「なんで?」


困ります





え? と私は首を傾げた。ルークさんが、じっと私を見つめて、「なんで?」ともう一回。「何がですか?」 私は読んでいた本をパタンと閉じて、ルークさんを見上げた。彼の言葉遣いが荒いと感じるときはあるけれど、ちょっとずつ歳相応な姿になってきて、ガイ様ともども、ホッとしていた。

ルークさんが、もぞもぞと指先を動かして、絨毯の上にペタンと座り込んだものだから、「ルーク、座るなら椅子にしなさい」「ん……」 よっこいせ、とガイ様に手のひらを引っ張られ、ルークさんは椅子に座り、テーブルの上に乗っていたぬいぐるみを引き寄せた後、「…………なんで?」

どうしたんだろう。
何か言いたいことでもあるんだろうか。


私とガイ様はお互い目を見合わせて、その後ルークさんを見つめた。ルークさんは眉をハの字にした後、小さく呟いたのだ。「なんで、おれ、外に出られねーの?」


その言葉に、私とガイ様は、ルークさんの満足にいく言葉を答えることができなかった。
もちろん、言い訳なら返すことができる。それは、「ルークが前に一度危ない目に遭ったから、もうそんなことにならないようにするためだよ」とガイ様が彼をあやすように答えても、彼は唇をかみしめて、じっと私を見た。「は?」「え?」「なんで、妹なのに、はいいんだよ」

いもうと、という言葉を、ルークさんはこの頃、理解したらしい。自分よりも年が下で、見かけも幼い。おんなじ兄妹であるはずなのに、なんでだけいいんだ。そうルークさんは言っているのだ。私はむぐっ、と口につまり、持っていた本を抱きしめた。「それは……」とガイ様も何かを答えようとして、困ったように眉をひそめた。

ルークさんは、自分が納得することのできる返答を、貰うことができないと理解したらしい。顔を真っ赤にして、少しずつほっぺたを赤くして、持っていたぬいぐるみを、力の限り床に叩きつけて、「     だけ、ずるい!!」
そう言った。



私とガイ様は、ぽつんと距離を置いて椅子に座った。部屋の主であるルークさんは、泣きつかれて、ベッドの中にこもってしまった。さっきまでぐしぐしと鼻をすする音が聞こえていたから、やっと寝入ったんだろう。私はほんの少しだけ気まずい気持ちで、ルークさんが床に転がしたぬいぐるみに指を伸ばした。

うさぎの耳がへしゃげていて、皺になってしまっている。私はその耳をよいしょと直して、「…………おかしい、ですよね」「うん?」 わかっているだろうに、ガイ様はなんのことか分からない、というような顔をして片眉を上げた。そのままじっと見つめていると、彼は少しだけ困った顔をして、「そうだな」と、小さく呟いた。おかしいのだ。
     なんで、ルークさんは、家の外に出ることができないのだろう。

監禁とは言わない。けれどもこれでは軟禁だ。危険な目にあったから、外に出ることを許されない。理屈は分かる。けれどもそれなら、私や、それよりももっと重要なはずの、ナタリアさんの外出が許可されていることが腑に落ちない。この軟禁を命じたのは、キムラスカ王だと言う。確かに王家に連なるファブレ家の対応としては妥当といえるかもしれないが、本当にそうなのだろうか? 

納得のいく説明を、といくら“父”や“母”に問いかけたところで、子ども相手だと思われたのか、誤魔化された答えしか返ってこない。おかしいことなのに、「ルークの身を案じて」という言葉一つを出されてしまえば、それ以上なにを言うこともできない。

「……でも、別に、そこまでおかしくはないんじゃないか? 君とルークは違うだろう」
「違う? えっと、今はルークさんが小さくなってしまったということですか?」
「うん、まあ、それもあるけれど、君は女の子だ」
「あ、はい……」

改めて言われると、なんだか恥ずかしいのだけれど、もちろんそうだ。ガイ様は口元に手を当てて、「ルークは、ナタリアの婚約者だし、第三王位継承者でもあるけれど、君はそうじゃない。おそらく……」 ガイ様は私の目を見て、すぐさま目を逸した。ところで、ナタリアさんのことを呼び捨てにしているけれども、いいのだろうか。まあ、別に、今は私しかいないからいいんだけれど。

