私達は、ただ、勝手に……死んだだけなのに……


俺の過去を聞いて、確かに、はそう呟いた。
大粒の涙をこぼして彼女は息が途切れるほどに、ただ泣いていた。誰もが困惑する中、ジェイドだけが眉をひそめて彼女を見下ろしていたが、正直、何が彼女をそうさせるのか、俺にはわからなかった。

一体、何があったのか。

彼女に言葉を尽くして聞いても、はただ首を振った。ごめんなさい、と謝り続けていた唇も気づけば動くこともなく、どこかに表情をこぼしてしまったかのようだ。大丈夫です、すみませんでした、なんでもありません     それだけを繰り返して、彼女は頭を下げた。


それから、は何も言わない。


何かを恐れているような、いや、懺悔のような。捉えかねた彼女の表情と声に、何をどうすることもできず、ルークはに気がかりな顔を作りながらもヘンケンたちが待つシェリダンへと向かった。アッシュの指示のもと、漆黒の翼の活躍により彼らは無事逃亡することができたらしい。

イエモンたちが普段使用している集会所には、けんけんと騒ぎ合う老人たちの声が聞こえる。『い組』と『め組』の対決だ。普段であったのなら、腕を組みながらも溢れる好奇心を抑えることができるに耳を傾けていたのだろうけれど、今は少しむずかしい。呆れるルークたちの後ろで、相変わらずは暗い顔のまま、ただじっと足元を見つめていた。



「……あら? あんた……髪の色がなんだかおかしくなっちまってるけど……、だったね? なんだい。そりゃ私の作業着じゃないか。気に入っちまったのかい?」


すでに瞳は元の色に戻りつつあるが、黒髪と、緑の瞳をパチリと瞬かせた。僅かに変わった表情に安堵したものの、すぐさま元に顔に戻ってしまう。「タマラ、さん……。はい、すみません、お借りしただけなのに、ずっと、そのままで」 すみませんでした、とまるで何かに怒られて、小さくなっているような。そんな彼女を見下ろして、タマラは、「ふうん?」と丸メガネに指をかけた。「ま、別に構いはしないよ。でもそうだね、それは私も気に入ってるんだ。またあとで返してちょうだいよ」 はい、と聞こえた声は小さい。


彼女に、何があったのか。
思い当たることも、心当たりもないままに、俺たちは進んでいった。い組とめ組は、せっかくの機会であると5人揃って禁書に記載された振動数の測定器を完成させ、さらにはその次に使用するはずの地核の振動を打ち消すための装置の作成に現在は取り掛かっている。


タタル渓谷では、見渡す限りの花の蕾がまるで音を奏でるように風に揺れ、しなっていた。敵であるリグレットがこぼした言葉だ。どこまで正しいものかどうか不明であったが、この白い花弁のセレニアの花はセフィロトに反応して群生する。ここにセフィロトがある可能性は高い。

緑の、暗い瞳のまま、ただは足だけを進めた。(俺の記憶に、ショックを受けた、のか……?) 可能性としてはあり得る。そのときの俺の心情を想像して、辛く感じて、涙がこぼれ落ちたのかもしれない。ただそれでは、彼女が呟いた言葉と、謝罪の意味がわからない。


に、伝えるべきではなかったのだろうか、と僅かに後悔する気持ちはあった。でも、彼女にきいてほしくもあった。自身の原点である過去を彼女に知って欲しかった。ただそれは、俺個人のただの我情だ。


できれば、彼女には笑って欲しい。手のひらを叩くような、心からの笑みでも、困ったような苦笑でも、なんでもいい。魂が抜け落ちてしまったような、彼女の白い肌を見ていることが辛かった。


(俺は、何もすることが……できないのか?)


