それは、私の記憶では、ずっとずっと前のこと。
とてもとても、真っ暗な記憶の中のこと


暗い世界・昔のこと









私の体は小さかった。
生まれてから一度も切ったことのない髪の毛が、顔の横でさらさらと揺れている。それが赤髪なことに、おかしいな、と思ったのだ。けれども、それのなにがおかしいのか、私は全然知らなかったし、わからなかった。喉から飛び出る気持ちがあるのに、言葉は全然出てこない。

私の両手は短くて、私はベッドの上で両手をぶらぶらとさせてみた。夜起きてしまったのだけれど、もう一回寝るには、はっきり目が覚めてしまった。
ちゃんと寝なきゃ、お母さんとお父さんに怒られる。そのときは、そう思った。僅かな違和感を残すだけで、あの人達を母親と父親だと認めていた。兄とは別の部屋だ。兄妹で、家族なのに、みんなお部屋が別々で寝るだなんて、変なの、とそのときは思った。でもそれは、貴族であるならば、疑問が湧いてやってくる方が変なことなのだ。

私はえい、とベッドから飛び降りた。部屋の中には誰もいない。ただ、コツコツとドアの向こうで足音がする。“はっこうきしだん”の人だ。私達を守ってくれているらしい。それなのに、私はあの人を見ると、すごくすごく怖くなる。逃げ出したくなる。

勝手にガチガチと震える体を、ぎゅっと押さえて、私はとてとてとバランスが悪く歩きながら、僅かに開いていたドアの向こうへと、目を向けた。きっとメイドの誰かが閉め忘れたのだと思う。

廊下はまっくらで、あの“はっこうきしだん”の人の足音が、少しずつ遠くなっていく。私はパチッと瞬きをして、扉の隙間をもう少しだけ大きくさせて、廊下に体を滑りこませた。
暗いけれど、全然怖くなんてなかった。それよりも、あのきしだんの人の方が、よっぽど怖かった。手に持っている武器を見ると、ぐさりと刺されてしまいそうな気がするからだ。そんな訳ない、とわかっているのに、あの人たちを見ると、私は怖くて怖くて、涙を流してしまいそうになる。でもそんなことをしたらお母さんが困るから、泣かないように頑張ってる。

ふらふらと天井を見上げた。とっても高い。手を伸ばそうとして、私は一回ころりとこけた。よいしょ、と床に両手をついて、もう一回ゆっくり立ち上がった。勢いづいて、もう一回こけてしまった。

私はまっすぐに歩いていった。何をしているのか、自分でもよくわからない。きっとこんなところを見つかったら、怒られてしまう。明日は家庭教師の先生が、いつもよりいっぱい来ることになってしまう。私はしょんぼりしながら床を見つめて、立ち尽くした。すると、目の前に、誰かがいるような気がした。私よりも背が高くて、金髪で、青い瞳をしている。にこにこ、と男の子は笑っていた。けど気のせいだった。もう一回、私がパチッと瞬きをすると、男の子は消えてしまった。

(なまえは……)
だれだったっけ。知らないはずだ。でも知ってる。私は歩いた。気づくと、廊下を突き抜け、玄関先にやってきていた。難しいような絵が飾っている。いつもは、たくさんのメイドさん達がいる場所だ。その中に、ぽつんと一つのりっぱな剣が、壁に固定されていた。
     ぱちん

頭の中で、何かがはじけ飛んだような気がした。「あ……」 勝手に、口から声が漏れていた。あの剣の名前を知っている。持っていた人も、知っている。その人は死んでしまった。いなくなってしまった。「……あ、あ……」
たくさんの今まで不思議だった気持ちが、ゆっくりと心の中で収束した。そうだ、わかった。あれは、宝剣ガルディオス。ガルディオス家の宝剣。あの男の子の名前は、「ガイラルディア、さま……」

ぽろぽろと、自分の小さな手のひらから涙がこぼれていた。生まれたときは確かに知っていたはずだった。それなのに、日が経つにつれ、私は普通の子どもとなって、記憶はぼんやりと消えていった。多分それが、生まれ変わるということなのだ。けれど私は、思いだしてしまった。
母は、“母”ではなく、父も“父”ではなくなった。



片手の指の年にも足りないあるとき。
私は自分が、・フォン・ファブレであり、であることを思い出した。
それを認めることが苦しくて、一本の剣の前で膝をつき、丸まりながら、ぼろぼろと涙をこぼした。




ただ、あの小さな子どもが、生きていてくれることを願った





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2012.01.20
1000のお題 【772 そこに映るものの正体は】
区切り