「今日はとってもお安くタコも貝もいただくことができました! お米もおいしいパエリアです〜〜!!」


玉ねぎって炒めると、なんであんなに甘くっておいしくなるんでしょうか、とニコニコしながら、ガイさんにおかえりなさいの挨拶をして食卓に案内した。「ただいま」とガイさんは笑って、私の頬をいじった。くすぐったくて逃げるように準備をして、いただきますと手のひらを合わせて、それから、おいしいよ、とガイさんが言ってくれて。

嬉しくって、笑ってしまった。「でもな」 食べ終わったお皿を自分で片付けようとするガイさんからお皿を取り上げたとき、彼は若干口元を引きつらせながら、「……一応、確認しとくが、自分の立場、わかってるよな?」 言いたいことは、なんとなくわかる。



「きみは、マルクトとキムラスカの和平の使者だ。一時的に、俺のところに来てもらってはいるが……いうなれば、国賓なんだぞ?」

本当に、わかっているよな? と難しい顔をして念押しするガイさんを見上げて、トレイで口元を隠してごまかすと、彼は呆れたように笑っていた。





     ルークさんは見事ヴァンを打倒し、第七音素を起動させた。

彼だけでは力が足りずあと一歩というところ、残る一つのセフィロトであるラジエイトゲートからアッシュさんが手を貸してくれた、とルークさんは言っていた。ルークさんとアッシュさんは、私達にもわからないくらい深い場所で、どこか結びついているらしい。


こうして、全てが終結し、ルークさんはファブレの屋敷の人たちに、自身がレプリカであることを明かしたのだ。そう決断した彼の震える指は、未だに忘れることができない。いつか、“本物”であるアッシュさんが戻って来ることができる場所を作れるように。

本物とか、偽物とか、そんなことを考えてなんて欲しくなかった。けれどもそれは仕方のないことでもあったのかもしれない。卑屈になんて、ならないで欲しい。そう口にすることは簡単でも、受け取る側は難しくて、苦しくて、辛いんだろう。だから、私はあの屋敷を離れる決断をした。


クリムゾンの実子であると、彼を、恐らく多くの人間が見比べる。私達二人を並べたとき、相対する人間のふとした細かな差異を想像した。それはきっと、ルークさんを傷つけるものだ。
ただ、意外と言ってもいいのか、クリムゾンはルークさんを変わらず嫡男として扱い、変わらず彼をファブレ家の跡取りとすることを公言した。それは表面上でのルークさんの願いとは相対するものではあったけれど、僅かな救いのようにも感じた。


私、は未来を“見た”ことに対する代償である、色素の変化もまだ元通りにはなっていない。そしてヴァンとの戦いでいくらかの負傷もした。療養、かつ、キムラスカとマルクトの和平の証として、・フォン・ファブレをマルクトに派遣する。それは過去のユージェニー・セシル・ガルディオスの婚姻による契約とは異なり、信頼により成り立つ、我らの関係を象徴する     そう、インゴベルト陛下に強く直訴してくださったのはナタリアさんだ。


ファブレ家とは距離を置きたい、という私のただの我儘のような願い事を相談したとき、ナタリアさんは一番に手を握ってくれた。

私はそのときクリムゾンの顔を見ることができなかった。ナタリアさんの言葉に感銘をうけた陛下の言葉に彼は静かに頷くのみで、結局のところ私は彼となんの関係も変えられないでいた。



始めこそはグランコクマのお城にお世話になるはずだったけれど、まさかそこまでピオニー陛下のお手を煩わせるわけにはいかないし、そもそも、私がぶうさぎの散歩を日課にしていた当時を知っている人もいるわけだし、となると、白羽の矢が当たったのはガイさんだ。

彼はファブレの屋敷を抜け、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスとなり、ピオニー陛下の臣下となった。自身はマルクト人であるのだと、キムラスカ人になることはできないと、彼は以前に言っていた。

貴族院にも顔を出すようになり、なにかと忙しいガイさんの手を煩わせるわけにはいかないと首を振る私に、いやそんなまさか、君さえよければと互いに言葉をごにょつかせる私達に、「こうして気心も知れているわけだし、なあ?」 とピオニー陛下は意味ありげに語尾を上げた。なんでもこの通り、お見通しなんだぞ。まるでそう言われているみたいで、陛下の前に立つと体が小さくなってしまう。



