私は、私が知るすべてをピオニー陛下に語った。



おそらく、主観を多く交えた、ところどころ抜け落ちたような私の言葉を、足を組み、頬に手のひらを当てながら彼は一つ一つ、飲み込んでは頷いた。「ローレライ教団の、ヴァン・グランツか……。まあ、本名はヴァンデスデルカ、だったか」 つまりそいつは預言というシステム自体を破壊しようとしている、ということだな、と彼が呟いたとき、目を見開いた。

アッシュさんから、ヴァンの目的は把握していた。けれどもまだピオニー陛下にはまだ伝えていない。「なんだ、間違ってるってのか?」「い、いえ、その通りだと聞いていますけれども」 多くを説明していないのに、彼の中ではすでに物語が組み立てられている。

「俺が気になったのは、ファブレ嬢の兄のレプリカを作ったってところだ。ルークの超振動の予備を求めて、というところもあるだろうが、毎年、誕生日にはその年の預言を詠むだろう? 特に貴族は預言を重視するからな。貴殿の兄は、“ルーク・フォン・ファブレ”として預言を詠まれている。違うか?」

間違いはない。ローレライ教団から毎年、預言師が派遣され、私もルークさんも預言を聞かされていた。とは言っても、ルークさんの誘拐すらも読み取れていなかった、もしくは教えてもくれなかったものだし、それ以降は特に平坦な毎日だから、特に気にすることなく、現在までとして生きてきた。

預言を強く意識したのは、皮肉なことにもルークさんがアクゼリュスに行く理由が、預言に書かれているから。ただそれだけだったと知ったときだ。

「つまり、レプリカにも、預言を詠むことができるということだ。ルークは文字通り、ルーク・フォン・ファブレとして。なら、元はルークであったアッシュはどうなる。すでにルークとして詠まれることはないはずだ。その時点で預言は破綻している」

フォミクリー技術が開発されてから、年月は経過しているが、人のレプリカを作ることを、現在は禁止されている。そして、そのレプリカの預言を詠もうと考えたものもいなかったから、誰も気づくことはなかったがな、とピオニー陛下は続けた。

彼の言葉に、はっとした。
ヴァンの目的が僅かにだが、明確に、浮かび上がってきたような、そんな気がした。彼はおそらく狂っているが、預言を破壊するためと闇雲に大地を崩壊させ、死者を増やすことを目的としているわけではない。
本当に、私は何もわかっていない。

「しかし、もとは、ホドの生まれか……」

ふと漏らした彼の言葉に、何かと訪ねても、彼は首を振るばかりだった。ホド、という言葉をきいて、何か因縁めいたものを感じた。




ピオニー陛下が、どこまで私の言葉を是として捉えてくださったのかはわからない。けれども彼は私を一時の賓客として扱う旨を伝え、一室を用意した。そうして、彼らがここ、グランコクマにたどり着いた際には必ず伝えてくれるとも、約束してくれた。

敵国であると聞き伝わってきた皇帝からの言葉であると思うと、正直なんだか複雑な気分だけれど、信用のおけるような人のような気がした。








そして、あの揺れ続けた船の中から数日、私はブウサギに囲まれていた。



ぶう、ぶう、ぶううう。
楽しげにぶひぶひお鼻を鳴らす彼やら彼女たちに紐をつけて、庭園の中をぐるぐると回っている。「ま、まって、まって、ほんとに待って!?」 と悲鳴をあげてもききいれられることはなく、みなさんは、るんたるんたと楽しげなお散歩に四本脚をスキップさせていらっしゃる。さすがは豚さん、イノシシの原型が残っていると思えばいいのか、うさぎの軽やかさがそこはかとなく浮き出ていると考えればいいのか。

様、いや、さん、紐は私が持ちますから!」
「い、いえフリングスさん。これは私がピオニー陛下に、たたたた、頼まれたこここ、ことですのでー!?」
さーーーーん!!!」

真面目にお仕事をしていらっしゃる軍人さんのお手を煩わせ、大変そして多大に申し訳ない。



ピオニー陛下は、私を賓客として扱う、と告げはしたものの、あくまでもそれは彼らの心情の中であり、まさかキムラスカの人間である私を、堂々と城に置くわけにはいかなかった。ましてや正式には私はアクゼリュスで死亡している。そんな人間を城にとどめているとバレたときには、下手をすると監禁していると捉えられかねない。
     なので私はブウサギのお散歩役として、新しく雇われた使用人ということになっている。フリングスさんはそのお世話人という役どころだ。まあ簡単にいうと、私の監視役だ。


キムラスカ人である私を堂々と歩かせるわけにもいかないのはもちろん理解しているし、何もせずにガイさんを待っているだけというのも、ただ時計の針を見つめているだけでひどく苦しい。たまたま元に務めている人がいなくなったばかりの、この“ブウサギとのお散歩任務”は私からするとありがたい提案だったのだけれど、逆にフリングスさんに迷惑をかけてしまっている現状には頭を下げ続けても足りない気持ちだ。

というか、ただのお散歩役に、少佐である彼に面倒を見てもらっているというのは、逆に目立つしおかしいのでは? と思うのだけれど、時折すれ違うメイドさん方々には微笑ましく、小さなエールをいただくので、もしかするとこれはよくあることなんだろうか。ちなみにこのブウサギさんたちはピオニー陛下のご親友の方々とのことだ。どういうことかよくわからない。そしてこのご親友の方々の中にジェイドと名のつくオスブウサギさんがいらっしゃることもとてもよくわからない。


