とても、驚いた。


言葉だけで言うのならば、きっとそれだ。と、の二人の姿が、ふいに重なるときはあった。けれどもまさか、彼女たち二人が同じ記憶を持っているだなんて、思うわけないじゃないか。混乱したし、内心、取り乱しもした。それでも、どこか納得している自分がいた。逆に、多くの疑問が解けていった。

(本当に、彼女に最初に会ったときの俺の態度は、ひどいものだっただろうからな……)

キムラスカの人間すべてが、敵だと思っていた。それこそ、ファブレ家に連なる人間も王家も、全てが等しく。(とても、辛かっただろう) こちらがいくら興味のない顔をしても、は俺の顔色を窺いながらも、いつも変わらない態度で、俺が話しかけると嬉しげな顔をしていた。一体、どんな気持ちで変わってしまった俺の名を呼んでいたんだろう。考えれば考えるほど、胸が重たくなった。

それから、幾度も思考の渦の中で言葉を考えたとき、俺はただ、彼女がであったとしても、であったとしても、恋をしている。ただそれだけしかなかったのだ。





は俺の告白をきいて、ひどく頬を赤らめながら口元を隠して、ベッドの上に座りながら視線をそらしていた。確かに、彼女は言った。私も好きです。そう言ってくれたんだ。あまりの嬉しさに唇を噛んで、飛び跳ねるような心臓を殴りつけた。

(お、おかしいな……)

今まで一緒にいたより、髪の毛は短いし、色だって違う。だからというわけでもないのに、ひどく彼女が可愛らしく見えた。今までだって、もともと、かわいい、かわいいと思っていたのにそれ以上だ。そんなことってあるのか、と思いつつ、事実そうなのだから仕方がない。本当にかわいい、とリスのようになっているを見つめながら幸せを噛み締めていたとき、ふと気づいた。彼女って、だよな、と。いや彼女がであったとか、そういうことは関係なしに、あの“”なのだ。

なんだかここできちんと確認しないと、後ほど痛い目を見るような気がする、と思うのは今までの教訓である。


、一応言っておくけど、俺が君を好きだと言ったのは、女性として、異性として、特別な想いを持っている、ということなんだけど、ちゃんとわかってるよな?」

いやさすがにそこは理解しているだろう、と思いながらも、こちらが大切だとかなんだとか、さらりと言ってのけてきたである。主張するところで主張させていただかないと、のちのちの後悔につながる。

は両手を合わせながら、「ヒエッ!」と悲鳴を上げた。「い、いふぇいの!」 言えていない。唇をかんで意識を保った。異性の、とでも言いたかったんだろうか。は何を焦っているのか両手を何度もすり合わせて、ついでになぜだか周囲を確認した。君の部屋なんだから、俺以外いないだろ。

真っ赤な顔をしているな、と思っていたのに、次第に首の辺りまで赤くなっていて、言葉で言わなくても、もはやわかっていたけれど、それでもは両目をつむって、勢い余ったかのように声を上げた。「わ、わた、私も、そ、そうです……!!」 まるで泣いてしまいそうな声だった。


しばらく呆然として、彼女を見てしまった。「そ、そう、か……」 やっと言えた言葉はこれだ。頬を幾度も手のひらでこすって、息を吸い込んだ。


     もしかすると、と心の底で期待していなかったと言えば嘘になる



ここ最近の彼女の反応は、以前とは少し変わっていた。けれども、そんなはずはない、と自分自身に言い聞かせていた。ずっと壁を作るように、そう努力していたのだ。だから、たがが外れてしまった、といえば言葉の通りだ。「、ずっと好きだった」 それだけ言って、手を伸ばした。先程とは別の意味で、目に涙をためた彼女が、ぐるぐると混乱した瞳を出して、ベッドの端に逃げていく。

「あ、あの、あの、ガイさん……」
「……ん?」

だから追いかけた。ベッドの上に倒れ込んだ彼女の上にまたがった。俺よりも、ずっと小さな彼女は逃げることもできずに、俺の影の中にいた。両手をシーツの上に突き立てて、それから彼女の首筋に顔を埋もれさせるようにして     そのあたりで、近づくことができなかった。

(俺は、本当にこの体質でよかったよな……)

