なんだか、ちょっと不本意です。 おひめさま きょろり、と屋敷の中を見渡しても、あの金髪の少年はどこにもいなくて、視線をぶらつかせていただけなのに、こっそりと若いメイドさんが、私へと耳打ちした。「ガイは、ルーク様とお出かけですよ」「うえ……! ち、違います探してないですから……!」 パタパタと手を振ると、執事長のラムダスさんに見つからないように、彼女はうふふと笑いながら、柔らかいスカートを揺らし、責務へと戻る。 半分図星な彼女の言葉に、う、と胸を押させて私は玄関先へとのそのそと移動した。外に出ないと、ルークさんのいうように、腐ってしまう。 なんでだろうか。ルークさんは、あれだけガイ様を嫌がっていたはずなのに、今じゃあすっかりべったりだった。言い方を変えれば、ガイ様にもの凄くなついてしまった。何処に行くにもガイガイガイ。剣の稽古するぞガイガイガイ。………ガイガイガイ。 別に羨ましいなぁ、とは(まぁ、ちょっとだけしか)思ってないけれど、ついこないだまでツンツンしてたのに、ルークさんたら、とぶつくさを不満を漏らしてしまいそうだ。………やっぱりずるい。なんだかちょっとそう思う。 ガイ様は、誰かの所有物という訳ではないから、こんな事をいうのはおかしいのだろうけれど。 思わず寄せていた眉根を、ぎゅっぎゅっと押さえつけて、「あー、うー」と呻く。開かれたドアに、ぺこぺことメイドさん達が旅館さながらに頭を下げていく光景は未だに慣れない。私もへこへこ頭を下げながら通ってしまう。 照らされた日差しは、ほかほかと頬を撫でた。「あったかいなぁ」 うっすらと瞳を細めながら足を踏み出す。大きなお城が、丁度目の前にそびえ立っているのだ。 強固な鉄の要塞を思い出されるそれに、何度見ても、おおお、と感嘆の息を漏らしてしまう。人工の池からぴちゃりと水がはねる音が響き、こんな場所にナタリアさんは住んでいるんだよなぁ、凄いなぁ、大きすぎて疲れちゃわないんだろうか、と延々と思考を垂れ流しているときだった。 「?」 噂をすれば影、といえばいいのだろうか。きょとんとした瞳のままに、何だか美味しそうな、甘い蜂蜜色の短い髪の毛を揺らし、彼女は私の前へとすっと立った。 ちょこっとおませが入ってきたのか、高めのヒールの靴を履いている所為で、平均よりも高い彼女の身長は、私よりも随分大きい。こっそりルークさんよりも大きいんじゃないだろうか、と考えたけれど、そんな事をいってしまえば、彼女はともかく、あの赤髪の少年は同じく顔を真っ赤にして怒るだろう。ちょっと気にしているらしい(これからどんどん伸びると思うんだけどなぁ) 私は「どうしたんですか、ナタリアさん」と彼女へと足を踏み出した。すると彼女は、とっても幸せそうに微笑んで、「ルークと約束をしていましたの。この頃あまり会う事が出来なかったもので」 いつもなら私は、あ、そうなんですか、ちょっとルーク兄様を呼んできますね、とタカタカ足を踏み出すのだけれど、今回ばかりは事情が違う。 う、と思わず喉を唸らせ、1、2歩後ずさった。幸せオーラがむんむんと漂ってくるナタリアさんを見詰める事は、少々忍びない。 (う、うああああ、ルークさんが、ナタリアさんとの約束を、反故にするなんて……!) 天地がひっくり返るほど、ビックリだ! そんなに新しいお友達と呼べばいいのか遊び相手といえばいいのか、いじり相手といえばいいのか分からない存在が出来た事が嬉しかったのだろうか。 私はルークさんに恨みの言葉を頭の中で唱えながら、どうすればいいんだ、とうんうん唸る。 ナタリアさんは不思議そうにこちらを見詰めていたけれども、「お腹の調子でも悪いのかしら」とぽそりと呟き、丁度買い物か何かで屋敷のドアを開けたメイドさんに、「ちょっと」と声を掛けた。 私がそれに反応する前に、やっぱりとろけてしまいそうな幸せ顔のまま、ナタリアさんは聞いたのだ。 