さて、これは一体どういうことか。
(ややこしいことになった)

俺はポリポリと顎をかいて、一人妙に落ち込むルークを見下ろした。そのとなりにはちまちまと小さなチーグルが心配気に回っていて、まあしばらくそっとしておいてやるべきか、と腕を組みながら先ほどまでの出来事を思い出した。

     鮮血のアッシュ

六神将のうちの一人、赤髪のあの男の顔はひどくルークと似通っていた。
ルークとアッシュ、その二人の一致がただの偶然であるのかどうかは分からない。(それにしちゃ)ルークの落ち込みようは異様に見えた。(でも、あいつは何を知ってるわけじゃないんだろうな)

ルークは嘘をついてまで隠し事ができるほど、器用なやつではないことを俺は知っている。
あいつが知らないと言えば知らないし、わからないと言えばわからないのだろう。とにかく、導師イオンは彼らに連れ去られた。同じローレライ教団同士であるというのに暇なことだ。

マルクトとキムラスカ、和平の象徴である導師の存在は、俺たちにとっても重要だ。彼が命を落とすことで、今回の和平に影響をもたらす可能性がある     というのはジェイドの台詞だ。

とにかく俺たちは導師イオンを探しながら、アクゼリュスへ向かうことになった。自身とは別に出立したヴァン率いる先遣隊と距離を置くことは出来ない。(ヴァン)キムラスカは彼の疑惑を、ただの疑惑であったと判断した。だが自身はひとつ、彼の秘め事を既知している。
静かに降る雨の中で、眉をひそめた。(伝えるべきか)しかし。

     ガイさん?」

ふいに問いかけられた声に振り返った。こけて顔を泥と服だらけにしたがちらりとこちらを見上げている。「あの、六神将の方が、ルークさんに似ていたって……」 彼女はほんの少しだけ声を小さくさせた。遠目からであった彼女は、はっきりとその姿を視認することができなかったらしい。似ていたね、と俺が頷くと、彼女は不安げに眉をひそめた。「でもまあ、別に深い意味があるわけじゃないと思うよ」 ただの偶然だ、と相変わらず彼女を楽にするような台詞を吐く自分にため息をついた。

そうですよね、とはほんの少し頬を緩めて俺を見上げた。濡れた髪から、ぽつりとしずくが下がる。お互いじっと見つめ合っているうちに、そういえば俺たちは少々気まずい関係であったことを思い出した。すぐさま二人で目線を逸らし合って、ぽりぽりと頭をひっかく。

はゆっくりと俺を見上げた。きゅっと体の前で合わせた手のひらを小さくさせて、困ったみたいに視線を落とす。

     多分、俺は彼女と話をする必要がある。

なんとなく、そう思った。
二人で並んで、話をする必要がある。





野宿は慣れたものだ。小さなころはペールとふたりきりで旅を続けていたし、使用人となってからも幾度も外へ出る必要があった。思い上がりかもしれないが、その度にはさみしげな顔をして、ぱたぱたと俺の後ろを追った。行ってらっしゃい。そういう彼女に行ってきます、と声をかけることが好きだった。ただいまと言葉をかけることは、もっと好きだった。彼女は嬉しげに笑って、お互いほんの少しの距離をあけながら、怪我はありませんでしたかと問いかける。
それがいつもの当たり前であったはずなのに、今は二人並んで旅をしている。なんとも不思議な気持ちだ。


俺とは、遠くぱちぱちと火が弾ける音を聞きながら、木の幹を背中にしてちょこんと二人で座り合った。雨が止んだことはありがたい。との間に中途半端に空いた距離は、いつもの空間だ。
は頬の泥を落として、汚れた服を洗ったものだから、いつもよりも服を薄くさせてぶるりと震えた。

、焚き火に当たった方がいい」
「大丈夫です」
「寒いだろ」

ぷるぷる、とは首を振った。けれどもくしゅ、と子どもみたいなくしゃみをして慌てて口元を押さえる。「ほら」「でも」 くしゅ、とまた可愛らしい音が響いた。「?」 は八の字にした眉毛で俺を見上げて、「ガイさんと、お話がしたくて」 少しだけ瞬いた。

俺は軽く口元を撫でた。自身もそうだ、とはどこか言いづらかった。俺は彼女を残して立ち上がった。が困惑気にこっちを見ている。ごそごそと荷物の中身をあさって隣に戻り、ぽいとそれを放り投げた。彼女はぽすんと膝の上に俺の予備の上着を受け取る。「……あの?」「せめてそれを着てくれ」