そして怪我の療養とは言ったものの、第七音譜術士のおかげで傷の具合はさっぱり治ったし、最初こそは、彼にとっても借りたばかりであるこのお屋敷の掃除をするくらいで満足していたものの、遅れてペールさんがマルクトにやって来てくれてからは、街に繰り出し、日々の食材を求めて旅立つようになってしまった。

髪の色は、もう殆ど赤に近い。それを隠すようにしていたのも始めだけだ。このマルクトでは私の赤い髪の色の意味を知る人は少ないし、万一知られてしまったとしても、今はもう戦時下ではない。ペールさんを護衛として、毎日ガイさんのご飯を作って彼の帰りを待っている。



ダアトは正式に、預言を詠むことを禁止する通達を全世界に行った。

一時は何事かとところどころから悲鳴の声も聞こえたものの、ここグランコクマではピオニー陛下の威光の強さからか、この一月あまりの間で、すぐさま混乱は収束した。キムラスカでは、どうなのだろうか。今頃ナタリアさんたちが頑張っているに違いない。預言を中心として成り立っていたダアトは、きっと、もっと大変だ。

アニスさんからの手紙では、イオン様と二人でとても苦労しているけど、頑張っちゃうよ、この頑張りが将来の玉の輿につながるかもしれないし、といった彼女らしい可愛らしい文字で綴られていた。

ノエルさんとは約束通り、一度お茶をした。アルビオールで迎えに来てくれて、アストンさんも一緒で、ギンジさんもいたということをガイさんに伝えると、彼はなんだかひどく微妙な表情をしていた。そうして、タマラさんのお墓に手を合わせた。ありがとうございます、と借りっぱなしになっていた色んなものをお返しして、僅かに震えてしまった自分の声は、見ないふりをした。


ティアさんは、故郷であるユリアシティに戻ったらしい。ちなみにジェイドさんは、彼が非番の日にこのガルディオスの伯爵家にやってきて、「約束通り、ご教授を受けにまいりました」なんて語尾にハートがついていた日にはぞっとした。記憶力のよすぎる男性はどうかと思うのである。その日は涙ながらにできる限りのお話を伝えて、理論の反論をされ、そんなもん知るもんかい、と暴れ狂った。・フォン・ファブレの逆襲である。ガイさんはそっと席を外してくれた。




     あれからピタリと、未来を見ることはなくなった。


そもそもあれは、私の意思に左右されるものなのかもしれないから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。







「まあ君が嬉しそうなのは見ていて俺も嬉しいし……飯もうまいし、いうことはないんだがな?」

ガイさんが渋い顔をしながら、結局の所私からお皿を取り上げて水洗いを始めてしまった。屋敷の主人自らが皿洗いなど聞いたこともない、とあわあわ彼の周囲を回っていると、背後ではペールさんがひどく苦笑している。

「本来なら、専属のメイドだか、使用人だかを雇わなきゃならないんだが、まださすがに落ち着いていないからな。だから、かわりにピオニー陛下のところから定期的に来てくれるメイドがいるだろ?」

ピオニー陛下からガイさんに与えられたお屋敷は、三人で住むには大きすぎるほどだ。けれども本来伯爵家であるのなら、もう少しばかり広いはずだが、何分急ぎなものでな、とピオニー陛下は言っていた。そして彼のもとから、週に二度ほど、掃除の手伝いをしてくれる人を派遣してくれることになっていた。


「はい、あのベテランの。とってもいい方ですよね」
「そうだ。その人だ。『あの赤髪のお嬢さんは、以前のお屋敷からメイドなんですか? よく働くいい子ですね』だってさ! そう言われた俺の気持ちを考えてくれるか?」

どう返答したらいいものかと口元がひきつったよ、とため息をついて頭をひっかくガイさんを見ていると思わず吹き出してしまった。「……おい、笑っている場合じゃないからな?」「ごめんなさい、本当におかしくて」


お嬢様として生きてきた16年間、何をするにもメイドさん達の手を借りなければいけなかった。彼女たちにだってメンツがあるのだ。それを窮屈に思うのは、きっと贅沢なことで、ファブレ家に生まれてしまった以上、仕方のないことだった。けれども、ガイさんたちと旅をして、本当に、一体どれくらいぶりだろうという記憶を呼び起こしながら、他の人に振る舞う料理はひどく緊張しもしたけれど、とても楽しかった。

掃除だって、お皿洗いだって、なんだってそうだ。一体、どうやってするんだったかな、と首をひねって、そうだそうだ、こうするんだと思い出したときは嬉しくて、楽しくて、そういえばとしても、私は案外メイド業を好んでいたんだった。



