思うんだけれど


ぺらぺら





ルークさんが随分おしゃべりをするようになってきた。普通に赤ちゃんが成長するスピードよりも随分早い。ルークさんの場合、体自体は大きいのだから、成長も早いのだろう。ガイ様は「これでやっとルークのおしめの世話からも解放される」と言っていたのだけれど、兄のおしめの話は妹としてちょっと複雑な気分だ。微妙な表情で見つめていると、ガイ様も気づいたのか、「いやいやいや」と手を振って、苦笑いして誤魔化していた。

ルークさんのおしゃべりもしっかりとしてきたということで、俄然やる気を出したのがナタリアさんだ。「さぁ今日は思い出しましたか?」と一日ごとに顔をだす。そして「明日こそは!」と拳を握り、目の中に炎をともして帰っていく。それはいい。それはもちろんいい。ルークさんが記憶を思い出して、ナタリアさんが喜ぶと私も嬉しい。

「ルーク、思い出して?」
「えー? 知んねー」
「しっかりとこっちを向いて会話なさいルーク!」
「うっせーなー」

ぽりぽり。

すでにお決まりのポーズとなってしまったように、ルークさんは耳をぽりぽりひっかく。ガイ様が顔を少々青くさせた。私もなんとなく顔を下に向けた。「もう! 行儀の悪い仕草はおやめなさいな!」「えええー」そして今日もナタリアさんの火山が噴火する。

そうなのだ、ルークさんの口調と態度がものすごく荒れてしまったのだ。
耳をひっかくめんどくさげな顔をする、口調が悪い、ご飯はこぼす、家庭教師からは逃げだす。唯一変わらないとすればヴァン師匠のことが大好きだということだ。
まだまだ剣術を習うにはおぼつかないという理由で剣を握っていないけれど、ヴァン師匠が訪ねてくると、ルークさんは嬉しそうにヴァン師匠のひげを引っ張る。その度に私とガイ様は、いつかヴァン師匠のひげを引っこ抜くんじゃないかと気が気じゃない。


「明日こそは!」というお決まりの台詞をつけながらナタリアさんは帰っていく。うーん、と私は部屋の椅子に座って、ナタリアさんが来てから暫くの休憩をもらったガイ様が私のベッドに座った。ルークさんが、「ー、俺なんか悪いことしたのか?」と首を傾げて私の膝の上によっこいしょと座ってくる。

一応言えば、ルークさんの方が年上なので、正直この体勢はちょっと苦しい。けれども我慢しつつ、ルークさんの頭をなでた。ルークさんがきゃっきゃと笑う。ガイ様が「ルーク、が苦しいんじゃないか?」と声をかけた。

「ガイさん、なんでルークさんはこんなに口調が悪くなっちゃったんでしょうか」
「なんでだろうなぁ。……お、俺が教えたんじゃないぞ!?」
「疑ってませんよ、そんなこと」
「まあなぁ。元気に育つならいいんじゃないか」
「ガイさんはいいお母さんになりそうですねぇ……」

ルークさんは自分の会話がされているというのに、そっちのけでキャッキャと笑っていた。かと思うと「びゅーん」と自分で効果音をつけながら私の本棚へと走る。そして片っ端から本を抜いてピラミッドを作り始める。「ああああ、る、ルークさーん」「ルークぅ……駄目だぞー」 二人で一緒に注意する。

しかしながらルークさんはやめない。ハイスピードで二つ目の塔を作り始める。あらあらあらー、と私はわたわたとしていると、ガイ様がキラリと目を光らせた。今こそしっかりと注意すべきだ、とばかりに「ルーク!」と鋭い声を出す。ルークさんの肩がぴくりと震えた。そしてガイ様がずんずんと足を進ませる。「それはの本だ。そんなことしちゃダメだろう」 そしてルークさんを見下ろし、カッ! と怒った。


おお、ガイ様言った。言った。ガイ様言ったぞ、怒ったぞ。ぐいっと私は拳を握りしめる。
ルークさんは呆然としてガイ様を見上げた。手には私の本を持ったままでピクリとも動かず固まった。当然だ。今までガイ様が怒ったことなんてなかったからだ。
じっと待った。私とガイ様は待った。ルークさんの反応を待った。

うるり

ルークさんの瞳がうるんだ。そしてずるっと鼻をすすった。ひくひくしている。「ガイがぁ、おこったぁ……」そしてしくしく涙を流し始めた。
それはもう私とガイ様は慌てて、「ルーク、大丈夫だ怒ってない、怒ってないぞ!?」「ルークさん大丈夫です、ガイさんが怒る訳ないじゃないですか、ねえガイさん!」「そうだぞうあああああ近づかないでくれぇえ!!」「ごごごごめんなさぁあい!!」


一体私たち、何をしているんでしょうか

「うわー、ルーク、ほんとにすまーん!」



ぽろぽろ涙を流すルークさんを見ていると、ふと、ルーク兄様とはまったく違う人間のように見えてしまう。それはしょうがないことかもしれないけれど、本当に同一人物だとは思えないのだ。その証拠に、ずっとルーク兄様、と彼のことを呼んでいたのに、今の私はどうしてもルークさん、と呼んでしまう。こんなことを考えているとばれてしまったら、ナタリアさんに思いっきり怒られそうだ。「ルークはルークですのよ! 妹のあなたがそう思わないで、誰が分かるのですか!」 頭の中のナタリアさんに叱られてしまった。


ルークさんと手をつなぎながら、私は食堂に向かった。ルークさんはお気に入りの黄色いウサギを抱えて、「今日のメシは何かな、チキンがいい俺、もそう思うよな、チキンー!」と嬉しそうだ。なんだか可愛い。けれどもしっかりせねば。「ルークさん、メシ、じゃなくて、ご飯ですよ」「メシ!」「…………」

そんな風にしているとき、丁度曲がり角で男の人達の声が聞こえた。
「俺明日で休暇」「マジで? 俺あと一週間だよ、かったりー」「おー、羨ましいだろ」

おお? と首を傾げて除いてみると、白光騎士団の人達だ。いつもはしっかりとした言葉遣いなのに、男の人達同士だと、ちょっと崩れちゃうのかなぁ、と首を傾げる。そうしたとき、隣のルークさんが呟いた。「……かったりー?」
私はハッとした。これだ。ルークさんの言葉が乱れた原因は、もしかしなくともこれだ。

「ルークさん、駄目ですよそんなこと言っちゃ。ね?」
「かったりー!」
「…………(き、聞いてくれない!)」

取りあえず暫くの間、ルークさんの中で「かったりー」と呟くのがマイブームになってしまったらしい。

「ルーク、約束を思いだしまして!?」
「かったりー」
「!?」

う、うーむ。



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1000のお題 【126 良い子は真似しないでください】
2010.12.23