タルタロスで中和されたはずの地核の振動であったが、プラネットストームが、また新たに活性化を始めた。そうして、すでに死亡したと見られる六神将の生存を確認した。彼らはヴァンの生存を示唆した。何故、そして、どうやって。大地から障気が溢れ、混乱の渦が巻き起こり、モースはアニスの両親を人質に、イオンを攫った。


「あたしが、死ねばよかったんだ……!!!」


あらん限りの声で、彼女は叫んだ。イオン様の代わりに、私が。くるくるとよく笑う少女で、こちらのことをからかって、困らせるくせに、どこか憎めない子供だった。自慢のツインテールをくしゃくしゃにさせて、少年が消えてしまった     その場所に、体を丸めさせた。


両親を人質にとられていた。そうして、金銭にも苦しんでいた。モースの手先となり、行く先々で、彼女は俺たちの情報を、彼らに渡していた。


イオンは、彼は、ただの小さな石となった。預言師は第七音素に触れ、自身を介すことで、石を生成する。そしてそこに記載された文字を預言とし、人々に捧げる。レプリカとして生まれた彼に、第七譜石を読み取ることはできなかった。自身の第七音素の乖離と共に、ティアの障気を受け入れ、彼がいたその場所には、ただ一つ、小さな石が転がり落ちた。



彼女は、悲しむのであろうな、と感じた。


モースは、多くのレプリカを生み出した。その目的は定かではない。その中には、姉であるマリィベルの姿もあった。あえて、俺たちの知人をレプリカとして蘇らせることで動揺を誘う。それは、あまりにも卑劣だった。


けれども、その事実を、俺は告げなければいけない。自身は陛下の臣下である。事実を、包み隠さず、彼に伝える必要がある。そうなれば、全ては彼女の知るべきこととなるだろう。恐らく、陛下はそう望まれる。


唇を、噛み締めた。

(なんで俺は、また、あの子の傍にいないんだ……)






***




「イオン様が、お亡くなりに、なっ、た……?」


ピオニー陛下からの言葉に、呆然と言葉を繰り返した。彼はそうだ、と頷いた。「ガイラルディアからの手紙に記載されていた。ことは、キムラスカとマルクト全てに関わる。ヴァンの目的もわからない上に、記載の通り、各国にレプリカが溢れかえっているそうだ。、お前は本来なら、今すぐにキムラスカに帰国すべきだが     

聞こえているか。そう言い渡された言葉に、ハッとして瞬いた。「も、申し訳、ありま、せん……」「いや、ファブレ嬢が、導師と面識があることは理解している。こちらが性急だった」

大丈夫です、と言葉に出したものの、何の実感もなかった。イオン様は、まだお生まれになってから、私の半分の、その半分すらも生きていない。死は平等であるはずなのに、ただそればかりを考えてしまう。息を吸い込んで、吐き出した。そうして、陛下を見上げた。

「申し訳ありません、ルークさん達も、今はガイさんと一緒なのですね……。確かに、私もキムラスカに戻るべきかとは思います。ただ」
「まだ少し、髪の色が戻ってはいないな」

まさかファブレの人間が、髪を染めたと言うわけにもいかんしな、とため息をつく陛下に声を上げた。「いえ、それについては、こちらの問題です。陛下のお手を煩わせるわけには参りません。この状況でお時間をいただき、大変申し訳ありません」「いや、俺も嬢ちゃんと話すついでに、自分の中の考えを整理している」

でしたら、ありがたいのですがと足元を見つめた。(アニスさんは……) 彼女は人一倍裏切りに敏感だった。きっと苦しかったのだろう。(いや、彼女の心情は、彼女にしかわからない) いくら私が答えを繰り返し考えたところで、正解は見つからない。ただ彼女に再び出会ったとき、あの小さな手のひらを握りしめたかった。

「ただ、ヴァンの目的が……」

彼は全てをレプリカに作り変え、人類を預言から解放することこそが目的であるはずだ。ならば、預言の成就を目的とするモースとは、根本的に相反するはず。「モースと、ヴァンはまったくの別、ならばなぜ、レプリカを生み出す……? ここに来て、障気が復活している理由すらもわからない。その上、生み出されたレプリカたちも、みな同じ方向を目指しているらしい」