きっと悩んでいたであろう彼女には申し訳ないが、心底そう思う。そうじゃなければ、とっくの昔、ファブレ家の中で、よくないことをしでかしていたような気がする。本来止めるべきである彼女からはなんの抵抗もないし、よくぞまあ、ここまでやってこれたものだ、と妙なため息が出てしまった。

こちらを窺うような視線をする彼女に、僅かに苦笑した。「何もしないさ。というか、何もできない」 今は、であるけれど。

「なあ、

彼女からは距離を置いて、一つ、言葉を告げた。できれば、頷いてくれれば、と思う。彼女の隣を、顔も知らない誰かにとられることが、辛いから。



     この戦いが終わったら、俺と一緒に、マルクトに来てくれないか?」




***






夢だったんじゃないかな、と思う。


ガイさんが、私をだと信じてくれて、明るい声をかけてくれた。私の願望そのままのような記憶の中の光景を、正直いまだに疑っている。そして、そしてその上、(す、すきって……) ガイさんにそう言われたとき、びっくりするほど嬉しくて、恥ずかしくて、でもそう考えたあとに、ああ、つまり人間としてということで、まったくもう、調子に乗ってしまった、と照れたあとに違うと念を押された。だからこんなこと、それこそ一生伝える気もなかったのに、自分の気持ちまで彼に教えてしまった。


(それに、マルクトに一緒に来てって)

私はどう返事をしたんだろう。わけもわからなくなったのに、私はただうんうん、と頷いていた。つまり肯定していた。ほっとしたガイさんの顔を見たとき、いやいや、それってどういうこと? どういう意味だったの? とわけがわからなくなったのに、さすがにそれを聞くことができなかった。

私は今、キムラスカの人間だ。でもこの戦いが終わったら、ということは、きっと戦争は終結しているはずだし、それは楽観的と見ても、なんらかの変化はあるはずで、一緒、と、言うことは、まさか、その、(け、けっこ……) ん、と考えた辺りで勢いよく首を振った。さすがにそれは都合が良すぎと言うか調子に乗りすぎですと言うか。かっ飛びすぎですというか。


(あっても、お付き合いくらいな話だよね、いやでもそれも言われていないし、でも好きって言われて私も言ったし、そもそもガイさんも私も貴族ということは、お付き合いという概念よりも婚約者とかそこのところの話になってしまうわけで、というか私はファブレ家だし、ガルディオス家のガイさんがそんなこと望んでるはずがないし)

わからない。本当にわからない。

アニスさんには、よくよくお嬢様と言われるけれど、まったくもってそのとおりだった。となってこの16年間。婚約の話はちらほら耳にすれど、別に私が考える必要もなく、まあ家同士がなんとかしてくれるでしょう、とぼんやり生きていたため、恋愛ごとにはすっかり疎い、完璧なる箱入りになってしまっていた。

恋愛とは経験である、と地球で生きていたころに、ときおり聞いた言葉だ。こちらはとしてはひよこを通り越して卵にちょこっとヒビが入った程度なのだ。勘弁していただきたい。


ちゅんちゅんと外から聞こえる爽やかな声にベッドから飛び起きて、寝癖を整えた。ぴよぴよしている。色々と頭をぽんやりさせながら扉を開けると、丁度ガイさんも起きたところだったらしい。私を見た時、彼はとても嬉しげな顔をして、柔らかく私に向かって微笑んだ。溶けそう。

それから並んで食堂に行く際に、ちらりと私を見下ろしながら、吹き出したように笑った。

、まだ少し寝癖がついてるぞ。可愛いな」

もうころして。





とりあえず考えることを放棄させていただくことにした。しかし隙あらばガイさんは私に微笑みかけた。まるでそれはこちらをひどく大切なもののように扱うような笑みで、そういえば、前にもこんな顔をされて、勘違いしそうになるからやめてほしい、と心底ため息がでた思い出だ。

「……なんか、あそこ、空気おかしくないですかぁ〜〜?」
「いいですか、アニス。一ついい言葉を教えておきましょう。気にしては負けですよ〜〜」

アニスさんと大佐さんの声を耳にしながら、もうおっしゃる通りなので見ないふりをお願いしますとひっそりと頭を下げた。「そうか? 別にガイはいつもあんなもんだろ。口も態度も軽いしな」 そしていつも通りなルークさんに安心した。ちなみにガイさんは「風評被害だ!」とルークさんに怒っているけど、いやあ、ファブレ家のメイドさんたちにお聞かせしたい言葉ですよ、とそこのところは冷静に視線で伝えた。「ちがうぞ、違うからな、! 違うんだからな!?」