「ルークを呼んでくださるかしら」 ルーク様ならば、お出かけになっているご様子ですが、とメイドさんが恐る恐る反応を返したときの彼女の様子を、私は今更ながらに思い返していた。 さーっと一陣の風が通り抜け、ばさばさと大きく彼女の髪が揺れたあの瞬間の表情を忘れられない。女の人って恐いなぁ、と考えている私の隣で、「殿方はこれだからっ!」と彼女はぶつくさと文句をいっていた。 そのままぐんぐんと私の右の手をひっぱり、半ば引きずられるような形で私は彼女の後ろを歩く。ずいぶんなスピードに、はっはっ、と私が肩で息をしているっていうのに、彼女はピンピンとしていた。彼女本当にお姫様なんだろうか。こんな活動的なお姫様ってありなのだろうか。 「あのっ、ナタリアさん、どこにいくんですかっ!」 「ルークが向かう場所になら心当たりがありましてよ!」 「な、ナタリアさん、スピードを、落としてくださ、い」 「いいえ事は一刻も争うのです!」 「そ、そんなー」 泣きそう。 ぐいぐい引っ張られた先は、王宮の裏手辺りに位置する、大きな草原だった。ぽかりと山をくりぬかれたように位置するこの町の中で、何の光りの遮りもなく、堂々と居座る彼らは、何だかわくわくする。その草を、くしゃりとほんの少し崩しながら、私たちは進んだ。 丁度目の前には、赤と黄色の影が、ぽつりと佇んでいる。正確にいえば、草の中に埋もれた赤髪を、金髪が困ったかのように立ちつくしていた。 一瞬、どきりとした。ついこの間、剣へと手にかけた、ガイ様の事を思い出してしまったからだ。けれども、こんなに分かりやすい場所で、自分が犯人だと自供せんばかりの状況に事を起こす訳がない、と力の限り、安堵してしまった。そして結局はルークさんよりになっていた自分の思考に、ほんの少し悔しくなった。 「ルーク!」 私の心情など吹き飛んでしまいそうになるほど、大きな声でナタリアさんが喉を震わせた。随分通りのいい声は、この草原の中でもよく響く。驚いたようにルークさんは飛び起き、顔中につけていた葉っぱを、慌てたように落とした。 どかどかと大股でナタリアさんはルークさんに近づき、「どうしたんだ、ナタリア」と不思議そうに首を傾げた。「どうしたんだ、じゃありませんことよ!」 激しく怒り狂うナタリアさんに驚いて、ルークさんは流石に混乱したのか、私へと視線を投げた。 私はうっ、と考えた後に、自業自得です。という意味合いと諦めてください、という言葉を込めて、ぷるぷると首を横に振る。ルークさんはますます不思議そうに首を傾げる。 その様子を、ガイ様はぼう、と見守っていた。微動だにしない表情の向こう側では、ナタリアさんを観察しているかのように、きょろりと瞳を動かす。(あっ) ガイ様は、ナタリアさんの事を、知らないのだ。 「あなたも。主人の予定なら、きっちりと把握しておきなさい!」 怒り狂ったナタリアさんは、ぐいっとまた一歩、足を突き出した。力強く、ガサガサと草が踏みにじられ、反射的にはガイ様は足を後ろへと下げる。じり、じり、じり。 「何故逃げますの……! 失礼でしょう!」 「な、ナタリアさんお、落ち着いてください……!」 「す、すみません、ち、近寄らないでください………ひいい!」 「近寄るな!? 近寄るなですって、一国の姫に向かいなんていう事を!」 半分涙目でぶるぶると震えるガイ様に、ナタリアさんはびしりと指を突き刺して、お待ちなさい! と叫んだ。私は彼女のお腹をがっと両手で抱きつくように掴み、ルークさんもルークさんで、「ナタリア、ガイは女が嫌いらしいんだ」 少々語弊があるものの、ガイ様は力強く頷き、申し訳ありませんとさかさか後ろ歩き。 「それがなんだというのです! そんなものは根性でどうとでもなりますわ!」 「ちょ、ナタリアさんお姫様が根性論出しちゃダメですよ!」 BACK TOP NEXT 1000のお題 【15 女王様とお呼び】 2008.11.16 |