すっかり綺麗にお皿を洗い終わってしまったガイさんは、滴る水を指先で弾いて、布で拭いて、それからわざと私の手が届かないくらいに高く置いた台拭きを取り出して、終いには食卓まで拭き出した。「ガイさん! やめてください!」「……いや、俺も何かがおかしいとは思うんだが、なんだろうか、しみついた使用人根性がな」 あー、雑用がしっくりくるなあ、と呟く彼の言葉をきいて、きっとユージェニー様は溢れる涙を拭うことすらできないだろう。


「なんにせよ、君が楽しそうならよかったよ。……ルークからの返事は相変わらずかい?」
「はい、最初に一通ありましたけど、それからは全然。ガイさんへは全然ですよね?」
「そうだな。もしかすると、公爵が俺の手紙は渡さないように、と指示をしているのかもしれないな」

それも仕方ないことだが、とガイさんは小さく肩をすくめた。
バチカルにいるルークさんに、近況報告を込めて、私とガイさん、それぞれ手紙を出したものの、彼からの返事は私だけだ。ミュウがきっと頑張ってペンを握ったであろう追記もあって、ほころんでしまった頬を思い出した。けれどもガイさんに対してのお返事はない。ルークさんが、わざとガイさんを無視することなんてあるわけがなくて、それならば手紙すらも受け取っていない可能性も高い。はあ、とため息が出た。


もうしばらくすれば、私の髪の色も元に戻るはずだ。そうなったら、一度ファブレの屋敷に戻った方がいいかもしれない。どっちつかずな自分に辟易した。

「ああでもそうだ、いい知らせもあったんだった」
「いい知らせ……ですか?」


相変わらず私の手が届かないところに布巾をかけて、ガイさんはいたずらっ子のように笑っている。

「ペールも知ってるよな、ジョゼット・セシル。たまに公爵のところに来てただろ?」
「ああ、はい。ガイラルディア様のいとこ君ですなあ」
「それがなんと、フリングス将軍と婚約することになったんだってさ」

ガイさんの言葉を噛み砕いて飲み込んで、「ええええ!!?」「いい驚きっぷりだな。うん。報告しがいがあるってもんだ」「お、驚きますよ!」

なんて言ったって、アスランさんはマルクトの将軍で、セシルさんはその反対のキムラスカの陣営の人間だ。いったいいつ、どこで。

「インゴベルト陛下も、ピオニー陛下もお認めになったとのことだよ。それこそ和平の象徴になるとね。ルグニカ平野で互いに面識があったのは知ってたが……」

さすがにこれは予想がつかなかったな、とガイさんは顎をひっかくようにして、考え込んだ。そのルグニカ平野にいたはずの私にとっては覚えがないのだけれど、また私が気を失っている間に色々というやつですか。またですか。

「……そう、膨れるなよ」

ガイさんは瞳を細めて、優しく私のおでこをなでた。一瞬ほやほやして彼を見ていて、ハッと振り向いた。ペールさんがほほえみながらこちらを見ている。「あ、あの、ガイさん」「ん?」 過度な接触は、ちょっと、とペールさんの視線を感じながらぽそぽそと抗議の声を上げたのだけれど、彼は特に気にしてはいないようだった。

それから、ときおりキスをする。行ってきます、という言葉と一緒に、最初はおでこだったのに、今はちょんと唇につけられる。それが恥ずかしくて、嬉しくて、せめて誰もいないところで、と何度もお願いした。




私は、ペールさんがマルクトにやってきたとき、全てを告げた。



奇異な瞳で見られることを覚悟した。
それこそ、罵られることもあるだろうと、そう思った。だからぎゅっと拳を握って、見上げたときには、ひどく覚えのある顔つきで、彼は私を見つめていた。

     ふと、不思議に感じたことはあったのです。

そう、ペールさんは言葉にした。


「例えば、人の魂や、その場に残った想いが、何らかの形として残る。そうした目には見えない何かの存在というものを、この年になれば感じることはあります。あの日、せめてガイラルディア様をお救いせねばとただ剣を握りしめていたとき、ふと、声が聞こえたのです。何故でしょうか。あの娘、のものだと思いました。そうして声の主の通りに向かってみれば、彼女たちとともに、ガイラルディア様が……」


ペールさんは、ふと、そのときを思い出したように瞳をひそめた。
ガルディオス家の盾として生きた彼にとっても、壮絶な光景だっただろう。見知った顔が、そろいもそろって血濡れた体で可愛らしい男の子を抱きしめていたのだから。