何が違うのかわからないので、ガイさんのことはさておき。

ナタリアさんは無事インゴベルト陛下との関係を修復し、父と子、血の繋がりという垣根を越えて、彼らは手を取り合った。何やら鼻がきくらしいモースは、きな臭さでも感じたのか、ひょっこりと陛下の隣に擦り寄り、声を張り上げていたが、陛下、そしてイオン様に叱責され、しっぽを丸めて逃げてしまった。

こうしてキムラスカはマルクトとの平和条約に同意し、クリフォトに大地を降下させることに同意した。両国の会談場所は、ユリアシティに決まった。本来ならダアトで行うべきなのだろうけれど、現在の状況と、実際に、クリフォトをその目で見てもらう必要がある、というルークさんの案だ。すぐさまピオニー陛下の許可をとり、両国の有力者たちをクリフォトに運ぶべく、アルビオールの飛行機能の復旧に奔走した。さすがに、彼らにユリアゲートを通って徒歩で移動してください、というわけには行かない。

こうして、マルクト、キムラスカ、そしてすでに降下済みの大地、自治国家であるケセドニアから代表して、アスターさんという商人が会談に出席する流れとなった。



彼らすべてが、平和のために尽力し、また今後の目的として、障気を消滅させるべく、共同研究を行う。条約に記載された書類が彼らの手元に配布されたとき、予想はしていたことだけれど、と私はユリアシティの会議場である一室で、体を小さくさせていた。


     キムラスカ貴族側の代表者からは、やはり、クリムゾン・クォーツ・フォン・ファブレその人がいた。


彼はキムラスカ王家に連なる一族として、有数の権力者だ。いない方がおかしい。ルークさんと、どことなくよく似た顔立ちのその男は、すっかり髪が短くなったルークさんに視線をやった。それから一呼吸ののち、互いに顔をそむけた。(あの人は、やっぱり……)

アクゼリュスで、ルークさんが死ぬことを知っていた。
きっと、そうなのだろう。インゴベルト陛下は、秘預言の存在を把握していた。ならば、この“父”にも、その可能性はあるはず。その残酷すぎる事実に、今まで、あえて意識を向けないように、そう考えていた。それならば、彼のまるで冷淡であったかのようなルークさんへの態度にいくつか納得できるものはあったけれど、理解したいと、そう思うことは、どうしてもできなかった。


私がルークさんたちの旅についていったことは、クリムゾンにとって、きっと予想外だったはずだ。シュザンヌは、クリムゾンに自分から伝えておく、とそう言っていたけれど、私の行動を知った彼は、きっと想像以上に動揺したはずだ。ファブレ家の血を継ぐ人間二人が、死地に赴いてしまったのだから。

さすがに顔を見られると難しいだろうけれど、今の私は髪の色や、屋敷にいたときとは服装が違う。そしらぬ顔で下を向いておけば、ごまかせるかもしれない、とただただめ目立たぬようにと口をつぐんだ。現在彼と鉢合わせてしまえば、ファブレ家に連れ戻されてしまう可能性だってある。髪の色やらなにやらと詮索されても困る、とただ壁に徹した。だから、ガイさんのこの、奇妙なほどの落ち着きに、違和感を覚えることができなかった。


「では、このお二人の署名を持ちまして、平和条約の締結とします」

テオドーロ市長が、インゴベルト陛下、そしてピオニー陛下の両名に目をやり、静かに頷いた。そのとき、「ちょっと待った」 ゆっくりと、ガイさんが立ち上がった。そして、ただまっすぐと、中央に座るインゴベルト陛下の元へ向かう。ざわつく議会の中で、「おい、ガイ!」 ルークさんが止める声が聞こえた。それでも、ガイさんは進んだ。


「同じような取り決めが、ホド戦争の直後にもあったよな。今度は守れるのか」

陛下は眉をひそめながら、真摯に     恐らく、彼にとってはであるが     答えた。

「ホドのときとは違う。あれは預言による繁栄を、我が国にもたらすため……」
「そんなことのためにホドを消滅させたのか! あそこにはキムラスカ人がいたんだぞ。俺の母親みたいにな」

