どう言えばいいんだろう。彼らの視線を集めながら、息を吐き出すことも怖くて、両手を合わせた。 (やっぱり、誤魔化すことが、できないかな) そう逃げ去りたくなるような思考に首を振った。 私が、そう決断した。“私自身”が決めたことだ。今更、そんなことができるわけがないし、できたとしても、したくはなかった。 「……あの、少し、まだ、言葉に迷っているんですが」 何から伝えていいのかわからない。うん、と困ったようにルークさんは頷いて、隣のティアさんに視線を逃した。ティアさんも眉をひそめながら首を振っている。でもガイさんは違った。「それは、ごめんなさい、とあのとき、きみが繰り返していた……ことか?」 恐らくもう一つのセリフも聞こえていただろうに。そちらについては、あくまでも聞こえないふりをしてくれているらしい。苦笑した。 「はい、そうです。……ご心配をおかけし、本当に申し訳ありませんでした」 頭を下げた。その通りではありますが、とジェイドさんは声を落として、そのあとに、「まあ、過ぎたことです」と眼鏡のつるをさわっている。 「あのとき謝った言葉の意味は、のちほど、お伝えしようとします。ただ、どうしても私はガイさんに、もしかすると、ルークさんにも、謝罪しなければいけないことがあります」 ガイさんとルークさんが、互いに顔を見合わせていた。本当に、本当に、言いたくなんてない。舌の根が、すっかり冷えていて、心臓がひどく嫌な音がする。なのに、これだけは、どうしても言わなければいけなかった。これだけは、誤魔化すわけにはいかなかった。 「私は、私、・フォン・ファブレは。ガイさんが、なぜファブレ家に使用人として雇われたのか、その理由を、初めから、知っていました」 ガイさんの顔を見ることができなかった。「……それは、どういうこと?」 ティアさんの声が聞こえる。つまり、と言葉を繰り返した。きっと、自分はわざと分かりづらい言い方をした。だから瞳を強くつむって、体を硬くして、「ガイさんが、復讐のために、ファブレ家の使用人となったことを、知っていました」 一番、言いたくなんてなかった。だから、一番初めに告げた。 自分が逃げてしまわないように、逃げ道を塞いだ。でも、そのことにもうすでに後悔している。 「いつから」 ぽつりと、ガイさんの声が聞こえた。答えなければいけない。でも、先に進みたくなんてない。 「初めから、です。あなたと出会ったときから」 本当は、彼の瞳を見たときから。 ひだまりのような暖かくて、やわらかいほっぺをした男の子だった、あなたを知っていたから。 「な、なんで? っていうかどういうこと? っていうかこれってどういう空気なの!??」 アニスさんがきょろきょろと視線を動かした。そしてイオン様が、そっと自身の口に指を添えている姿を見て、少し迷いながらも、きゅっと口元を引き結んだ。「、何を言っていますの? 冗談か何かにしても、少し、趣味がよくない話でしてよ」 ナタリアさんが呆れている。ジェイドさんの表情は変わらない。「冗談で、こんなこと、言いません……」 言ってしまった。肩で息を繰り返して、そうして、やっとこさガイさんを見ることができた。いつも頭の中で彼の顔を想像して、覚悟を決めていた。それなのに、ガイさんは私の想像とはまったく違う顔をしていた。ただ、愕然としているような、そんな表情だった。驚きと、困惑と、色んな感情が混ざり合っているようで、それを表すことが難しくてただ眉をひねっている。そんな風にも見えた。 ガイさんも、言葉を掴みかねているような様子だった。考えてみれば当たり前だ。順を追って説明しなければいけない、とゆっくりと思考を重ねていく。「あの、ジェイドさんには、少しお話ししているのですが……」 みんなの視線がいきなりジェイドさんに向いてしまったから、慌てて否定した。「いえ! その、さわりだけというか、一部のみです。私の髪の色が変わってしまったとき、どうしてもお伝えする必要があって」 正確に言えば、私が口を滑らせたようなものだったような気がするけど、話をややこしくしても仕方がない。ジェイドさんは、ふむ、といつものように頷いて、「あなたが、“過去”の記憶を持っている、ということですね?」 過去? と、ルークさんたちは口々に首を傾げている。