「おそらく、君は別の……どこかの貴族と、結婚させられるだろう」

私はパチッと瞬きをした。そして何拍か遅れた後に、「あ、そうですね」たぶん。他人事のようだけれど、まあ、しょうがないかなぁ、とそこらへんは思っているのだ。反発する気持ちがないといえば嘘になるけれど、まだまだ恋愛ごとの似合う年齢ではないが、特に好きな人がいる訳でもないし、生まれた家の問題で、こればかりは仕方がないと諦めている。

今のところ、どこの誰になるかははっきりと決まっていないみたいだけれど、せめて年が近い人がいいなぁ、とは切実に感じている。
ガイ様は特に表情もなく目線を逸らして、少しだけ硬い声で、「……まあ、だから、言い方は悪いが、そこまで重要視される訳では」 確かにそうだけれど。「でも、ナタリアさんは」 彼女の方が、身分で言えば、上はなずだ。「そこはあれだ」 ガイ様はさっきと変わって、無理に明るい声を出したように見えた。

「ナタリアが、そんなことを聞いて、おとなしく聞いておくと思うかい?」
「……えっと、今度本人に会ったら、ガイさんがそう言ってたって伝えておきますね」
「えっ、ちょ、ちょっ、なしなし、すまん、さっきのなし!」

冗談です、と付け足すと、「だよな、よかった」とガイ様はにこっと笑って、私も笑った。そうした後で、お互いため息を吐き出した。
今はいい。まだなんとか、ルークさんに誤魔化せている。けれども、このままずっと軟禁状態が続くとなれば、どうすればいいんだろう。「あの、私も、外に出ないようにすれば……」「何のために?」 ガイ様が、じっと私の瞳を見つめた。

「ルークが外に出られないから、自分も? 君までこもってしまっては仕方がないだろう。もちろん、外の話を自慢気にルークに言えと言っている訳じゃないぞ。君の……そういう、気遣う気持ちは、とても大切なことだと思うが、それでは少しおかしいように俺は思うけどね」

私は思わず瞳を伏せて、手のひらを組んだ。ガイ様は慌てたように、「いや、悪い、怒ったつもりはなかったんだ。ただ君までも外に出なくなるのは、よくはないと」「あ、いえ、そのとおりだなって思っただけです」

ガイ様の言う通りだ。ただ私一人が満足するだけで、結局何も変わらない。ガイ様はホッとしたように笑って、あげていた腰を椅子に下ろした。「じゃあ、一体どうしたらいいんでしょう」「……うーん、そうだなぁ……」

どうしようもない、というのが本当のところだ。「あの、こっそりと、外に行ってみるとか……」 一度くらいなら、なんとかなるかもしれない。ちらりとガイ様を見つめると、彼は苦笑して、「俺のクビと引き換えでいいんなら」「だっ、ダメです!」 当たり前だ、ダメに決まっている。お世話係であるはずのガイ様がそんなことをしてしまったとバレてしまったら、下手をしたらそれでも済まない。「ダメです、ダメです、そんなの困ります!」

一瞬ルークさんが眠っていることを忘れて、大きな声を出してしまった。「ううん……」とルークさんが身動ぎする声にハッとして口元をおさえ、再び聞こえた静かな寝息に胸をなでおろし、視線を向き直すと、ガイ様が肘をついたまま、ひどく戸惑った顔で私を見つめていた。「……困るのかい?」「困ります!」 今度は少し声を抑えて、その代わりに、力いっぱい頷いた。

ガイ様はますます困惑した顔つきになって、「そ、そうかい」と声をすりだした。どうしたんだろう、と考えたとき、(あっ!)と気づいてしまった。この頃すっかり忘れているけれども、私は彼の仇の娘なんだ。ガイ様は復讐のために、ファブレ家に乗り込んでいるのであって、私にそんなことを言われてしまったところで、複雑な気持ちになるに決まっている。

ごめんなさい、さっきのなしです! と知らないふりをしている身では言い直す訳にもいかず、「……あー、そうかい」とポツリとガイ様が言葉に、「あ、はい」と小さく頷く以外なんにもできなくなった。ガイさんはポリポリとあごをひっかいていた。

「その、。今はそこまで、気にしなくてもいいんじゃないかな。ルークも大きくなれば、外に出る許しが出るかもしれないし」
「そ、そうです、ね……ですよ、ね、うん」

そうしどろもどろに誤魔化しながら、もぞもぞ手元のぬいぐるみを動かして、私とガイさんは、はふっとため息をついた。
本当に。どうなるんだろう。




そんな私達に、ルークさんが脱走したという知らせが届いたのは、数日後のことだった。





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1000のお題 【199 かくなる上は】
2011.11.06