パキッ




喉が痛いのは、何故だろうと考えた。目の前がぐらついて、何も考えることができない。今まで私は何を考えていたんだろう。ふと、少し前のことを思い出せなくなった。ベッドに倒れて、喉を押さえた。そうすると、妙に瞼が重いことにも気づいて、目を開けることも辛くなった。しばらくすると、じわじわと、自分が一体何に悲しんでいたのか、苦しかったのか、とひとつひとつ思い出し、また泣いた。苦しかった。あんまりだった。


「なんで」

なんで。
みんな死んでしまった。あの街に訪れた人たちは、みんな死んでしまったのだ。だいたい、なんなんだ。全員が死んだ。そんなことってあるのか。危険はあった。知っている。けれども、みんな、全員が死んでしまうほどのものだったのか。何があったのか、そう問いかけても、誰も正しく返事を返すことはなかったし、私自身、今更そんなことを知っても無駄だと、心の底では気づいていた。

まるで全ては決まっていたことというように、淡々と処理をするクリムゾンが気に食わなかった。でも、誰かがそうしなければならない。わかっているのに、気ばかりがついていかなかった。そして、涙を流し続けるシュザンヌを見ることも辛かった。まるで自身と向い合っているような、そんな錯覚を持った。ぽろぽろ涙ばかりが溢れて、初めは声をあげて泣いていたのに、次第にそれは落ち着いた。けれども今度は、どんなときでも、勝手に涙が出てくるようになった。唐突に視界が緩んで、何もできなくなって、いつも泣きながら眠った。そうして静かに泣いていたと思ったら、また喉が苦しくなって、必死に自分の声を押し殺した。「ルークさ、ガイ、さん、ナタリアさん」

小さな声で彼らの名前を呼んだ。けれども、返事なんて帰ってくるはずもなかった。
そう気づいてしまって、また苦しくなった。なんで私は、彼らを止めなかったんだろう。時間が戻せるのならば、今すぐ戻してしまいたい。けれども無理だ、そんなことできない。だいたい、あのときの私は知らなかった。彼らがもういなくなってしまうだなんて、そんなこと考えもしなかった。
もし私が、「いかないで欲しい」と彼らに懇願したことで、何が変わっただろう。大丈夫だよ、すぐに戻って来るさ。きっとガイさんは、こう言って手のひらを振って、また消えていく。

自分にだって、立場があった。ただでさえルークさんが消えて、気持ちが崩れてしまったシュザンヌを放ってなんて行ける訳がなかった。けれども、もし私がこの事実を知って、勇気を出して、ナタリアさんのように彼らの旅について行けば、何かが変わったかもしれない。例え死んでしまったところで、今のように目の前が見えないばかりで、苦しいことよりも、ずっとマシなはずだ。きっとそうだ。けれどもそんなことを考えたところで、何の意味もないことだ。



   パキッ


(くるしい)

何が苦しいのかもわからなくて、何をすることも辛かった。たくさんの言葉が頭を過ぎ去るのに、それは文章にもなにもならない言葉ばかりで、何をする訳でもなく、暗い部屋の中に閉じこもった。守れなかった。ガイラルディア様はいなくなってしまった。またルークさんは消えてしまった。今度こそ戻らない。あの勝気な少女が私に対して怒ることだって、もうない。

こんなだったなら、もっとナタリアさんの言うことを聞いておくんだった。譜術の一つでも使えるようになって、「だって、やればできるじゃありませんの!」と嬉しげに笑って欲しかった。ルークさんと、上手くお話ができなくなっていたけれど、もっときちんと彼と向かい合うんだった。ルークさんが、本気で私のことを嫌っていないことを、私は知っていた。口は乱暴でも、ルークさんはとても優しかった。彼が帰ってきてくれたとき、私は嬉しくて、力いっぱいルークさんに抱きついた。そんな私を、「うぜえなあ」と怒っていても、彼は引き離そうとはしなかった。そのこともすごく嬉しかったのに、私はきっと、当たり前みたいに受け止めていた。
そして、ガイラルディア様、

ふと、彼の笑顔が、ぼんやりと頭の中で浮かんだ。小さな頃みたいに、ひまわりみたいな笑顔じゃなくって、少しだけ困ったような笑い方とか、ちょっとだけ嬉しいことがあったとき、口元だけ笑っていたり、とてもとても、優しげだったり、それは彼と長く屋敷にいて一緒にいて知った、たくさんの顔だった。
     やっぱり、ダメみたいだな。なんだか俺、情けねえなぁ