せめて目的地がわかりさえすれば、ある程度の対策をとることができる可能性があるが、とごちる陛下の言葉を聞きながらも、なにか、奇妙な感覚があった。




あのとき。
ガイさんが、ルークさんたちが死んでしまったと思ったとき、私はヴァンの手を取った。
預言に囚われることのない世界を望む彼らの声をきいた。そうして、先に進むほどにわからなくなる。記憶がなくなる。果たして、そうなのだろうか。


ひどく、地面が近かった。世界が回って、おかしくなってしまったのだろうか。不思議に思いながら周囲を見回した。そうではなかった。私の手のひらが、力なく床を押さえ、体を支えていた。、とこちらの名を呼ぶ声が聞こえる。陛下だ。返事をしなければ。そう思うのに、体が動かない。


     覚えていない


本当に、そうなのだろうか。
ヴァンデスデルカと名乗る青年のその先を、本当に、覚えていないのだろうか。背に、誰かの手のひらが添えられた。時折、この手の存在を感じていた。細い、女性の手のひら。


! おい、!」

無意識に、かき消されていた。これ以上の代償を払わぬようにと止める声があった。くるり。世界が回る。と、呼ばれた。名だ。これは、私の名だ。「、お前……」 もう、何も聞こえない。「     何を、見ている?」





青年の記憶だった。






彼はユリアの血を引き、ガイラルディアの剣として、生を受けた。母がいて、父がいて、もう少しで可愛らしい妹が生まれる。強い男になれと父から。優しくあれと母から。彼女の膨らむ腹をなで、妹の名を幾度も呼んだ。ただ彼は稀有な力があった。

利用され、滅ぼされ、守るべきはずの預言は、この星の破滅の記憶であることを知った。ならば壊す。全てを壊す。破壊する。殺す。潰す。消し去ってみせる。ただそのためには、あまりにも預言は強大だった。星の記憶である。どうあがいても、逃げ切ることもできないと理解したとき、忌まわしき記憶を呼び起こした。

フォミクリーと言う名の呪われたこの力を使用し、星全てをすげ替える。愚かな預言に踊らされる人類を滅ぼし、愛らしい、ただの一人の妹を救う。


     兄さんはレプリカの世界を作ろうとしているんでしょう!? なら私を殺して、私のレプリカを作ればいいわ!


彼女の叫びを聞いた。
そうして、理解した。自身と彼女は、相容れぬと。


それこそが、“私”の目的であったというのに。




「あっ……は、は、はッ……」

胸を押さえ、息を繰り返した。「・フォン・ファブレ!」 気づけば、陛下が直ぐ側にいる。周囲には、幾人かの人間がいたはずなのに、誰もいない。私の様子を見て、急ぎ人払いを行ったのかもしれない。私が、奇妙なものを“見る”ことは、彼も知っている。「お前は何を見た」

荒い息を飲み込んだ。へたり込んだまま、すがめた瞳の向こう側を見つめた。「ヴァンを……ヴァンの、目的を」 そうだ、ヴァンは、ティアさんを、そしてガイさんを救うと言っていたのに、それはただ、彼らのレプリカ情報を抜き取り、新たな世界に彼らのレプリカを作る、ただ、それだけのつもりだった。オリジナルは、新たな世界に不要であると、彼は考えていたのだ。


だからこそ、ティアさんの言葉を、彼は絶望のまま聞いた。どうあがいても、相容れることはできないと気づいてしまった。あれは、決別の言葉だった。そう、私は思っていた。けれどもヴァンにとっては、“それ以上”のものだった。だからもう、手段は選ばない。


「ヴァンは、プラネットストームに飛び込みました。けれども死を選んだわけではない。ローレライそのものを体内に取り込み、世界は音素の均衡を失っている。そうして大量のレプリカを生み出し、大量の第七音素を使用させ、それを補うために、プラネットストームが活性化し、障気を溢れさせた。預言とは、星の記憶     ローレライそのものです。ヴァンはローレライそのものと人類を消滅させようと、しています」