寒いだろ? と首をかしげると、は困ったように俺の上着を抱きしめた。
「あの、でも」
「ないよりマシだ。ついでに今のきみの格好は目のやり場に困る」
「はあ……」

は曖昧に頷いて、ごそごそと俺の上着を羽織った。少々もったいないことをしたかな、と思ったものの、ずれた服の肩の位置とぶかついた袖を見ていると、なにやらどうでもいいような気になった。ぼんやり彼女を見つめていると、「ガイさん、ごめんなさい」「……ん?」 ぱち、と瞬いた。

「迷惑かけてばっかりで」 きゅっと自分の膝を抱きしめながら彼女は顔を落とした。「そう思うんだったら、きみには今すぐファブレ家に戻ってもらいたいもんなんだが」 正直、言葉がきつかったかもしれない。けれども優しい言葉をかけたところで仕方がない。彼女にはさっさと家に帰って、いつもどおり安全な日常を送ってほしい。正直ただひとつの本音がそれだった。は首を振った。その様子にため息をついた。

こんなことは初めて、どうすればいいのか分からない。とにかく彼女は自分の意見を主張することは得意ではなかったし、俺の言葉にはすぐにうんと頷くような不思議な癖があった。ときたま首を振ることもあったが、呼び捨ては嫌だとか、何かを手伝おうとすれば一人でできると突っぱねる程度だとか、そんなくらいだ。

ここまで彼女が頑固なことは初めてだったし、驚きもした。行ってらっしゃい。彼女はずっと俺に手のひらを振っていたのに。
ごめんなさい、と彼女はまた唇を震わせた。俺は慌てて顔を上げた。「違うんだ、怒っているわけじゃない。俺はきみが心配なんだ」 はこくりと頷いた。そうだ、お互いわかっている。

「きみは……どう考えたって、外に出て闘うことができる人間ではないし、言い方が悪いがお嬢様だ」

家にいて、本でも読んで、にこにこ笑っている。きっとそんな姿がよく似合う。そう言いたかったつもりなのだけれども、はこそりと俺を覗いて、「ナタリアさんなんて、お姫様ですよ?」「う、いや、それは」 今も焚き火の近くでルークにぴしぴしと指を向けて何かを指摘しているらしい彼女を横目で見つめた。「彼女は、規格外、というか」 くす、とが吹き出すように笑った。「わかってます、ナタリアさんは、私と違ってずっと訓練もされていたし、治癒術も扱えますから」

そういうことを言いたいのではなく、性格的な問題で、と言いたかったのだが、まあ間違ってはいない、と頷いた。「できることなら、俺は今すぐにきみに帰ってもらいたい。カイツールの港に行けば、おそらく誰かしらの護衛をつけることはできるだろう。そこからファブレ家に戻るでも、俺たちが帰ってくるのを待ってくれてもいい。俺はきみに旅を続けて欲しくはない」

本当のことを言えば、これはただの自身のわがままであることは認識している。
彼女が旅に同行するという旨をクリムゾンが許可を出したというのであれば、ただの使用人である俺が、その決定に口にすべきことではないし、したところで仕方がない。けれども言わずにはいられなかった。ひどくガキっぽい気持ちが心の中にあふれた。それから彼女は自身の仇の、その娘であることを思い出して参った。

冷たい言葉を出そう、そう思ったはずなのに、「足手まといなことは、わかってるんです」としょげる彼女を見て、「違う、そうじゃない」とまた勝手に口が動いた。
自身が考えていたよりも、ずっとは体が動いたし、器用に音素を扱った。けれども、「怪我をしたらどうするんだ」

うまく言葉にならない。
気持ちはただ単純なくせに、喉の奥で何かがひっかかって、そのままの言葉を表に出すことができない。はきょとりと俺を見上げた。そのあとに膝の上に手を置いて、「そしたら、自業自得だと思います」「だから、きみは何を言ってるんだ」
伝わらない。なんでこうも、簡単な言葉が伝わらないんだ。は慌てたように俺を見上げた。

「あの、もしかしてそうなったら、ガイさんの責任になってしまうんでしょうか。だったら私」
「だから違う。確かに、そうなるかもしれないが、そうじゃなくて」

単純に、俺が嫌なんだ。そう言葉を付け足すと、は困ったような顔をした。「できることなら、きみは俺が」 守ってやりたい。その言葉がうまく声に出せない。
きみを守りたい。
抱きしめたい。

