夢を見た。
ひどく悲しい夢を見た。

ガイさんが、ルークさんが、ナタリアさんが死んでしまって、悲しくて悲しくて、胸がつぶれてしまいそうな夢だった。
     もしかすると、あれは夢ではなかったのかもしれない

そう疑ってしまった。
本当のことを言えば、全部が私の気のせいで、勘違いで、彼らはこれからアクゼリュスに向かい、何事も無く帰ってくる。そんな未来が待っているのかもしれない。けれども、嫌だった。後悔だけはしたくなかった。
だから私はナタリアさんに無理やりにでもくっついて、できることなら、ガイさん達を守る。こんな譜術も武術もまともに使うことのできない私が思うには、おこがましいことに違いない。でも、それでも。
大切なんです。とてもとても大切なんです。


そう伝えたいのに、私は全然伝えることが出来なかった。当たり前だ。こんなこと誰に言ったって信じてもらえる訳がない。ガイさんはひどく瞳を冷たくさせて、ため息をついた。「あの、わ、私、帰らないです」 言えた言葉はそれだけだ。「」 びく、と肩が震えた。

「とにかく戻れ。ここからじゃ一人じゃ危ないだろうから、俺がついていく。それでいいな」
「い、いやです」
「聞き分けの無いことを言うんじゃない」
「だって、いやなんです」

だって、ってまるで子どものだだみたいだ。でもそれ以外なにも言えない。「だって」 もう一度言葉を繰り返した。思わず泣き出しそうになった。ガイさんは一瞬言葉を飲んだ。けれどもすぐに、「戻るんだ。いいかい、俺は君に近づくことができないのは知ってるだろう。俺は君を守ることができない。まともに外に出たこともないお嬢様が考えてるほど外は甘くないんだぞ」

ついさっき、ナタリアさんがみんなに言われていた台詞だ。
ナタリアさんはつんとつっぱねることができた。彼女には実力があるからだ。でも、私には何も言えない。ただ口元を閉ざして、きゅっと胸元に手を当てながら頭をたらすことしか出来ない。
(ガイさんは、きっとひどく困ると思った)

けれどもガイさんは困ってるんじゃない。怒ってるんだ。
私がガイさんを何度困らせても、今のように、彼を怒らせたことはなかった。こんなに冷たい彼の声は初めてで、怖くなった。怖くて耳元が真っ赤になって、視界が滲んだ。けどすぐに首を振った。「やです。私、絶対ガイさんについていきます! ナタリアさんにも、家の人間にも、もう許可は取ってるんですから!」

、とガイさんは私を抑えつけるみたいに声を出そうとして、「まあまあ」 のったりとした声が響く。
メガネをつけた男性が、ぽつりとした暗闇の中で立っていた。ジェイド大佐。たしか、ガイさんが話してくれたお話の中に、そんな人がいた。ひょうひょうとして、掴みどころがなくって、ちょっと変な、けれども実力だけは確かとか言うマルクトの大佐だ。「あなたはルークの妹さんでしたね? 家の人間とはつまり、お母上やお父上のことで?」「あ、はい……」 正確に言うと、片方のシュザンヌのみなのだけれども、ここで馬鹿正直に説明すべきではないということは私にだってわかる。

「だったらいいんじゃないですか? そちらのお姫様の同行も親善大使殿がお決めになったそうですし」

正直これ以上もめるのはめんどくさくてかないません。とにこやかに微笑みながらの台詞に、本当にごめんなさい、と頭を下げようとした。けれども迷惑を承知でここにいるくせに、そんな態度は反対にずるいような気がした。

一体どうやってナタリアさんがルークさんに取り付けたのか知らないが、ルークさんは苦虫を噛み締めたような顔をしている。ガイさんのお話しから判断すると、柔らかい髪色で、長い髪の女性がティアさん、私よりも年がいくつか下であるだろう女の子、アニスさんは目をじっとりとさせてこっちを見ている。ごめんなさい、と何度も口走りそうになる台詞を飲み込んで、私は改めてペコリと頭を下げた。

「いやでも、ジェイド……!」
「親善大使殿の決定がなにより重要なようですねえ。ガイ、文句があるのでしたらルーク様に直接どうぞ?」
「ルーク!」
「決定っつったら決定! あーもー行くぞ!」

うがー! と思いっきりルークさんは両手を上げてずかずかと踏み出した。「」 ガイさんがじっと私を見た。私はものすごく考えて、ぷいっとガイさんから視線を逸らした。

「わかった。俺は知らないぞ。何度もいうが、俺はきみを手助けすることは出来ないんだからな?」
「わ、わかってます。別にガイさんに助けてもらわなくっても、アクゼリュスに行けるんですから!」

思わずつっぱねた。
とにかくそんなふりをしないとダメだった。ガイさんはため息をついた。気づけば私とガイさんだけが取り残されている。私は慌てて足を踏み出した。瞬間、ずべっとこけた。「あう!?」

がごん、と思いっきり顔がじわじわ痛い。ガイさんが、無言で私を見下ろした。「で? 一人で行けるって?」 声が冷たい。「い、いけます……」 行けるんですから、とずず、と鼻をすすった。



   ***



「王女としての身分は隠しての旅になるのですから、ガイ、あなたは今後、わたくしに敬語を使ってはなりません」

いいですわね!? とビシリとガイさんに指をさすナタリアさんに、ガイさんは困ったように首をかいた。「ですがね、ナタリア様」「はい以外の返事は認めません」「は……わ、わかった」 了解だよ。とガイさんは両手をひらつかせてため息をついた。

(……いいなあ)