幼い頃から彼女を見続けていた。のことなら、なんでも知っている。そう思っていたのは、ただの俺の思い込みだったことは、ルグニカ平野で知った。長く彼女の傍らにいたはずの俺よりも、グランコクマで少しばかりあっただけの、あのアスランという将軍の方が、よっぽどの事情を把握していたじゃないか。
(俺は、のことを、もっと知らなきゃいけない)

何故そんなにも、苦しげな顔をしているのか。俺は、きみと共にいることはできないのか。それとも。



「ああああ〜〜〜〜!!! あれは〜〜〜!!!?」

アニスだった。ぴょこんと跳ねながら、何度も指をさして、あれ! あそこ! あっち!! と一点を見つめている。ルークの道具袋に入っていたらしいミュウが驚いて顔を出して、「どっちですの!? そっちですの!?」とぶんぶん顔を振っている。どうやら寝惚けているようだ。

「あれは!! 幻の『青色ゴルホンド揚羽』! 捕まえたら一匹あたり400万ガルド!!!」

確かに彼女が言う通りに、まるでドレスを纏ったような羽を持つ蝶が、ひらひらと踊るように辺りを漂っている。博識だな、と逆に感心してしまった。アニスは目の色を変えて、自分の腰よりも高い草木を分け入りながら、「400万ガルド! 400万ガルド! 400万ガルド〜〜!!!」 もう彼女の目には、ガルドが楽しげに泳いでいるように見えるんだろう。

まあいいけどな、とため息をつきながら、念の為彼女の後ろを追っていく。「おーい、アニス、転ぶぞ?」「私のこと子供扱いするのはやめてくれないかなぁ!?」 ぷんすこしつつも、両手の動きは止まらない。いやあ、子供だろ、と自分よりもずっと小さな少女にため息をついたとき、大地が揺れた。外殻大地が不安定である今、頻繁に地震が起こり続けている。ただタイミングが悪かった。崖に沿うように歩いていたアニスは、足を滑らせ、落下した。

とっさに、彼女は崖のふちにしがみついた。ただそれも一瞬で、すぐさま滑り落ちた。その手を掴んだのはティアだ。駆けた。手を伸ばせば、彼女たちに一番近い距離に俺はいた。


     ごめんなさい……


は、泣いてばかりだ。アルビオールで、初めて彼女の肩を掴んだとき、細くて、壊れてしまいそうで、それでも一瞬でも彼女を触ることができて嬉しかった。でもそのあとに来たのは恐怖だ。恐ろしくもあった。まるで、俺が彼女を殺してしまうんじゃないかと、今考えれば、そう感じていたのだろう。けれども震えていた記憶の向こうにいた彼女は、姉上で、折り重なるように俺を隠してくれたのは、仲のいいメイドたちだ。

「くっそぉ……!!」

だから、怖くだなんて、あるはずがない。


ティアの腕ごと無理やりアニスをひっぱりあげたものだから、「ぎゃあ!」と彼女は悲鳴をあげた。どすりと草の上に落として、それ以上、彼女たちを気にかける余裕がなかった。両手は未だに震えている。足腰に力も入らない。けれども、けれども、「さわれた……」 そうだ。勢い余ってではない。初めて、自身の意思で女性に触れることができた。


頭上では、ひらひらと揚羽が飛んで消えていく。「すげえじゃんか、ガイ!」 ルークが、まるで自身のことのように嬉しげな声を出した。「ガイさん! がんばったですの!」 彼にくっつくように、ミュウも小さな手のひらを叩いて喜んでいる。口々に声をかけられて、やっとこさ実感が湧いてきた。息を吐き出して、両手をもう一度見つめて、それからを見ようとして     「いい加減にしなさい」


彼女の眼前には、男が一人立っていた。
ジェイドが小さな彼女を見下ろして、鋭い瞳で、冷え切った声を落とす。
は、ただゆっくりと瞬いた。でも、どこも、誰も見ていないような、そんな瞳だった。





***





「いい加減にしなさい」


いつの間にか、ジェイドさんが目の前にいる。彼らの話はきいていた。耳に入っていた。でもそれは頭の中を通り過ぎて、わけもわからず、の記憶や、の記憶が入り混じった。「聞いているのですか、・フォン・ファブレ」 名を呼ばれた。そうすることで、やっとこさ私はであることを思いだしてゆるゆると顔を上げた。「まったく、腑抜けた顔をしていますねぇ」 失笑のような声をきいたとき、頬を叩かれた。