頷きながらも、ぼかされた言葉は、ジェイドさんなりの気遣いなのだろう、と口元をゆるめた。本当のことは、私自身が言わなければいけないことだ。何度目かの覚悟をきめて、息を吸い込んだ。 「私には、として生まれる以前の記憶があります」 腹をくくって紡いだ言葉を、「はああああ??」と盛大にひねた声を出されると、逆に安心する。アニスさんはぽかんと開けてしまった口を、周囲の視線に気づいて慌てて両手で閉じた。彼らにしてみれば、荒唐無稽な話だ。手を叩いて、信じる、と言われるよりも、正直に反応してくれた方がずっといい。 誰も何も言わないものだから、アニスさんがきょろきょろと見渡して、口から手をはなした。それから、「あのさあ、。それって前世を覚えてるってこと? 概念として理解はできるんだけど、そういうのって、一応ローレライ教団員としては、なんとも言えない話なんだけどぉ」 彼らには転生の概念はない。魂の行方など、預言のどこにも記載されていないからだ。書かれていないものは認めることができない。だからこそ、転生という思想はあっても、許容はできない。 「あの、前世であるのかどうか、正直、それは私にもわかりません」 「なんだそりゃー!!」 すっぺん! という彼女の転がりを見ると、元気がでてくるというものである。ルークさんの足元で、アニスさんを見上げながらミュウも喜んでいた。口をだすことができない雰囲気に、彼なりに困っていたところがあるらしい。 「まあまあ、アニス、そういうことがあるかもしれませんよ」 にこにこといつも通りの声を出すのはイオン様だ。彼自身はローレライ教団の最高指導者であるはずなのに、思想という面においては、ひどく寛大であるらしい。彼の人柄自体は、すでにわかっていたことだけれど。 「あの、前世、というよりも、ただ、記憶がある、としかお伝えできません。私と彼女は、わずかにではありますが、存在の時期がかぶっています。とは言っても、時期的には私は胎児であったはずなので、魂というものがあったのかどうか、曖昧な時期なのですが……」 「彼女、ということは、女性なのか?」 どうにも理解できないという顔をしながらも、ルークさんがこちらに問いかけた。彼なりに、認識を深めようとしてくれているらしい。混乱させてしまって、やはり申し訳なかった。「はい、そうです」 胸に、そっと手のひらをあてた。以前の私は、今の私よりも、少し背は高かったかもしれない。髪の色も、瞳も黒くて、自分が彼女であったなんて、今では到底思うこともできなかった。 「として生まれる以前の記憶では、私はガルディオス家のメイドでした」 さすがに、彼らは唖然とした顔をしていた。ジェイドさんは、ある程度予想していたかもしれない。過去の記憶は、ガイさんに関わっていると、グランコクマで答えてしまったようなものだからだ。 そうして、ガイさんを見つめた。彼はただ驚いて、瞳を丸めたまま、私を見ていた。ふと、ちいさな彼を思い出した。 「そのときの私の名前は、、と言います。黒髪の女で、大怪我をして一人草原にいたところ、ガイラルディア様に助けていただきました。 あのときは、私が彼を見下ろしていた。なのに、今ではその逆だ。ガイさんは、ぽかりと口をあけて、ただ、小さく、「……?」と言葉を漏らした。それはただ単語を繰り返したわけではなく、たしかに、私の名を呼んでくれたような、声だった。あのときの彼は可愛らしい男の子で、一体どんなふうに成長するんだろう、と楽しみにしていたのに、彼は想像よりもずっと素敵な男性になってしまった。一瞬、すこしだけ過去に気持ちが戻ったような気がした。少しさみしくて、嬉しくて、そんな、不思議な気持ちだ。 「大きく、なられましたね。ガイラルディア様」 そう呟いたとき、彼はハッと瞬いた。それから瞼を手の甲でこすって、首を振った。 行き過ぎた言葉だった、と私も慌てて口をおさえた。今はもうなのだ。彼にとっては、すでに消えてしまった女だ。覚えてくれていたことが嬉しくて、ひょっこりと飛び出してしまった気持ちがあったのかもしれない。 ぺちりと自分の頬を叩いて、もう一度彼に向き直った。小さな子供なんていない。彼は、もう立派な男性だ。 「た、たしかに、彼女の名前は覚えているし、彼女のことを知っている人間は、もうペールと俺の二人きりだ。