彼の声を、頭の中で繰り返した。
何度も何度も思い出した。少しだけしょげて、ちょっとだけ無理をしたように笑っていた彼が、少しだけ悲しくて、少しだけ可愛らしかった。本当は、ずっと近づきたかった。しょうがないと思って、ずっと我慢をしていたけれど、彼の手を握りしめて、大丈夫だよと言いたかった。いつかそうすることができると信じていた。
でももうだめだ。

こうすればよかった。ああすればよかった。何度繰り返し考えても、結局それは過去のことで、何の意味もないことだ。
そうだとわかっているのに、彼を思い出す声が、頭の中で消えなくて、悲しくて、悔しくて、情けなくて、また泣いた。ごめんなさい、と誰かに必死に謝っていた。それはマリィベル様であったし、また彼女の父や母であった。同じく、過去に自身と同じく死んでいった、メイド達だったのかもしれない。

少しずつ、自分が壊れていく音がした。
なにもかもが耐え切れなかった。
私は弱かった。
ガイラルディア様に、生きていて欲しい。幸せに育って欲しい。ガイ様に会えた。彼と友達になりたい。近づきたい。そうすることができなくても、幸せになって欲しい。そうずっと、心の中で望んでいた。そんな気持ちが、私の、の、の心の真ん中にあって、それがパキンっとひび割れた。崩れる音は次第に大きくなっていって、とうとう私の心は砕け散った。

体が動かせなくて、何もできなくて、何も考えられなくて、ときどきポロポロ涙をこぼす。ただそれだけの自分は、不思議と何を見ても、何も見えないし、何を聞いても、それが言葉として頭には残らない。それはひどく不思議なことであったけれど、とうとうそれを不思議と思う気持ちもどこかに消えた。

多くの人が、自身に声をかけた。けれども全部が、何を言っているのかわからなかった。少しずつ、記憶がぐちゃぐちゃにかき乱された。

     さま

音だ。
ただの音だ。

   あなたは すこあ を うらまれて おいでか

     スコア 預言?

一体それはなんのことだろう、と首を傾げた。彼は口元に微笑を佇ませて、私にその手のひらを伸ばした。預言により、彼らはアクゼリュスに向かい、死を遂げた。様、あなたはそれをよしとはしない。預言により、この世界は縛られていると、あなたはそれを知ったに違いない。さて、私と共に、おいでなさい。手を伸ばしなさい。


彼の言うことは、もっともなような気がした。そういえば、そうだ。ルークさんたちは、そう預言に詠まれていたから死んでしまった。考えてみると、ひどく腹のたつことのような気がした。けれども本当は、どうでもよかったのだ。結局死んでしまったのだから、そんなことを恨んだところで仕方がない。わかってる。わかってるのだ。でもだめだ。

私は、勝手に手のひらを伸ばしていた。ヴァンデスデルカ。彼はそう名乗った。おいでなさい。おいでなさい。さあ、私の元へ



おいでなさい






                                  ぱきんっ





・フォン・ファブレである自身から、へ、から、へ。
私はぐるぐると心が移り変わった。伸ばした手のひらは、今よりも少しだけ大きい。本当に、少しだけ。昔はもっと、全然違った。けれどももう、こんなに同じになってしまった。

メイド服を着て、カラカラと台車を押した私は、マリィベル様へのご朝食を渡した。すると彼女はきょとんとして私を見つめた。「何故あなたはそんなに泣いているの?」 そう問いかけられて、私はポロポロと涙をこぼしていることに気づいたのだ。申し訳ありません、とエプロンで涙をぬぐっても、ぬぐっても、どんどん涙が溢れてくる。とうとう私は耐え切れなくて、唇を噛み締めて、「申し訳ありません」と喉元を震わせたまま、エプロンにぱふんと顔を乗せた。

からから、と彼女が笑っている声が聞こえる。「人間、泣けるときに泣いておいた方が、すっきりするものよ。大丈夫、きっといつか、涙が枯れる日が来るわ。そんなことより、ほら、紅茶を飲みなさい。暖かいものを飲むとね、心がほっとするものなのよ」

けれども私は、彼女の言葉に首を振った。「マリィベル様、ごめんなさい、本当にごめんなさい。私、あなたの弟君をお守りすることができなかった。本当に、なんにもできなかった」