乾いた音が響いた。ひりひりと痛む頬に手のひらをあてて、驚いて、そのまま力が抜けてしまった。草木の上に座り込むと、ただでさえ、私よりも背の高いジェイドさんが、ずっと背が高く見える。「……おい! なにやってんだジェイド」 ガイさんと、ルークさんが叫ぶ声がきこえた。それから、女性の悲鳴も聞こえる。「婦女子に手を上げるなど、何を考えているのですか!?」 ナタリアさんの声だ。


「私は冷静ですよ。それよりも、何も考えていないのは彼女の方だ」

ガイも、だまりなさい、とジェイドさんは片手で制した。それでもガイさんは歩を進めた。「……いくらなんでも、言い方とやり方ってもんがあるだろう。、こっちに来い」 ジェイドさんを押しのけて出された指先は震えていた。そうだ、さっき、ガイさんは初めて、女の人に触れることができた。それでも、彼の指先は恐怖を隠しきれていなくて、また涙がこぼれた。

ガイさんが息を飲む音と、ジェイドさんのため息が聞こえる。「見ていればわかるでしょう。彼女は、自身で思考を放棄している。そんな人間を連れ歩くほど、私達には余裕がない」

ジェイドさんの声に、心の底で頷いた。

そうだ。
もう、何もしたくなかった。何も、考えたくもなかった。思い出したくも、先に進みたくも、ない。ただ、停滞していたい。ここに座り込んで、涙を流していたい。瞳の端から溢れる涙の感覚でさえも、うずくまって、声を上げて泣くことすらも厭わしかった。ひどく、苦しい。

ジェイドさんは、わざとらしく大きな息を吐き出した。


、あなたはもう離脱しなさい。あなたが無理についてくる理由などどこにもない。現在は情勢が不安定です。マルクトやキムラスカに向かうことは難しいかもしれませんが、ローレライ教団のトリトハイム詠師に口添えをしましょう。彼なら教団の中でも中立派だ。あなたを悪いようにはしないでしょう」


そうこちらに告げるジェイドさんのそれは、ジェイドさんの優しさなんだろう。

「あなたは、もう、何もしなくて結構です」


     それも、いいかもしれない。


戦争の集結まで、ローレライ教団内部に匿われ、この外殻の大地がどうなってしまうのか、ただ両手を合わせて彼らの無事を祈り続けてもいい。トリトハイム詠師は、イオン様やモースが不在であるときに教団の運営を任されている三番目の権力者だ。だからもしかすると、私はまたモースに見つかってしまって、どうにかなってしまう可能性もあるけれど、別にそんなことはどうだっていい。彼らにくっついて、今のように世界を巡り巡っているっている方が、ずっと危険な旅だ。

だから結局、どっちでも同じで、むしろ私のような足手まといがいない方が、彼らにとっても、よっぽど有意義だろう、と考えたとき、タマラさんから貸してもらった作業着の袖を掴んで、体を震わせた。



そんなことは、とっくの昔に知っている。


だから、何回も、何回も考えて、苦しんで、それでも彼らについていこうと決めたのに。


一体、私は何が苦しいんだろう。何が辛かったんだろう。
ガイラルディア様のためを思って死んでいった私達が、ただの彼の重荷となっていたことが悲しくて、申し訳なくて、悔しかった。でも違う。それとこれとは、まったく違う。今の私は、ただ子供が自分が認めたくない事実に駄々をこねているだけだ。こんな姿は、望んでいない。望むわけがない。

顔を上げた。


すると、一番にガイさんが見えた。辛そうな顔をしていた。そんな顔をさせているのが、私なのだと気づいて胸の中が、かきむしられそうになった。それから、ルークさん、ティアさん、ナタリアさんにアニスさん。イオン様やミュウ。人それぞれの顔はあるけれど、みんながみんな不安げで、重たげな表情をしている。よくよく見ると、ジェイドさんまで。

