイドかもしれない。いいや違う、きっと違う。私は何度も同じ言葉を頭の中で呟いては否定した。ちがう。ちがう。ぺたり、と素足が、冷たい。靴なんて、とっくに脱ぎ捨てた。スカートなんて、とっくに引き裂いた。
歩き慣れた屋敷は、どっぷりと日が暮れてしまった今は、昼間とどこか違う。いいや、それだけではない。耳を澄ませば、微かにも聞こえてくる金属の音。なんどもなんども聞こえてくる、高い声。「あああ!」きこえた、また聞こえた。喉の奥から何かせり上がってくるような感覚と、あり得ないくらい、早鐘を打つ心臓「いたい」呟いた言葉に、冷たく響く。
大きく開かれた窓から、光が差し込んだ。ああ、赤い。

ガシャリ、ガシャリ。

音を重複させ響かせる廊下に、音が響いた。「はぁっ」はき出した息が、微かに震えている。味方かもしれない、(ペールさんは、今、どうなっているんだろう)けれども、敵である、キムラスカかもしれないのだ(そうだったら、どうするの)

寝所にと潜り込んでいるとき、誰かが叫んだ。「キムラスカが来た!」飛び出したメイド達、散らばった執事達。どうなっただろう、そうだ彼らは、一体どうなったんだろう(ユージェニー、様)彼女は、こうなる事を知っていたのではないだろうか。
あの日、庭園で静かに、彼女は私にとうたのだ、『、ホドを、どう思いますか』 何故そんな事を? ユージェニー様 『、どう思いますか』

ユージェニー様、私はこのホドを、愛しています


そして、あなた方すべてを、愛しく思います(愛、だなんて)日本に住んでいたとき、恋人すらも滅多に作らなかったはずなのに。それをすっとんで、愛なんて感情を知ってしまった(この、手のひらの小さな少年が、せめて、私よりも大きくなるまで、見守っていきたい)


「ユージェニー様!」

開いた扉の奥で、真っ赤な血が噴き出した。


ころり。ころり。あまりにもあっけなく、転がった、金色の髪の。(ああ、美しかったあの髪の毛が)(私はそれが、大好きだった)

まき散らされた、赤い液体が、私の顔に、ぴっ、とかかる。
ぱくり、彼女の口が、小さく何かを呟いたように見えた。


「メイドか」


男の声が聞こえる。身に包んだ甲冑は、とても、立派で、私はあんなものを見たことがない。低く響いた声に、私は顔を、ゆるゆると上へとあげた。
赤の、男性にしては長い、赤の赤の髪。片手にと持った大剣が、するすると赤の赤の赤の赤が伝った。ああそれはユージェニー様の、「あなたが、ユージェニー様を、殺したのですか」 響いた言葉は、淡色だった。

「ああそうだ」
「私はあなたの事を、おそらく一生許す事はできません」
「そうか」
「お名前を」
「クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ」

刀が、きらめいた。


真っ直ぐへと突き出された大きな剣が、偶然にも、昔刺され、そして第七音譜術士という信じられないような魔法使いに直された傷口へと、突き刺さった。ただ一つの違いは包丁よりも、彼が持っていた剣は大きかった事と、確実に私の体を突き抜けたことだ。
ぐじゅり、ぐじゅり、ユージェニー様のものだか、私のものだか分からない色に染まって、口元から、何とも分からない色のソレが、ぼとぼととあふれ出した。

じくじくと啄むような痛みに、ずるりとその剣を引き抜く「ああっ」酷く焼けるような感覚に、声があがる。口の中が、鉄の味であふれる。

ぴっ、と軽く、剣へとついた赤を彼は弾いた。そしてがしゃん、と音を立て、かすむ視界の中で、彼は遠ざかっていく。

(死ぬのかしら) 男もいないユージェニー様の自室で、ずるずると私は壁へとそって、しまいにはぺたりと座り込んでしまった(ああ、汚してしまった)
なんともなしに、私はもう一度、彼女を見た。すでに開いたまま、閉じる事もなく、語ることもなくなった彼女の目。「ユージェニー、様」 ことりとそのまま地面へと落ちてしまいそうなほど見開かれた瞳は、何かを語りかたりかける。
(この、手のひらの小さな少年が、せめて、私よりも大きくなるまで、見守っていきたい)

「がいらるでぃあ、さま」

彼を、見守っていきたい。彼が、一人前と思われる年になるまで。そのときは、みんなと時間の感覚が違う私は、しわくちゃになって、死んでしまうかもしれないけれど。

    ガイラルディア、様


腕を、伸ばした。ずるり、と赤い線が、床へと這う。(    立ち上がれ)震える足と、ぽとりぽとりと口元と、傷口から零れる後が、また、ラインを作る。(    立ち上がれ)ぐ、とあの大きな剣が通りぬけた脇腹を、押させた。大きく出来た穴から、中身がこぼれないようにと手のひらで大きく、押さえた。