そう勝手に声が出そうになって、俺は慌てて口元を押さえた。は頭を落とした。仲間たちの声が聞こえる。相変わらずルークが叫んで、ちゃかすようにジェイドがぱちぱちと手のひらを叩いていた。「きみは、優しいから」 ごまかすみたいな声だ。「アクゼリュスの民が、心配だということはわかるんだ」

だからこの旅についてきたんだろう。
ただなんとなく言葉を出した程度だというのに、は勢い良く顔を上げた。「違います!」 違うんです、と首を振る彼女がひどく不思議で、違うんです、と何度も泣き出しそうな声で否定する彼女を俺は眉をひそめて覗きこんだ。「違うって?」「私、そんな、いい子じゃ」

ガイさんは、私を買いかぶってるんです、とすりだすように声を出す彼女が分からない。
「買いかぶってるって」
優しくて、小さくて、可愛くて、行ってらっしゃいと手のひらを振ってくれる。はそんな女の子だ。はまた首を振った。「違うんです、わたし、違うんです」 は両手を顔で覆った。小さな体を、またひどく小さくさせて、声を震わせた。「私、ガイさんに言えないことがあるんです」 絶対に言えないんです。そう言葉を繰り返す彼女を見て、俺はおべっかをみたいに笑った。「そりゃ、そうだろう」

俺にだって、きみに言っていないことも、秘密もたくさんあるよ、と明るく声を付け足したつもりなのに、自身のそれはひどく硬い声だった。
そうだ、そのとおりだ。俺は彼女に秘密ばかりを繰り返している。はまた首を振った。真っ赤に染まった耳は、ひどく寒気で、手のひらを伸ばしてやりかたった。でもできなかった。

(そういえば)
屋敷の外で、人目も気にせずこうして彼女と会話をすることは、初めてかもしれない。
彼女の部屋にひょいと入り込んで、勝手にさらっていくことは何度もあった。けれどもそれも結局短い時間で、目立つ赤毛を彼女はフードの中に押し込んで町中を歩いた。

ほんの少しだけ、嬉しいと感じた。
さっさと元の生活に戻って欲しい。そう言った口で、今彼女が隣にいることを俺は喜んでいる。(すくわれないな)何度も思ったことだ。

馬鹿みたいなこの恋は、一体いつまで続くんだろう。
さっさと終わって、どこぞに消えてくれたらいい。それだけを願って、けれどもそうであってほしくないとため息をつきながら、俺は木の幹にもたれかかった。



   ***



私って、嘘ばかりをついている。
いや、嘘はついていないかもしれない。でも本当のことを言っていないのは事実だ。例えば本当はじゃなくて、で、元は地球に住んでいてガルディオス家のメイドで、一度死んだことがある。

ガイさんがファブレ家の使用人としてやってきた理由を知っているし、彼が私達を憎く思いっていると理解もしている。その上こうして彼らの旅にくっついている理由はアクゼリュスのためでもなんでもなく、ただ自身の不安をそぎ落としたい、本当にそれだけのひどく自分勝手な理由だった。

考えれば考えるほど、どんどん罪悪感に埋もれた。(いい子なんかじゃ全然ない)ガイさんは、ときどき私のことを勘違いしていると思う。私だって嫌なことを考えるし、怒るし、時間だけは彼よりも長く生きているはずなのに、自分が大人だなんて胸を張っていうことができない。
(ガイさんの中で、私はまだ小さな子どもなんだろうな)

子ども扱いばかりで、心配ばかりをかけさせる。しっかりしないと、と思うのに、どうにもうまくできなくて、空回りが虚しかった。不安になると口ばかりが回るようになる。ざくざくと熱い砂漠の中を歩きながら、私はぽたりと汗をこぼして彼女達と会話をした。「ティアさんはローレライ教団の方で、アニスさんは導師イオンの導師守護役なんですよね?」

だからこそ、彼らはこの旅に同行している。
アニスさんは導師イオンの捜索のため、ティアさんはなぜだろう。彼女の兄であるヴァン師匠が、同じくこの和平のために協力しているからだろうか。そもそも、よくよく考えればもとは彼女はヴァン師匠の命を狙うためにファブレの屋敷を襲撃した。そのあたりの理由も私はよく理解ができていないのだけれども、今こうしてルークさんと彼女が旅をしている、ということは何かの勘違いだったのだろうか。
(……でも、普通はお兄さんを殺そうだなんて思わないよなあ)