(こんなことが、したいわけじゃない)

すでに私はとして、16の年を生きた。この体で積み重ねてきたものがある。のことを、過去と投げ捨てたいわけじゃない。でも、大切にしてきたものがある。(……ガイラルディア様)
小さくて、可愛らしい、私のご主人さまだった、男の子。


「……ジェイドさん、みなさん、すみませんでした。目が冷めました。私は帰りません。みなさんに、最後までついて行きます」
「足手まといは不要ですよ」
「万一のことがあれば、見捨ててくださって結構です!」

こんなことを言えば、またガイさんに怒られてしまうのかもしれない。胸に手を当てながら吐き出した。ジェイドさんは僅かに口の端を上げていた。ような気がした。「ジェイドさん、ありがとうございます。申し訳ありませんでした」「まったくです。年寄りに重労働をさせるものではない」

箸より重たいものは持たない主義なのですが、と平手を打った手のひらをはたはたと宙で振って、背中を向けられた。「いやお前、槍とかめちゃくちゃ持ってんじゃん……」「それも極力避けたいですね。そこで思いついたのがコンタミネーション現象です」「ぶっちゃけすぎだろ!?」 出し入れ自由で便利だけどな!? と見ようによってはルークさんとジェイドさんがきゃっきゃと遊んでいる。


……」

改めて、彼を見つめた。それからガイさんは、何も聞かずに、もう一度私に片手を出した。そっと手を伸ばして、でも彼の指がまだ震えていたから、やめておいた。「ガイさん、ごめんなさい。あとで、お話しますから」 彼は、色んな言葉を飲み込んで、そうか、とだけ頷いてくれた。


ちらちらと、波のように花の蕾が風の中で揺れている。セレニアの花は夜に咲く。きっと満月が満ちれば、壮大な光景が広がるのだろう。
(こんな、場所だったんだ)

周囲の景色すらも目に入っていなかった自分に苦笑した。叩かれた頬は未だにちくりとして、それでも、そうしてくれてよかった、と心底感じた。ジェイドさんがいなければ、きっと私はただ拗ねたままでこの花の海にも目を向けることもできず、ただ重く、沈みきったままだった。


それから私達は一匹の魔物と遭遇した。清浄な空気のみを好む、神話に連なる伝説の魔物とされるそれは、私達を見ると怒り狂った。伝承ではおとなしく、人を襲うことのない魔物とされていたはずの彼が、なぜ、と気絶をさせミュウに彼の言葉をきいてもらったところ、ティアさんの障気に驚いて、思わず暴れてしまったのだと言う。彼女は大量の障気を吸い込んでいるらしい。

確かに、最近彼女はふいに青い顔をさせているけれど、心当たりはないらしい。不思議に思いながらもタタル渓谷でも無事セフィロトを見るけることができ、パッセージリングで複数のセフィロトを連結させるように指示を行った。こうすることで、一つのセフィロトを降下する際、同時に複数のパッセージリングを起動することができる。セフィロトが暴走状態になりつつある今、外殻大地すべてを降下させる他、私達が助かる道はない。

地核の振動数の計測も無事終了し、シェリダンに向かった。
そこには『い組』と『め組』が元気にかくしゃくと言い争いながら、タルタロスを改造している姿があった。なんでも、過去にクリフォトに落ちても無事だったお墨付きの戦艦だ。これを改造して、地核に沈めてしまう肝にするらしい。


少しさみしいような、ありがとうと伝えればいいのか、タルタロスを見つめていると、「おっやぁ?」 タマラさんだった。彼女は相変わらず丸メガネを少しずらして、口元をすぼめながら私を見ている。「のお嬢ちゃん。ちょっとはマシな顔になったみたいじゃないかい」 それからにやりと笑ったから、少しだけ恥ずかしくなった。

