PS.無題の番外編です。PS主人公(男主)がゲストキャラとして登場します。この話は別の、女主人公視点の友情夢です。

夏目友人帳過去編

【PS.また会おう】




男の子が転入してきた。夏目という名前らしい。

なんだか前髪の長い男の子で、表情がよくわからない。白い肌はなんだか女の子みたいで、よくよく見れば、中々整った顔をしている。気がする。「夏目はの隣に座ってくれ」と言う先生の台詞に、彼はふと不思議気な顔をした。そんなのは一瞬で、ゆっくりと歩きながら私の隣の席へと腰掛ける。

(……なつめ。ちょっと珍しい名前だなぁ)そう思って彼を窺っていると、彼と目が合ってしまった。そしてこっそりと、小さな声で、彼は呟いた。「……君が、?」 言葉の最後の尻尾があがっているけれど、別に私に対する疑問の台詞ではなく、ただ独り言をつぶやいただけのようだった。けれども私はうんと頷いた。なんとなく、ただ見つめているだけは気まずかったからだ。ふうん、と彼は一言頷いた後、「……同じ名字だ」そう言って、ひっそりと笑った。

     どちらさんと?


まあ、転校初日にて、私は夏目くんと会話をした訳だけれど、隣の席だからと言って、特にどんな話題があることもなく時間が過ぎた。気づけば席替えをしていて、夏目くんと私の席は端っこと端っこという、随分な距離が出来上がっていた。

まあ、だからある日、校門にてまったくしらない男の子に話しかけられたときには、ほんの少し驚いた。


「なあ、あんた。夏目って男、知らないか?」

男の子は茶髪で、一応制服だったものの、ボタンは第二ボタンまではずれている上に、ネクタイをだらだらと締めていて、シャツだってしっかりズボンの中に入れていない。
端的に言うと、チャラチャラしている男の子で、夏目、と彼の口から名前が出ても、一瞬うちのクラスの夏目くんと結び付かなかった。

「……あー、えっと。知ってますけど」
「マジで? あ、もう帰っちゃった?」
「さあ、どうでしょう。でも多分、教室にはいませんでしたよ」
「えええー」

あちゃー。せっかく夏目を見たって聞いたから、飛ばしてやってきたってのにさぁー、とぶつくさと腕を組み、宙を見つめているかと思ったら、「あ、じゃああんた。夏目ん家の番号とか……ウン、個人情報訊くのはまずいか」と意外に真面目に一人納得し始め、「えっと、それじゃああれだ。夏目に伝言頼まれてくれないか? 俺、って言うんだけど、まあが来てたってさ。また来るから」「?」

私はパチリと瞬きを繰り返した。彼、くん(ややこしいのでくんとしよう)は、不思議気な私を見て、「どったの?」と首を傾げた。私は少しだけ大仰な態度をとってしまったかもしれないな、と恥ずかしくなって、「いえ、私の名前もっていうんです」と心なしか小さな声を出した。くんはそんな私を見て、鼻で笑うでもなんどもなく、どうでもよさげな顔をするでもなく、うはは、と口を大きく開けて笑った後、「マジで? 仲間じゃん」そう言って拳をぎゅっと握り、上に掲げる。なんだかフレンドリーな男の子だ。

それじゃあ悪いけど、夏目によろしくな。それだけ言って、彼はひょいと校門に止めてあった自転車の上へと乗っかった。見事なママチャリだった。なんだかイメージに合わない。(……もしかして、夏目くんの友達かな) 多分、そうだろう。明日、彼に伝言を伝えるのを忘れないようにしよう。


「夏目くん、昨日、くんって言う人が校門に来てたよ」
「え?」

夏目くんはきょとりと目を大きく見開いた。そして暫く無反応の後、「え? ?」「うん? いや私じゃなくって。くんって人。うちの学校の制服じゃなかったから……夏目くんの前の学校の人?」

噂で、夏目くんは転校を繰り返している、と聞いたことがある。その前の学校のお友達だろうか。夏目くんはうん、と頷いた後、珍しくそわそわとしていた。動揺している、と言った方が正しいのかもしれない。私はそんな夏目くんが珍しくて、「おともだち?」と訊いてしまった。夏目くんは、「え」とまた小さく言葉をこぼし、固まった。面白いくらいに固まった。

訊いてはいけないことだったのだろうか、と私も彼と同じく固まると、彼は「あ、い、いや」どちらとも判別しにくい返事をした。そしてふらふらと視線を移動させた後、窓の外を確認して、首を振って、「どうだろう」と言って、ほんの少し苦笑した。「夏目くん。くん、また来るって言ってたよ」 私は勝手に口が動く。「お友達だから来るんじゃないの」 一体、自分は何を言っているのか。

いやいやいや、と私は目の前で両手を振った。何をいきなり人様の事情に踏み込んだことを言っているのか。夏目くんはきょとんとした顔をしてこっちを見ている。いやいやいや。「ごめん! なんでもない!」とりあえずそれだけ言って、私と夏目くんの二回目の会話は終了した。
まあ、私と夏目くんの関わりはと言うと、結局、この二回だけになってしまったんだけど。