ときおりと、彼女の姿が重なったこともあるけれど、そんな」 信じるには難しい話だ。 何か、が知っていること、と顎に指をそえながら考えて、そういえば、と顔を上げる。「マリィベル様が、ガイラルディア様の誕生日プレゼントに、何がいいかと考えていらっしゃいましたので、音機関はどうでしょう、と提案させていただいたことがあります。その際、マリィベル様が、音機関狂にでもなってしまったらどうしましょう、というようなことをおっしゃっていましたが……」 まさか、本当のことになってしまいましたね、と思わず懐かしげに話してしまって、いやいやと首を振った。こういうことを言いたいわけではない。なのにガイさんは、さらに驚いた顔をした。「確かに、姉上からプレゼントをもらったことは覚えているし、のこともきいていた。けれどあれは、ホドでなくしてしまったんだ。そのことを、俺はペールにも伝えていない」 もしかすると、説得力のある言葉だったのかもしれない。ぼんやりとお互いに見つめ合っているとき、ぱんぱん、と手のひらを打った音が聞こえた。ジェイドさんだ。「二人の世界を作るのは、それくらいにしておいてくださいね」 もう少し話を進めてはどうでしょうか? と肩をすくめられてしまったから、少し恥ずかしくなって顔をそむけた。ガイさんを覗き見ると、彼も同じような顔をしていた。 「その、あの、という女性は、ガイラルディア様とユージェニー様に命を救っていただき、記憶喪失であるという体で、ガルディオス家のメイドとして、季節が一巡りするほどにお仕えさせていただきました。ただ、これは、ガイラルディア様たちにもお伝えすることができなかったのですが……」 過去の悪事を暴かれるというか、暴かなければいけないというか。心底複雑な気分になってしまった。なんとも気恥ずかしい。「あの記憶喪失というのは、真っ赤な嘘でして……」「うそ、だったのか?」 ガイさんの言葉に、耳の裏が熱くなるのを感じた。 「あの、本当は異世界から……えっと、オールドランド以外の、地球、という星から、移動してしまったみたいで……」 今度こそ、周囲は閉口した。転生の次は、異世界だ。もうやけになって続けるしかない。ぷい、と顔をそむけて、口早に説明する。 「そこで、えっと、物理学、という学問を修めていた、ただの学生だったのですが、ある日通り魔に襲われて、ナイフで刺されました。恨みがあったわけではなく、偶然、誰でもよかった、と言っていたように覚えています」 「なんて恥知らずなことでしょう! 意味もなく他者を傷つけるだなんて!」とナタリアさんが憤慨したものだから、少しだけ笑った。どこか救われるような気もした。 「そこで、恐らく地球であったならば、致命傷と呼べる傷を負いました。あの世界には、第七音素、いえ、音素そのものの存在はなく、怪我を即座に治す術なんて、ありませんから。けれどもなんの因果か、私はマルクトにあるホドに落ち、説明の通り、ガイラルディア様たちに命を救われました」 そのとき、彼につくして行きていくことを誓った。小さな、可愛らしい少年の幸福を祈った。 「ですが、私はただのメイドですから、ホドの屋敷で命を落としました。それが、“私”の最期です」 話し終えたところで、信じがたい話であることは、私自身が理解している。彼らの表情が、それを語っていた。「ジェイドさんにも、すでにお見せしていて、証拠にもならない、とも言われはしたんですが……」 一応、現物として残っているのはこれくらしかないから、とタマラさんの作業着であるチャックをおろして、とりあえず上着を脱いだ。「……おい、?」 ガイさんがこちらに声をかけたけれども、そのまま無視して作業を進める。「おい。ちょっと待て、おい、、おい、おい……!!!?」 とりあえず全部脱いでみた。 「お、男は、全員、背を向けろーーーーー!!!!!!」 「いえ見ていただかないと話が進まないのですが」 ミュウもですの!? ミュウもですの!? と声を上げるチーグルに、ミュウもだ!! と彼は心底声を張り上げていた。とりあえず近くにいたらしいルークさんの両目を手で押さえて、数秒私の体をまじまじ見たあと、彼は慌ててルークさんごと背を向けた。とりあえず、ジェイドさんとイオン様も彼の言葉に従っているらしい。