「あの、タマラさん、先程は失礼しました。アルビオールのお礼もできていないのに、きちんとしたご挨拶もせず、大変申し訳ありませんでした……」

そうだ、私は彼女に話しかけられた。なのにそんなところも記憶が曖昧に霞んでいる。本当に、情けない。ジェイドさんがいてくれてよかった、と改めて感謝した。タマラさんはきょとりと瞬きして、持っていたものさしで、とんとんと肩を叩いた。「別に、若いんだから色々あるでしょうよ」 けらけらと笑っている。思わず体を小さくさせてしまった。そのあとに、自分が着ていた彼女の服を思い出した。

「それでその、この服ですけど」
「ああ、いいよ。言ったろ? そんなもん、あとででいいさ。あとで。きちんと全部が終わったら、菓子折りでも包んで持ってきてくんな」

     全部が、終わったら。

「……はい!」
「なんだい! いきのいい返事をするねぇ!」

今度また、存分にこき使ってやろうかねぇ、と彼女はいしし、と面白げな顔をしたものだから、「そのときは、よろしくお願いします!」と伝えると、改めて彼女はスッ転げていた。



そうして、外殻大地を降下させる準備が着実に整いつつあるとき、ルークさんがひとつ、提案した。

「なあ、ずっと考えていたんだけど、大陸の降下のこと、俺たちだけですすめてもいいのかな。世界の仕組みが変わる重要なことだ。伯父上とか、ピオニー陛下とかにちゃんと事情を説明して、協力し合うべきなんじゃないか?」

ジェイドさんは腕を組んだまま、冷静な顔つきでルークさんを見ているかと思いきや、幾度も瞬きを繰り返していた。「いずれは私が言うつもりでしたが……。ルーク、あなたも成長していたんですね、それなりに」「それなりかよ!?」 冗談です、と言葉を付け足す彼は、どこか楽しげにも見える。

もちろん、ルークさんの言う通りだった。ティアさんもガイさんも、ひどく驚いたような顔をする反面、彼の成長に、嬉しげに顔をほころばせていた。「ですが、そのためにはバチカルに行かなくてはなりませんわ……」 けれども、ナタリアさんの顔は暗い。

彼女は、父との確執を、未だ乗り越えてはいない。それでも、行くべきだとルークさんは主張した。街の住人たちは、命がけでナタリアさんを助けてくれた。だから今度は自分たちの番だと。うやむやにせず、きちんと説得して、キムラスカ、マルクト、そしてダアトすべてが手を取り合うべきであると。

ナタリアさんも、ルークさんの言葉の正しさは理解している。自身がすべき道も、一つであることを。でも、それでも彼女は首を振った。決心がつくまで、待っていてほしいと。
こうして私達は一晩シェリダンの宿を使うことになった。どちらにせよ、いくつかの荷造りは必要だ。そうして集会所から移動しようとしたとき、「あの、ガイさん、待ってください」

丁度、今この集会場には、私達しかいない。い組とめ組は、階が異なるし、タルタロスの改造に、トンカチを振り下ろすことに必死で、こちらには目もくれていない。

ガイさんに声をかけた。振り返った彼を見て、ジェイドさんにも伝えなければいけないかもしれない、でもそれじゃあルークさんにも、と考えたところで苦笑して、自分の頬をぺちりと叩いた。「いえ、みなさん。少しだけお時間をいただけませんか?」


ガイさんは、自身の過去を、私達に教えてくれた。それならば、次は私の番だ。「あとで話すと、お伝えしていたことです。少し、お話したいことがありまして。ただもちろん、信じてくださらなくても、結構なんですけど……」 ジェイドさんに話した前置きと似たようなことを言った。恐らくこれで勘のいい彼は動きを止めて、その姿に周囲は不思議気な顔をしている。

ずっと、隠していたことだ。このことは、一生、伝える気もなかった。
けれども私は一つ、彼に伝えなければいけないことがある。

ガイさんは片眉をぴくりとさせて、降りかけていた階段から足を上げて、こちらに向かった。「なんだ? いいよ。教えてくれ」 彼は一体、どんな顔をするんだろう。笑い飛ばすのだろうか。それとも、訝しげな顔をするのか。それとも。


私を軽蔑するんだろうか。






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2019-12-25