ほんの一瞬交わった思考の中で読み取ることができた。これ以上はいけない。そう何かに押し止められ、引き寄せられた。モースは、ただヴァンに利用されているだけだ。

「陛下、いけません。彼はこれまで以上に、性急にことを運ぼうとしています」

それはあまりにも     危うい。

、お前のその特異な力は理解している。だがそれだけの言葉では」
「島が、浮かびます。失ったホドの島です」

信用することができない。無礼を承知で、そう告げようとする彼の言葉を遮った。「島、か……?」 何を言っている、と陛下は私の肩に片手をのせた。説明する必要はないはずだ。ふいに、視線を向けた。陛下も私に倣う。モースの声が、全世界に発信されたのは、それをまったく同じくしてのことだった。




     聞け! 預言を忘れし愚かな人類よ


自身は新生ローレライ教団の導師であるとモースは語った。世界はクリフォトに飲まれ、障気に包まれ滅亡を迎えようとしている。全ては預言をないがしろにした罪であり、自身は新たに世界を作り変える。今度こそ、預言の通りに、世界の歴史を進める。そのために、この空に、新たな国を作ったのだと。


転がるように、扉を叩き、兵士が報告を叫んだ。ホド上空に、不審な“島”が浮いている。民は混乱し、溢れかえったレプリカたちを罪人であると石を投げつけ、暴動がおきつつあると。すぐさま陛下は鎮圧を命じた。溢れかえる情報が、次々に飛びかかる。頭を押さえた。いけない、と声がする。これ以上はいけない。


あなたには、なんの期待もしていない。


いつの日が言われたことだ。そうなんだろう。私ができることなんて、たかが知れている。けれども、けれども。


きみがいなくなってしまったら、なんの意味もない。


ガイさんが、そう叫んだ。触ることもできないはずの私の肩を抑え込んで、声を震わせながら彼は叫んだ。今となっては、彼の言葉の意味がよくわかる。(そう、本当に、その通り) ガイさんが言った通りだった。彼は間違っていなかった。


“ガイさん”が、いなくなってしまったら、なんの意味もない。



自身の死を恐れる以上に、怖くなった。障気が溢れ、オリジナルは死に絶えた、ガイさんがいない世界を想像するだけで、怖くて、震えて、立ち上がれなかった。私のこれは、未来の端くれを見ることができる。だから手がかりのない解決策を探ることはできない。けれども、襲い来る兵士の姿を見たように、向かうべき場所を知ることくらいなら。

「ピオニー陛下。レプリカの人たちが、どこに向かっているのか。せめて、それだけでもわかれば、何らかの策を講じることは可能でしょうか……」

先程彼がそうぼやいていた言葉だ。レプリカたちは、一様にどこかに向かっている。そこには必ず、何らかの意味があるはずだ。
立ち上がることもできないまま、拳を握りしめた。「、お前……」「お答えください」 口早に告げた。陛下はまた人払いが必要であると判断し、周囲に片手を伏せた。

「断言まではできはしない。が、彼らは混乱の一員でもある。止めることはできずとも、目指すべき場所さえわかれば、マルクト軍として、逆に彼らを円滑に誘導することもできる。ある程度の混乱は収まるだろう」

十分だ。この国も、彼が愛すべき場所だ。無闇に民が傷つく姿を目にすることは辛い。きっと、元のガイラルディア伯爵も、そうおっしゃるだろう。もちろん、彼のその妻も。「ガイラルディアに恨まれることは、俺はまっぴらごめんだぞ」「どうでしょうか」 おとなしく待っていてくれ。そう言われたのに。ちらつく自身の髪の色が、少しずつ黒く染まっていく。


「しかし     ・フォン・ファブレ。お前に、希望を託す」
「はい、ありがとうございます」

彼はマルクトの王だ。私はキムラスカの民だ。けれども、私はでもあったのだから。ホドの民として、美しいあの街を目にし、その土地を踏みしめた。



赤と黄がおり混ざった花があった。
可愛らしい少女が、白い椅子に座りながら庭園を見つめている。手にはティーカップを抱えて、まあおいしい! と笑っている。毛先をくるりとした髪の少女は暖かな日差しの中で瞳を細めた。



ずっと誰かの、小さな手を感じていた。ダアトからマルクトへ、一人きりで走り抜けていたとき、これ以上、何も見てはいけないとまるで両の目を覆い隠されているようだった。それをピオニー陛下は、私自身の意思ではないかと推測した。だから、私もきっとそうなのだと思った。でも、奇妙にも感じていた。

なぜ私は、あの手のひらを、マリィベル様だと思ったのだろう?