ルークさんはばたばたと両手を振っていて、かわいそうだった。 「!? い、一体何を……!!?」 「頭でもおかしくなっちゃったのお嬢様!?」 ナタリアさんとアニスさんに色々言われる中、ティアさんだけが冷静に私の“あざ”を観察していた。「これは、致命傷ね……。正直、私の譜歌でも治せるかどうか……一体、いつ、こんな傷を?」 以前にジェイドさんも同じことを言っていた。軍人である彼らには、やはり分かるものなのだろうか。ティアさんの言葉を聞いて、ナタリアさんもすぐさま顔色を変えた。アニスさんも、両方の眉を寄せている。「、いつ、こんなものを……!?」 ひどい傷ですわ、と悔しそうに顔を歪ませる彼女に、少し申し訳なく思った。「であったときです。私は大剣に貫かれ、絶命しました」 ただ、それでも、僅かに息はあった。今にして思えば、あれは執念のようなものだったのかもしれない。誰よりも小さな彼を守りたくて、心配で、心配でたまらなかった。 彼らが、息を飲んだ音がした。ガイさんにも、きっと目にしたはずだ。くしゅん、とくしゃみをしたからか、「とりあえず、服を着てくれ!」というガイさんの言葉に従って、改めて着用した。ガイさんからの確認の声に返事をすると、彼はしずしずとこちらに顔を向けた。赤く染まった彼の顔を見て、照れているのかな、と考えた。さすがに少し思慮が足りなかったかもしれない、とぼんやりと考えていたとき、ガイさんは思い出したようにジェイドさんと私に何度も視線をやった。 「ちょっと待ってくれ。さっきジェイドにはすでに見せた、みたいなことを言ってなかったか?」 「言いましたね。以前にお見せしましたから」 「見せられましたから」 以前のときとは着ている服が違うから、肌の面積はまったく違うけれど、と頭の端の記憶を呼び起こしているとき、ガイさんの表情が死んだ。「これからは、もう絶対に、そういうことは、しないでくれ」「え、でも」 円滑な説明に必要だと感じたのですが、と言おうとしたとき、「し、な、い、で、く、れ!!!!」「は、はい……」 頷くしかなかった。 なんだか話がずれてしまった、と感じたとき、やっとこさガイさんから解放されたらしいルークさんが、頭を押さえながらも、「ちょっと、待ってくれよ」 何やら、ふとした違和感に瞳を細めた。「なあ、さっきホドで、命を落としたって……。それって、ガイの屋敷ってことだろ? つまりは、その」 けれどもその姿こそが答えに近しい、と気づいて、息を吐き出した。 「……はい。であった私を殺したのは、クリムゾン・ヘァツオーク・フォン・ファブレ。私の、“父親”になります」 そのときの彼らの表情は、言い尽くすことができなかった。長い間があったあと、ルークさんは両手を震わせた。それから、「ご、ごめん……。いや、俺が、謝って、なんとかなる、ものじゃないんだけど……ごめんっ!!」 きっと、彼はに謝っていた。自身の父が行った行為そのものに、責任を感じていた。でもそれはおかしなことだ。 「ルークさんは、クリムゾンではありません。ですから、謝っていただく必要なんてどこにもありませんし……そもそも、私はの記憶を持っているだけです。それに、自身も、謝ってもらう必要なんて、きっと……」 あれは、戦争だった。 そう、彼女は思うのだろうか。すでに私は16年の月日がたってしまっていて、終わったはずの生を、生きながらえている。だから、あのときのと、はきっと別の考えを持っている。だから彼女の言葉なんて、きっと代弁することはできない。でも、ルークさんが責任を感じる必要は、ない。それだけは断言できた。 彼らが信じるも、信じないも自由だけど、できれば少しくらい、心の片隅くらいに、こんなこともありえるのだな、と思ってくれたら嬉しい、と感じていた。なんていったって、私本人が、一番困惑しているのだから。どうとも言葉に困る彼らの中で、意外なことにも声を上げたのはジェイドさんだった。「仮説としては、立てることはできます」 まあ、まったく私は信じてはいませんよ、ともちろん言葉を置いてだけど。 「以前、から話をきいたときは、異世界、という言葉に信憑性もなく、そもそも思考する価値もなかった。ただ、ガイという証人が現れましたから、多少なら視野に入れてもおかしくない、という程度の話なら可能です」 色々と前置きが多いけれど、とりあえず口をつぐんで聞いてみることにした。 