様、いえ、さん、本当に大丈夫なんでしょうか。今日の彼らは特に興奮している様子なのですが」
「そうですね、確かに昨日よりも強く感じます。でも大丈夫です……! とは言っても、これ以上となると、もしかするとお手伝いをお願いするかもしれません。そのときは、よろしくお願いします」


わかりました、と微笑むアスランさんは、私を他国の貴賓ということで、何度も敬称を呼び間違える。そのたびに、ただの散歩役に様付けはおかしいだろう、とピオニー陛下に指摘されたことを思い出して、慌てて言い直す。きっと真面目な人なんだろう。私の言葉に、彼はホッとしたように胸をなでおろした。なんだかガイさんを思い出してしまった。



私の髪は、この数日をかけて、少しずつ元の色に戻ってきた。この赤髪の碧眼を隠すために、重ためのフードをかぶって誤魔化している。相変わらず、切った髪の毛は軽かった。
ときおり、ブウサギたちの様子を見に来たと執務室から抜け出してくるピオニー陛下は、私の容貌を見て、『つまりファブレ嬢は、やはり貴殿の言う預言を見ると、色素が変化するわけか』と納得された。

そして、『俺にはよくわからんが、外見すら変化する術だ。そうほいほいと使うものではないように思うがな。現に、今は何も見ることができないんだろう。自身の体がブレーキをかけているようなもんじゃないのか』とも。


その言葉をきいて、どこか納得のする気持ちになった。

あれから何度も、いつガイさんがここに来るのか。誰も怪我はないのか。ルークさんはどうなったのか。たくさんの知りたいことを祈って目を瞑るたびに、相変わらず何かに阻害されているようで、もどかしい思いを繰り返していた。そして、変化することに恐ろしく感じていた自身の気持ちにも気づいていた。だから、無意識に行うことがないようにと、私自身が心の底で考えているのかもしれないと言われれば、そうなのかもしれない。でもやっぱり違うような気もする。



ぶうぶう、と足元ではブウサギたちが鼻先でこちらのスカートをいじっている。あわわ、と慌てて逃げるとくっついてきた。ぶうぶう。「さ……ん。大丈夫ですか?」 相変わらずのフリングスさんに、もう呼び捨てでもいいんですよ、と伝えたいけれども、さすがに私の立場上、それを口にすることはできないから苦笑した。


ここ数日、私と一番関わっているのは彼だ。
アスラン・フリングスという名であるこの銀髪の青年は、マルクト軍の少将であり、将来を期待されている。年はやっぱり、ガイさんよりも少し上らしい。(……ガイさんに会いたい……)

気づけばそんなことばかり考えていた。まったく知らない人に重ね合わせるだなんて、フリングスさんには失礼な話だ、と首を振るのに、それでもふとしたときに考えてしまう。

一体どうしてだろう、自問自答を繰り返した。オラクル兵から一人逃げたとき、不安で不安で仕方なかった。けれどもガイさんがくれたナイフを抱きしめていたから、震える足を叩いて進ませることができたのだ。


「……どうか、なさいましたか?」

フリングスさんの気遣わしげな声に、パチリ、と幾度か瞬いた。「へ……あ、うひゃあ! スカートが!」 ブウサギたちが美味しそうに食べている。やめてやめて、と引っ張ってやっとこさ逃げることができたとき、フリングスさんはこちらから顔をそむけていて、耳元が少し赤かった。そうして持ち上げたスカートをそのままにしていることに気づいて、「すみません!」と慌てて衣服を正した。申し訳ない。

いえ、いえ、と苦笑しながらフリングスさんは、庭園の草を踏みしめながらこちらを振り向く。「……何か、考え事でも?」 ぼうっとしていたのだから、そう見られるのは当たり前かもしれない。ブウサギたちは、今度は噴水の中に入って、ぴちゃぴちゃ楽しそうに遊んでいる。

「そう、ですね。会いたい人がいまして」
「……お兄様ですか?」
「はい。それも、あるんですけど……」

ルークさんも、もちろん心配だ。私の彼の記憶はユリアシティで止まっている。きっともうとっくに目が覚めているに違いない。でもガイさんのことも含めて言葉を濁らせると、フリングスさんは少しばかり考えたあとに、「恋人の方ですか?」 ぐっふ、と変な声が出そうになった。

いえ違います、うちの使用人です     なんて伝えてもややこしくなるだけで、そもそもルークさんだと素直に肯定してしまえばよかったのに、言葉に含みをもたせてしまった私が悪い、と少しだけ頬を熱くしながら、ゆっくりと頷いた。いや、違うんですけど、違うますよ、フリングスさん、と必死で心の中で呟く。

するとフリングスさんは、「やはりそうですか。婚約者の方がいらっしゃるのですね」と、嬉しげに笑った。いません。

「私にはまだ、そういった関係の方はいないのですが……いつかそういった出会いがあれば、とも思います」

そう誠実に笑う彼を見て、「フリングスさんなら、すぐですよ。すぐにできます」 これは本音だ。そうですかね、と照れたように頬をかく青年に、やっぱりガイさんを重ねた。でもきっとこう思うのは私だけで、本当は全然似ていないんだろう。




ガイさんに会いたかった。それだけを考えていた。
それから、ピオニー陛下から伝言をもらったのはすぐのことだ。私は靴を投げ飛ばしそうになるくらいに慌ててお城の廊下を駆け抜けた。すっかりかぶりなれたフードをかぶることも忘れて、陛下の執務室のドアをノックした。陛下の返事と同時に、力いっぱいドアを開けて飛び込む。

「……?」
「ガイさん!」

瞳から、雫がこぼれてしまうかと思った。
ただ本当に、彼に、ガイさんに、私は会いたかったのだ。





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2019-12-03