これ以上はだめ、だと、彼女に怒られたように感じた。けれどもそれはおかしい。なぜなら、私はユージェニー様のメイドだった。マリィベル様と言葉をかわしたことはあるけれど、それでも関わりはそう多くはなかった。なのに、どうして。そのことを疑問にすらも思わなかったのだ。



「あら、またここに来てしまったの?」

そう言って、彼女は笑っている。「ここに来るのは二度目なのよ。もう、あんなに私が止めたって言うのに」 お転婆なんだから、と呆れたように、けれども楽しげに、彼女はころころと笑っていた。


「……え、あの、マリィベル様、ですか……?」
「そうよ。覚えていてくれるのね、嬉しいわ」

でも、ちょっと前に会ったばかりだものね、と相変わらず彼女は優雅に紅茶を口にふくみ、ほっこりと息をついた。「ずうっと、あなたたちのことを心配していたの。みんな、誰しもが一度はここに来るのよ。ここではなんでも分かるんだから」 それこそ、あなたたちのこともね、と彼女はウィンクした。


「レプリカたちはレムの塔へ向かっているわ。そこに障気を止めるすべがある。あなたの兄であるアッシュは、すでにそこへ向かっています。犠牲は出るわ。でも、まだ手立てはあるの」

なぜ、彼女がそのことを。声に出ないままに幾度も口元を動かした。すると、彼女は硬い表情を解きほぐした。

「そんなに驚いた顔をしないで。ずっと私があなたに伝えていたのよ? お転婆なんて、言って、やっぱりごめんなさい。きっかけを与えたのは私だから。ペールにも、声を伝えたことはあるわ。私と、あなた、そして他のメイドたちで、必死にガイラルディアを隠したとき。ここにあの子はいるわって、私、必死に伝えたの。でもペールはあなたとは違って、あんまりしっかり声は届かないみたい。結局その一度きりね」

あなたによく届くのは、やっぱり同じ女だからかしら? と首を傾げる彼女を見て思い出した。ガイさんを捜していたとき、ペールさんは声をきいたと、そう言っていた。それはの声であると彼は思ったのだけれど、実際は違ったのだ。

「で、でも、ジェイドさんは、私が未来を見ることに対して、説明をしてくれて……」
「ああ、あの眼鏡の人? なんだか小難しいことを言っていたわね。でも、あんなのただの仮定でしょ? でもそうね、あなた風に言うのであれば、信じてくれなくても構わない、かしら。あの眼鏡の人が正しいのかもしれないし、そうでもないかもしれない。もしくは、その両方かも」


これは全部、あなたにとって都合のいい夢なのかもしれない、と彼女はぱっと両手を広げた。私はあっ、と声を上げた。紅茶が、お菓子が、花が。こぼれてしまうと慌てて手を伸ばしたのに、おかしなことにもそれはくるり、くるりと彼女の回りを回って、楽しげに踊っている。



「ここは案外、みんな楽しんでいるのよ。お父様とお母様やメイドたちは、もういなくなってしまったけれど、私はちょっとやることがあって、残っているの。ねえ、私、誰もが一度は来る場所だと言ったでしょう?」



つまりそれは。
けれども、そんなはずは。

それこそ、全て、都合のいい私の夢だ。

「……それは、いなくなってしまった、あの人達も?」

彼女は返事をしなかった。
けれども代わりとばかりに、また可愛らしいウィンクを一つした。ねぇ、。あんまり悲しがらないで。でもたまには私達のことを思い出して。あんな人達がいたなって、考えて、笑って、そしたら明日に目を向けて。


私たちの可愛いガイラルディアを、幸せにしてあげて。
ペールのことも、忘れちゃいやあよ。






涙がこぼれた。ほたり、ほたり。丸い雫が床にこぼれた。、と声をかけられた気がした。けれども違った、、とそう陛下が呼んでいる。彼に彼女の言葉を告げた。すぐさま、陛下は頷き行動した。瞳が力を失った。瞼が、ゆっくりと重くなる。けれども、きっと、これがさいごだ。


、と。
呼ばれた。







誰かが私の手のひらを握っていた。
ごつごつとして、暖かくて、安心して、太陽みたいで。私がゆっくりと握り返すと、彼ははっとして、私を覗き込んだ。まんまるな青い瞳がこちらを見ている。もしかすりと、少しばかり泣かせてしかったのかもしれない。