兄妹にも色々と事情があるのだ、と言われればそうなのかもしれないけれども、私はこのところひどくあのヒゲの男性を疑っているふしがある。昔からの知人だというのに、なんとも勝手なことだと申し訳なくなるのだけれども、日に日に疑いの気持ちは深くなるばかりだった。


ティアさんは「ええそうよ」と頷いた。「でも私、あなたにそんなこと話したかしら?」「あ、いえ、ガイさんにきいて」 目の前をざくざくと歩くガイさんとジェイドさんの背中を見つめた。そのとなりではルークさんとナタリアさんが喧々と言い争いをしている。

「あ、いえ、その変なことはきいていないです、その、旅の様子のお話をいくらか聞いただけで」

二人でベッドに並んで私の部屋でお話を聞いた。ガイさんは少しだけ嬉しそうに、ルークさんのことを話した。ティアさんはまた首を傾げた。(あっ)他人から話をきいた、と言われて少し不愉快に思ってしまったのかもしれない。人様の個人情報を聞いたのだと、まるでガイさんの悪口になってしまっていたらどうしよう、と私は慌てた。本当に自分はから回ってばかりで、いらないことばかりを口にする。

ごめんなさい、と頭を下げようとしたとき、ティアさんはぱくりと口を開いた。「あなたたちって一体なんなの?」「え?」 心底不思議だという顔をする彼女を見て、私たちはお互いきょときょとと首を傾げあった。「あの、え?」 なんなの、と言われても。

「ガイさんは、ファブレ家の使用人で……」
「でもルークの付き人なんでしょう?」

あなたではないわよね、ときょとりと瞳を瞬かせる彼女に、こくんと頷く。「その割には気心が知れているようだし、ガイは妙にあなたのことを気にしているみたいだから」
私はああ、と頷いた。「ガイさんは誰にでも優しいですから」「ああ」 確かにそういう面はあるかもしれないわね、とぺたりと頬に手のひらを当てる彼女を見てくすりと笑った。出会って間もない女性にもうなずかれてしまうだなんて、なんだかちょっとガイさんらしい。

「ティアー、ちがうわよう、わかってないなあ」

ぬっと大きな影と一緒にやってきたのはアニスさんだ。トクナガという名前の背中のぬいぐるみを巨大化させて、彼女はその影にすっぽりと入り込んでいる。便利だ。「これにきまってるっしょ? これ」 ちょいちょい、とアニスさんは右手と左手の片方ずつで親指と小指を出した。意外と親父臭いジェスチャーだ。「これ?」 ティアさんがアニスさんの手のひらを見て眉をひねる。

「あの、アニスさん」
「だからー、コイビト、恋人同士! 見てればわかるじゃん、仲いいし、昨日だって二人でこそこそ話してたし、ガイももお互いばーっかり見てるんだもん」
「だ、だからアニスさん!」

違います、とぶんぶん首を振ると、「あ、ごめんなさい様だった」 間違えて呼び捨てごめんなさーい、とこつんと頭に拳を当てる。いやそうではなく。「ティアさんも、違いますから!」 とにかくそんなことを勘違いされてはガイさんに申し訳がない。

そうなの? と問いかけるティアさんに、私は何度もコクコク頷いた。「よくよく考えたらガイは女性恐怖症だったわね」 確かにそれはありえないかもしれないわ、と納得してくれたらしい彼女にホッとした。問題はそこではないのだけれども、まさかこんなところでつるりと口を滑らせるわけにはいかない。「えー。ティアったら案外わかってないなあ。そんなこと愛の前には関係ないんだって!」 ふふん、と小さな胸をそらせる彼女の言葉は説得力があるのかないのかよくわからない。

「少なくとも、ガイは様のことが好きだと思うな〜」
「ありえません」

それだけは絶対に違います。ときっぱりと出た言葉は、ひどく静かな声だった。彼は私のことを恨んでいる。いや、ルークさんと同じ、ある程度の好感を持ってくれているということも知っている。でもやっぱり、根本は違う。彼にとって、私はそういう対象にはならない。そもそも彼は、誰にでも、特に女性に優しい。そんな勘違いは、ちょっと色々と困ってしまう。

アニスさんは、少しだけ意外気に私を見上げた。「ふーん、なーんだ。つまんなーい」「つ、つまらないって」「使用人とお嬢様のラブロマンス、結構期待してたんだけどなあ」 ごめんなさい、と私は苦笑して頭を垂らした。そういえば彼女は廃工場の中でも、こちらを窺うような台詞を言っていた。