口元から洩れる息が、辛い。飲み込んだ空気は、重々しくて、体の中でずんぐりと居座ってしまいそうだ。足を進めるたびに、点々と倒れ、俯せとなった彼女たちの中を、進んだ。俯せな事に、感謝した。見覚えのある顔があれば、立ち止まってしまいそうだから。

ぐりぐりと、押さえつけられるような、もう痛みともいえない、何かが、ずるずると私をひっぱる。負けるな、負けてはいけない。負けたら     最後だ。

「ガイラルディア、さまぁ! どこに、おられるのですか!」


冷たい、素足が、冷たい。いいや、体が、寒い。カタカタと震える、筋肉が収縮して全身に、妙な痛みがはしる(それはとても、よい状況とはいえない)「ガイラルディア、さま、」
振り絞った声は、多くの音にかき消された。明かりがついている。開かれたままの、暖炉のある部屋が、とても寒く感じた。「……?」

金色のはずの、その髪の毛が、赤く染まっている。ああまさかと動きもしない体でずるずると引きずりながら進んだ。「……!」「ガイラルディア、様。ご無事で」

それ以上、もう言葉が続かなかった。こてんと、背中からずぶりとピンク色の肉を見せて倒れ込む彼女は、きっとマリィベル様で、同じように短い紫黒の髪をぐしゃぐしゃにさせて、片腕がない少女はよく仕事で一緒になった女の子だ。小さな背で、うずくまるようにして大きく目を開いたままの少女は、可愛らしいとみんなに評判だった。
(みんな、同じようになってしまった) ジグムント様も、きっと同じようにと。そう思う自分を、頭から消した。ダメだ、いけない、私は彼を、この少年を、守らなければいけない(けれども、こんな体で、いったい私は)

、大丈夫なのか、なぁ、大丈夫なのか!」
「ガイラル、ディア様、どうか、お静かに」
!」

目の前の悲痛なほどに顔を歪ませて、ぼろぼろと情けなく涙を零して、ただただ、私の体に抱きついてくる少年を、一体、私はどうしたらいいんだろう。
ぐっ、と喉の奥から、息を吐き出してしまった。勢いにまじって、赤色の液体が、ガイラルディラ様に、かかる。ああ、申し訳ない。
「ガイラル、ディアさま」いい加減、声もかすれて、本当にこれは私の声なのかと疑いたくなるほど、醜く、どこかひっつかえたような音がもれる。それでも、彼は、なんだ、と同じように、かすれた声で、口を開く。

「ガイラルディア様、どうか、私どもの中にお隠れ、ください」
どうかどうか、私達の屍の中に、身をお隠しください。

何をいっているんだと、金の髪の少年は、私を引っ張るようにと逃げようと、どこかへと。いけない。放してたまるものか。ああ放すものか。駄目なのですガイラルディア様、私はもう駄目なのです。ああ声を出すことも、億劫になってきた。けれども、この腕の力だけはゆるめるものか。ゆるめるものか。「……っ!」 いいえ違うのですガイラルディア様、私の名前は、ではないのです。と、と、そうお呼び下さいガイラルディア様、ああ、視界がぼやけてきた。大きく、大きくなって下さいねガイラルディア様。

見えるはずもない、聞こえるはずもない暗闇の中で、彼の唇が、動いた気がした。「ああ、」

「……!」





そして全てが終わりました。









……終わり





本当に、これで終わり?





終わっていいのかしら





あんな幼い少年を、一人で残してしまって、いいのかしら






(音が聞こえる)

鼓動の音が聞こえる。
どくり、どくり、どくり。一定のリズムの感覚が、私の耳へと響いた。ぷかりぷかりと何かの溶液に体を浮かせたままの私は、そのリズムを耳の中で静かに聴く。ぷかり、ぷかり。(いい訳がない)
体が、重い。
(いい訳がない)


強く強く、私は何かを望まれた。音が聞こえる、声が聞こえる、鼓動が聞こえる。その鼓動は、私一人の鼓動ではない。もう一人、もう一人の鼓動も、聞こえるのだ。(どくん)(どくん)(どくん)(どくん)

      生まれなさい


望まれた。許された。さぁ今すぐと、声を、掛けられた。



「ほぎゃああああ!」


呱々の声が、聞こえたのだ。


「おおシュザンヌ、よくやった!」 聞こえた声に、気が狂いそうになった。赤と一言で呼ぶには、随分複雑な色をした燃えるような髪に、私を殺したはずの男が、とてもとても、幸せそうな笑みを浮かべて、私の体を持ち上げる。私と、もう一つの鼓動だったはずのシュザンヌと呼ばれた“母”は、どこか優しそうな笑みと、壊れてしまいそうなはかなげな空気で、額に、ぽろりと一つ汗を流しながら、ゆっくりと、微笑んだ。

    

そう、だと。男は、クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレは、呟いた。「お前は今日から、・フォン・ファブレだ!」

そう、叫ばれた言葉に、私はただただ、泣くことで答えるしかできなかった。



1000のお題 【160 DEADorALIVE?】




BACK TOP NEXT

2008.03.09