結局、私は夏目くんと彼のことを、しっかりと確認する機会はなかった。ただときどき、校門前で待ち合わせをしている彼らの横を通り過ぎるときに、くんがにこにことした笑みで、こっちに手を振ってくることがあった。「おーい、ちゃーん」という台詞付きだったので、私の名前は覚えたらしい。まあ、自分と同じ名字だから、当たり前と言えば当たり前だけど。


「本日で、夏目くんはこの学校を転校することになりました」

先生の台詞を聞いて、私は机に肘を乗せ、手のひらに乗せていた顎をはねあげた。夏目くんは何度も転校している。すぐにそうかと気づいた。だったら、うちの学校だってすぐに転校してしまうに違いない。彼は短いお別れの挨拶をみんなにした。ぱちぱちと微かな拍手が教室に響く。
ふいに、夏目くんと目が合った。私は拍手をすることもできないで、彼を見つめていた。




「あ、あの、夏目くん!」

自分でもよくわからない。私は彼を呼びとめていた。廊下で、夏目くんは至極ゆっくりとした動作で振りむき、「何? 」と、いつもと変わらないように、それじゃあまた明日ね、とでも言いそうな。そんな簡単な声と表情だった。なんだかすごく悲しくなった。彼は何度も同じことを繰り返しているんだ。

私は気が付いたら鞄の中をごそごそとあさっていて、出てきたメモ帳とペンにガリガリと文字を書きつづる。そしてぺりりとページをはぎとり、夏目くんの手の中に押しつけた。夏目くんはぎょっとして私を見ていた。「……えっと、?」「それ、私の住所!」 自分でも、何でこんなことを言っているのか分からない。分からないということは、理由はないのかもしれない。「もしよかったら、年賀状、交換しようよ。寒中見舞いとかさ」「え」「ほら受け取る!」 ぎゅっと、もう一回夏目くんの手に握らせる。

そしてささっと彼から距離をとった。夏目くんは渡された紙をどうしたらいいものか、という表情で見つめた後、もう一度私を見た。そしてゆっくりと笑った。「……そういうの、したことないな」 ありがとう。

それだけ言って、彼は私に軽く手のひらを振ると、そのまま去っていった。私は彼の背中に向かって、「夏目くん!」と声をかけた。彼の歩くスピードは変わらなかった。「くんに、よろしくね!」彼は、軽く手のひらを振った。そしてそのまま廊下を曲がり、消えていく。
これが私と夏目くんと話した会話の全部だ。


それから。



夏目くんから年賀状がやってきた。私はその住所に送り返した。寒中見舞いも時々送り、気がむけば、手紙も出すことがある。夏目くんから送られてくる住所は、毎回違っていた。手紙も、会話がかみ合わないことがあって、私が送ったものが、彼のもとに届いていないものも多いんだろうな、と思った。

何年かたって、夏目くんの住所が変わらなくなったとき。夏目くんから質素な白い封筒が送られてきた。裏返すと、男の子にしては綺麗な文字で、へ、と書かれている。手紙だけにしては、ほんの少し重くて、封筒から入った手紙以外の何かが透けている。私は封を開けてみた。中から、一枚の写真がこぼれ落ちる。

     いえーい!

写真の中から、彼らの声が聞こえてくるかと思った。
真ん中には記憶とは違って、随分背の伸びた夏目くんが、戸惑った顔をしてちょっぴりぶさいくなにゃんこを抱きしめている。そしてその肩をくんが組んでいて、こっちに向けてピースをしていた。その左右にも、知らない男の子達がにっかり笑ってピース。

     翔が、東雲さんに送るなら、これも入れろっていうから。

手紙にはそう書いてあった。
なんとなく、私は笑った。写真を手にとって、手紙を見比べて、あははっと笑ってしまった。お元気そうでなによりです。と私はペンを走らせた。いくつかたわいのない近況を便せんへとつづった後、一番最後に。

PS.機会があれば、また会おうね





■■■



自転車が重い。やっぱりママチャリはそろそろ苦しい。ちくしょう夏目め。また遠いところへ引っ越しやがって。俺はチャリンコから足をおろして、はーっと長いため息をついた。ぽとりとコメカミから汗がしたたる。「……ここで合ってんのか?」 周りは山と田んぼだらけで、田舎のばあちゃんの家を思い出す。とっておいたメモを取り出して、住所を確認した。わからない。

どうしたもんかな、と途方にくれていたとき、目の前を二人の男子高校生が通った。一人は背が高く、黒髪を短くしている。もう一人はどちらかと言うと背が低く、明るい髪色だ。

「それにしてもさ北本、夏目の家の猫。あれホントに猫なのかな?」
「犬じゃないだろう」
「そりゃそうだけどさ。なんかこう……つるふかしてるし。」
「雑種なんじゃないのか?」
「うーん、まあそうかな……」

「あ、ちょっと待った!」

俺はママチャリをがちゃがちゃとひっぱりながら、彼らの前へと躍り出た。少年二人は不思議そうな顔をして俺を見る。「今、夏目って言わなかった?」「言ったけど……?」 背の低い方の少年が、訝しげに俺を見た。俺は慌てて、首を振る。

「いや、ごめんごめん。ちょっと今迷子になっててさ。俺は、夏目の友達の      



2011.05.22
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おわり!