「忘れたのなら、思い出せばいい。そう思いませんこと?」 ケッコン こと? なんて堂々と訊かれても困る。 ナタリアさんはバルコニーの椅子に腰かけながらずずいと上品に紅茶を吸っていた。私はなんとなく気おくれしながら、同じく紅茶をいただく。まるで自信満々に、「思い出せばいいんです!」と拳を握っているお姫様を見て、不安なんだろうなぁ、とぼんやりと考えた。 ナタリアさんがお城へと戻り、ただただ連絡なしに二日。次の日に復活した彼女は、ぐいっと拳を突き出して、「ルーク! 根性です! さぁ思いだしなさい!」 私はナタリアですナタリアですナタリアですナタリアです! ルークさんに詰め寄り、「さぁ言いなさい思い出しましたかナタリアです!」 あんまりにも速くまくし立てられたからだろうか。ルークさんの瞳はみるみる内にうるんでいき、ひくり、と喉を震わせた。そんな様子を見て、「まぁルーク、男子たるものこのようなことで涙を見せるとは何事ですか!」とプンプン憤慨する。マジ泣きルークさんとプンプンナタリアさんの組み合わせがなんとも異様で、「がいぃい」とボロ泣きしながらガイさんの後ろへと逃げ込んだルークさんに、「まぁ!」とナタリアさんは目をまんまるくする。 「私よりも男の方がいいと言うのですか!」 「な、ナタリアさん……」 お、おちついて。 そう、ナタリアさんはとっても不安だと思うのだ。ルークさんは確かにナタリアさんを好きだったし、ナタリアさんだってルークさんが好きだった。なのにいきなり、あなた誰? なんて首を傾げられたら、傷つくに決まってる。胸の中にぽかんと穴があいて、悲しくて悲しくてたまらないはずだ。三日目にて復活した彼女はそうとうタフだ。ちょっと凄い。でもきっと、鬱鬱としていても、苦しくなって、それでもやっぱりルークさんに会いたかったんだろう、きっと。 「ルーク!」 「ひぎゃああああ!!!」 ………………きっと。自信なくなってきた。「……様」 ナタリアさんがいるからだろうか。名前の後ろの敬称付きなことに、ちょっと微妙な気分になって、「なんですか?」と訊いてみた。 するとガイ様は、損底苦虫をかみつぶしたような顔をして。「俺は自室に帰ってもいいだろうか」「……駄目ですよ」 一人にしないでください。 そりゃあ私よりもやっぱりあの男の方がいいのですね、なんて言われたら微妙な気分にもなるだろう。 「ー」 ルークさんの涙の滲んだ声が聞こえる。ぽふりと座っていた私の腰へと抱きついて、膝に顔を置いた。そのあとガイさんをちらりと見て、「がいぃ」 ナタリアさんが、むっとしたような表情をした後、パチリとほっぺたを叩いて冷静な表情をする。そして椅子へと同じく座った。 「いいですことルーク、私とあなたは将来結婚するのです。こんなことで泣いているようでは行き先不安でしてよ。もっとしゃんとなさい」 「ケッコン?」 ルークさんは首を傾げた。妙な間に、ガイさんがすかさずルークさんに、「男女が一緒にいることですよ」なんて説明したけど、分かったのか分かってないのかよくわからない表情で、また私の腰にひっつく。ガイさん、多分その説明難しい。もっとかみ砕いて! 「そうです、私たちは結婚するのです、あなたが言ってくださったことなのですよ」 幾分か、さっきよりも柔らかな表情でナタリアさんはルークさんに言った。 けれどもやっぱりルークさんは興味がなさげに、「ふーん」とか言っている。どこで覚えたのか、小指でぽりぽりと耳の穴をひっかいていた。い、いつの間にそんなしぐさを……。「ルーク!」 ナタリアさんが怒る。いや、そりゃあ怒るよね。 ルークさんは、ちょっと賢くなったのか、「するぅ、するぅ、ケッコンするぅ」と言いつつ、耳をぽりぽり。これでいいだろー、まぁいいだろー。めんどくせー。 一瞬聞こえたような声に、気のせいかルークさん性格変わっているような気がするよなぁ。っていうかケッコンするぅ、てそれでいいのかお兄さん。と思ってナタリアさんの方も見てみると、「まぁ今日のところはこれで」と結構満足そうに紅茶を飲んでいた。 ルークさんの耳に、ガイさんが、「こういうことはあんまり軽々しく言わない方がいいぞー」とアドバイスをしていて、やっぱり分かっているのかいないのか、「ふーん」とかめんどくさそうに彼は耳をぽりぽりとひっかいていたのだ。ぽりぽり。 BACK TOP NEXT 1000のお題 【280 馬の耳に念仏】 2010.07.25 |