*壁の向こう側でその後



仕事が終わって、家に帰った。勝手に隣の家の扉を開けて、「おす」と声をかけると、自分の彼女は部屋の端っこで体育座りをして、沈んでいた。ついでに、思いっきりすねていた。


「なんで教えてくれなかったんですかー!」










カレンダーを見た。ついでに、その日の前日を確認して、頭をひっかいた。さんの主張をまとめるとこうだ。学校帰りに街を歩いていると、丁度トムさんと遭遇した。そうしたら、昨日が俺の誕生日だったと知って、凹み半分に家に戻って、黙々体育座りをしていたらしい。わかりやすい凹み方だ。

なんで教えてくれなかったんですが、と頬をふくらませる彼女を見ても、訊かれなかったから、という答えしかでない。実は今日、俺の誕生日なんすよ。祝ってくれます? そんなことをいちいち自分からいうバカはどこのどいつだとかなんとか、色々と反論したい言葉はあったが、うまく説明ができなかったし、下手なことを言うくらいならそのまま無視した方がいい気がする、と勝手に冷蔵庫をあさって、茶を飲んだ。さんは相変わらずふてくされていた。

(別に、誕生日くらい)
どうでもいいんじゃねえか、とぼんやりと考えている自分は、どこか間違っているだろうか。だいたい過ぎたことなのだから、いちいち気にしても仕方がない。ちらりとさんを見ると、さんも俺を見ていたらしい、ほんの少し瞳を大きくさせて、ついでに何かを言いたげに口元をぱくつかせて、きゅっと瞳をつむった。「なんの文句があるんだよ」 さっさと言ってほしい。短気な自分がブチリと来る前に。さんも、不穏な空気を察したらしい。「文句しかないです」

「……あ?」
「だって、その、誕生日で、一緒にお祝いしたかったし、申し訳ないし」
「別に俺は気にしてないんですけど」
「私がそうしたかったんです!」

はあ、と茶を飲んだ。よくわからんが、面倒なことだ。飲んだコップを台所に置いて、冷蔵庫に閉まっている間に、さんは、ひくひくと肩をひくつかせて、口元をへの字にしながら体育座りのポーズのまま、自分の膝を握った。そうして大きく息を吸い込んで、我慢の顔を作ろうとして、それが失敗したらしくて、膝の間に顔をうずめた。「おい」 ずるり、と鼻水をすする音がきこえる。「お、おい」 びびった。


泣くほどのことか。泣くほどのことなのか?
正直まったくもってわからない。ときどき、さんと俺とは価値観が違う。いらつきはじめた気持ちはどこぞにぶっとんでいて、俺は唾を飲み込んでさんの前に座った。どうすりゃいいのかわからなくて、彼女の頭を撫でようとした。人差し指をわずかに置いて、幾度か息を繰り返した後、くしゃりと撫でた。そうしていると、ちょっとだけ彼女の呼吸は落ち着いた。


「ケーキとか買いに行きます? 俺、甘いもん好きだし。そういうのはいつでも」
「プレゼントの用意ができてないです」
「はあ」
「さっさと買ってきたらよかった」

バカです、とさんは顔をくしゃくしゃにさせていた。こんなところでへこんでないで、さっさとなんとかしたらよかったんです。そんな自嘲的なセリフをつぶやいて、また鼻水をすすった。俺はしばらく考えて、彼女の頬をぺたりと触った。それから少し顔を近づけて、お互い目線を合わせた。瞬きを二三回して、小さく口元をつけて、「そんじゃあこれがってのは」 プレゼント。と口にした後、随分きざなセリフだった、とわずかに赤面した。

さんも同じことを思ったのかもしれない。彼女は顔を真っ赤にさせた。それからぶるぶる口元を震わせて、眉をハの字にした。「そんなの、誕生日じゃなくたって、いつだってしたらいいじゃないですかー!」「お、おう……」 まさかそこで怒られるとは思わなかった。

わりぃ、と返事を繰り返して、ひんひん泣く彼女の頭を撫でた。
まあ、とりあえず。
来年の彼女のカレンダーには、1月28日に、でっかい花丸が書かれているんだろう。





2013/01/29
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捧げものシズ誕