「あなたに、の面影を見ていたのは、ガイラルディア様だけではないのですよ」

その言葉を聞いて、息を飲んだ。「ガイラルディア様の想いが成就なさったのでしたら、わしにとって、これ以上に嬉しいことは、ありもしない。けれども、けれども、そう、様、あなたを見ると     

は、確かに死んだのですね。と、彼はとても、とても静かに、言葉をこぼした。

私はの記憶を持っている。けれども、ではない。
彼女は幾度も殺された。始めはただの通りすがりだった。そうして次は、大剣に貫かれた。

ペールさんは、彼女のその“死”を目の当たりにしたのだろう。動かぬ体でガイラルディア様を抱きしめる女を見た。娘のようなものだ、と彼は“私”にそう言ってくれた。そのことが嬉しくて、もっと認めてもらいたくて、彼のことが大好きだった。「愛らしい娘でしたな。ガイラルディア様も、ようく懐いていらっしゃって……昨日のことのように、思い出せる」

深く、彼の皺が刻み込まれる。「わしらのように、騎士として生きていたものたちではなかった。ああして、あのように殺されるべきものは、誰も、いなかった。誰も」

絞り出すような声だった。

それから、二人でひっそりと涙をこぼした。
死んでしまった、多くの者たちを想った。




***





「ガイさん、今日のお仕事は……大丈夫なんですか?」
「ああ。やっとこさの休日だ。満喫させてもらうよ」

そう言ってガイさんは私の手のひらをひいた。もとの領地であったホドはすでに消滅しているから、ガイさんは今、ピオニー陛下の元で働いている。気づけば陛下は消えているし、はてにはぶうさぎの散歩までさせられるし、なんともお茶目な職場だよ、と冗談めかしていたけれど、本当は覚えることも、やるべきこともたくさんあって、ガイさんの部屋の明かりが夜も長く灯り続けていることを知っていた。

だから、これはとても珍しいお休みで、そんな日に私なんかと付き合わせてもいいんだろうか、と口には出さないけれども眉をひそめていた私に、「君と一緒にいたいんだよ」とガイさんはなんてこともないように言うから、熱くなる頬を隠した。

「デートしよう。君だって、普段の食材を買うぐらいで、観光もしてないだろう。もしかしたら、俺の方がこの街に詳しいかもしれないぞ」


なんだか不思議な気分だった。『デート』なら、バチカルでも何度かしたことはあるけれど、あれはガイさんが歩いて、その後ろを見失わないように、くっついて行くという、楽しくはあったけれども、一緒に出かけるというには何か違う行為だった。なのに今はガイさんがしっかりと私の手を握っていて、時折こすれるように指先が動くから、そのたびにドキリとして逃げ出してしまいそうになる。


キスは、する。

行ってくるよ、といつもガイさんはそう言って、屈んでくれる。
でもそれ以外のことは何もなくて、ときおりケテルブルグの宿屋でのことを悶々と思い出して、それから一人で赤面した。(忙しいから、なのかな……) 実際、彼と顔を合わせるのは朝と、夕食の時間ぐらいで、いつ帰ってきたのかわからないときだってある。


     この戦いが終わったら、俺と一緒に、マルクトに来てくれないか?


ガイさんのセリフを思い出した。

(確かに今、マルクトに一緒にいるけれど……)

こういうことなんだろうか。いやでも、さすがの私でも、まさかメイドになってくれ、という意味ではないことぐらいわかる。すでにキムラスカとマルクトの間では和平条約が結ばれていて、行き来もしやすいことも事実だけど。いやいやでも、と一人で首を振っていたら、「ああ、ここだ」 というガイさんの言葉にハッとした。ぽすりと彼の肩に頭を打ち付けて、すみませんと顔を見上げたとき、なんとも自分には縁のない場所であることに気づいた。

「えっと、あの、ガイさん……?」
「まあまあ」

そのまま手を引っ張られて、店内に足を進める。きらきらしていた。品のいい店員さんがいらっしゃいませ、と声をかけてくれる。ケースの中では可愛らしい装飾品がちらほらと揺れていて、あまり慣れない場所にそわついてしまう。確かにファブレ家として晩餐会に出席することはあったから、着飾ることは多かった。けれどもそれは行商人の方が提案する品にぼんやりとしているうちに決まっているもので、自分からお店に踏み入れたことはない。


