庭が、とても綺麗になったと思う。


庭師




日に日に、たくさんの彩りが増える庭は、見ているだけでドキドキした。なんとなく、近くで見ることが憚られて、ガラス越しの窓に指を沿え、彩る春を見詰めた。
茶色く塗り込めた花壇からにゅっ、と飛び出す、元気なオレンジ色。花弁が力一杯咲き開き、淡く緑の葉が浮き出る。

その上を、ひょいと透明な線が浮かび上がり、まあるい虹をかたどった。「わ」 うっすらと向こうが透ける7色に、思わず微笑んでしまうと、その向こう側で水色の長いホースを握っていた、彼と目が合った。

麦の帽子をかぶり、コメカミから汗が流れているのが分かる。ぺこり、と彼が慌てて頭を下げたものだから、私も慌てて頭を下げた。「あ、あの」

思わず上げた声は、彼へと届いたのか、ペールさんは何ですかな、とでもいうように、口元をにんまりと上げる。随分昔の彼よりも、何処か朗らかだと思えるのは、ただ、年の所為なのだろうか、それとも。

     なんですかな」

やっぱり彼はそういった。
少し困ったような顔つきなのは、クリムゾンに、釘でも刺されてしまったからかもしれない。
私は、声を掛けたからといっても、特に会話の準備をしていた訳じゃなかった。どうにもアドリブには弱いみたいで、ぱくり、と動いた唇からただ空気が抜けていくようで、彼に話しかける言葉が見つからない。
けれども、少し、ガイ様より、ペールさんの方が、話しやすいなと思ったのは、ちょっとした事実だ。

私は思いっきり窓を開けて、ぱっと直接視界に飛び込んだ太陽の光に、思わず目を細めた。

「おやおや、様」

慌ててペールさんは駆け抜け、頭に被せていた帽子を、すいと私の頭に乗せた。ほんの少し古くさい帽子は、まわりの広い部分がところどころ欠けていて、やっぱり目の前の光はまぶしいままで、あんまり帽子の意味は成していない気がした。ビックリして、目をパチパチと瞬きしていると、彼もはっと気づいたようで、「申し訳ありません」と、少しだけ慌てたように、また帽子へと手を伸ばした。

私はその手のひらの上から、ぎゅっ、と帽子を押さえつける。
土がついていた彼の手のひらは、カサカサとして、指先から乾いた砂がこぼれ落ちた。しわくちゃになって、けれどもやっぱり固い手のひらは、昔と変わらなかった。
急に緩くなった涙腺を隠すように、視線を落として、聞こえるペールさんの息づかいと、彼のもう片方の手に握ったホースが、しゃー、と水を流す音が聞こえた。

「………お気に、めしたのですかな」
「………はい、すごく」

照った日に、ぽとりと汗が流れ落ちた。



1000のお題 【488 余熱】




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2008.10.06