そう自身がつぶやくことが、許せなくて、腹が立った。力の限り、怒鳴って欲しかった。けれども彼女は相変わらず笑うばかりで、「だって、あなたはファブレの娘じゃない。そんなあなたに、一体なにができたの? 何も出来なかったというのなら、きっとそれはしょうがないことなのよ」

そんな言葉は聞きたくない。ぶるぶる、と耳を閉じて首を振った。だというのに、マリィベル様は私の腕を掴み、引っ張り上げた。私は慌てて顔を上げて、彼女を見つめた。彼女はわずかに眉をつりあげ、優しげな声をとがらせた。

「あなたがそう思うのなら、次をどうにかすればいいだけじゃない。何かをなさい。自分ができる、何かをすればいいだけよ」
「何かって、なんですか」
「それはわからないわ。だって私はあなたじゃないもの」
「マリィベル様、怒ってください。そうじゃないと、苦しいんです。力いっぱい怒ってください」
「嫌よ。だって、終わっていないもの」

彼女はつん、とかわいらしく唇を尖らせて、きょとりと瞬く私に微笑んだ。「次は、後悔しちゃだめよ」

私の可愛いガイラルディアを、幸せにしてあげて。
ペールのことも、忘れちゃいやあよ。

そう、彼女はぽとんと言葉を落とした。






     やっぱり、ダメみたいだな。なんだか俺、情けねえなぁ




声が聞こえた。







きょとん、と瞬いた。彼の声が聞こえた。私はベッドの上に座っていて、暖かな日差しがあふれている。すっと目の前の景色がよく見えた。ほんの少し前まで、見えていたのに、何にも見えていなかったのだ。ぼんやり首を傾げて、久しく瞼も重くないし、喉だって痛くないし、敢えていうのなら、少しだけ頭がずきずきするだけだ。手が冷たい。何故か私は氷袋を持っていて、ひんやり溶けた氷が、からん、と音を立てて鳴った。「…………?」 首を傾げた。

「今度こそ、なんとかなるかなって思ったんだけどな」
まあ、無理だよなあ。

ポツリとつぶやくような声が聞こえた。私はぴくりとまつげを震わせ、瞳を見開いた。“彼”は床の上に転がって、照れたように頭をひっかき、口元を笑わせた。「…………?」 ふと、彼は瞬いた。じいっと彼を見つめる私に、不思議そうな顔をした。「どうした、やっぱりこぶが痛いのか?」 ちゃんと冷やさなきゃダメだぞ、と眉をハの字にした彼は、よっこいしょ、と腰を上げた。私はパッと立ち上がった。そして正面から彼に抱きついた。「ガイさん……っ!」「ぎゃ」

ガイさんは、思いっきり体を震わせて、口から出そうとした悲鳴を、彼は必死に押し留めた。なんて言ったって、ここは私の部屋だ。男の人で、使用人である彼の悲鳴がうっかり聞こえてしまえば大問題だ。そうわかってるのに、私は彼の正面から抱きついたまま、ぐりぐり彼の胸に頭をこすりつけた。

「ががががが」とか、「はな、はな、はな、はなしししし」だとか、「や、ややや、やめてくれぇ!」というような半分言語にならない言葉を叫びながら、彼はガクガク体を震わせて、ばたんと床に倒れこんだ。そんなこともお構いなしのまま、私はガイさんを押し倒したみたいに彼に抱きつき続けて、ひんひん涙をこぼした。「ガイさん、ガイさん、がいさん」 何度も彼の名前を呼んだ。

お互い見当違いにバタバタあばれながら、しっちゃかめっちゃかだったから、彼からの返事なんてなかったし、そんなことどうだってよかった。私はとにかく、彼が“ここ”にいるということに、きゅっと胸がいたくて、嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。彼の服を必死で掴んだ。大丈夫、彼はここにいる。暖かい。生きている。ここにいるんだ。

ガイさん、とひどくかすれた声で、つぶやいた。
彼はここにいた。
暖かくって、ぽかぽかして、とてもとても、大好きな匂いがした。




     結局、なんだったんだ? 
ガイさんは体中をボロボロにして、そんなセリフをつぶやきながら、部屋の端っこで崩れ落ちた。私も同じく反対側の端っこで、ごめんなさい、とぐしぐし涙をぬぐって、またガイさんを見て泣いてしまった。ガイさんはひどく狼狽して、けれどもさっきの醜態を思い出したのか、グッと唇をかみながら、いつでも逃げれるようにとごそごそ窓に近づいていく。「……、どうしたんだ、俺にはさっぱり分からないんだが、悲しいことでもあったのかい?」