「先程が、以前自身がいた世界は第七音素が存在しなかった、と言っていましたね。そして、ガイたちの治療がなければ命を落としていた、と。 「音素振動数が、同じ……ですか……?」 ルークさんと、アッシュさんのような関係だろうか。けれどもと私の容姿はまったくもって異なる。レプリカである可能性は、以前ジェイドさんから否定されている。そんな私の顔を見てか、ジェイドさんは言葉を続けた。「外見がまったくもって違うもの同士でも、理論としては音素振動数が同一である可能性は十分にありえます。もちろん、これはレプリカとは異なります。あくまでも、理論上ですが。そして広義として捉えれば、“前世”や“転生”としての言葉に当てはめることも可能かもしれない」 学者が言うことは、中々に難しい。 「異世界であると、こちらに生まれ落ちる予定であったは、同じ振動数を持っていた。だからこそはこちらの世界にひかれた……そして、本来なら、絶命するはずだった命をあなたの世界にはない力で、生き永らえた。そうなることで、としてのあなたは、生きていたとしても、実際には死亡している。両方の矛盾を抱えた存在となったわけです」 確かに、ガイラルディア様がいなければ死んでいた、ということは自身でも何度も思っていたことだ。だからこそ、彼に忠誠を誓った。 「本来なら、あなたは死んでいるはずだ。だからこそ胎児であったとの存在の時期がかぶさるという矛盾すらもありえる」 ジェイドさんの言葉に、口元を押さえた。 「本来なら、私は死んでいた……?」 「がになった、というよりも、がであった、と言うべきでしょうね」 言葉を失った。けれどもすぐさまジェイドさんは両手を広げて首を振った。「と、まあ適当に現象の説明をすれば、何やら落ち着いてはくるでしょう?」「……まあ、そうですね」 それこそあり得ない話だけれど、少しくらい、地に足がついた気分くらいにはなる気もした。 けれども、私がガイさんに伝えたいことは、こんなことではなかった。 一生、話すつもりもなかったこのことを、紐解いてしまったのは、の生涯を言葉にしたいわけでも、同情をもらいたいわけでも、なんでもない。 「ガイラルディア様」 彼の名を呼んだ。彼はふと、厳し気な顔を作った。ガルディオスである、彼の顔だ。「私は、私達は、勝手に死んだんです」 そう、彼の過去の苦しみを知ったとき、呟いた言葉を繰り返した。 すでにいなくなってしまった彼女たちの言葉を代弁するのは、ひどくおこがましいことなのかもしれない。それでも、彼女たちの気持ちは少しぐらいならわかっているつもりだ。私達はガイラルディア様が大好きだった。ガルディオス家の跡取りとしてはもちろん、優しくてひまわりのような彼を守りたいと思っていたのだ。だから、小さな彼に折り重なる彼女たちを見て、すぐに理解した。だから、私もそれに倣った。 でもそれは、死にゆく私達のただの我侭だ。ただ何も残さす死ぬことよりも、彼を守り、死ぬことを選んだだけだ。ガイラルディア様が、彼女たちの死に何の責任を感じる必要も、苦しむことも、何もない。ただ、それだけを彼に伝えたかった。 「ガイラルディア様、彼女たちの死は、決して、あなたのせいではありません。恨むなと言いたいわけでも、悲しまないでと言いたいわけでも、なんでもないんです。ただ、私達は、勝手に死にました。だからあなたの重荷になりたいわけでは、決してありませんでした」 どうか、私達の勝手をお許しください、と頭を下げた。 しん、とただ静かな空間だった。誰も、何も言わなかった。ただ、私は粛々と頭を下げた。 重荷にしないで欲しいと彼に言いながらも、ひどく体が軽くなっている自分がいた。長い年月だった。本当に、とても。一人で抱えきるには、重たくて、苦しくて、くじけてしまいそうだった。「きいてくださって、ありがとう、ございます」 自然と、礼の言葉が口から漏れていた。勝手に、口元がほころんだ。言ってしまったという後悔と、不安と、それから、喜びが混じり合っていた。 こんなときが来るだなんて、夢にも思わなかった。だからこれが夢ではない事実を噛み締めて、少しだけ、目頭を指先でこすった。 BACK TOP NEXT 2019-12-26 |