口元にバッテンを何個もつけた、見ようによってはちょっとだけ怖いような、ボタンの瞳に愛嬌があるようなぬいぐるみのトクナガをのしのしと歩かせて、「んー」とアニスさんは口元に人差し指を置いた。よくよく見ればぺったりと暑さでとろけたミュウがトクナガの頭の上に乗っかっている。

「じゃ、様がガイのことを好きなの?」
「へ?」

アニスさんの言葉に、思わず変な声が出てしまった。それからもう一度彼女の言葉を咀嚼して、「え、え、え???」「うっわ。予想外の反応」
ち、ちがいます、ちがいます、と何度も首を振った。ぼんやりとこちらを見ているだけなティアさんにまで必死に首を振ると、「そこまで否定するとちょっとあやしーい」なんてアニスさんはニシニシと笑っている。げほん、と私は一つ咳をついた。そもそもなんでこんなにビックリしてしまったんだろう。ビックリした。

そんなこと、考えたこともなかった。確かにガイさんはかっこいいと思う。昔は小さかったのに、かっこよくなったなあ、と近所のおばあちゃんみたいな感じでニコニコしたことがあるし、かわいいよ、だなんて真顔で言われたら少しだけ照れてしまうときがある。(ほんとに考えたことがなかったなあ) 私がガイさんを好き、好きになる、とううん、と少し思考を深めようとして、すぐさまそれは失礼なことだと首を振った。もとはメイドで、彼に仕えていたのに、そんなことを考えるだなんて失礼にもほどがある。

「あ」
そもそも、私は好きな人ができたら困ってしまうはずなのだ。今はまだはっきりと決まった訳ではないが、近い将来、誰か知らない人間のもとに、私は籍を入れることになる。そのとき好きな人がいたら、きっと寂しくなってしまうだけだ。はー、と息を吐き出した。うっかり色んなことが思考から飛んでしまっていた。

そんなふうに一人百面相を続けていたからか、アニスさんは相変わらず面白げにこっちをつつくし、我関せずという顔つきでティアさんはさくさくと砂漠の中を進んでいく。だから違いますから、と私は必死に否定した。彼女にそれをどうすれば理解してもらえるか。それが一番の問題だ。








(…………聞こえてるんだがな……)

、ガイのことが好きなんでしょう、と嬉しげに問いかけ続けるアニスの言葉に、が必死に否定する。もルークと同じく、あまり外の人間と会話をする機会には恵まれてはいないものだから、色々と心配であったのだが、案外うまくやっていけているらしい。「ガイ、もてもてですね」「いやだから、違うって」 彼女もそう言っているだろう、といじわる気な声を出すメガネの男に溜息をつく。

違うも何も、からはともかく、その反対はまさかのその通りなのであるが、正直この相手に肯定をしたくはない。(別に、が俺のことをなんとも思っていないことは、はじめから知ってるしな) とりあえず彼女が動揺の言葉を返しているという事実に喜べばいいのか、そうではないのかよくわからない。

「ま、そういうことにしておきましょう。年をとると、若者のそういう話題は少々億劫になりますしね」
「はいはい」

そういうことにしておいてくれ。とまた溜息をついた。オアシスまではまだ遠い。会話をきく限り、まだ体力的な問題はないだろうが、道のりは長い。「ジェイド、悪いんだが、もし途中動けなくなればおぶってやってくれないか」 大丈夫だとは思うが、自身の体力を基準に当てはめるわけにはいかない。「そりゃまた面倒ですね」とぽろりとこぼす本音に苦笑した。「あなたがすればいいのでは?」「あのなあ」

できることならそうしてやりたいが、と言おうとした言葉を飲み込むと、ジェイドはわざとらしく「おっと、忘れていました。あなたは女性に近づくことができないんでしたね?」「そうだよ」 まったく憎らしいことに。「せっかくですから、私ではなくご兄弟の責任者の方に頼まれてはどうでしょう?」「まあ、本当ならそっちの方がいいんだろうが」

ルークとの不仲を、彼は知らない。
不仲というか、一方的にルークがに対して拗ねているだけなのだが。(まあそれも、あいつが外に出ることができる今となっては柔らかくなったかもしれないがな)ルークと会話をして、嬉しげに笑うの顔を思い出して、少しだけ頬が緩んだ。

「……まあ、色々とあるようですね。いいでしょう。さすがに砂漠の中にファブレのお嬢様をほっぽって行くわけには行きませんから。たとえどれほど面倒であったとしてもね」
「はは」