ナタリアさんみたいに実力があって、堂々とできていたなら、こんなふうに気後れしてちまちまとみんなの後ろを歩く必要はなかったに違いない。でもしょうがない。悪いのは私で、迷惑をかけているのも私だ。しょぼくれるばっかりだな、とかつん、かつん、とひどく音ばかりが響く鉄板の上を歩いていると、「」 びく、と顔を上げた。「後ろにいると危ない。前に来た方がいい」「でも」「いいから」 

じろりと冷たい目で見られて、私はしょぼりと頭をたらしたままてくてくと距離を縮めた。「っていうかあ」 途中、ちらりとアニスさんが私を見上げた。「……さまと、ガイってなんなのぉ? ガイったら最初っからタメ口だったしぃ。様とガイって、お嬢様と使用人なんでしょー? その割には親密気だし」 あっやしーい、と背中にくっつけたぬいぐるみをパタパタ動かして、口元に手のひらを当ててにやにや笑う女の子に、「えっ、あ、あの」と思わず両手を合わせた。

「そうですわね。ガイ、あなたがにそんな口の聞き方をしていたとは知りませんでしたわ」

どういうことです? と首を傾げるナタリアさんを見て、私は思わず赤面した。いやいや。「あの、だから、それは」「なんでも何も、ルークにもそうだろうが」 ガイさんがまるで呆れたみたいに、なんてこともない顔で腕を組んだ。「あらそうでしたわ」 きょとんとナタリアさんは瞳を開いた。
あんまりにも簡単に流されてしまったから、ものすごく拍子抜けした。なぜだか赤くなってしまった頬をぺしぺし叩くと、「ふうん?」とアニスさんがつまらなさ気な顔をする。

「あの、私とガイさんと、ルークさんは、幼馴染みたいなものでして」
「……ま、いいですけど」

私には関係ないですしー、とちょこちょこ彼女はスキップをするみたいにして飛び跳ねた。「いいですねー若い人たちは。こんな事態だというのに悠長に楽しそうで」「お前も十分にへらへらしてっけどな」

まあまあ、とルークさんをなだめて、彼はメガネをいじった。「導師イオンの捜索は急を要します。慣れ合うことは微笑ましくて結構ですが、サクサクと進んでいただけるとありがたいものですね?」



     導師イオンが、誘拐された。

その言葉を彼らから耳にしたとき、私とナタリアさんはぎょっと目を見開いた。それも神託の盾騎士団、つまりはローレライ教団が独自に有する軍幹部、六神将が相手であると知り、首を傾げるばかりだ。
導師イオンが、彼らとの旅の道連れに何度も誘拐をされかけた、ということはガイさんから訊いてはいたけれども、彼はそう詳しく実情を話さなかった。思わずガイさんを見て首を傾げると、今度はガイさんにぷいっと視線を逸らされた。

(六神将……)

つまりそれは、ヴァン師匠につながる。彼は神託の盾の六神将を束ねる、主席総長の任に席を置いている。(ヴァン師匠は、長く屋敷に訪れて来てくれている人だけれども) ルークさんはヴァン師匠に一番なついている。彼が行う剣術の稽古が、ルークさんの一番の楽しみだ。
(でも)

本当に、ただの夢の中の話だ。けれども彼はひどく危なげな目つきをして、私の腕を引いた。預言を恨まれておいでか。彼はそう言った。(……スコア?) なぜ彼はそう言ったのだろう。
マルクト領、けれども元はキムラスカのものであるアクゼリュスの街に訪れ、キムラスカの人間である私達が瘴気に包まれてしまった街からアクゼリュスの人々を避難させ、救援を行う。それらがキムラスカとマルクトの和平の証となる、シンプルな話だ。

確かにその親善大使がルークさんとなってしまったのは、彼が預言によまれた、ただそれだけが原因だ。
それとヴァン師匠が、一体なんの関わりがあるのだろう。
(わからない)
私からすれば、預言が全てを決めてしまうだなんて変な話だと思う。けれども、そうなる気持ちも、長くこの世界にいた今となっては理解ができる。(ヴァン師匠も、私と同じなのかな) 預言に疑問を抱いている。けれどもそうであるのなら、預言の成就を目的としたローレライ教団、ひいては神託の盾騎士団に在籍するものなのだろうか?

正直、理解に苦しむというか、糸口がまったく見えない思考を繰り返すばかりなのだけれども、この話はただの表側の話だけではないような気がする。もしそうであったなら、イオン様が誘拐されたという意味が分からない。噂にきく教団内での内部分裂であるとも考えられるし、ただ六神将が独探で行動している。そうとも考えられるわけだ。

(とにかく、少しでもおかしなことがあったら気づくようにしなきゃ)

コクコク、と一人で勝手に頷いたあとに、私は本当にこれでよかったのだろうか、という不安もやっぱり同時にやってくる。ガイさんに、ルークさんに迷惑をかけて、ものすごくいけないことをしているような気もする。(ここまで来たら、腹をくくれ!) 後悔したって遅い。かつん、かつん、と私は靴の底の音を響かせた。足元が暗くて見えづらいから、やっぱりまたこけそうになってしまった。あわわと両手をぱたつかせて、近くのパイプにすがりついてホッと息をすると、ガイさんが両手をこっちに出したポーズで顔を青くしている。

お互いじっと見つめ合った。けれどもすぐに二人でぷいっと視線を逸らした。
(なにやってるんだろう)

こんな調子で、私はアクゼリュスに向かうんだろうか。
同じ年頃のティアという女の子とナタリアさんとの言い争いを聞きながら、真っ黒になった手のひらを拭って、ため息をついた。


真っ暗闇の工場の中は、油と埃が舞っている。前途は洋々     とはまったく言えないようなこの状況で、一人ぐっと眉を引き締めた。




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2012/11/29

アニスの一人称はあたしだけども、文章表記では私だったようなとうろ覚えうおお