めがね、めがねめがね


ぎゅっ、と柳くんが私の手のひらを握った。

頭の中が、真っ白になるとはこのことだろう、と感じた。あんまりにも恥ずかしくて、じわじわ首筋辺りに汗をかいてしまったような気がする。真っ赤になった顔を抱えて、てこてこ映画館まで歩いた。目的地についたら、お互いパッと手のひらを放して、なんてことのないような顔をした。


あんまりにもふわふわしてしまって、そこから先のことはあんまり覚えていない。一緒に映画を見た後、駅でばいばい、と手を振って、お互い反対方向の電車に乗り込んだ。じーっと自分の手のひらを見つめてみる。今更ながらに、じわじわと何かが胸に染み込んだような気がした。
うわあ、と電車の中で、自分の両膝に手のひらを乗せて、ぎゅっと瞳をつむった。家に帰って、何度も柳くんの顔を思いだして、ぶるぶると首を振る。なんであんなにかっこいいんだろう。下手な俳優さんよりかっこいい。顔がちっちゃい。

暗がりの中で、柳くんはじーっと映画を見つめていた。今日はコンタクトらしい。メガネでも、そうじゃなくっても似合うだなんて、イケメンは違うなぁ、と布団の中でごろごろしたとき、ぶぶぶっとケータイが震えた。

私はのそのそと腕を伸ばして、ケータイのボタンの着信を見つめる。メールだし、どうせ、友人からだろうし、今は疲れてるから、明日でいいかなあ、と頭の中でまた柳くんを思いだしてうー、と唸った。理解した。これはときめきだ。いい大学生が、ときめきすぎて胸が辛いだなんて、我ながら恥ずかしい。

ぱかり、と寝そべったままケータイを開けた。ぽちぽちとぼんやり顔でボタンをいじり、送信元を確認した。その瞬間、私は目をぎょっと開いて、思わず布団の上で正座した。柳くんである。何度見ても、柳明音、と書いてある。何だか怖い気分で、ぽち、ともう一つボタンを押した。

さん、今日は楽しかったよ、ありがとうございました』

メールの最後には、にっこりマークがついていた。わ、わわ、とケータイが手の中から滑り落ちてしまいそうになったのだけれど、私はすぐさま文字を打った。『私も、たのしかひたひです』 誤字った。違う。『私も、楽しかったです。誘ってくれて、ありがとうございマッスル』 また誤字った。
違う違う、と文字を消そうとしたのに、送信ボタンを押してしまった。「あ、ああ、ああ、ち、ちがっ」 待って待って、とキャンセルボタンを押そうとしたのに、手のひらが震えて上手くできない。「や、柳くんに、筋肉が送信された……」 アホな女だと思われる。

『ごめん、さっきのは、打ち間違えました!』
必死にピコピコ文字を打っていると、すぐさまケータイがメールを受信した。ぴこん、と光るマークに体まで震えて、確認してみるとやっぱり柳くんだ。

『そう言ってくれると嬉しいです。それじゃあさん、おやすみなさい』

やっぱり最後に、にっこりマークだ。
私も思わずにこっと笑って、どうしようか、と迷った後にポチポチ文字を打ち込んだ。


***


ちょっと固かったかな、と自分の送った文章を見返した。さんを見習って、おやすみなさイチゴ、とか書くべきだったのだろうか。いや、でも、そういうのはちょっと恥ずかしいし。

僕はじいっと自分の手のひらを見つめた。そしてきゅっ、と軽く握る。そうした後で恥ずかしくなって、手の甲で頬を押さえた。誘ってよかったな、と少しだけ頬を緩めて、暖かくなったような気がする手のひらをもう一度見つめた。(さん、照れてた) 僕もだけれど。

人差し指と親指の腹をこすりあわせて、ゆっくりと音を立てる、心臓の音を聞いた。瞳をつむって、よし、寝よう、と思ったとき、ケータイの音がなった。メールだ。僕はパチンッ、と音を立ててケータイを開いた。送信者、

『おやすみなさい。柳くん、それじゃあまた、月曜日に』

僕は勝手にケータイを持って、顔をほんの少し傾けながら笑って、口元を押さえていた。またね。授業があるから、当たり前なのだけれど、また次にさんに会えるということが嬉しい。うん、

(またね)



早く月曜日にならないだろうか。
明日の日曜日は、お休みです。







「この頃、柳くんと仲がいいね」
「え?」