苦笑の台詞しか出ない。「しかしガイ、これはあなたにとってもチャンスなのでは?」「……ん?」 何がだろう、と瞬くとジェイドはかちゃりとメガネを中指で持ち上げる。「女性恐怖症の克服のためとでもなんでも言って、おぶってやれば?」

ついでに色々と触ってもらえばいいんじゃないですかねえ、と笑う男に向かって俺は「何言ってんだよ」と思わず素っ頓狂な声を出した。「だから、そもそも触れないんだって」 そんなことをしたらすぐさま彼女を砂漠の中に落っことしてしまう。(いやでも)訓練か。と頷いた。それは考えたことがなかった。
にそう言えば、彼女は協力して……)くれるだろうか、と考えてみた。おそらくしてくれるはずだ。ちょっとくらいどこを触っても許してくれそうな、そんな気までしてきた。自分からは無理でも、あちらから触ってくれれば我慢くらいできるかもしれない。

問題はその瞬間、どこまで楽しむ余裕があるかということだ……と黙々と考え込んでいると、ジェイドがひどく面白げにこちらを見下ろしていたことに気づいた。からかわれたのだ。
げほん、とわざとらしい咳を一つつく。

「……そんなこと、考える訳がないだろうが」
「顔は正直ですねえ」

からかいすぎたことは認めましょう、と静かにメガネをなおしながら、そっと視線を逸らす彼を見て、そこまでひどいか、とぺたぺたと自身の頬に手のひらを当てる。緩んでいる。「まあ、冗談はさておき、おそらくあなたの心配は杞憂だと思いますよ。中々うまく音素を使っている」

ちらりと背後を振り向き、ジェイドは頷く。
「風の音素と水の音素を二つ同時に自身の周りに展開させているようですね。おそらく彼女の周りの気温は通常レベルとまではいかないものの、ほんの少し蒸し暑い程度なのだと思いますよ」
「へえ……」

がナタリアと譜術の練習をしていたことは知っているが、そんな特技があるとは知らなかった。「俺は譜術に関してはそう詳しくはないんだが、それは誰にでもできる、ということではない……んだよな?」

FOF、フィールド・オブ・フォニムスという技がある。一つの技の属性を使用し、周囲に音素を蓄積する。その音素を利用し、また別の技を使用するという術技だ。複数の音素を使用するとなれば一般的な手法であるが、どうにものそれとは異なる。「ええ、稀有なことではあります」

稀有ねえ、と顎をかく。「ルーク、きいていますの? あなたはとにかくファブレの嫡男であるという認識を     」「アーッ! いちいちうるせー!」 響くナタリアとルークの声に、ジェイドはにまりと口元を笑わせた。

「ほーらガイ、出番ですよ?」
「……はいはい」

わかってますよ、と使用人の義務を思い出して、ひらひらと片手を振った。
おふたりさーん、体力は温存をしないとだなあ、と割って入れば、「ガイは黙ってろ!」「ガイはお黙りなさい!」「……お前ら、そういうところは息がピッタリだよな」 別にいつものことだから、構いはしないがな、とはははと虚しい笑い声が、かんかんと照る日差しの中で響いていた。





    ***



馬鹿馬鹿しい、とカツカツとブーツの底で、足音を響かせる。
(あんな馬鹿が俺の代わりか……)
情けない話だ、と長い赤髪をかきあげ、言葉を吐き捨てた。ルーク、とあの男は呼ばれていた。金の髪の使用人がこちらに駆けつけ、その後ろでは弓矢をつがえた少女がいた。降りしきる雨の中、ぽつりと遠く、もう一人の赤髪がこちらを見ていた。(女ばかりをひきつれて、ちゃらちゃらしやがって)

自身の足音ばかりがひどく響く。
(あの屑が。どこにいやがる)

不愉快ばかりが胸の中を駆け巡る。何をしてもそうだ。がらがらと何かが叫んでいる。ヴァンの、あの男一人の好きにさせてなるものか。
リンクはつながっている。あの出来損ないとの間に、僅かなラインが存在することを認識する。自身がそうさせたとは言え、吐き気ばかりがこみ上げる。

(適当にからかってやるか)
ついでにあの馬鹿のために、情報の一つでもくれてやろう。

目を閉じた。そうして静かに息を吐き出す。


     つながった





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ガイの長袖上着(?)がよくよく考えたらロマンチェイサーしかなかったことに動揺したのだけれどもガイだってきっと予備の長袖くらい持ってるよ……持ってるよ……

2012/12/07