私はガイ様と向き合って、少しずつお話をしていた。


勝負




向き合って、というのは少し正確ではないかもしれない。優に人一人分は離れていて、お話するにはちょっと不向きなのだけれど、ガイ様は気にせずに私はベンチに座り込み、その隣の隣で彼はすっと背筋を伸ばしながら口を開いていた。

遠くにガキガキと聞こえる物々しい音は、ルークさんと、ヴァン師匠がぶつかり合っている音だ。ほぼ一方的にルークさんがムキになっているように見えるのだけれど、私はそれを視界の端に捕らえながらも私はガイ様との会話に集中する事にした。
ルークさんの付き人であるガイ様は、ただ今、ちょっと暇なのだ。これくらいの融通認めて欲しい。

「はい、あの、ですから、簡単なものでしたら特に詠唱もなしに使用できます」
「……様、例えば?」

例えば。私は宙をじぃっと見詰め、ほかほかと暖まる空気の固まりを、ぐいっと掴んだ。「基盤がなければ、何もできませんが……」
そして手のひらをぱっと開き、両方の手で丁度学校の体育で使うぐらいのボールを持ったような体勢で、じぃ、とその何もない空間を見詰めた。
ガイ様も興味深げにのぞき込み、木々からぽとりと重力にそって落ちてしまったカサカサとした茶色い木の葉が目の前を滑る。
そのときだ。


ぶわっ、と私の手のひらから小さな風が起こり、不自然に木の葉が宙を舞い、旋回する。無秩序に泳ぐ木の葉を、ガイ様はなんてこともないようにパッと手を薙ぎるように移動させた。
その手の中には、木の葉が握られている。かさり。こすれた音が聞こえた。

「………なるほど…」

キラキラと瞳が輝いているように、その木の葉を彼は見詰めた。裏へ表へとくるくる木の葉を回す。私はまたそれをひゅいっと飛ばし、ぱたぱたと小さな風の渦巻きを作り、螺旋を繰り返し、ガイさんの手の中へと収まった。
凄いですね、と感嘆の息をあげた彼に、初歩の初歩の技術も、ちょっとだけ凄いものに見えてしまって、「えへへ」と私は手を胸の中へと持ちながら、にっこりと笑った。
彼が昔のように、屈託なく笑ってくれる事はなかったけれど、困ったような表情で、きゅっと瞳を細めた。嘘みたいな笑顔なんかよりも、そっちの方がとっても嬉しくて、また私は笑った、ときだった。

「オイ」

低く聞こえた声に振り返ると、どこか不機嫌そうに首を斜め後ろへと倒していたルークさんが、肩に木刀を乗せている。
その後ろには困ったような顔をしたヴァン師匠がいて、ルークさんはじろりとガイ様を睨んだ。それに気づいたのか、ガイ様は慌てて私からかけ離れ、もともと近くもない距離が、もっと遠くなってしまう。

「むやみやたらに譜術を使うな」

私はうっと胸元を押さえて、「ご、ごめんなさい…」 誰に謝る訳でなく、調子に乗ってしまったとちょっとだけ後悔し、ことん、と頭をたらした。その直後に彼は「オイ」とガイさんへと声を掛け向き直る。

私は慌てて必要以上に両手をばたつかせて、「る、ルーク兄様、あのですね、ガイさんは、私の方からちょっかいをかけていたと、いいますか」「お前は黙ってろ」「………ハイ」 ちょっとしゅん。

相変わらず不機嫌なように彼は眉根を寄せていて、(いつもだけれど)睨み付けられていたガイ様は、何処吹く風とでもいうように静かにルークさんを見返した。
しばらくの沈黙の後に、ルークさんは静かに目線を下へとずらす。何処を見て居るんだろう。フンッ、とルークさんは鼻を鳴らし、先ほどまでヴァン師匠と向かい合っていた広場へときびすを返した。「相手にしろ」 そういいながら肩に乗せていた木刀を、ブンッと大きく振りながら歩く。

無意識なのか、ガイ様は腰に当てていた剣へと手を当て、私ははっと、ルークさんがそれを見ていたのだと気づいてしまう。

「ほら、さっさと来い。テメェは俺の護衛も兼ねているんだろう、相手にしてやるっつってんだ屑」

ギロリと射抜くような瞳で振り返りながら、ふんっと前を見据えた。
私はガイ様とヴァン師匠へどうしようと二人を縫うように視線を向けると、彼らは無言のままにじぃ、と見つめ合っていた。何かが変だな、と考えた瞬間、ヴァン師匠が、む、とヒゲを片手でいじり、「練習試合ならば、かまわんだろう」

片手に持つ練習用の剣をガイ様へと投げ捨て、彼は先ほどの木の葉と同じように器用に受け取り、くるりと手のひらで持ち直すようにしてそれを地面へと、パンッ! と叩きつけた。
私はビクリと肩を揺らし、無言のままで進むガイ様の背中を見詰め、ヴァン師匠へと詰め寄る。