……!」
「ガイさん……」

戻って来たんですね、と声をかける言葉に、少しろれつが回らない。ゆっくりと呼吸して起き上がった。止めるべきか、どうするべきかと戸惑うに動いて、私の体の力が抜けてしまった瞬間、すぐさま抱きとめられた。まるで存在を確かめるように、やわく、彼の手のひらが動いた。もう一度強く抱きしめて、肩口に額を置いた。「ルークさんは……?」 ただ、不安になった。部屋の中には、私とガイさんの二人きりだ。

「君の言葉通りに、レムの塔に向かった。障気は消えたよ。姉上達の……レプリカと消滅と共に、障気は消えた。ルークはローレライから宝珠を受け取っていたんだ。本人も知らなかったそうだが、それを媒介したんだ」

セントビナーを外殻に浮上する方法を模索していた際に、テオドーロ市長が呟くように漏らしていたローレライの鍵のうちの一つだ。
(『犠牲は出るわ。でも、まだ手立てはあるの』)

そう、マリィベル様はおっしゃっていた。レプリカたちは、イオン様がティアさんの障気を受け取ったように、ルークさんとアッシュさんの超振動を使い、残るレプリカ達の居場所を願い、光の粒となり姿を消した。ルークさんとアッシュさんの二人すらも、ローレライの鍵がなければ消滅していた。けれどもルークさん踏み出した。

そうでしたか、とただ、それだけしか言えなかった。
ヴァンは未だに姿を表してはいない。恐らく彼はまだセフィロトにいる。ローレライの力を取り込み、自身のものとして着々と機を待っている。そこで、全ての決着がつくのだろう。

瞳を落とした。視界によぎる自身の髪は、赤く、元の色に戻ってしまっている。恐らく私は、もうこの先を見ることはない。


「だからって、君が、いなくなってしまったら、何の意味もないと言っただろ……っ!?」

ガイさんが、幾度か口元を震わせた。そうして、叫んだ。
泣き出しそうな声だと思ったけれど、きっと違う。彼はひどく怒っているようだった。だから、私も伝えた。

「私にとっても、ガイさんがいなくなってしまったら、意味がないんです」

ガイさんは、ハッとしたように瞬いた。そうして、重く、ため息をついた。「そうだったな。そうだな。わかってたよ」 俺が馬鹿だった。そう呟く言葉の真意がわからなくて、不安に彼を見上げた。「もし万一、考えたくもないが、、君に何かがあったとしても、俺たちはただの他人なんだ。駆けつけることさえ、できないかもしれない。俺はマルクトで、君はキムラスカにいる。だから、だからな。ずっと言わなければと思っていたんだ」


、俺と結婚してくれ」

彼に握りしめられた両手を、何度も瞬いて見つめた。

そうしているうちに、ぽろぽろと知らずに涙がこぼれた。大きく瞳を見開いて、呆然としたまま、声を出した。「けれども、私はファブレ名を持っています」 例え、の記憶があろうと、この体には、脈々と流れるキムラスカの血がある。「あなたと、子を成すことができません。そうすれば、ガルディオスの血が、ファブレと交わることになる。あなたの、姉を、父を、母を、家族を殺したものの血肉が、血族となり、ガルディオスの名を汚します」

そうだ。どうあがいたところで、その事実は変わらない。違う、とガイさんはまっすぐに私を見つめた。

「俺は、誰でもない、君との子が欲しいんだ」

声を出すこともできなかった。


「いや、君が望まないのなら、子さえもいらない。、君と二人、そして、ペールと共に、俺は生きていきたい。それは望むことさえも許されない     願いなのか?」

そんなわけがなかった。必死に首を振った。知らないうちに、彼に抱きついていた。嗚咽を飲み込んで、顔をうずめた。「わ、わたしも」「うん」「ガイさんと、いたい……!」 うん。と声が聞こえる。




君によく似た女の子がいいな、と彼は言った。けれども、男でも。それなら、ぜひ剣技を教えてみたいもんだ。ああ、でもどうかな。枕物語のように、彼は言葉を綴っていく。だから、私も彼にそっと教えてあげた。マリィベル様に会いましたと。


彼女は、とっても幸せそうに、笑っていましたよ、と。





BACK TOP NEXT


2020-01-11