「全部が終わったら、髪飾りを贈るって言ったろ?」


困惑してガイさんを見上げると、彼は爽やかに笑っていた。

「い、いやいやいやいやいや!」

さすがにここまでしっかりしたものは望んでいない。あのですね、ガイさん、あのですねと無意味に首を振り続けていると、まあまあ、と彼は私の背中を押した。女性恐怖症が治ってからというもの、ガイさんの行動は目に余る。なんとまあ、強気なエスコートまでできるようになってしまった。
店員の人は空気を読んだのか、さっと奥に消えてしまった。


「ほら、これなんてどうだ? 髪は……以前より短くなったけど、とめるくらいならできるだろうし」

確かに、今は肩口より少し長くなったから、あって困るものじゃない。有言実行にもほどがあるガイさんに、何を言っていいかわからず唸っていると、ふと、目についた色があった。真っ青な石の周囲を金の縁で包んでいる、夜空みたいな色の髪留めだ。

目にしたのはほんの一瞬なはずなのに、「これか?」 ガイさんはぴしりと指さした。「……見てないです」「うん、これだな」「もういやー!」 ごまかしてもまったくもってごまかせない。「似合うよ、可愛い。すみません、これを包んでいただけますか?」 びっくりするほどスマートにお会計を済ませ、手のひらの上にちょこんとのせられた。


とぼとぼと道を歩きながら、ため息が出た。

「ごめんな、本当はもっと高価なものにしたかったんだが……ガルディオス家の金で買うのも、何か違う気がしてな。俺の使用人時代の給料からってことで許してくれや」
俺として、もっと稼いでからまた別のものを贈らせてくれ、というガイさんに、何を言ってるんですか、とびっくりして瞬いた。

「違います! すごく、嬉しいです!」

きっと私はよくない態度だった。だから、正直に言わないと、ともらった紙包みを大切に持って、声を上げた。「て、照れてるんです……」 恥ずかしかった。

「いやでも、
「贈り物は、確かに今まで色んな方に、いっぱいいただいてきましたけど……でも……」

うまく言葉にできない。ううん、と考えて、ガイさんの服をひっぱって、道の端に移動した。? と不思議がる彼を無視して、包みを開ける。それから、ぴとりと髪に当てた。


「似合いますか?」

ガイさんは、パチリと瞬いて、ふんわり笑った。「とっても」 可愛いよ、肩に手をかけられて、ぬっと影が落ちた。思わず体を硬くした。けれども、いつまでたっても何もなくて、ひっそり片目を開けたとき、ガイさんの向こう側に、見覚えのある男の人が立っていた。


「アッシュ……」

ガイさんが驚いたような声を出した。「どこに言ってたんだ。ルークが捜してたんだぞ」 ヴァンがいない今、六神将としての任もなにもないはずだ。なのにアッシュさんは、どこを捜しても見つからなかった。

とガイか。フン、丁度いい」

アッシュさんはガイさんの言葉に答えることなく周囲を確認した。街中でにぎやかな声が響いている。「     六神将には、気をつけろ」 え? と声を落とした。「六神将って……全員、なくなったんじゃ……」 正確に言えば、唯一ディストはマルクト軍に拘束されている。けれども他の人たちの最期を私達は目にしてきたはずだ。


けれども確かに、誰一人として、生き途絶えた姿を目にしてはいない。


「マルクトとキムラスカにも伝えろ。特にあの、眼鏡の軍人にでも伝えておけば、問題はないだろう」
「おいお前、何を言ってるんだ」

それだけ告げて、アッシュさんは背中を向けた。何かを言わなければ。でも、何を。幾度か息を飲んだ。そして、「あの、アッシュ……兄様!」 ぴたりと止まった。それから、僅かに彼は振り返った。

「俺は、お前の兄じゃない」
「で、でも……あの、ラジエイトゲートから助けてくれたって、ルークさんが……。ありがとうございます」
「あいつが一人じゃ何もできねぇ屑なだけだ」
「でも、それでも」


「うるせえ!」 びくりと跳ね上がった。

おい、アッシュ! とガイさんが眉を寄せて声をあげた。それから私を見た。「、その、悪いんだが……」「大丈夫です。ここからならお屋敷も近いですから」「悪い!」

アッシュさんの背中をガイさんは追いかけた。

見る見るうちに、彼らの姿が人混みの中に消えていく。
手に持つ、髪飾りを、小さく握りしめた。



不穏の訪れだった。







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2020-01-10