「い、いいんですか」
「ルークも、いつも私とばかりの相手では詰まらんだろう」
「そ、そういう問題じゃ、なくて、ですね」

飄々とした顔のまま、彼は「まぁ、黙っていれば問題もないだろう」案外簡単にいってのけた。
けれども、何か違うような気がするのだ。黙々と歩くガイ様の背中を見詰めて、ぞわりと背筋に、嫌な汗が伝う。
私は嫌な想像と共に、ぶるりと背筋を震わせ、彼を止めてくれとヴァン師匠へと手を伸ばそうとした。
けれどもそれは遅く、鈍く重い棒同士がぶつかり合う音が響き、はっと振り返る。



振り上げたルークさんの木刀を、ガイ様が左の手一本で防いだ。ギチギチギチ、と軽い均衡状態の後にルークさんは木刀をすべらせ、大きく上へと振り上げる。両手で持ちながらはねとばした木刀は、そのまま、またガイ様へと影を作った。
ガイ様は、ルークさんよりも大きな体で素早く足をさばき、握る場所も滑りやすいだろうそれを手のひらの中で器用に回した。

頭を下げたような状態で軽く木刀の方向を変え、そのまま地面へと叩きつける、「ぐぅっ」 締め付けられたような喉の叫びに、ルークさんは小さな体で潜るようにガイさんの懐へ、左の拳を寄せる。ガイ様の襟を握りしめ、彼が僅かに咳き込んだ。
その瞬間を逃さずに、右の足と、木刀を両方に、一気に叩きつけようとする。


あっという間だった。
私はぱかっと口を開けたまま、顔面へと迫る木刀を見詰め、「あぶない!」と叫ばせようとした。けれどもそのとき、気づいてしまったのだ。

            !)

ガイ様の顔が必要以上に強ばり、その左の手が、腰へと差していた剣へと、にゅっと伸びた。ぐう、と力を入れられたその手を見て、鞘から僅かに抜かれた刃から、銀の光がこぼれ落ち、反射させる。動く。
「だ、ダメです!!」


大声で叫んだ私の言葉に、ぴくりと動きを止めたのは、赤髪の少年だった。振りかぶった腕は微かに振動し、ガイ様の左の手は剣から外れ、止まったルークさんの手のひら近くを狙い、木刀を思い切りぶち付ける。

ぐう、と両者のくぐもらせた悲鳴と共に、ルークさんの木刀がガラリと地についた。
手に衝撃がはしったのか、ルークさんは右の手首を握りしめ、ぶるぶると震わせる。
私とヴァン師匠は慌てて彼へと駆け寄り、ガイ様も木刀を投げ捨てて、さっと真っ直ぐに立つ。気のせいか僅かに曇った彼の表情に、私は最悪の状況を思い浮かべてしまった。
(………解雇、)

締め付けられるような気持ちと一緒に、それもいいかもしれない、とまた思う。
もうガイ様に、会うことは出来ないのだろうけれども、使用人へと傅かれていた彼が、その中へと混じり、危ない立ち位置の中で虎視眈々と復讐の機会を待つその姿は、見たくはない。
大きく、元気に。幸せに。そう願ったあの頃を思い出し、せめて、と考える。
けれど、
(………いやだ)
ガイ様に、会えなくなる事は、いやだ。

こんな事だから、私はダメなんだ、とぎゅう、と握り拳を作りながら、ルークさんの背中へと手を回した。彼は僅かに震えている。目を瞑り、よくわからないようなぐちゃついた気持ちは、貫かれた脇腹をぐちぐちと針をつくような痛みに襲われた。

「くっ」

初め、私は彼が泣いているのかと考えた。ルークさんのプライドはよくもまぁ、と呆れるほどに高いのだ。そして同年代の子どもよりも頭がよく、身体も動く。けれども初めて、自分よりも少し年上なだけの少年に負けてしまったのだ。
ぶるぶると拳を握りしめながら彼はまた、「くっ」と喉もとを振動させる。

ガイ様が、神妙にうなだれていた顔から、少しずつ不思議そうに眉をひそめた。ヴァン師匠はただじぃ、とルークさんを見詰めていた。


そして嬉しそうに、にっと片方の口元をつり上げたのだ。きょとん、としたガイ様に向かい、地面へと落ちた木刀を拾い上げ、それを彼の喉もとへと突きつける。ガイ様の口が、何かを動かす前に、彼はまた嬉しそうに、声を弾ませた。
「もう一度するぞ!」


………なにが?
きょとん、と首を傾げた私とガイさんの隣で、ヴァン師匠が、思わず吹き出すように笑ってしまった事を、ゴホゴホと咳で誤魔化していた。


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2008.11.08
1000のお題 【317 拍子抜け】