めがね、めがねめがね
月曜日、柳くんとと一緒に授業で、いっぱい嬉しい一週間。
今日は金曜日で、明日はおやすみ。
(…………明日はお休みかー)
バイトがある訳でもなし、明日は一体何をしよう、と首を傾けた。嬉しいはずの祝日だけれど、特に何をする予定でもない今は、暇で暇で仕方がない。(それに) 私はきょろっと視線を探した。いる筈もない、と思いながら、教室の中で薄い赤紫色の髪を探している自分がいる。(や、柳くんはこの授業はとってないって)
わかってるってー。と自分自身心の中でつぶやきながら、シャープペンシルのお尻で、こつこつと自分のおでこをプッシュした。なんだか恥ずかしい。いないとわかってるのに、もしかしたら、とちらちら視線を動かしてしまう。末期だ。これは、すごく、末期だ。
うーん、と目頭を押さえて机に頭をつっぷしていると、「あれ、さん」 私は慌てて顔を上げた。「や、柳くん」 おはようございます、と彼はニコニコしながら、私の隣に座った。と、となりに座ってくれて、いいの、いいの、と思わずそわそわしてしまったのだけれど、私も「おはよう」と笑って、ごそごそ鞄からノートを出す柳くんを見つめる。腕時計を見れば、授業の開始まであとちょっとだ。
「……あのー、柳くん、柳くん、この授業、とってましたっけ……?」
「はい、とってましたよ」
「え、でも、受けてなかった、」
ような気が。と言おうとして、あわわと私は口をつぐんだ。こんなことを言ってしまっては、私はあなたの姿を探していたんですよ、と白状しているようなものだ。なんてこった、なんてこった、とゴキュッと唾を飲み込んだのだけれど、柳くんは特に気にした風でもなく、照れたように頭をかいてにこにこ笑った。
「あの、僕、朝が弱くって……」
「……これ、2限だよ?」
「はい、2限ですね」
えへへ、と笑う彼を見ながら、2限で起きれないとなっては、1限の授業はどうしてるんだろうと心底不安になった。とってないのだろうか。そういえば、前にも苦手だと、ものすごい真顔で言っていた気がする。本当に起きるのが苦手なんだろう。人は見かけによらない。「そっかー、じゃあ、ノートとか、どうするんですか?」「友達に見せてもらったりしますけど……」 ちらり、と友達らしき人の方へ視線を向けた。いつも柳くんと一緒にいる男の子の一人が、軽くこっちに手を振ったので、ぺこりと頭を下げた。あっちの方にいかなくっていいんだろうか。
すごく嬉しいんだけれど、そわそわしてしまうなぁ、と、私が意識を飛ばしたとき、柳くんは困ったように呟いた。「でも、自業自得だし、やっぱり見せてもらっちゃ悪いかな」 まあ、しょうがないかなぁ。「えっ」
しょうがないってことは、もう授業を諦めてしまうってことだろうか。まあ、そういう人も多いし、合わないのなら、授業を代えてしまえるところが高校と大学の違うところだ。じゃあ、しょうがないなぁ、と思ったけれど、そうかあ、と残念な気持ちになる。下心しかないので、特に何を言える訳でもなく、私は「そっかぁ」とだけ返事をした。
柳くんは、ちらっと私を見た。そして、少しだけ考える素振りをした後に、「でも、次からは頑張ってこようかな」「えっ」 返事代わりに、柳くんはにこにこと笑っていた。「さんがいますから」
一瞬どういう意味か捉えかねたのだけれど、そうか、知り合いが多いから、と言いたいのかもしれない。そうか、友達レベルには思ってくれてるんだ、と少しだけ嬉しくなって、「うん、そうだね、あの、わかんないところがあったら、言ってください!」「はい、ありがとうございます」
相変わらずの柳くんスマイルに、ほっこり胸を癒されていると、ぶぶぶぶぶ、と私のケータイが、鞄の中で存在を主張した。私は慌ててポケット部分に手を入れて、着信を見てみるとメールだ。じゃあ、後でいいかな、とまた鞄に直そうとしたとき、柳くんがジーッと私の手元を見つめていた。「あのー……」「あ、ごめんなさい。それって、ケータイですか?」
ケータイ以外の何に見えるんだろう……と一瞬不思議に思ったのだけれど、そういえば今の柳くんはメガネをしていない。「うん、ケータイです」 あ、ほんとうだ。柳くんは、ぱかっとメガネケースからメガネを取り出して、私のケータイを見つめた。なんだか恥ずかしくなったので、ぎゅっとその四角い機械を握り締める。「あのう」、と柳くんが、少しだけ言いづらそうに、ほんの少しだけ私の近くに体を寄せた。「さん、明日、一緒に遊びませんか?」「え?」
一体何を言っているんだろう、と私は瞬いて彼を見つめた。柳くんは、ちょっと照れた顔をしながら、「ダメですか?」「だ、だめじゃ、ない、ない、ぜんぜん……っ!」 嬉しすぎて、よくわからない。
よかったー、と胸をなでおろす柳くんを見て、そ、それってデートなんじゃ、と胸がドキドキしてきたのだけれど、落ち着いて欲しい。さすがにそんなわけがない。これは必ず、どこかにオチが待っている。
「丁度、友達が映画を見たいって言ってて。僕も見たいなぁって」
ほらやっぱり! 何度か宣伝で見た、聞き覚えのある題名を口にする柳くんを見て、つまりそのお友達と一緒に、大人数で遊びましょう、というお約束に違いない。そうじゃないと、いきなりお出かけしましょう、と言われる意味がわからない。(そ、それでもオッケーオッケー!) 柳くんとお休みに会えるだなんて、それだけでも嬉しいし、二人っきりとなれば緊張しすぎて、何を話せばいいかわからなくなってしまいそうだ。
「あ、じゃあアドレス、交換しませんか?」
「そ、そうですねっ、便利ですもんね、ケータイ!」
や、柳くんと番号を交換だと!? ななな、なんてこったと興奮でブルブルし続ける胸プラス下心を誤摩化すように、「遅刻とか、しちゃうかもしれないときに、連絡できますもんね!」 ぎゅうっとケータイを抱きしめながら言うと、またハッとした。遅刻します宣言か!
「ちちち、違います違います」とぶるぶる必死で首を振ると、柳くんは不思議そうな顔をしながら、「そうですよね、便利ですよね、ケータイ」と言いながらパカッとケータイを開いた。「じゃあ、赤外線で」「う、うん」
私が慌ててケータイを出したものだから、かつんっ、と小さな音を立てて、私と柳くんのケータイが触れ合った。思わず、お互いにひょいっとケータイを引っ込めて、目を合わせた。それから恐る恐る、くっつける。目を合わせて笑った。
月から金まで柳くん。そして明日も、柳くん。