「何故ですの?」


拳を握る




引き伸ばしにしていることがあった。ずっと、誤魔化していることがあった。忘れていた訳ではないし、頭の奥の、冷静な場所で静かに居座っていたことで、彼女は、私だ。はちみつ色の髪の毛をして、ちょっと大人びていて、きっとした目もととか、口元とか全然違うけれど。彼女は私だ。

「何故、私はルークに会うことができませんの!?」

ルークさんのことを、のけものにされて知らされなかった、私だ。




」と、ガイ様にそう呼んでもらえて幸せだった。だから調子に乗って、ルークさんと一緒に庭に転がり、「こら、汚れるぞ」と、近頃不意に見せる、彼の昔と変わらないような静かで柔らかな笑みが嬉しくて、クスクス笑っていると、彼は目をきょとんとさせて、金色の髪の毛をかりかりとひっかいた。その背中に、ルークさんが、「どーん!」「うわあ!」

べちゃん、と彼も一緒になって芝生へと顔をつっこみ、「や、やめろルーク……!」 心底苦しそうに背中へと乗っているルークさんにばたばたと手を伸ばす。「どーん、どーん、どどどーん!!」 ルークさんは嬉そうに、まるで大きな操縦船か何かに乗っているかのようにガイ様の吊り紐を左右両手で握って、ぐいぐいぐい。あんまり大きな態度をとることができないのか、本当にこまった、とあどけない表情をする彼が可愛くて、噴き出すと、「……」とやっぱり情けない声でしょぼんと、まるで耳がたれてしまったようだ。

彼の鼻の頭にくっついてしまっている葉っぱをとろうとして、指を伸ばそうとした瞬間、いけない、と気づいた。ごくん、と唾を飲み込み、ガイ様も、一瞬ピタリと表情を止めた。ルークさんは不思議そうに、動かなくなった私たちを見つめて、首を傾げた後、のそのそとガイ様の上から降り、私の首元をぎゅっと体重をかけるように、後ろから抱きしめる。嫌な、空気、だ。


やっぱり、昔とはちょっと違う。けれどもしょうがない。これがとガイ様の距離であって、と、ガイラルディア様じゃない。しょうがない。頭の中でゆっくりと決着がついていく。もう思い通りにならないからって、癪を起こすような子どもじゃない。大丈夫。

ガイ様と目が合って、お互い誤魔化したようにへらりと笑うと、ルークさんが、私の首元へと、ぎゅっと力をいれた。「どうしたんですか、ルークさん」「んー」 ぐしゅぐしゅとした、幼児みたいな声。でも、ちょっとだけ大きくなった。「変なおと」

様、ルーク様!」

慌てたようにドアから飛び出した白光騎士団の声が聞こえる。彼は分厚い兜に隠された瞳をぎょろっと見まわし、「今すぐお部屋へ御戻りください」と硬い声のまま、がしゃがしゃと鎧を動かした。「何かあったんですか」 硬い、ガイ様の声に、私はルークさんを抱きしめると、兵はどこか困惑したような口調で、「いや、そういう訳じゃ、ないんだが。とにかく今すぐ」

「ルーク!」

兵の声は最後まで紡がれることはなかった。彼の大きな体を押しのけるようにして、小さな少女が、それでも私よりも大きな女の子が、高い踵の靴も介せず、目の前へと躍り出た。限界まで見開かれた瞳はどこかすわっていて、「ナ、ナタリア様?」 とどこか素っ頓狂なガイ様の声が他人ごとに聞こえた。

彼女はツカツカと私たちの前へと進み、「何で、私がルークに会うなと……! いい加減に、我慢の限界ですわ!」と早口で呟いたかと思えば、「ルーク!」と腹の底から怒声を響かせた。

「一体、私が何をしたというのです! さらわれたと、そう聞いて心配で夜も眠れなかったというのに、何故私があなたに会ってはならないとお父様に言われなければならないのですか、ルーク!」

どごん! とルークさんの体が震えた。ナタリアさんに、ルークと名前を呼ばれるたびにビクリとして、うっすらと瞳に水の膜が張り、いけない、と彼の頭を押さえこみ、「な、ナタリアさん」と顔を向けたのがいけなかったのだ。
ついさっきまで、ルークさんしか瞳の中に入っていなかった彼女は、私をロックオンし、「何故に抱きついているのです!?」と、くああ! と目に炎が走った。「火、火に油……!」と懐かしい使い回しをガイ様が叫び、オールランドにもその言葉があるのかー、と一瞬妙な感慨にふけってしまった。


「ナタリア様!」と白光騎士が慌てて彼女の肩を掴もうとしても、「放しなさい!」と彼女が一喝するだけで、彼は何も強く言えなくなる。恐らくそんな感じで屋敷の中に入ってきたのだろう。本当に、今が彼女曰く、我慢の限界なのだ。

一歩後ずさる。ぎっと強く睨む瞳は、いろんな言葉を封じ込めてしまって、「ルーク!」 その、呼びかけが、きっかけだった。


「う、うう、う……」

ぷつん、と糸が切れてしまったかのように、ルークさんの大きな瞳からは、ぼたぼたと大きな水がこぼれおちた。最初はちょっとだけ。あとはもうとまらない。「う、う、う、うあああああん!!」 ひいひいと幼児のように、いいや幼児の泣き方だ。ナタリアさんはそんなルークさんに驚いたように口を大きく開き、ピタリと表情が止まっていた。

「ル、ルークさん、落ち着いて、ね、落ち着いてください。ナタリアさんです、ルークさんが大好きだった、ナタリアさんですよ」
「ひゅっ、う、あああん、うああああん知らないい、ルーク、知らない、ルーク、」

「あんな人、しらないい!」



沈黙は、痛かった。苦しかった。ルークさんの泣き声だけがこだまして、泣くことは苦しいことなのか、その声さえも一瞬途切れ、ガイ様は顔をそむけ、白光騎士は立ちすくみ、ナタリアさんは、ゆっくりと、眼前へと、手のひらを寄せた。「お、お父様が……」 唇が震えている。

「お、お父様が、ルークが、すべて忘れたと、だから会ってはいけないと、そんなことは、嘘だと、だから、わ、私は、私は、」

ナタリアさんの喉から、ひゅっとこすれる音がする。彼女は真っ赤な顔をして、精一杯唇をかみしめて、目をあけて、けれども我慢をしている隙間から、ぽろぽろ涙はこぼれてくる。ぬぐってもぬぐっても、こぼれる。落ちる。ちょっと前の、私と同じなのだ。思い出すと、とまったはずの涙腺が緩み、私はルークさんの肩口に預けるようにおでこを乗せ、喉の奥がとても苦しくなった。ちょっとだけいじっぱりなナタリアさんの泣き声なんて初めて聞いて、我慢ができなくて。

ひー、という情けない声がみっつ。
そこには困ったように立ちすくむ白光騎士団と、遊びに交じれない子どもみたいな表情をした、男の子がじっと私たちを見つめていた。




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2009.07.27