まさか、と息を飲んだ瞬間だった。ガイさんはためらうことなく、陛下の首元に剣を向けた。おそらく、ナタリアさんが駆けるのと、私が飛び出すのは同時だった。彼女は陛下のガイさんの眼前に滑り込み、“父”を守った。私も立ち上がって、ガイさんを止めるべきか、それとも、と迷いながらも、何もすることができなかった。


「俺の母の名はユージェニー・セシル。あんたが和平の証として、ホドのガルディオス伯爵に嫁がせた人だ。忘れたとは言わせないぜ」


もし彼に抱きつきでもして、指先が震えてしまったら。ナタリアさん、もしくは陛下を傷つける可能性があった。この場で、そんなことになってしまったら、もう取り返しがつかない。だから彼の背中を見つめて、息を殺していることしかできなかった。でも、万一のことがあれば、すぐさま彼の前に飛び出すつもりだった。


「お前、、か……?」

クリムゾンが、私の顔を見て、ひどく驚いたように両の目を見開いた。「生きている、とマルクトからの書状には書かれていたが……」 いや、とすぐさまに男は首を振った。「ガイ、復讐に来たのなら、私を刺しなさい。ガルディオス伯爵夫人を手にかけたのは私だ。あの方がマルクト攻略の手引きをしなかったのでな」

涙が溢れるかと思った。


あの優しい、気丈であった女性の最期を思った。キムラスカ人でありながらも、恐らく最期までマルクトの、いや、ジグムント様やガイラルディア様、そしてマリィベル様のことを思いながら、旅立ったのだろう。

そうして、ピオニー陛下も声を上げた。彼いわく、ホドの消滅はキムラスカによるものではなく、前皇帝を主導として行われていたフォミクリー研究の証拠すべてを排除するためのものであったと。当時のフォミクリー被験者を装置に繋ぎ、被験者と装置の間で、人為的に超振動を引き起こした。被験者は、当時11歳だった少年だった。彼の名前は、ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。

ヴァンが、生物レプリカの存在を把握し、悪用した一端が紐解けた、ような気もした。

「ガイ、ひとまず剣を収めてはいかがですか? この調子では、ここにいるほとんどの人間を殺さなくてはあなたの復讐は終わらない」

全ては、預言に振り回された結果だったんだろう。イオン様の言葉にガイさんは短くため息をつき、静かに剣を鞘に入れた。「……とうに、復讐する気は失せていたんだがね。ただあんた達に問いかけたかった、それだけだ」「ガイさん!」「うおあ!?」

心配をさせるのは、やめてください、と鼻をすすり上げて、彼の正面に飛び込んだ。一瞬、飛び上がったものの、ガイさんは幾度も呼吸を繰り返して、ゆっくり、ゆっくりと私の頭をなでた。ほっと息をついたあとに、慌てて逃げた。なんにせよ、彼が罪に問われないようでよかったと胸をなでおろしていたとき、クリムゾンの視線を感じた。「そういう、ことか」 口元のみで呟いたような声だ。気の所為かもしれない。


あとは、タルタロスを降下させ、地核の振動を停止させなければいけない。一つずつ、目的が埋まっていく。


ガイさんはやっぱり、ふいに近づかれると驚いてしまう。それでも少しずつ、互いにこっそりと練習した。彼からのお願いだった。ガイさんはまだ手袋越しで、つんと私の指先を触って、それから重ねた。こわごわと手のひらを貝殻のように重ねて、僅かに動かす。ぎくりとして、私の方が逃げ出しそうになってしまった。


「君を殺したのも、俺の家族を殺したのも、彼だったんだな」

そうですね、と小さな声を呟いた。「     それでも、君の父でもある」 こくり、と頷く。クリムゾンは、私を引き戻すことなく、ただ何も言わず見送った。それが少し意外で、けれども不安にもなった。ナタリアさんと、陛下のように、いつか私にも、彼に対して気落ちすることなく、接することができるんだろうか。


自分が、それを望んでいるのかすらもわからなくて、ただ、小さく手のひらを合わせた。「ひゃっ、ガイさん、変な触り方しないでください!」「してない」「してます!」「本来なら、もっと触りたいくらいだ」「で、で、で、できませんよ!」








BACK TOP NEXT


2019-12-29