そう訊くガイさんに、私はぶるぶる首を振った。そうじゃない、そうじゃなくて、「ガイさんが、帰って来てくれたことが、嬉しくって……」 夢なんじゃないだろうか。古典的な例に従い、ぶにっと自分のほっぺをひっぱってみた。痛い。夢じゃない。けど油断はできない。ときどき夢の中だって、ものすごく巧妙にできているときがあるからだ。

ガイさんは瞳をきょとんとさせて、床の上にぺたんと座った。何度かパチパチ瞬きをした後、「それが理由なのか」とちょっとだけ、変だなぁと訝しげな顔で、けれども少しだけ嬉しげな顔をして、彼は首を傾げた。私はそんなガイさんの顔を見て、ちゃんとガイさんがそこにいて、生きているということが嬉しくて嬉しくて、へにゃっと笑った。ガイさんは、きょとりとした後、私と同じくへたりと笑った。

お互いにこにこ笑っていたら、ふいに、私は自分の服の裾をひっぱって、くんくん、と匂いをかいでみた。「…………ガイさんの匂いがする」 あれだけくっついていたんだから当たり前だ。えへへ、と嬉しくなって、笑いながらそうつぶやくと、唐突にガイさんは赤面して、「そ、そういうことは言わないもんだろう」 

ちょっとだけ、珍しいものを見た気がした。「あの、でも、ほら」 自分の服をつかんで、ほら、とガイさんに向けると、ガイさんは口元をへの字にして、ひょいと顔をそむけた。そんな顔を見ていたら、なんだかまたむずむずしてきて、私はぺたぺた両手で床をつきながら、「あのう」と彼に声をかけた。「もう一回、抱きついちゃダメですか?」 ぎゅうっと、ちからいっぱい。

ガイさんは暫く瞳を見開いて、私を見ていた。けれども唐突に、ひどく疲れたサラリーマンのようなため息をついて、「だめに、決まってるだろぉ……」
泣きそうといえば泣きそうだし、笑いそうといえば笑いそうな変な顔で、ガイさんは私を見た。彼の耳たぶは、まっかっかだった。




     時間が、巻き戻っている

そのことに確信したのは、「そうですか、ダメですか、ダメですよねぇ、じゃあルークさんのところに行ってきますッ!!!」とガイさんを残し、力の限り部屋を飛び出し、ルークさんの自室へ向かった後だ。
兄である彼を背後からお腹をめがけて抱きしめて、存分にグリグリさせてもらった。そんなことをするものだから、もちろん私はルークさんにうざがられまくった。けれどもまたそれが幸せだった。なんたって、彼が生きているのだ。

歓喜のあまりにグリグリ攻撃を続ける私の足元では、「妹さんですの!? 妹さんですの!? 楽しそうですの! ミュウも混ぜて欲しいですのー!!」とちっちゃなチーグルが、ぱたぱたと耳を震わせていて、奇妙な獣を人語を解すというビックリイベントにも遭遇し、ついでにそのチーグルともども彼の部屋から追い出されたとき、私はやっとこさ現実を理解した。

これは、彼らがいなくなる一日前のことだ。


けれども、こんなことってあり得るんだろうか。私は腕の中のチーグルを見つめて、ぼんやりと考えた。「さんですのね! ボクはミュウですのー!」とほのぼのとした自己紹介を聞いていると、まるでさっきまでのできごとは全部が悪い夢で、ガイさんも、ルークさんも、ナタリアさんも、いなくなったりしない。あれはただの自分の妄想だ。
そんな風に、じわじわと全部を忘れようとする自分がいた。(……でも) 本当にそうなのだろうか。時間は巻き戻るものじゃない。当たり前だ。過ぎたことは、どんどん消え去っていくばかりなのだ。でも私は、一度死んで、もう一度ガイ様に出会えた。一つの不思議が二つになったところで、なんの疑問があるだろう。

あれが現実であったとか、ただの夢であったとか、そんなことどうでもいい。一番は、“これから彼らはどうなってしまうのか”ということだ。
     ガイさんは、アクゼリュスに向かうのだろうか

