「パーティーですか?」


金髪少女




シュザンヌから言付けられたその言葉に、一瞬ぽかんと口を開いてしまった。ナタリア様の生誕パーティー。
ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア。彼女は、母、シュザンヌの腹違いの兄、インゴベルト六世の娘だ。彼女と私とルークさんはイトコ関係にあるそうなのだけれど、許嫁であるルークさんは置いておいて、私は彼女に会った事はない。
噂に聞くと蜂蜜色をした美しい髪に、利発な少女なのだそうだ。

(………うむ、生誕パーティーか)


未だに一人で着る事のできない、いつもの1・5倍はフリフリなドレスを履かされ、一人柱に向かって手をつき、俗に言うお猿の反省ポーズをしていた。疲れるったらありゃしない。
キムラスカ王家は世襲制であるものの、女に継承権はない。だから私はあまり政治的な事は勉強してはいないのだけれど、今回私までもが呼ばれたという事は、ナタリア様のお披露目パーティーという事なのだろう。
ナタリア様も大変だ。


そんな訳で、生誕パーティーでは中々ナタリア様とお会いする事は出来なかった。おめでとうございますと声を掛けた方がいいんだろうけれど、先約がいっぱいだ。元々私以外の家族(と、いっていいものか)はナタリア様と面識がある訳だし、そこまで急ぐ必要もない。
ルークさんとクリムゾンは挨拶へと大忙しだが、(ルークさんは随分不服そうだった)、私とシュザンヌは壁の花となる以外の選択肢はなく、軽くあくびを噛みながら、目の前で繰り広げる煌びやかな光景を見詰めた。

夜だというのにほんのりと明るい空間は、頭上の大きなシャンデリアによるものだと思う。その上テーブルのコップやら、掴むのも一瞬戸惑いそうなドアノブやら、大きな鏡の端っこに綺麗に作られた装飾品やらに光が反射して、ほんの少し目が痛い。

あまり体力のないシュザンヌはそれすらも辛そうにこれまた豪華な、ふわふわの毛皮のようなソファーに腰掛けていた。

、私はここですこし休んでいるから、ルークやお父様の元へ行っていいのよ」


シュザンヌのゆったりとした声に、思わず「はい」と頷いてしまいそうになるけれど、そんな訳にもいかない。私がいてもどうせ邪魔になるだけだろうし、第一それはとても面倒くさい。くるくると移り変わるメンツに、いつまでもにっこりと口元に笑みを残して置くだなんて器用な事、私には出来ないからだ(もちろん、ルークさんはむっつりしたままだけど)

ほら行きなさい、ととっても優しすぎる目に、反応する事も出来ずにぎゅっ、と自分のスカートを握りしめた。そんな私を見て、‘母’は「あっちにテラスがあるのよ」とじれったい程にゆっくりと顔を向けた先は、私の体の何倍もある、大きな扉の先に、暗く沈んだ外が映る。
「それじゃあ、失礼しますね」と軽く笑いながらも、私は体を翻した。




照明の光は届かない。綺麗に整った木々の形をうすぼんやりとした光が移り込むだけで、あまり夜目の利かない自分には分からなかった。地面からほんの少しでっぱったところまで足を進めて、ぼんやりと立ってみる。
(………音が、遠いなぁ)

風と一緒にながされるバックミュージックが、まるで自分がちょっと遠いところにいるみたいだ。


「あら、お邪魔だったかしら」


ふいに聞こえた、可愛らしい女の子の声に、振り返ると、ホールからの逆光に、私よりもほんの少し背の高い少女という事しか分からない。女の子は私の隣へとゆっくりと移動して、「あなたも、パーティーに呼ばれたの?」


「はい、ナタリア様の生誕パーティーに」
「……そう、ナタリア様の」
「どうかしました?」
「いいえ」

あまり見えない表情に、彼女が複雑そうに眉をしかめた事は分かった。何故だろう、と訊いてみても、するりとかわされてしまう。
少女はテラスから一歩踏みだし、暗い闇の中へとトコトコと進んでいく。

「あ、勝手にお庭に入っちゃ、だめですよ」
「いいのです」
「いいって……」
「私、挨拶ばっかりで疲れてしまいましたの」
「それは、私も同じような感じですけれど」

さあ、あなたも、とゆっくりと伸ばされて掴んだ指先は、さらさらとしていて、とっても綺麗だった。まるでお姫様のような手だ、と思ってしまう(そっか、この子も、貴族なんだ)
低い地面と、高いヒールにバランスを崩してしまいそうになるけれど、とてもあっさりと女の子に受け止められて、なんだか恥ずかしい。

「暗くて、よくわかりませんけれども、昼間はとても美しいんですのよ」

それは、なんとなく分かる。ほんの少しの光の中で、映る色合いが、とっても綺麗だ。ふと、一本の花に手を伸ばした。くしゃくしゃとした花びらに、真っ直ぐと伸ばされた蔓は、ユージェニー様の庭園を思い出して、特に彼女はこの花が好きだったな、とふと思った。

ちくり、と指先に痛みがはしる。「いたっ」 ぺろりと舐めると、ほんの少しの鉄の味がした。
(まあ、これくらい)
大丈夫か、と親指の腹で人差し指をこすっていると、「まぁ、トゲがささってしまったのですか」と少女は私の右腕をついと掴んだ。

彼女は静かに呪文を唱えると微かに光が溢れ、少女の顔が照らされたような気がした。暖かな感覚は、ほんの少し、久しぶりだ。

「これで、大丈夫ですわ」
「第七音譜術士だったのですか」
「ええ」

誇らしげな声に、ふと、思い出した。
ぺしゃん、と顔からすっこけてしまったガイラルディア様は、手のひらを真っ赤にしていて、私は第七音譜術士に治してもらいましょう、と彼に詰め寄った。
すると彼は首をふって、否定して。

「………むやみやたらに、譜術に頼っては、いけない」
「え?」

思わず、勝手に口が動いていたらしい。すみません、と少女に謝ると、少女は口元へと手を置き、ほんのすこし考えるようなマネをした後、「そうですわね」と小さく呟いた。

「素敵な考えですわ」
「あ、いえ、受け売りです」
「あら。じゃあ、素敵な受け売りですわね」


クスクスと微笑んだような声に、耳元へとパーティーのバックミュージックが戻ってくる。お互い、光に照らされたテラスを見詰めて、「そろそろ戻りましょうか」とどちらともなしに呟いた。


「あなた、お名前は?」
「あ、はい、・フォン・ファブレです」
「あらまぁ、ルークの妹の」
「はい。あなたは?」
「私は」


こつん、こつん、と硬いヒールが床を叩く音がする。
ざわついた人の声が耳へと流れ、彼女の足先からほんの少しずつ、はっきりとした姿が見えた。
利発そうな瞳に、さわりと流れるような蜂蜜色の髪。「あ」と思ったときにはもう遅い。



「ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアですわ」





1000のお題 【459 フリルのドレス】




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2008.07.31