そしてまた、消えてしまうのだろうか。
ぶわり、と嫌な汗が流れた。私はミュウさんをぽとんと床の上に落として、不思議気な顔をするチーグルに、「ごめんね」と手のひらを振った。カツカツと靴の音を鳴らしながら、道を歩く。気づけば勝手に腕は振り上げられていて、響く音は大きくなる。門番の兵士は、私の髪の色を見て、ぎょっとした顔をした。自身の名を口早に叫び、扉を開けてくれとねだった。赤髪碧眼は、王家に連なる髪色だ。彼らはしばし逡巡したのち、扉を開け、飛び入る私の背後を、まるで護衛のように後に続いた。

目的の道を進み終わり、コンコンコン、と幾度も扉を拳で叩いた。不躾な挨拶であった。彼女が今、この場にいるとも限らない。そう分かっていた。けれども彼女はいた。「なんですの?」と不機嫌な声がドアの向こう側から聞こえ、「失礼します」と私が扉を開けると、彼女はソファーの上でゆっくりと首を動かし、私と瞳が合った途端、ひどく不思議気に瞬きを繰り返し、私の背に立つ兵士を視線で追いやった。「ナタリアさん、訊きたいことがあるんです。少しお時間をとらせて頂いても構いませんか」「それは構いませんけれども……一体、何がありましたの?」

あなたが城に来るなど珍しい、と彼女は言外でそう言っていた。けれども私は彼女の問いに、答えを返さなかった。無礼なことと知りながらも、ただ、疑問のみを問いかけた。


「彼は、ヴァン師匠は……、今、どこにいるんですか……?」




あの“夢”の中では、ヴァン師匠は、バチカルに帰還した彼は、ファブレ家子息誘拐の疑惑により、すぐさまキムラスカの兵に捕らえられた。けれどもルークさんがアクゼリュスに向かうこととなり、その代わりとばかりに彼は釈放されたのだ。もし、私のそれと、事実が同じく進むのであれば。そう私は考えた。そして私がナタリアさんの元へ向かった暫くののち、事態はまったくその通りに展開した。ナタリアさんは、ルークさんを親善大使として、アクゼリュスの街に派遣する旨を伝えられ、自身も彼についていくべきであると陛下に陳情するものの、残念ながら、彼女の願いが陛下の耳に届くことはなかった。


こうして、彼女は一人、彼らについて行くべしと行動を開始するのだが、そのことについて知っているものは、今はまだ私だけだ。何もかも、“夢”の通りに進んでいた。私はぶるりと体を震わせ、短い時間のうちに、いくども逡巡した。
     自分は、何ができるのだろう

アクゼリュスが滅ぶ。
みんなが死んでしまう。

そう声高に叫んだところで、一体誰が信じてくれるだろう。よしんば信じてくれたとして、一体どうして、彼らは死ぬのか。そんなことすら私は知らない。私自身、自身が見た夢の全てを信じている訳でもない。ただひどくリアルで、恐ろしくて、空虚な夢であった。それだけだ。

     次は、後悔しちゃだめよ


優しげな声が聞こえる。
私はきゅうっと手のひらを握りしめた。長く長く、息を吸い出し、吐き出した。「お父様は、何故私の話を聞いてはくれないのかしら」と眉をひそめる彼女に、「ナタリアさん」と私は小さな声を振り絞った。彼女は、唇をすぼめたまま私を見つめ、「なあに?」と機嫌が悪く膝に肘を乗せ、手の甲には顎を乗せた。

     お願いが、あるんです」


私はひとつ、彼女に言葉を願った。
おそらくそれは、これまでファブレ家の娘らしくと生き続けた自身には、初めてのわがままであったと思う。私のその言葉を聞いて、ナタリアさんは、私の顔を見て、ぱくりと口を動かした。そしてしかめた眉に手のひらを乗せ、長く息をついた。「、あなた自分が言っている言葉の意味がわかっていて?」「わかってます。すごく、すごく、分かってます」 けど、もういやだった。あんな風に後悔をして、辛くて、苦しいのは、いやだった。


「もう一度言います。ナタリアさん、私を……アクゼリュスに連れて行ってください」






BACK TOP NEXT

2012/04/28


今後、仲間の中でギスギスしたり、不愉快な(?)セリフをキャラから吐かれてしまうような展開が多いかもしれません。
そのうち仲良くなってくれると思うので、予めご了承ください!(逃)